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    <title>ここだけBlog</title>  
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    <language>ja</language>  
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      <title>世界観、宗教～それぞれのおとぎ話</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 アメンバー限定公開記事です。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://secret.ameba.jp/yukinoishi/amemberentry-10741701656.html</link>  
      <pubDate>Sun, 19 Dec 2010 19:50:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>出会いと別れ　それが教えてくれるもの</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 アメンバー限定公開記事です。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://secret.ameba.jp/yukinoishi/amemberentry-10660189889.html</link>  
      <pubDate>Mon, 27 Sep 2010 00:50:56 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>様々な苦しみ…たとえ１００人の村であっても（４）</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>今回で完結です。長々と引っ張ってスミマセン。</p>
<br />
<p>◆</p>
<br />
<p>戦後日本は（朝鮮戦争じゃないですよ、太平洋戦争です）ズンどこなところから地道に這い上がってきました。</p>
<br />
<p>物やお金がなくて辛い思いをした人は、子どもにだけはそんな思いはさせまいと頑張って何でも買い与える親になり、学歴で苦労した人は子どもにだけは～と頑張って教育ママになりました。</p>
<br />
<br />
<p>その根底にあるのは常に「もうひとつ上のレベルにさえ行けば、この苦しみから解放される」という思いです。</p>
<br />
<br />
<p>貧乏で苦労した人は、買いたい物が買えない苦しみを味わい、それがなければ幸せだと思います。けれども、何でも買い与えられて育った子どもが幸せかといえば、、「欲しいものが買えない」という苦しみは味わわずに済んでも、それ以外の、また違った苦しみを与えられることになりました。</p>
<br />
<br />
<p>たとえば、「我慢する」ということができなくて、他の人と同じように我慢しようとすれば、他の人の１００倍の辛さがあって非常に難しい、、というようなことです。思い通りにならないということに免疫がないため、自分をおさめることがままならず、感情的に辛い思いをすることが他の人の何倍も増えてしまうでしょう。</p>
<br />
<br />
<p>学歴で苦労した人に育てられた子どもは、多感な時期を勉強ばかりに費やして、人間関係でのスキルが未熟になったり、親がこだわりすぎる「学歴」というものに疑問や反発を抱き、不必要な嫌悪感がこびりついたり、逆の差別意識が芽生えたり、、学歴とは「学問を深めるチャンス」であるという意味を理解しないままフイにしてしまうこともあるでしょう。</p>
<br />
<br />
<p>◆</p>
<br />
<p>生活にレベルがあるように、生きるということにもレベルがあります。</p>
<br />
<br />
<p>とにかく命をつなぐこと、明日もまた生きていることが最大の目標である人たちもいれば、何のために生きているかが見い出せず、どうやったら見出せるのかもわからずにくすぶりながら、結局は衣食住をそこそこ満たすために生きているような人たちもいます。</p>
<br />
<br />
<p>そして、自分の生き方のレベルから見て、上も下もある場合…</p>
<br />
<br />
<p>下にいる人たちを見て今の自分をなぐさめたり感謝したり、<br />
上にいる人たちを見ていつか自分もああなってこの苦しみから解放されるぞと自分をなぐさめたり</p>
<br />
<br />
<p>そんなことをしてしまいがちですが、こういったこともやはり無駄で、虫歯に正露丸です。（正露丸はお腹の不調にもよく効くけどね。愛用してます）</p>
<br />
<br />
<p>上や下のレベルがある場合、生命力に火をつけてもらったり、心を大きく広げてもらったり、そういった刺激をもらうことができます。</p>
<br />
<br />
<p>けれどもそれ以上に大切なことは、どんなレベルに生きていても、「そこにしかない苦しみ」というものがあり、</p>
<p>私たちは、それに立ち向かわなければならないのだ、ということです。</p>
<br />
<br />
<p>人は、生きることには苦しみがつきまとうことを知っていて、そのことを苦しみます。</p>
<br />
<br />
<p>ブッダもイエスも、最初は自分の苦しみをどうにかしたくて（あわよくば逃れたくて）修行をしました。</p>
<br />
<br />
<p>イエスのことは知りませんが、ブッダは結局、「苦しみから逃れることはできない、苦しみはなくならない」ということを受け入れ、悟りに落ちました。</p>
<br />
<br />
<p>◆</p>
<br />
<br />
<p>生きることに苦しみがつきもの、なのではありません。</p>
<br />
<br />
<p>生きることそれ自体が「苦しむこと」なのです。</p>
<br />
<br />
<p>苦しみがなくなることを夢見て、何かを求めることをやめることです。<br />
今の苦しみがなくなっても、また別の苦しみがやってきます。</p>
<br />
<br />
<p>苦しみと立ち向かい、闘うこと。</p>
<br />
<br />
<p>それが人間にとっての学びであり、「生」なのだと思います。</p>
<br />
<br />
<p>そして、負けても負けても諦めず、闘いをやめないことが生きることです。<br />
というよりも、そこに勝ち負けはありません。</p>
<p>闘いに終わりはないからです。勝負をつける必要はなく…</p>
<br />
<br />
<p>ただ、目の前に苦しみがやってきた時、闘うことをやめてだらしなく自分を差しだし、試合放棄することが「負ける」ということです。</p>
<br />
<br />
<p>ひきこもりでもニートでも、本当はいいのです。</p>
<br />
<br />
<p>その苦しみを、、自分の道や価値が見出せないという苦しみを、自分のものとして真剣に苦しんでいるのなら、いいのです。</p>
<br />
<br />
<p>また、そんな苦しみは特にないから、毎日を楽しく過ごし、リア充として過ごしているなら、それもいいのです。</p>
<br />
<p>ただ、苦しみを感じながら、それを苦しむことに耐えきれず、神経を麻痺させ、時には他人にエネルギーを向けて目を反らし、、自分を差し出し、「差し出している」という自覚もないまま、自分はそこそこ幸せに生きている、と思うような生き方は、、自分に負けています。</p>
<br />
<br />
<p>仕事で成功し、独身を貫く女性の中に、専業主婦を軽蔑する人がいます。</p>
<p>彼女は、孤独の苦しみから目を反らすために、主婦をこきおろし、自分を保っています。</p>
<br />
<br />
<p>一方で、専業主婦としての生き方に不安を抱きながら、「旦那をつかまえるにはそれなりの努力と魅力が必要なのよ、私みたいにね」と独身女性を軽蔑する人もいます。</p>
<br />
<br />
<p>彼らはある意味で、真剣に引きこもり、真剣に苦しんでいるニート以下の存在です。</p>
<br />
<p>社会的には役立つ存在ではあっても、自分の闘いを放棄し、自分に負けているという点で、誰よりも劣る存在です。</p>
<br />
<br />
<p>ニートがいい、というわけではありません。</p>
<br />
<br />
<p>苦しむことにも真剣になれず、ダラダラとゲームして夜更かしして一日が終わるのなら、、もう何も語る価値すらありません。</p>
<br />
<br />
<p>◆</p>
<br />
<br />
<p>自分が今いるレベルがどんなものであれ、そこにしかない苦しみに真剣に立ち向かうなら、他のレベルにいる人の苦しみも理解することができるでしょう。</p>
<br />
<br />
<p>それが「共感」です。</p>
<br />
<br />
<p>共感は人と人をつなぎます。</p>
<br />
<br />
<p>人と人とのつながり…それが「縁」です。</p>
<br />
<p>縁とは、運であり、、「チャンス」という大きな波につながる糸の端っこです。</p>
<br />
<br />
<p>苦しみと闘う中で、人はそういう「端っこ」を手にします。</p>
<p><br />
その糸を手放さないように…しっかりと握りしめて生きて行くことによって、いつか大きな運を引き寄せ、願いを叶えることになるのではないかと思います。</p>
<br />
<br />
<p>人生は苦しみであり、苦しみに立ち向かうことであり、</p>
<br />
<br />
<p>その中にしかないチャンスと喜びを味わうことなのだと思うのです。</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yukinoishi/entry-10575454717.html</link>  
      <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 02:46:39 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>様々な苦しみ…たとえ１００人の村であっても（３）</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>世界の遠い国には、生きることもままならない貧しい人たちがいます。</p>
<br />
<p>自分の責任をはるかに超えたものに翻弄され、過酷な運命を課され、けれどもその中でひたむきに生きようとする子どもたちがいます。</p>
<br />
<p>彼らのすべてが、純粋でひたむきかどうかは知りません。</p>
<br />
<p>けれども、ニュースやインタビュー記事や、実際に現地に行かれた人の記事などから思うのは、彼らの多くが懸命に生きようとしているということです。彼らには、先進国の疲弊した若者や子どもたちにはないもの…きらめくような生命力と明日への希望があります。</p>
<br />
<p>もちろん、彼らのすべてがそういう輝いたものを持っているかは知りません。</p>
<br />
<p>けれども、彼らの多くが、より長く生きて、わずかでもチャンスがあればそれに賭けてみたいと思っているように感じます。</p>
<br />
<p>ネット上でもよく、募金やボランティアを募るために、難民の子たちの写真を載せている広告があります。不安そうな表情の中に、しっかりとした意志と個性を持った目が輝いている。そう感じます。</p>
<br />
<p>彼らが実際に、きらめくような生命力を感じ、一瞬一瞬を生きているかは知りません。案外のんべんだらりと、「今日の慈善鍋のメニュー何かなあ…」なんて考えているかもしれません。</p>
<br />
<p>けれども、彼らが本当に、私が感じたような生命力を持っているかどうかは問題ではありません。</p>
<br />
<p>彼らに（たとえニュースなどの記事を通してであっても）触れた時、私の中の「生きる力」が触発され、火がついた、というのが、その時起きた、本当のことであり、真実なのです。</p>
<br />
<p>◆</p>
<br />
<p>私たちは恵まれた国に暮らしていますが、それでも自分の生活で手いっぱいです。</p>
<br />
<p>一方で、世界のちょっとだけ離れた国にはセレブと呼ばれる大金持ちの人たちがいます。白人特有の世界観ゆえなのかもしれませんが、彼らは慈善事業に熱心です。</p>
<br />
<p>アメリカやヨーロッパというのは、非常に発達した複雑な社会です。今の日本もかなり欧米に追い付き、ややこしい精神病や心身症、対人関係を主とした複雑な問題を抱えるようになりました。</p>
<br />
<p>猟奇殺人や無差別殺人といった「苦しみを晴らすために、他人を巻き込む」という形の犯罪は、複雑な社会ならではのものではないかと思います。</p>
<br />
<p>なぜなら、そういった犯罪を起こす者の苦しみは、複雑になりすぎた社会と、それについていけなかった自分、そんな自分を助けてくれなかった他人、時には踏みにじり苦しめた他人、によって引き起こされたものであり、犯罪者にとってその行為は、自分を含めた「世界そのもの」への制裁であるようにも思えます。</p>
<br />
<p>現代社会は、別の意味で生き抜いていくことが過酷な場所です。</p>
<br />
<p>そんな中で成功し、セレブと呼ばれる人たちは、身近な者にさえ心を許せない状況があったり、お金や名声目当てに近づく者ばかりになって孤独が深まったり、何でも手に入るがゆえに、何を求めていいかわからなくなったり、、ここまでお金持ちになっても、手に入らないものがある、という現状に愕然としたり…</p>
<br />
<p>それなりに闇があります。</p>
<br />
<p>そんなセレブたちが慈善事業に熱心になるのは、税金対策やイメージアップのためもあるでしょうが、同時に、貧しい環境で必死に生きている彼らの生命力に触れることができるから、なのかもしれません。</p>
<br />
<p>そして、仕事以外の場で、お金の交換ではなく、純粋な気持ちとしての「感謝」を向けられることで、「人の役に立つ」ということの原点を感じているのかもしれません。</p>
<br />
<p>たとえば才能あるアーティストは、その作品の素晴らしさにファンが感動して、商品を買ってくれます。ファンたちの感動は、ファンレターなど直接の声としても届けられるでしょうが、ほとんどは「売上」「ヒット枚数」といった数字と金額で伝えられます。</p>
<br />
<p>最初はありがたく、「感謝の代償」としてそのお金を受け取っていても、やがては、ファンの喜びのためではなく、お金を稼ぐために仕事をしているのではないか？という思いがぬぐえなくなってきます。</p>
<br />
<p>チケットは高騰し、限られたファンしか生ライブを見ることができなくなり、、そんな状況で純粋に、「ただ喜んでもらえればそれでいい」という思いを遂げることは不可能になっていきます。お忍びで無料の路上ライブなどをやっても、あっというまに見つかって人だかりができ、殺到・転倒の事故などにもつながるかもしれません。</p>
<br />
<p>多くの人を喜ばせたくて歌っていたはずなのに、それが実感できない状況になっていくのです。</p>
<p>自分の行為に、ただ「ありがとう」と言ってくれるだけの人。</p>
<br />
<p>そんな人を求めながら、絶対に出会えない孤独の闇がそこにはあります。</p>
<br />
<p>そんなセレブに、それを与えてくれる人。それが難民の子どもたちであったりするのではないかと思うのです。</p>
<br />
<p>◆</p>
<br />
<p>さて、セレブではない私たちは、セレブの苦しみは理解できません。</p>
<br />
<p>彼らは、今の私たちが欲しいと思っているものをほとんどすべて手にしています。けれども、今の私たちがどうやっても手にしないであろう苦しみも手にしています。</p>
<br />
<p>彼らを見て私たちが思うべきことは、</p>
<br />
<p>（１）ああよかったセレブじゃなくて。</p>
<br />
<p>（２）セレブになったんだから、そんな孤独くらい我慢しなきゃ。そもそもあれもこれもと望むことが贅沢なのよ。自業自得。</p>
<br />
<p>という（１）（２）のどちらでもなく、</p>
<br />
<p>（３）何を手に入れても、それは「苦しみの解消」にはつながらない、ということを知れ。</p>
<br />
<p>ということだと思います。</p>
<br />
<p>スミマセン。もう１回だけ続きます。</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yukinoishi/entry-10575454484.html</link>  
      <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 02:42:55 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>様々な苦しみ…たとえ１００人の村であっても（２）</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>さて、もしも！１００人の村だったら！では、世界の中の貧しい、恵まれない人たちについても触れています。</p>
<br />
<br />
<p>事実、世界のどっかの国には、内乱や戦争で親を失い、飢饉や干ばつで飢えて死んでいく子どもたちがたくさんいると聞きます。</p>
<br />
<br />
<p>彼らの多くは人身売買や売春などに売られ、短い命を虚しく終えていくといいます。「将来の夢は？」という質問に彼らは「大人になるまで、生きていたい」と答えたそうです。</p>
<br />
<br />
<p>彼らにとって、明日を迎えること、命をつなぎ生き延びることが最重要課題であって、人生に夢や天職を抱くのは、その次の段階での話なのだということなのです。</p>
<br />
<br />
<p>そんな彼らがいる一方で、この国の私たちにとって、明日を迎えることなど、当たり前すぎるほど当たり前のことです。</p>
<br />
<br />
<p>今日ケンカしたって、明日またどうせ顔を合わせる。</p>
<br />
<br />
<p>それが私たちの現実です。</p>
<br />
<br />
<p>昨日まで普通に過ごしていた家族や仲間が、突然この世を去るなんて、何万分の１の確率で、ドラマやニュースでの話であって、自分の身にはまず起こらない。そう思えるし、そう思えるだけの平和な日々の「実績」が、私たちの世界にはあるからです。</p>
<br />
<br />
<p>自分自身の命も、今までもこれからも、ずっと平和にずっと続くと信じているから、ダラダラ過ごし、無為な生き方をして、あーあどうしたらいいのかわかんないなーどうやったら抜け出せるんだろう、悩み多き人生だなーとか、思っていられるのです。</p>
<br />
<br />
<p>◆</p>
<br />
<br />
<p>恵まれない彼らを思い、気を引き締め直して、周りの人と自分の人生に感謝をしよう。</p>
<br />
<br />
<p>とても美しい提案ですが、そんなことをしても無駄なんです。</p>
<br />
<br />
<p>私たちは恵まれて、豊かさに包みこまれて生きています。</p>
<br />
<br />
<p>最初から当然のように手元にあり、それが変わらずずっとそこに置かれているという人生しか知らない者が、そこにあるものたちに対して感謝を抱くことなど、どう教えられたって理解などできないことだからです。</p>
<br />
<p>感謝とは、失って初めて生まれるものなのです。</p>
<br />
<br />
<p>恵まれない彼らの話を遠く伝え聞いて、私たちは「失う・持っていない」ということの疑似体験をするでしょう。でも何も失っていません。だから３日も経てば何もなかったように元の生き方に戻って行くのです。</p>
<br />
<br />
<p>私たちに、彼らの苦しみや恐怖の本質を知ることはできません。</p>
<br />
<p>彼らもまた、私たちが抱える苦しみを理解することはできないでしょう。</p>
<br />
<br />
<p>私たちはともに、それぞれの苦しみを「自分の手で」抱え、立ち向かっていくしかないのです。</p>
<br />
<br />
<p>恵まれ過ぎた私たちが、恵まれない彼らを思って、「自分の豊かさに感謝する」ことなど、焼け石に水というか、虫歯に正露丸というか（わりと効くけど）、しないよりはマシだろうけど、根本治療をするにこしたことはない、というようなものなのです。</p>
<br />
<br />
<p>それでは、恵まれない人たちは放っておけばいいのか、というと、それはまた別の話です。</p>
<br />
<br />
<p>私たちは、戦前戦後の「日本の大人たち」が頑張ってくれたおかげで、豊かに暮らすことができています。昔の人たちが泥にまみれながら、大きくて頑丈な足場と石垣を築いてくれたおかげで、とても恵まれたところから人生をスタートさせることができています。</p>
<br />
<br />
<p>私たちは真面目に働き、必要最低限の健康的な生活を送るとすれば、どんな人も十分な蓄えが持てるのではないかと思います。必要最低限の健康な生活とは、宮沢賢治的な粗食と、昭和前半の頃のような家電生活です。いわゆる「エコ」ってやつですね。</p>
<br />
<br />
<p>ま、そんな生活してたら逆に不便で、若者の場合は友だちづきあいもままならないでしょうから、そんな生活をする必要もなく、たいした蓄えもなくてもいいんですけど、ある意味で、稼いだ分を使わせて、お金を持たせておかない、というのが国策としてあるみたいですしね。</p>
<br />
<br />
<p>お金が余っても、私たち日本人はお金を使い馴れない民族ですから、大陸の悪徳商人に贋物をがっつり掴まされて、貴重な日本円を流出させてしまうのがオチですから、国内でipadでも買ってくれてた方が安心だということなのでしょう。</p>
<br />
<br />
<p>というのは何のソースもない話ですから、真に受けないでくださいね。そんなふうな国策があったら面白いなーっていうだけのことですから。</p>
<br />
<br />
<p>何のオチもないところで、さらにもう一回続きます。<br />
</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yukinoishi/entry-10575401910.html</link>  
      <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 00:55:05 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>様々な苦しみ…たとえ１００人の村であっても（１）</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>地球が１００人の村だったら。</p>
<br />
<p>という、「もしものコーナー」みたいな文章が一時期はやりましたが、今でも出回り、人々の心を打っているのでしょうか。</p>
<br />
<p>◆</p>
<br />
<p>私たち日本人はおそらく、世界の中でも有数の豊かで恵まれた国民なのだと思いますが、豊かさの中にはそれなりの苦しみというものがあります。</p>
<br />
<p>たとえば成人病や精神疾患、ストレス、複雑な人間関係や社会構造などなど…豊かさという光が生み出す闇ともいえる、文明国特有の歪みがあります。</p>
<br />
<p>貧しくて恵まれない国の人たちからしてみれば、必要以上に食べ物をむさぼり、自制もせずに病気になるなど愚の骨頂かもしれません。</p>
<br />
<p>望めばいくらでも書物が手に入り、一般庶民でも６割近くが大学まで進学することができます。自分が望めばいくらでも知的好奇心や勉学意欲を満たすことのできる環境があると思います。</p>
<br />
<p>そんな中、自分の環境や出来事に何の関心も示さず、好奇心も抱かず、「自分自身の人生」というものにさえ、真剣に取り組み考えることのできない、だらしのないニートたちを見て、貧しい国の子どもたちは何を思うのでしょうね。</p>
<br />
<p>世界が１００人の村だったら。</p>
<br />
<p>あの話はたしか、私たちがいかに恵まれ、いかに幸福で、そのことに気づかず毎日をもったいないものにして生きていて、世の中にはびっくりするくらい、恵まれない貧しい人たちがいるのだ、ということを教えていたと思います。</p>
<br />
<p>そしてあの話を読んだ人は、自分の置かれている状況への感謝がこみあげ、生きる勇気と、自分の毎日とこれからをもっと大切に生きようと思ったことでしょう。</p>
<br />
<p>けれども、その後、あの話を読んだ何人の人が、本当に真剣に自分の生き方を変えることができたでしょうか。</p>
<p>おそらくそれこそ、１００人に一人いるかいないか、、実際のところは１億人に３人くらいの割合だったのではないでしょうか。</p>
<br />
<p>◆</p>
<br />
<p>世界が１００人の村だったら。</p>
<br />
<p>けれども、実際に私たちが生きているこの世界の人口は１００人ではありません。</p>
<br />
<p>１００人の村、というのは私たちにとって、まったく現実ではないのです。だから、一時は感動して生まれ変わったように感じても、３日もたてばきれいさっぱり、まるで記憶喪失のようになって、変わらない日常へと戻って行きます。</p>
<br />
<p>１００人の村を想像し、恵まれない他の人たちのことを考えて、自分と比較したところで、何も変わりません。</p>
<p>なぜなら、私たちの苦しみは１億３千人近くがひしめく中で生まれるものであって、１００人の村には存在しないものだからです。</p>
<br />
<p>全人口が１００人だったら、私たちはこんな苦しみは抱えずに生きていけます。</p>
<br />
<p>豊かさがあるから、必要以上のいじめが起こります。一人でも生きていけると思うから、他人と仲良くする必要を感じないし、たとえ総すかんをくらっても、他にいくら引っ越していける町や国があるから、ひどいことを平気でやれたりもするのです。</p>
<br />
<p>物や情報や機会が溢れかえっているから、ひとつひとつの違いが僅差になって区別がつきにくく、自分にとってたったひとつの「これ！」を見つけ出すことが難しいのです。</p>
<br />
<p>あまりにも選択肢がありすぎて、何をやってもいい、どれを選んでもいいという状況だから、目移りして道が選べず、選んだ後も「あっちの方がよかったかも」と後悔して台無しにするのです。</p>
<br />
<p>１００人しかいない村だと、ひとりひとりの担う役割と責任は重く大きなものになっていきます。逃れられない窮屈さはあっても、それを果たす意味は明確で、自分が欠けることで生じる損失の大きさがわかるので、「任されている」「求められている」という充実感で頑張れます。</p>
<br />
<p>１００しかいない状況なら、、「他人のために生きる」ということは、それなりの実感を伴うものになります。</p>
<br />
<p>けれども、、今の私たちの現状は、この仕事がどこの誰を喜ばせているのか、あまり明確にわかることは稀です。営業や接客の仕事なら、お客様の喜ぶ顔が見られますが、自分がその製品を発明して製造しているわけではありません。また、自分ひとりが売り歩いているわけでもなく、、営業マンも接客担当者も、「別に自分でなくても構わない」という状況だったりもするのです。</p>
<br />
<p>１億人も人がいますと、社会の規模も大きくなり、人手も必要になりますが、同時に文明も発達するので、一時期を過ぎると逆に人手はいらなくなります。</p>
<br />
<p>そして、「どっちでもいいような感じの仕事」をして日々を過ごしてるな～…と感じてしまう人たちがどんどん増えて行くことになります。</p>
<br />
<p>長くなったので、次回に続きます。</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yukinoishi/entry-10575401247.html</link>  
      <pubDate>Mon, 28 Jun 2010 00:52:20 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>口蹄疫から思う～ベジタリズムの歪み～幼き苦しみ</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 アメンバー限定公開記事です。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://secret.ameba.jp/yukinoishi/amemberentry-10566793618.html</link>  
      <pubDate>Fri, 18 Jun 2010 20:11:27 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>「世界平和」を祈っている人の本音</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 アメンバー限定公開記事です。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://secret.ameba.jp/yukinoishi/amemberentry-10536012974.html</link>  
      <pubDate>Sun, 16 May 2010 02:55:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>占い師をめざす人へ</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 アメンバー限定公開記事です。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://secret.ameba.jp/yukinoishi/amemberentry-10528217436.html</link>  
      <pubDate>Fri, 07 May 2010 13:56:05 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>キュービックジルコニア～一見無害な、劇薬の石</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 アメンバー限定公開記事です。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://secret.ameba.jp/yukinoishi/amemberentry-10496244124.html</link>  
      <pubDate>Wed, 31 Mar 2010 18:55:51 +0900</pubDate> 
    </item> 
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