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    <title>穀潰シ</title>  
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    <description>穀潰シ</description>  
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      <title>「戦争」という比喩をめぐるメモ</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 とりあえずのメモ。<br /><br />現在の災害、とりわけ原発事故をめぐって、戦争の比喩が散見される。<br />廃墟云々とか復興という話において、ではない。そういう物言いにも違和は感じるし、わたしは戦争を知らないのでそうした比喩は使わないし使えないけれど、それよりずっと気になっているのは、批判、とりわけ自己弁護のための反論に、「戦争」が持ち出されることについてだ。<br /><br />たとえば放射能を懼れて関東から避難した人（コラムニスト？　肩書きを知らない）がそのことに触れた文章で、テレビのコメンテーターの「逃げた人は無責任だ」という言葉に反応して、まるで戦争中みたいじゃないか（「欲しがりません勝つまでは」だったか、もう随分前なので覚えていないけれど戦中の、あまりピンとこないスローガンをひとつ引いていたはず）と書いていた。<br /><br />先日も文藝評論家みたいな人が、以前自分が書いた文章に対する批判、原発の責任を国や東電にばかり押しつけ被害者風情なのはおかしい、戦争に対して「国民は被害者」と責任を遁れようとする姿勢と一緒だ、また同じことを繰り返すのか、を紹介した後、自分だってまったく責任がないとはおもっていないけれど、そういう発想こそ戦争からなにも学んでいない「一億総懺悔」と同じではないのかと書いていた。<br /><br />個々の行動や主張への判断はいまは控える。それぞれおもうところはあり、随分前に一度ここで書いたけれど、それ以上のことについてまだきちんと整理するだけの時間を割くことができていない。これは言い訳ですらなく、ただわたしが卑劣で醜悪で残酷であることの一証拠でしかない（無論そう書いたからといっていささかでも罪悪が軽くなるともおもわないけれど）。ここ数十年のあらゆる醜悪、見えるはずなのに見ない振りをして排出し、溜め続けた塵、汚泥が一気に露わとなり腐臭を放っているというのに、そしてその醜悪にはまちがいなくわたしもかかわり、いまなおかかわり続けているというのに、それでもなお自分にとって必要とおもわれること、少なくとももっとも「やりたい」とおもえてしまうこと、をせずにおれない、こうした怠惰（けれど——これは言い訳のつもりではなく——人が皆政治を第一に生活するのではないなら、それは不可避の、しかし責任を遁れる理由とはなりえない怠惰だ）こそがまさに今回の原発事故が教えたもっともおおきな醜悪のひとつだったというのに、未だ自分はそこから抜け出せず、きっとずっと抜け出すことなどできずに、さらなる悲惨の共犯であり続けてしまうというどうしようもない自分への怒りはずっとあり、それでもいまだ生き、しばらく生きつづけるだろうという厚顔と、ほとんど無神経と呼べるほどに麻痺した神経に愕然とする。<br /><br />「あなたの主張は戦時中みたいだ」、といった口吻は原発事故以前にもあった。けれど事故以降、かなり頻繁にでくわすようになった。「戦時中みたいだ」という批判は、それが当てはまるときもあるのかもしれないけれど、たいていの場合「反則技」だ。これはほぼ絶対的な、問答無用の否定を意味する。そういうものを安易にもちだすこと自体が一方的に相手を黙らせようとする姿勢にみえてしまう（ゆえに「反則技」と書いた）。それだけならしかし、「お行儀が悪い」で済むかもしれない。わたしが気になるのは、あなたの主張は戦時中の愚かなイデオロギーの再演でしかない、と断じることで、それ以上かんがえることを放棄しているのではないかということだ。<br /><br />あなたの言っていることはまるで戦時中みただね、と言われて喜ぶ人はまずいない。戦争とそれにまつわる「都合の悪い」過去など願わくばなかったことにしたいとさえおもっているかもしれない。無論、なかったことにはできない。ただ、「戦時中」の諸々に対して、「戦後」も終わったころに生まれ現在も生きつづける、「戦後」の「繁栄」のおこぼれに与りながら成長してきた自分がなにをいえるのか、いまだこたえがでない。仮に「国策」が「悪」だとして、しかしそれに従った人間皆が「悪」であり「愚」であったといえるのか。いえるなら話はとても簡単だ。けれど、そう断じておしまい、にはどうしてもできない。国のために死んだことは美しい、というつもりは毛頭ない。とはいえ愚かだと断じる資格もないし、そのような口吻は僭越にすぎるとはおもうけれど（ある人がいかに愚かしくおもえる理由で死んだとしても、それを嗤いあるいは貶める権利は生きている者にはないとおもっている。そしてそういう身振りを——露悪的に？——するひとの物言いは総じて俗悪な印象を受ける。かといって、死を以てすべてを肯定してしまったり礼賛に転化したりすること——身近なことでいえば、さしてうまくもない歌手が死んだ途端「天使の歌声」の持ち主になること——も同様の印象を受けはするけれど。方向性は逆でも、どちらも他人の死を収奪している、ただの無節操にすぎない点では共通している。）。たとえば国民は「騙された」というにせよ、騙されるにはそれなりの「隙」もあったはずで、それは「悪」や「弱さ」だといって済むものではなく、もっと気味の悪い、ほとんどの人間の裡に隠されてある排除しがたい「なにか」ではなかったかとおもう。そしてそれはきっと、ほぼ間違いなくわたしの裡にも巣くっている。もっとも忌むべきは「戦時中」でも「愚かな国策」でもなく個々の裡にあるそうした「なにか」ではないか、というおもいがずっとある。極言すれば、「戦争」や「国策」はそれらが発露するきっかけにすぎなかったのではないか、と。<br /><br />「あなたの主張は戦時中と同じだ」という物言いには、この「なにか」が視界の端を掠め、それゆえに隠蔽しよう、見なかったことにしよう、という心性があるのではないか。そこには「なにか」を相手に押しつけ、それによって自分の裡のそれを否定しようとする欲望があるのではないか。そしてそれは個々の、というよりはむしろ集団的なものではないか。<br /><br />すこし脱線するけれど、原発事故をめぐる言説もほとんどはなにかを隠そうとしているように見える。ここで言説とは無論、政府や東電の発表を指すのではない。新聞や雑誌などにコラムや評論といったかたちで書かれる文章などのことだ（テレビやインターネットでの発言も多々あるだろうけれど、ほとんど見ないのでそのあたりのものは知らない。とはいえ文章についても未見のものが多々あるはずなので、以下は目についた文章に対する感想にすぎない。わたしが知らないだけで、きちんとしたものがたくさんあるのかもしれないし、それならそのほうが嬉しいし、知らずに書いてしまって申し訳ないとおもう）。原発に関して自分はいままで何も知らなかった、多少知ってはいたがなにもしてこなかった、といった「懺悔」はほとんど定型句と化して、原発事故に関してなにか言うときの枕詞のように、そこここに散乱している。しかしそうした「懺悔」が記されたあとに続くのは、我田引水めいた評論（こういう醜さはほんとうにどういうことかとおもう）や自己弁護、国や東電や資本主義に対する批判、そして人間の「未来」、「連帯」、「可能性」などだ。<br /><br />人間を肯定するのは構わない。否定するほうがずっと容易で、こういうときだからこそ可能性を肯定したい、という気持ちはわかる。けれど見えているのはそれだけなのか、とおもう。きわめて粗雑にいうけれど、愚かな人間と賢い人間、悪い人間と善い人間というのは別々に存在するわけではない。そういう場合もあるかもしれないけれど、たいていの場合、さまざまな側面が混淆して、ひとりの人間がある。こうした混濁は「弱さ」と批判しつつ肯定しうるような、感傷的な、あるいは浪漫的なものではない。もっと厄介で、もっとどうしようもない、骨がらみの「なにか」だ。たとえば、批判をすれば自分は相対的にその反対側に身を置くことができる。だからといって——いうまでもないことのはずだけれど——それは自分がその「悪」や「愚」と無関係であることを意味しない。「あなたは愚かだ」ということが、自分をそれよりも「まし」にしてくれるわけではない（しかしかなり以前から、現在「評論」あるいは「批評」と呼ばれるものは「繊細さ合戦」にかまけすぎてきた感がある。ああした欲望はどこに由来するのかと常々疑問だったけれど、それがこの期におよんでまだ続いているらしい）。「自分はこれまで間違っていた」といっても、それだけで「間違っていた自分」を抹消できるわけではない。わかりきっているようでわかりきらない「なにか」の気配が垂れ込めている。<br /><br />念のために書いておくと、自分も加害に荷担したのだから純粋な被害者を装って加害者を批判する資格がないなどというつもりはない。問題点は指摘すればいい。実際現在の「資本主義」は問題が多すぎるし、進歩主義もとうに限界を超えているとおもう。ただ、言論を生業にしているひとが、問題でした、と言っておしまい（あるいは我田引水でおしまい）というのでは、それは都合のよいお仕事にしか見えない（「お仕事」と割り切って、需要に応えるようなものをあえて書いているのかもしれないけれど）。生活や経済やその他、世の中の仕組みのありかたを根本から見直すべきときだとおもうのに、それさえほとんど目先の節電程度に限られて、電気は足りるか足りないかといった現状維持を前提の議論に終始してしまっていることも歯痒い。けれどなにより歯痒いのは、ほとんどのひとが「なにか」から目を背けているのではないかということだ。視線は政府や東電やその他自分の外側だけでなく、いま現在の状態をもたらした社会に暮らしてきた、いかに不満や怒りがあったとしても暮らし続けてきた自分の裡側にも向けられるべきではないのかとおもう。ただ間違っていた、といった自己批判、というのではなく、なぜ（集合としての）人は（繰り返し）大きく間違ってしまうのか、そこには愚かだとか賢いとか、善とか悪とかでは割り切れない、もっと錯綜した気味の悪い「なにか」があるのではないか。それを見ようとしなかったことの欺瞞が、今回の原発事故によって曝かれたのではないのか（沖縄の米軍基地をめぐる議論でも同様のことが起こっていたけれど。そしていま現在も、原発作業員をめぐっておなじような、あるいはもっと酷くもっとあからさまでゆえにもっと隠蔽されたままの状況が進行中だけれど）。<br /><br />話が拡散するので「戦争」の比喩に戻る。今回の事故に関して日本で暮らすほとんどの人間が無責任ではないはずだ。それを「一億総懺悔」と呼ぶことで否定しようという身振りは、文字どおりの意味で「偽善」ではないのだろうか。また、自分の、家族の生命を護りたくて逃げたなら、言い訳したり恥ずかしがらずに素直にそう言えばいい（その是非は別として。家族のため子どものためといえばすべて正当化しうるというわけではないとおもうけれど、実際「子ども」をもちだされるとそれ以上なにか言うのは難しい。だからこそ安易に「子ども」をもちださないでもらえるといいのだけれど）。「無責任」という批判はたしかに的外れだともおもう。しかし反論として「戦争中みたいだ」という言葉を投げるのは、かんがえる手間を省いて相手の発言を全否定しようとするように見え、相手への否定、自分の肯定ともに過剰ではないのか。相手に対し「戦時中みたいだ」と言うことは、自分は「戦時中みたいではない」、という暗黙の前提がある。そもそも「戦時中」という言葉の指示内容が曖昧で、かつ強烈な否定を含む言葉を説明なく使用してしまうことにも抵抗があるが、ともあれ疑問におもうのは、自分が「戦時中みたいではない」ということは、そう簡単に信じうるものだろうか、自分は「戦時中」とは関係ないと容易く信じてしまえる心性こそ、あの忌まわしい「なにか」に繋がっているのではないかということだ。わたしはいま現在いかにそうおもえる気がしてもそう信じてしまえないから、ずっと迷っている。迷わないより迷っているからいいとはちっともおもわない。けれど割り切ってしまえばそれで「ない」ことにできるというものでもないようにおもう。<br /><br />現在停止している原発を再稼働させよう、40年を越えてなお使い続けようという動きが活発化しつつある。わたしはそうした風潮に唖然とし、激しく嫌悪もするけれど、結果としてこのまま原発に依存し続けたとして、そしてたとえば後世というものがあるとして、そこから現在を見たとき、たがいに「戦時中みたい」と罵りあっていたひとびともみな一括りに、「事故にも懲りず原発に依存し続けようとした愚かな人々」とみなされてしまうだろう。そこにはさまざまな人がいたはずで、一面的な見方は乱暴だということはできる。しかしたがいに「戦時中みたいだ」と無差別爆弾（あえてこの表現を使う）のような言葉を投げるひとびとも同じく、こうした乱暴な、自分にとって都合のよい見方で「戦時中」を眺めているのだろう。そしてそうした物言いがそれなりに流通するということは、そうした曖昧な、けれど負の印象だけは鮮烈な見方はある程度共有されてもいるのだろう。ともあれいかに原発に反対していたからといって、不本意ながらも結果的にそれを容認しその恩恵に与るなら、やはり「愚かで身勝手な人々」と呼ばれることを受け容れるほかない。後世の視線をかんがえなくとも、自分でそうみなさざるをえない。さまざまな不備はあれ、「民主主義」という形態が軋み錆びつき螺旋をはねとばしながらもとりあえずまだ機能している社会に生きて、自分は反対していたから責任はない、ということはできないはずだ。すくなくともわたしはそうおもう。かといってやはり政治はわたしにとって最重要ではない。けれど生きている限り社会から孤絶することもできないし、それだけの力もない。長いものに巻かれるように、社会が滴り落ちるのを眺め、いずれ自分も融け落ちてゆくのだとおもう。それだからとても憂鬱になるし、自分に対して腹が立つし、絶望的に情けない。<br /><br />「なにか」と曖昧な言い方をしてきた。否定神学的な意味で用いたつもりはない。超越的なものを志向しているつもりはない。口籠もる素振りで神秘化するつもりもない。それはきわめてありきたりなものであるはずだ。それに対しどのような言葉を使えばいいのか、わかっているような、わかりたくないような、そんな気分でいる。もっとずっときちんとかんがえてからでないとその名を呼べない気がする。それでもやはり呼びたくない、呼ぶことができなくなればいい、という気もまた、している。<br />
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yoko-mina/entry-10942036146.html</link>  
      <pubDate>Sun, 03 Jul 2011 18:01:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>無答責という懲罰（承前）</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 もうひとつ、自分が「嫌」でしようがないこと。警戒区域の動物のこと（犬や猫など、同居動物に関してはわたしは家族と一緒という立場なので、ここではもっぱら「家畜」と呼ばれる動物のことについて書く。同居動物が家族か否かというのはひとによるし、「所詮犬猫」とおもっているひととのあいだの溝は埋められないとかんがえているが、犬猫も家族という認識を押しつけるつもりはないかわりに、「所詮犬猫」という認識を受け容れる気もない。とはいえ現実に避難所生活を余儀なくされたとき、そこでは同居動物を「所詮犬猫」とみなす声が優先して聞き入れられることは今の段階では間違いなく、どうすればいいかまったくおもいつかない。同居動物を見捨てて自分だけが助かろうとは微塵もおもわないが、人間の事情でわたしだけでなく（わたしは人間なので別に構わない）同居動物まで死なねばならないのは納得がゆかない）。警戒区域が設定されると、これまで食事を与えるために農場などに戻っていた畜産農家、牧場主も立ち入り禁止になった。補償問題として対応するしかないという。警戒区域が施行された翌々日くらいには、所持者の同意があれば殺処分をするとの報道があった。今回の災害にまつわることで、わたしがいちばん忸怩たるおもいをしたのはこのことだった。人間は安全確保のために逃げた。動物はおいてゆけという。汚染された空間に動物だけが放置され、痩せ細って餓死してゆく。それはほんとうに「しようがない」ことなのだろうか？<br /><br />事故後数日なら、混乱して対応できなかったとしても「しようがない」ということはあるかもしれない（それでもわたしは納得がゆかないけれど）。しかし、警戒区域設定までにひと月もあった。その間、動物たちは放置されたままだった。食事を与えに行ったひともいるが、体力、環境、費用、さまざまな問題から行けなかった人もいる。行けなかった人は、言葉に尽くせない辛いおもいだったにちがいない。すでにたくさんの動物が餓死している。誰もそんなことを望んではいないはずだ。しかし行政はほとんどまったく対応せず、それまで育ててきた人間に見殺しにせよと言う。警戒区域を設定し選択の余地のない状況まで追い詰め、なにもかも喪ったひとびとに動物を殺す「同意」を求めるというさらなる精神的負担を強いる。自分が育ててきた動物を殺すことに同意するということがどれほど苦しいことか。「同意」を求めると言いながら、暗に殺しについての最終的な責任は飼育者にあるといっているにひとしい。動物たちがさんざんいためつけられるのを傍観させた挙げ句、最後のとどめを飼育者に強要しているかのようだ。食肉用の動物ならいずれ殺されるのだという人もいるが、食べるために殺すことと、それ以外の人間の勝手な都合で殺すこととはおなじではないはずだ（生きるために食べねばならず、そのために他性物を殺すことがおかしいと言うなら、なにも食べずに死ぬほかない。いっさいの殺生を絶って植物しか食べないといったところで、植物だって生きているのだから殺生に変わりはない。自分が他の生物を犠牲にしてまで生きるに値するとは正直なところおもえないけれど、そういうことで死を選ぶとしたら、それはそれで感傷的すぎてそんな気にはなれない）。<br /><br />しかしいまもっとも「嫌」なのは、行政の対応ではない。人間が第一、そのために動物が死ぬのはなんとなく「しようがない」という空気だ。動物への対応を求めている人はいるが、数としてはすくない。動物保護を言い立てると、すぐにヒステリックだと眉を顰める人もいる。報道にしても、助かった人間のコメントや映像はほとんど惰性的とおもえるほどに延々と垂れ流しているのに、それに比していま瀕死にある動物についての言及はきわめてすくない。動物が「かわいそう」といいたいのではない。「かわいそう」なのはもちろんだが、なぜ人間の愚行のために夥しい動物が犠牲にならなければならないのか、それはほんとうに「しようのない」ことなのかが、きわめて疑わしく、人間の一員として動物たちにどうしようもなく申し訳なく、叶うなら文字どおり消えてしまいたいほどに恥ずかしい、それだけだ。<br /><br />人間はこれまで動物を虐げ続けてきた。食べるだけなら先に書いた理由で「しようがない」とはおもう。しかしそれだけではなかった。土地を切り開き、生活環境を破壊し、生活圏を奪った。結果、食べるものがなくなった動物が切り開いた土地にやってくれば、それは迷惑だと撃ち殺した。人間は「安全のため」「生活のため」動物を殺し続け、それは「しようがない」といい続けた。こんなこともあった。昔、外国種の猿が輸入された。日本種の猿との混血が増えた。それは困ると、外国種の猿を「処分」した。日本固有の種の猿を護るため、「しようがない」とされた。人間の勝手によって変えられた環境で生きるため、動物はそれに適応しようとする。人間は「それは本来の姿ではない」と殺してゆく。殺さずに捕獲していい場合でも、猟友会との関係や予算の都合という理由で殺されることがある。当たり前のようにそこここで起こっていることだ。「共存」を求める声はあるにせよ、それは相対的に小さく、聞き入れられるにしてもせいぜい人間の既得権はいっさい手放さないという前提のうえでのことでしかなかった。<br /><br />動物は無言で殺されてゆく。人間はますます傲慢になる。人間のためなら動物が犠牲になるのは当然といわんばかりに。人間の社会において、人間が最重要なのはある面ではそうなのかもしれない。しかしそれは猫の社会において猫が最重要なのと同じことだ。人間社会は人間だけのものかもしれない。しかし言うまでもなく、環境は人間だけのものではない。人間だけが他動物の世界を侵犯し、わがものと囲い込む。そうして動物から奪い拡張した「領地」に車を走らせ、工場を建て、家々は電気やガスをどんどん消費して、人間が生活の「進歩」や「発展」にうつつを抜かすことで、動物と共有している環境を破壊してゆく。生きているだけで環境を破壊しているのは、人間をおいてほかにない。地球にとってもっとも迷惑な生物だといっていい。だから生きるなとはいわない。しかしかくも傲慢で迷惑で厄介な動物が、他のあらゆる動物に優先して護られるべき理由など、ほんとうにあるのだろうか。それは議論の余地もないほどに「自明」なことなのだろうか。知能が高いからなど理由になるはずもない。人間も知能によって生命の優劣が決められるといいうるなら話は別だが、すくなくとも公にそのような主張することは許されないだろう。動物は人間の倨傲を冷笑しながら、人間には及びもつかない寛大なこころをもって数々の人間の暴虐を放置しているという空想だって、人間に未知がある以上完全にありえないと断じることはできない。あるいは人間は動物より社会にとってはるかに「有用」だからというだろうか。ここでいう「社会」は人間の「社会」なのだろうから、それは人間の勝手な都合を正当と勘違いしているにすぎない。鳥の社会ならば人間などものの数ではないのと同じことだ。いかなる理由をもちだしても、人間の命のほうが動物の命より大切だというのは、人間の恣意的な価値基準にすぎない。ライオンにとって人間より仲間のほうが大切であるように。そうした感覚を否定するつもりはない。しかし、それは「感覚」でしかないのだと、「絶対」ではないのだということを捨象して、人間の生命が一番であるのが「当然」と信じ切るのはあまりに不遜ではないだろうか。<br /><br />人間にとって他生命体の命より人間の命のほうが大切だというのは、地球の裏側で誰かが死ぬより家族が死ぬほうがおおごとであるのと似たような心理なのかもしれない。こうした感情はほとんどのひとがもつだろうし、もし世界中ひとつひとつの死を家族や親しいひとの死と同じく悲しんでいたら、辛すぎて到底生きてゆけない。しかしそれは、見ず知らずの人の命と近親者の命に軽重があるということを意味するわけではない。同じように、家畜の死より人間の死のほうが悲惨に感じるとしても、それは家畜の命が人間の命に比べて軽いという理由にはならない。人間社会においては人間が主人で家畜は奴隷だというのかもしれない。そうおもうのは勝手だ。しかし先に書いたようにそれは人間の視点から見れば、つまり自己に都合のよいように見ればそうだというにすぎない。地球全体からみれば、人間も牛も猿もただ動物でさしたる違いはないはずだ（人間だけが突出して迷惑だとはいえるにしても）。<br /><br />たとえば突然の旱魃で飢えた人間は、旱魃の理由など知りようもない。それは天災であり、人間の力ではどうにもならない、抽象的な意味で「神」の業と諦めるほかない。しかしもし、「神」が人間の知りえない理由や気まぐれではなく、みずからの利益のために雨を節約したのだとしたら、それを知ったとき（ありえないとしても）、人間は果たして雨が与えられないことを「しようがない」と諦めることができるだろうか。「神」は「自己都合」のために人間へ雨を与えることをやめたのだとしたら。飼育される動物にとって人間は人間にとっての「神」の位置にいるといっていい。住環境や食事やさまざまなものは人間によって与えられ、動物たちはそれが「なぜ」か知ることなく、しかし「そういうもの」として受容し当たり前として生きてゆく。人間がさまざまな自然環境がそうあることを当たり前と感じ、その変化を「なぜ」と知ることなくしかし受け容れるほかないように。ところが人間は「神」ではない。「神」でない人間は、ただ人間の都合で動物を見殺しにした。動物はそれを知ることはないだろう。しかし動物が知るか否かにかかわらず、みずからの利益のためにある生命を囲い飼い慣らしそして餓死させること、しかもひと月以上の時間のあいだに、所詮動物のことだから、と対応を放棄してきた結果として餓死されることが「しようがない」ことだったとは、どうしてもおもえない。<br /><br />行政が動物への対応を多忙にかこつけておざなりにしているのは、「しようがない」と容認されるとおもっているからだ。そして現に大勢においてはそうなっている。法的に、人間を虐待すれば明らかに罪になるが、動物を虐待してもたいした罪にはならないのだから当然といわれるだろうか。しかし繰り返しになるが、それは人間の社会だけの価値基準にすぎない。法律は人間社会の法でしかない。そこにおいて動物には何の権利もなく、ただいいように利用されあるいは迫害される。動物を飼育するということは、生命を預かるということだ。飼育している者だけの責任ではない。そうした仕組みによってほとんどの人間が幾許かの恩恵を受けているなら、飼育動物に対する責任はそうした仕組みを組み込んで生活している人間すべてにあるはずだ。そして今、人間は、個々には「かわいそう」とおもいながら、「なんとなく」「しようがない」と動物が飢えているのを知っても見殺しにしている。こんな状況がとても「嫌」だとおもうわたしも、署名したり請願書を書く以外のことはなにもできず（こうした動きがあることは友人におしえてもらった。ほんとうにインターネットの情報には疎い）、結局「しようがない」と言うなかの一人になっている。ここでもまた、わたしは共犯となっている。<br /><br />被災地の「助け合い」や、災害時における「自己犠牲」の精神を称揚し、「力を合わせよう」と「おもいやり」（？）を確認して人間の素晴らしさを述べ立てることが間違っているとはいわない。しかし、具体的な災害を免れ、とりあえず日常を送ることのできる余裕のある人間の目に映ることはそれだけではないはずだ。今回の原発事故には人間の駄目なところがわかりやすいかたちで凝縮している。「進歩」や「発展」を妄信した結果としての蹉跌、都合の悪いことからは眼を背け、都合のいいことだけ貪り尽くそうとする卑しさ、自分たちの失敗によって動物が死んでも、自分たちさえ生き残ればとりあえずはいいという傲慢。「いいところ」は「いいところ」として認めればいい。被災者にみられた「いいところ」を、自分の「いいところ」と敷衍してうれしがるのも勝手だ。しかしそれだけというのはあまりに欺瞞がすぎるのではないか。これまで「自明」であるかのように（個々に異論はあれど）みなされてきた人間の営みの破綻が、こんなにもわかりやすい形で示されているというのに、それを看過するつもりなのだろうか。「復興」という名のもとに、家や農業、漁業の再建と、経済の進歩を混同して語られるのは意図的な錯誤なのだろうか。前者はできるだけ早く実現されねばならないが、それとできるだけはやく「競争」に戻って従来どおり経済の「発展」を続けてゆくこととは同じではないはずだ（災害を機に衰退していた経済を復活させようなどという主張はもってのほかとしても）。すべてのものは成長し、そして衰退する。植物も動物（もちろん人間も含む）も、あらゆる天体も、宇宙さえいつかはなくなるという。経済だけが、いつまでも「発展」（「肥大」？）を続けられるとかんがえるほうが、文字どおり「不自然」ではないだろうか。<br /><br />この原発事故はそして、科学を絶対としてその「進歩」はともかくも素晴らしいというあまりに一面的なかんがえかたへの反問でもある。自然のすべてを説明し制御しようとした科学、それによって原子炉はうみだされ、「理論上」大丈夫と言われ続け、結果として手に負えない事故が起こった。いまだに原発は必要だと恬然と主張する人がいるが、これだけ人間の手に負えないものをまだ持ち続けようなどというのは、人間の力をあまりに過大評価している。今回はたまたま不幸な偶然が重なっただけだ、これからはもっと精密にするから大丈夫、といくら主張したところで、人間のすることに「絶対」などありえない。そして自然は人間が制御しおおせるものではない（大災害のたびに「想定の範囲を越えていた」と繰り返しているというのに、それでもなお「想定」を信頼するつもりなのだろうか。「想定」が無意味だとはいわない。しかしそれはつねに越えられる可能性のあるものだということは認めるべきではないか。それともいつかあらゆる事象が「想定の範囲」におさまる時が来るとでも信じているのだろうか）。原発を容認するひとびとは、理論どおりに原子炉を設計・管理すれば安全だという。しかし人間は失敗するものであり、自然は理論どおりにあるものではない。つまりすべてが理論どおりに収まることなど不可能だ。ならば理論どおりでなければならないもの、それを逸脱すれば取り返しのつかない事態をもたらすものはつくるべきではない。『幼年期の終わり』において「人類」を脱皮（「人類」を超越する存在）する兆候は、超科学的なものとして発現するのだった。『幼年期の終わり』が「真理」を語っているとはいわない。しかし、人間の妄信する「科学」は絶対ではない、その可能性は可能性としてであれ存在しうるのだということはもっと留意されてもいいはずだ。「理性」は万能ではない。人間の「理性」だけを信じることは、あらゆる「迷信」を信じるよりもずっと愚かで、そしてはるかにおそろしい帰結を招く。100年以上前に、こう記した人がいた。「狂人とは理性を失った人ではない。狂人とは理性以外のあらゆる物を失った人である」。時にその主張にはついてゆけないことがある人（わたしはそうだとうだけでそうでない人もいるだろうけれども）ではあるが、この言葉に関してはそのとおりだとおもう。<br /><br />現在のこの国は便利すぎる。そして貧しい国は貧しいまま、動物は不当なまでに軽んじられたままだ。自分の眼に見える範囲がよければそれでいいといわんばかりに。多くの人がおかしいとおもっているはずなのに、おそらくは現在の生活を手放す勇気がなくて、あるいは自分が言い出してもどうにもならないと諦めて、「なんとなく」看過してしまう。今回の事故はその醜悪を露呈させたはずだ。廃墟と化したおそろしく醜怪で陰惨な原子炉建屋はそのまま現在の安穏としたはりぼての生活の裏側だ。あれを見て、まだ人間の営みは間違っていない、人間とはただ素晴らしい動物だと信じられるだろうか。わたしはとても無理だ。人間は罪深い。宗教的な意味ではなく、ただ事実としてあまりに罪深い。そして自分もその一員として生きている。罪深さを憂えて死ぬのは簡単だ。それさえしかし、自己欺瞞ではないかとおもえる。生きている限り罪は増えこそすれ減りはしない。その重みに耐えうる限りは耐えてゆこうとおもう。しかし正直なところ、気が重い。いますぐ放棄してしまいたい。罰が与えられない罪というのは苦しい。それは過酷な罰でもある。生きていることが懲罰だということが、いまほど身に滲みて感じられたことはない。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yoko-mina/entry-10874192443.html</link>  
      <pubDate>Thu, 28 Apr 2011 00:01:37 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>無答責という懲罰</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 このところ、自分が嫌でしようがない。具体的な欠点がどうというのではない。それはそれで厄介ではある。しかし、個人の中で完結する「嫌」などしれている。克服できないにしても、ただ自分が「嫌」なだけで済む。いま陥っている「嫌」の泥濘は、もっと始末の悪い、大蒜を食べた後のように息をするだけで空気を澱ませる類のものだ。そしてこの悪臭は、大蒜と違って決して消えることはない。しかしかんがえてみれば、というまでもなく、この悪臭はいまに始まったことではなかった。ずっと匂いを撒き散らしながら、自分がそれを発していることに気づかないふりをしてきたにすぎない。雑踏の中で悪臭を曖昧にしてしまうように。悪臭を放っているのは自分だけではないのだし、その源が特定されることはないだろう、と。いま、ようやくそうした誤魔化しの「つけ」がまわってきているらしい。<br /><br />大地震からひと月半経って、被災地の外の人間（避難した人ではなく被災しなかった人）の多くは精神的に余裕がでてきていることだろう。報道などをみると、被害をさまざまな面から見ることもできるようになってきているらしい。しかしどれだけ切り口が増えても、結局災害や事故の悲惨、助け合いや献身の素晴らしさ、政府や東電の無策への批判に落ち着くばかりのようにみえる。切り口の多様化はいまのところ、わかりよい結論への細かな変奏でしかない。被災地の外にいる、被害を受けなかった人間が、何度も流れる廃墟の映像に、毎回同じ反応をし続けていてもしようがない。被災者の痛みなど、いくら想像しても共有できはしない。だからといって共感しようとすることが無駄というわけではないが、いつまでも「かわいそう」「大変ですね」を繰り返しても仕方ない。あれこれ想像をめぐらせ、自分だったら、とかんがえ悲しんでみても、過剰な想像には僅かであれ傲慢が混在してしまうのではないか。わからないということに居直るのは論外だが、わかりえないことにある程度謙虚であること、慎みをもつことも大切であるようにおもう。ともあれひと月半以上経った今、被災者でない人間、日常を送ることのできる人間がそこにとどまるだけでいるのは怠慢であり、かんがえることの放棄ではないだろうか（わたしがかんがえたところでどうしようもないにしても）。平穏な日常を送ることができているならば（被災地に入ってボランティアをしているなどであれば別だが）、そこでこそ、暇と余裕があるからこそ、かんがえられることがあるはずだ。にもかかわらず、いつまでも被災者の声や「今後に役立つ」避難方法、あるいは原発にまつわるさまざまな数値ばかりが繰り返され、そこから派生する言辞といっては「助け合い」の素晴らしさや「日本人」の「礼儀正しさ」への自画自賛、これを機に一致団結して復興にあたろうという茫漠たるスローガンなど、どこかしら浮ついた、耳障りのいい誤魔化しばかりが散乱している（経済の退潮をいかに食い止めるかといったものもあるが、だいたいにおいてそういうことを言うひとの議論は、自分の主張に都合のよくことを運ぼうとしているようで、我田引水のきらいがある）。大地震後のさまざまな反応や言説を眺めながら、すっとどうしようもなく居心地が悪かった。そのことを整理しようとして、そのたび失敗した。いくつもの深刻な問題があるようにおもえ、しかしどうすればいいのかがわからず、いつも繰り言に終始するばかりだったから。しかしこたえがみあたらないことは、わたしの無知や頭の悪さばかりが原因ではないのではないか、そしてこたえがみあたらないことこそ現在生じているさまざまな問題が深刻であるゆえんではないかとおもうようになった。それだから、どうすればいいかおもいいたれないまま、ともかくもなにが問題におもえるかを書いておくことにする。こんな辺境でおもうところを書いてもなんら影響はないことくらいわかっている。ここに書いたからといってわたしがなにもせず沈黙していることへの言い訳、自分への慰みにさえなりはしないということも。知らないこと、わからないことが多いので、間違ったことばかり書いてしまうかもしれない。整理できていないことばかりでもある。それでもなお、いま書けることを書いておきたい。<br /><br />非常時に、悲惨な話と同様「いい話」は見つけやすい。被災地において、あえて「わるい話」（人間の悪いところ、穢い話、という意味）を探すことはない。しかし、被災地の外にいる、被災しなかった人びとが、被災地の「いい話」を「わたしたち」の「美点」として安易に回収し、「わたしたち」の素晴らしさと頷く満足顔はとてもいやらしい。地震後には電池やカイロや防災用具が、原発が爆発すると水や食料が買い占められたことについて（自分はそれをしていないから関係ないとはいえないはずだ。被災地の「いい話」が「わたしたち」にもあてはまるならば、買い占めなどの「いじきたない話」（自分のためではなく、被災地の近親者に頼まれた人もいるが、そうでない人もいた）も「わたしたち」にあてはまるだろう。わたしはそもそも被災地の「いい話」を、まるで自分もそうできるかのように誇らしげに語ること自体に嫌悪がある。しかし自分は他人の「いい話」をわがことのように簒奪することもなければ、買い占めに走ることもなかったと言ったところでしようがない。なんらかの事情によってあるとき自分が嫌悪することをしてしまう可能性はつねにあるのだ、所詮は同じ孔の狢なのだというところからはじめなければ、どれだけかんがえても自己保身に堕すことを免れず、優越感に浸って気分よく安心するだけで終わってしまうようにおもう。<br /><br />大災害を傍目に遠くのひとびとがみずからの「無力感」を口にする。それは素直な気持ちではあるだろう。いかに悲惨をおもいこころを痛めたところで、瓦礫ひとつ動かすことができない。自分の力でできることなどしれている。そして自分は自分の生活があり、それを擲つことはなかなか難しい。映像や写真で、あるいは報道記事でどれだけ被害を知っても自分の日常は平穏に続いている。仮に、それへの違和から、せめて環境だけでも似せようと食事を絶ち入浴をやめ野宿をしたところで、せいぜい自分への慰みにすぎず、当然、被災者の環境には露も影響はない。日常をおくるなかでは時に災害のことを忘れさえする。自分の心痛さえ怪しいとおもえてくる。あるいは他者の悲惨を看過してしまうことへの言い訳にすぎないのだと。日常は「不条理」に充ちている。なにかおかしなことが起こるからではない。なにも起こることなく、平穏な日常が送れてしまうということそのものが「不条理」だ。それはかなり以前から感じていたことではあったが、3月11日からの一連の出来事をながめながらこれまでになく強く迫ってきて押し潰されそうだ。<br /><br />「無力感」を口にする人は、さきに書いた意味での「不条理」をそう呼ぶのだろう。しかし「無力感」という言葉はどこか言い訳じみて響かないだろうか。わたしにとって、「無力感」などいまに始まったことではない。自分が「無力」であり「無駄」でしかないことはすでに知っている。わたしは日常においてなんの役にも立たず貢献もせず、世界を嫌悪しながら世界に寄生し続けてきた。代替可能どころか代替されるべき「役割」さえもたなかった（そういえば以前、「自分は誰からも必要とされていない」と託つ人を特集する討論番組があった。それに対し批判や励ましなどいくつもの意見があったが、なぜ「自分が誰からも必要とされていない」ことを認められないのか、そしてそのことを誰も指摘しないのかとても不思議だった。絶対に「必要」な人などいない。いなければいないようにすべては流れてゆく。それはごく当たり前のことではないのか。そうでないほうがよほど気が重い。「いてもいい人」とみなされるだけでじゅうぶんではないのだろうか）。世界には悲惨が溢れていること、戦闘を日常として生きざるをえない人びとがあり、繰り返される虐殺に曝される人びとがあり、飢餓や疫病に苦しみ続ける人びとがあり、過酷な労働と貧困にとどめ置かれる人びとがあり…、そのほかわたしの知らない理不尽に塗れた人びとがある。そういうことを「なんとなく」知りながら、「しようがない」と、自分は「無力」だからと、日常を送ってきた。便利で安穏とした生活（の一部）は遠い地における労働者の搾取、不当な低賃金によって成立していることを知りつつ、しかし「しようがない」、どうしていいかわからないと、その恩恵を享受し続けてきた。「無益」で「無力」な自分という存在が生きるために、容易には見えない多くの人びとを虐げているらしいことを感じつつ、見えないかのように暮らしてきた。おかしいことはそこここにあるとおもいつつ、自分の好きなことややりたいことを優先させてきた。そんな自分は嫌だったが、その「嫌」と対峙することは避けてきた。<br /><br />福島の原発事故に際して、この「嫌」が過度に凝縮して感じられる。原発周辺の放射線量や原子炉の水位については日日細かく伝えられ、そのいちいちに専門家の見解が仰がれる。そしていかに「安全」を護るかといった情報が溢れている。それはそれで大切なことだとはおもう。情報は伝えられればいいし、専門的なことをわかりやすく解説してくれる人も必要だ。しかし、実質的な被害をまだ被っていない大多数の人間が注意を向けるべきことは、それだけだろうか。原発は必要か否かといった議論はある。それもまた必要だろう（わたしは議論するまでもないとおもうけれど。原発を廃止すれば電力が足りないというなら供給の範囲内での生活に切り替えればいいだけのことだ。現在のこの国の標準的な生活は便利すぎる）。しかし意図的にかどうかしらないが、原発のことは終日話題にされるのに、作業員のことはあまり触れられることがない。情報がないにしても、「報道」ではなく「話題」としてそこここで言及されてもいいはずだ。しかしそれもほとんど見当たらない。原発で作業にあたった自衛隊員や消防隊員のコメントは時々ある。まれに、作業してきたという人のインタビューも目にはする。しかしそうした情報はただ流されるだけで、それについてなにか言うひとはほとんどいない。<br /><br />爆発後、一時は50人に減った、750人余（記憶は不正確だけれどともあれ大半）が退避したのちも残ったという作業員のことが発表当初から気になっていた。しかしそれについての情報はほとんど得られなかった。少なくともテレビや新聞で目につくかぎりはほぼ皆無だった。インターネットでしっかり探せばあったのかもしれないが、インターネット検索に不慣れなわたしは見つけることができなかった。数日経って、海外のメディアが作業員を賞賛しているという新聞記事をみつけた。そこで、海外で報道からの「引用」によって、はじめてごく僅かながら作業環境についての情報をえた。そのとき疑問におもった。なぜ日本で起こった事故を収束させるべく働いているひとびとのことを、外国の報道で知らねばならないのか。<br /><br />賞讃や感謝の念は誰もが抱いていることだろう。しかし事故後いままでずっと、この国の報道機関はほとんどそういったことをとりあげないし、とりあげてもごく簡単に済ませてしまう。あらゆる「悲惨」に飛びつこうとする報道が、かくも明らかな事態の異常にほとんど触れようとしないのはどうしたわけか。あまりに不自然なので、報道機関が自己検閲しているのではないかと勘繰ってみる。なぜそのようなことがなされるのか。情報を伝える方も受け取るほうも、それに対してどうしていいかわからないからではないだろうか。実際、他の人はどうかんがえているのだろうかと報道以外の文章、たとえばコラムなどをみても、目にした限り原発作業員について言及されていることはほとんどない。決して些末な問題ではないはずなのに、まるで黙殺されている。このことは、事態への態度決定の難しさを示しているようにおもう。感謝にせよ賞讃にせよ、そういったことを安易に口にすると、どこかしら「他人事」のように響いてしまう。しかし自分が（とりあえず）安全で平穏な日常を送り続けていられるのは作業員たちの犠牲あればこそだ。そのことに後ろめたさがある。彼ら/彼女らの「過酷」を具体的に知れば、ひじょうな罪悪感から眼を背けることができなくなる。罪悪感をもてあまし、どういった態度をとるべきか困惑する。それゆえに報道機関は報道を控え、ほとんどの人が言及を厭うのではないだろうか。こうして情報を伝える側も受け手側もあたかもそのような事態が「ない」かのように振る舞い、ゆえに公にはなかなか大きな話題となることがない。あらゆる被害について姦しいまで言及しながら、原発作業員についてだけ、ほとんど沈黙している。せいぜい数百キロ離れたところで、自分たちの日常を護るために命を賭しているひとびとがいるというのに、そのことについて「だけ」は不気味に黙り込んでいる。なすすべなく、発言力もないわたしは結果的に、この沈黙に荷担してしまう。そんな自分がとても「嫌」だ。<br /><br />作業環境について原子力保安員の会見があったとき、報道はされたものの、ほとんど注目されることがなかった。わたしが知らなかっただけかもしれないが、すくなくとも報道としては、ただ内容を流す以上のことはしていなかった。すでに事故から二週間ほど経っていたように記憶しているが、その時点で一日二食、朝はビスケットと野菜ジュース、毛布一枚の雑魚寝で、ひとによってはお手洗いの前で寝ているとのことだった。これを聞いて愕然としない人がいるだろうか。汚染された空気の中、死の恐怖を間近に作業を続ける人びと、最悪の事態を回避するため、「わたしたち」の安全のため従事する人びとが、かくも過酷な状況にあるということを知って、落ち着いていられる人がどれだけいるだろうか。にもかかわらず、こうしたことはたいして言及されることがなかった。放射線量の変化、水や作物の安全性ばかりが話題になり、関西ですら店頭から水が消えた（知り合いに頼まれて送った人もおおかったのだろうけれど）。<br /><br />原発の作業員はまるで生贄のようだ。かつて神の怒りを鎮めるため生贄が供されたように、原子炉を鎮めるため作業員が送り込まれる（死ななければいいという問題ではない。それは結果論だ）。被曝量の上限が引き上げられた頃、「専門家」の談話として、「仕事だからしようがない」「東京電力が責任をとるのは当然だ」といったものがあった。これほど危険で過酷な作業をただ「仕事」だからおこなうのが当然ということがはたしてできるものだろうか。わたしはとうていそうはおもえない。一社員が命を賭してまで責任をとらねばならない「当然」などあっていいはずがない。「使命感」や「責任感」から作業を望むひとはいるのかもしれないが、それを「当然」とみなすことはできない（自分がその立場だった場合、誰もが作業したいと願い出ると断言できないならば）。東京電力は原発によって「いいおもい」をしてきたのかもしれない。それは社員の給与の一部となっていたかもしれない。しかし、そのことが社員が命を賭けてまで責任をとらねばならない理由になるとはおもえない。百歩譲って、仮に東電社員が作業にあたるのは「当然」として、ではどういった正当性をもって「派遣」される下請けや孫請けの社員が作業することが「当然」と言いうるのか（今後仕事を続けるためとか生活のためといった個々の事情があるにせよ）。<br /><br />ところで先日テレビで作業員への高額報酬が是か非かといった議論がなされているのを観た（わたしは自分は作業に行くことがないという前提でそういったことをこの段階で話題にすること自体がどこかおかしいようにおもうけれど。かんがえるならば、自分も作業する可能性がある前提でなければ観念的な綺麗事で終わりかねない（実際そうだった）。思考ゲームではなく、実際に今起こっていることなのだから）。ともかくも報酬がいくらだろうと生命とお金とを秤にかけるような要求自体が尋常ではない、あってはならないことだとわたしはおもう。愕いたのは、高額な報酬は払われるべきでないという意見が大半だったことだ。その理由として覚えているものは、高額報酬にすれば貧しい人が必然的に従事しなくてはならないので不公平となるからおかしい、「忠誠心」や「責任感」に求めるべきだという意見と、生命に値段をつけることになるから間違っているという意見。どちらも一理ある。しかしたとえば前者について、報酬を平時のままにしたところでそこで所得格差による不公平が解消するわけではまったくない。いずれにせよ「お金持ち」はほとんど危険な作業を強いられる作業員にはならないだろう。どのようなものであれ人が嫌がる仕事に従事する割合は、金持ちより貧しい人のほうが圧倒的に多い。それはたしかに「公平」ではないが、どのような仕事も誰かがしなくてはならないならば、仕事を持ち回りにするという非現実的な社会制度に変更する以外に解消の途はないだろう。もし今回に限り「公平」を重視するのだとして、ならば全成人対象の籤引きでもすれば収入格差における公平性は保たれるかもしれないが、果たしてこの制度が多くの賛同を得ることができるだろうか。まず無理ではないかとわたしはおもう（そして後述するが、問題のひとつは誰でもできる作業ではない、そこには特別な知識や技術が必要だということだ）。後者の主張でゆくと、平時の報酬額ならそのひとの生命はそれだけの価値しかないということになるはずだ（後者のようなかんがえかたをすれば、さまざまな補償も「お金の問題ではない」からと成立しなくなる。しかし、たとえお金で被害が完全に解消しえないにしても（むしろ被害の大半はそうだろう）、そうするほかにないこともあるはずだ）。報酬が高額であろうとなかろうと、作業員になって「当然」のひとなどいないはずだ。生命とお金を天秤にかけることなどできはしない。さまざまな事情を鑑みて「しかたない」とおもう人もあるかもしれないが、そうした判断を迫ることそのものがおかしい。高額な報酬でなく「忠誠心」や「責任感」によって自発的になされるべきという主張はも、こうしたことへの違和に由来してもいるはずだ。しかし作業に当たるひとには、「命の値段」云々ではなく、感謝の表現としてそれなりの報酬を支払うべきだとおもう。感情を金銭に換算することが必ずしも正しいとはおもわないが、それ以外に方法がないこともある。お金ではかえって失礼だと、仮に感謝の気持ちの表現として国民全員が「感謝のお手紙」を書いたとしたら、それだけで「感謝」の表現としてじゅうぶんかといえば、そうではないはずだ。<br /><br />東電の批判はすればいい。そのときしかし、批判対象のなかに自分も幾許か含まれていることを、いったいどれだけのひとが意識しているのだろう。批判することで自分と対象との立場を切り離し、相対的に対象を「誤」に、自分を「正」において安心してはいないだろうか。自分は東電の電力供給を受けていないというかもしれない。原発に反対だったというかもしれない。しかし身の回りの製品すべてに、東電の、そして原発でつくられた電力が関係していないということはまずないだろう。その電力圏内で生産・製造されたものはいくつもあるはずだ。原発に反対だったといっても、それではそのためになにをしてきただろうか。その活動をずっとやってきたというならともかく、漠然と原発はいらない、とおもいつつしかし原発でつくられた電力を消費してきたならば、自分は原発に荷担していなかったということがはたしてできるだろうか。わたしは原発政策はおかしいとおもいながらしかしおもうだけで、その他のことにかまけてきたので、やはり自分は共犯だとかんがえている。個々人の意見を政策に反映させうるわけではないのだから、しようがないというかもしれない。たしかに政策のほとんどは自分の意志とは無関係に決定され施行されてゆく。しかし一応は「民主主義」を、間接民主制を採用した国で生活している以上、政策と自分の意見が違うからといって自分は愚かな政策全般に無関係だと言うことには無理がある。すくなくともわたしはそうおもうことはできない。どうすることもできないにしても、しかしその罪悪は受け止めなければならないとおもう。しかしそうしたことを言うひとはほとんどいない（ひとりだけ原発は全員の罪だといったことを述べている人のインタビューを読んだが、些か感情的すぎる印象を受けた）。<br /><br />かつて、経済優先で生じるさまざまな問題、荒廃に対して、その結果について責任を持つことが「知識人」の責任だと言ったひとがいた。「みんなが散らかしたあとは、あるいは散らかす前から、散らかしたあとのことを予想してなんかをやるというのが知識人」だ、と。震災後、目につくものをいろいろ読んでいると、この言葉をおもいだす。この事故は「知識人」と呼ばれる人びとの責任だという気は毛頭ない。よって反省や懺悔を迫るつもりもない。しかし言論を仕事とするひとびとは、言葉よりも自分を大切にしすぎてはいないだろうか。「なにを言うか」よりも、みずからの発言によって「どう見られるか」を優先しているのではないだろうか。もちろん誰もがそうだというわけではない。しかし人びとにとって耳障りがいいとおもえる事柄については多くを書き、自分を安全圏において批判できるときばかりは威勢よく、都合の悪いことにはほとんど触れないひとたち、曖昧な論理を流行の専門用語で粉飾して恬然としているひとたちが最近増えたようにおもう。ほとんどの「知識人」（学者、評論家、文筆家など、公の媒体で言論を発表する機会に恵まれる、かんがえることを仕事とするひとびと）が「無力感」、哀悼などを述べながら、それら言辞にはどうしようもなく空疎で浮薄なところがある（表現を専門としているにもかかわらず）。書かれていることが嘘だと言うつもりはない。しかし、それだけでいいのかと歯痒いおもいがする。災害への心痛も、政府や電力会社への批判も、どこかしら暢気に響いてしまう。語るべきことは他にもあるはずだとおもう（わたしが知らないだけならごめんなさい。情報は紙媒体がほとんどで、インターネット上などでなにが言われているかには相当疎いので）。<br /><br />今回の原発事故は、現代の人間（「繁栄」を享受しえているひとびと）の営みへの根本的な断罪ではないのだろうか。ひとびとは（わたしも）原子力政策は間違っているとおもいながら（そうでない人もいるだろうが）、それを横目に自分は自分の関心事（仕事にせよその他にせよ）に集中してきたはずだ。たとえいかに社会を憎悪してきたとしても、殆どの人はともかくもその中で、その恩恵を受けながら生きてきたはずだ。「進歩」「発展」が漠然と、しかし頑なに是とされる社会によって開発された夥しい製品を使ってきたはずだ。反対していたとしてもともかくも原発が建設されることを容認してしまった。そこでうみだされる電力で、現在の生活の幾許かをまかなってきた。ほどんどのひとがそれを享受してきたはずだ。今回の原発事故は、そうしたこれまでの人間の営みの破綻を露呈させている。事故に対して、状況が解らない、放射線量が高くて作業できないなどと言って、場当たり的な対処しかできていない。その間ずっと放射能は海へ空へ土へと広がり続けている。原発をつくった人間はその被害のほとんどを食い止めることができない。事態収束のために作業員に依頼しなくてはならないが、それらのひとびとは技術や知識のある人（それらはその人たちがみずからの時間と労力を費やして得たものだ）であり、「責任感」のある人であり、「忠誠心」のある人たちだ。多くの人の生活（その中には自分とその家族のために水や食料を買い漁った「自分がよければそれでいい」類のひとも当然含まれている）を守るためとはいえ、なぜそうした「美点」をもっている少数の人たちが犠牲にならなくてはならないのかという問いに、こたえはない。もちろん「美点」があるからやるべきではないというわけではない。しかし、誰かがやらねばならない、その「誰か」となることをある属性の人（「忠誠心」「責任感」「経験」「知識」「技術」のあるひとたち）に無言で半ば強要してしまっているようなのは、どうにも居心地が悪い。誰にでもできる作業ではないということは事実として、しかしそれを楯にしすぎて多くの人が「他人事」のように振る舞っている気がする。従事する人をどのように選んでも理不尽にならざるをえない「必要な作業」はだから、本来あるべきでなく、よってそのような状況を誘発する可能性のあるものをつくるべきではないとおもう。<br /><br />日本に住む人びとの殆が幾許か原発の恩恵（そこでつくられる電力と関連した製品を使用しているなどという意味で）を受けていたにもかかわらず、事故によって甚大な被害を受けねばならないひとはごく一部に集中してしまう。被害を受けたひとたちは、住み慣れた土地を追われ、仕事を喪い、いつ戻れるかまったく予測が立たない。しかもそれは天災ではない。人災だ。すべてがあまりに理不尽にすぎる。この事故がおしえる、とても大切で単純なことは、人間が身の丈に合わない「進歩」「発展」を目指してきた、それは間違っていたということではないのだろうか。何事でも失敗することはある。しかしその失敗を自力で補えないことは基本的にすべきでない。金儲けのために多額の借金をしてまで投資をして、結果損をして破算しても同情されないのと一緒だ。これまでの「進歩」「発展」を是とするかんがえかたを、「わたしたち」は反省し、転換すべきではないのだろうか。このままずるずると、曖昧なまま過ぎ去ってしまいそうで、その流れにのまれてしまう自分がとても「嫌」だ。こんな片隅でぼそぼそと文句をいったところで、現状では結局のところ「共犯者」にならざるをえない。<br />（長くて入りきらないらしいのでここで分割）
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yoko-mina/entry-10873890231.html</link>  
      <pubDate>Wed, 27 Apr 2011 23:58:04 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>「自己満足」に言い訳は必要か？</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 　新聞のコラムに、被災支援における「自己満足」について書かれているものがあった。ネットで情報を流したりクリックしたりするだけで貢献した気になっているのは「自己満足」だという批判があるのだという。それに対し書き手は、開発されたばかりらしい節電ゲームを例に、ゲームという娯楽要素を取り入れつつ節電に貢献できるという発想は「秀逸」であり、こうしたところに押しつけがましくない小さな善意の集積が大きな結果（社会貢献）に繋がるという新しい「連帯」の可能性がある、と結んでいる。<br /><br />　明らかにすれ違っている。「自己満足」と批判するひとたちがどのような意図でその言葉を使っているのか詳しくは知らない。おそらくそこには、指先一つでできる程のあまりに手軽なことをしたからといってなにかした気になることへの違和も含まれるだろう。そういうことならある程度理解できる。対してこの書き手は、ほんの些細な行動で結果が得られるのだからそれでいいじゃないかと反論している。前者の焦点は、結果にあるのではなく、たとえばクリックしただけで貢献したと安堵を得ることにあり、後者の焦点は、いかに手軽で気楽なことであっても、極端な話、なにもかんがえていなくても、結果として「社会貢献」になるのならそれでいいはずだ、というところにある。<br /><br />　例に挙げられたゲームは端的に「新しい」ものではあるのだろう。開発されて間もないというのだから。とはいえ些細なことが他者のためになるという発想そのものは、募金などすでに馴染みある方法と比べて、特段の目新しさはない。街頭募金に千円入れたからといって自分がそれで幾許か貢献したなどとかんがえたり、あるいは被災者のことを想っているのだという根拠とみなしたりするのは烏滸がましい、と感じる人は多いだろう。わたしは強く感じる。かといって「自己満足」に過ぎないから募金をすべきでないのかというと、それではたいていの人は募金する「資格」がない、ということになってしまう。結果、お金が集まらず、お金を必要としている人が困る。だから（わたしは）偽善ではないのか、安穏と暮らし続ける自分への言い訳ではないのか、とおもいつつ、しかし募金をする。しかも微々たる額を。<br /><br />　お金は必要だから募金する、それだけのことだとおもいつつ、しかし安直な方法だということは自分の行為に関しては否定できない。環境が整ったときにでもボランティアに行くならすこしはましだとおもうけれど、技術はないし、体力もない、その他状況や家庭的要因などもあり、たぶん行けない。しかしそれは「不可能」の理由にはならない。なぜならわたしと同じような条件・状況にあっても行く人はきっといるだろうから。「行けない」ではなく「行かない」と言うべきだ。わたしは自己都合を優先させているにすぎない。誰もが献身的ではありえないとかんがえるなら、そのことで特段引け目を感じることはないかもしれない。そうはいっても、すくなくとも簡単に肯定してしまえることではない。<br /><br />　過程を重視するか結果を重視するか、ひとによって異なるだろう。わたしはずっと前者のかんがえかたなので、「自己満足」という批判には、みずからにたいするものとしてある程度頷いてしまう。とはいえ後者のかんがえかたを否定する気はない。ひとそれぞれなのだろうとおもう。個々のこころの裡なんてわからないのだから、そこに立ち入って「あなたの行為は自己満足だ」などというのは大きなお世話だ。だから自分に限った話として、この種の葛藤は今回に限ったことではなく、さまざまな場面において相当昔から幾度も出くわしてきた。そこを捨象して結果がいいならそれでいいじゃないか、というのは、安っぽい言い方になるけれど、人間を手段としてしか見ていないようにおもう。あるいは微細な部品の一部として。結果が社会の貢献に繋がるなら個々の事情も心情も考慮・斟酌不要、集合としての結果に意味があればそれでいいというなら「「私たち」は歯車です」ということだ。大きな社会においては人間なんて所詮歯車にすぎないという見方もあるだろう。当人がそうだというならそれは勝手だからそうおもえばいい。ただ、わたしは自分がこの社会において部品にすらなりえていないどうしようもない存在だと認めたうえで、しかしその「私たち」に組み込まれるのは遠慮したい。使い物にならない錆びた鉄屑でいい。ほんの一瞬、微々たるちからを発しえたとしてそれだけであたかも恒常的に使いうる部品であるかのように他者と頷きあうのはごめんだ。他の人がこの問題についてどのような解決をしているのか、わたしは知らない。しかし、ゲームで楽しみながら社会貢献もできてみんなが幸せ、それでいいじゃないか、つまり結果だけで過程乃至行為の内容は問わない、あらゆる感情も心情も個別的事情もいっさい無視するというかんがえかたは「自己満足」でさえなくただの欺瞞だとおもう。心情とか個別の事情とかいった細細したことが行為の結果より重要だといいたいわけではない。そのような比較はさして意味がない。ただ、行為における混淆した心情を行為の結果によって滑らかにし、見てくれのよい肯定的な「意味」を賦与し納得してしまうことには抵抗がある。行為の結果のみを重視するなら、この生の長々とした（かもしれない）時間をどうやってやり過ごせばよいのか、茫漠としたおもいがする。行為の内情は不問のままに結果から帰納するかたちで行為を意味づけるという発想は、自分を過剰にかわいがっているようにみえてしまう。ゲームで貢献することを否定するわけではない。ゲームが楽しいならすればいいとおもう。あらゆる些細な行為においても同様。その結果だれかが助かるのだから悪いわけはない。ただ、そこにおいて、ゲームをすること（あるいはささやかな行為）に対する「連帯」だの「新しい社会貢献」だのといった意味づけは過剰であり欺瞞ではないかとおもえてしまう、それだけのことだ。<br /><br />　そういえばここ十数年、「社会運動」などにおいても、楽しければいいじゃないか、という物言いをよく耳にする。ゲームでも貢献すればそれでいいじゃないかという口吻はそれとよく似ている。別に辛くなくてはいけないという理由はないから、楽しくてもいいだろうとはおもう。とはいえそれはあくまで副次的なものであって、「楽しい」を目的として、そのついでにある要求を掲げてデモンストレーションをしています、というならば、煩いだけだからそれは仲間内で、防音設備のあるところでやってくださいといいたくなる。そもそもデモンストレーションという手段自体が、すくなくとも現代のこの国においては、いかに悲壮感を漂わせたところで「自己満足」を含み（わかりやすさに比して結果・効果（への欲求）が乏しいことが多いようにみえる。すくなくとも数少ない経験ではそのように見えた）、かつ直接的な「当事者」でなければみずからへの言い訳でもあるのだから、それ以上にさらなる「楽しさ」を求め、「楽しそう」な要素を附加するのは欲張りすぎるのではないだろうか。楽しいうえに社会的なアクションをしているという「お得感」があるとでもいいたいのだろうか。「真面目さ」や「権威的なもの」への反発やそこからの脱却の欲求というものがあるのかもしれない。そういう気持ちならばわからないではない。そういう方法論がある程度有効だったときもあるのだろう。しかしすでにたしからしい「真面目さ」も「権威的なもの」もありはしない。それらが相対的に過ぎないことは誰もが知っている。にもかかわらず、いまだ意図的に「不真面目」であろうとしたり「不道徳」とおもわれていたことを肯定することで「反権威」を標榜したところで、それはもはや自分のなかの「真面目」や「権威」や「道徳」を「現実」に幻視して格闘している滑稽な一人芝居にすぎない。そういうさまを見ていると、このひとは幽霊退治をするといいながら、幽霊がいなくなるとたちまち困るのだろうなとおもう。とはいえそもそも当人にしか見えない幽霊なのだから、当人が否定しない限り幽霊が消えることはないのだろうけれど。幽霊と踊りたいならばいつまでも踊りつづければいい。可能ならば、そのさまは視界の外にあればいいとおもう。<br /><br />　脱線ついでにもうひとつ書くと、最近なにかを積極的に評価しようとするときよく使われる（先のコラムでもそうだった）「連帯」という言葉もずいぶん都合良く利用されたものだとおもう。地縁、血縁諸々旧来のつながり、「連帯」、その幻想を否定するのが「新しい」とされる一時があった。それらに拘る究極的な根拠はない。そのとおりだ。結果ひとは孤独になる。それはやはり寂しいから新たな「連帯」を模索しましょう、というのが最近の流れらしい。個々が勝手に好きなことをして、仮想空間に集積して、それをもって一塊とみなし「連帯」と名づけるというのは安易すぎる気がするけれど、このようなことを書くと「古い」などとおもわれるのかもしれない。しかし地縁・血縁が幻想ならば、仮想空間の「連帯」も幻想といいうるはずだ。その先に他者は確実にいるのだと言ったところで、ネットで気儘に都合のいいときだけ繋がることと、「連帯」といったいなんの関係があるというのか。きちんと言葉を再定義する労を厭うて、頭に「新しい」とつけただけで、なにかが更新されるわけではないはずだ。地縁・血縁はつきつめてゆけば無根拠だから信頼するには足りず、仮想空間はそもそもが無根拠だから信頼に足るということだろうか。すべてが無根拠ならば、地縁・血縁を含めてなんでもありということになるはずだけれど。<br /><br />　閑話休題。気軽な支援を「自己満足」と批判する側も、それは「自己満足ではない」と肯定する側も、「自己満足」を否定的に捉えていることに変わりはない。たしかに「自己満足」という言葉は否定的に使われることが多い。つまり「自己」「だけ」が「満足」しているのだ、と。しかし「自己満足」を単に「自己」の「満足」と解するならば、人間の行為の大半は「自己満足」だろう。ある行為とその結果には、多少なりと時差がある。すくなくともある行為をしようと決めたとき、原理的に結果はわからない。結果としていかに多くのひとに貢献したとしても、その行為がみずからの欲求や願望を源泉とするなら、その点において「自己満足」といえる。傍から見ていかに献身的であれ、まったく私を滅して、完全なる自己犠牲のもとなにかに貢献するのでないかぎり、そこにみずからの歓びがあるのだろうから、「自己満足」といいうる。それを否定する必要はまったくない。「自己満足」という言葉を言葉どおりにうけとるだけのこと、あえて否定的に解釈する必要はない。ただ自分に歓びがあるから、放っておくほうが嫌だから誰かを助ける、それは「自己」の「満足」だけれどだからといって責められる謂われはない。自分の意志や感情を滅して、それらを完全に否定して他者に隷属することなど、絶対的な強制でもないかぎりほとんど不可能なのだから。「自己」の完全なる犠牲のうえに他者のみを尊重することなど、自分にも他人にも要求することはない。支援において行為は幾許か「自己」の「満足」だ。その結果として「他者」の「満足」の一端となることを志向するにすぎない。結果は他者のものであり、それだけでしかなく、過程は自分のものでしかない。双方を無理矢理くっつけようとするから、先のような議論が起こるのだろう。「自己」の「満足」ばかりに焦点をあてそれを批判し、ゆえにその結果としての「他者」の「満足」を斟酌しないことに違和があるのと同様、「他者」の「満足」にばかり焦点をあてそれのみによって「自己」の行為を評価し「満足」を得ることにも抵抗がある。この乖離を解消することはたぶん不可能だ。ただそれがあると知って、そこで自分なりに均衡をはかるよう努めればいいようにおもう。すくなくとも自分はそれ以外の整理の仕方がみつからないので、みつかるまではそうするほかに術がない。　<br /><br />　いまのところわたしは「自己満足」であり、自分への言い訳であるとおもいつつ、細々募金し続ける以外の姿勢をみつけられずにいる。そこに「連帯」があるなんてかんがえない。あくまで自分のこころを鎮めるため、「自己満足」だ。それが悪いとはいわない。ただ、所詮それだけのことにすぎないということを、あれこれの言葉で装飾して誤魔化したくはない。なにもかんがえずに支援できるならそれでいい。なにかかんがえてしまうなら、そこにおいてくらいせめて自己弁護、言い訳はしたくない。些細なことしかできない、安穏と変わらぬ日常を享受することを選ぶ自分は狡い、情けないとおもうなら、いったんそれを認めればいい。狡くないんだ、情けなくないんだとことさら言い訳する必要がいったいあるだろうか。ふじゅうぶんな自己を過剰に否定することはない。誰しもすべてに完璧なことなどできはしないし、各各優先順位もある。それをすべて個々の事情として否定して、他者のための貢献が一番と謳うなら、それは全体主義への第一歩となるだろう。同様に、過剰に肯定する必要もまたないはずだ。それはみずからの身勝手や利己心、自己本位の見方から眼を背けることにしかならない。とりわけ他者を支援しようという試みにおいて、無理矢理肯定的な意味を賦与し行為を飾り立てようとするのは、あまりに身勝手であり、自己の行為悉くが有意義であり有意味であるとみなそうという欲望にはほとんど「あさましい」とさえ呟きたくなる。（そういえば最近、災害時における人間の「連帯」に注目しようという風潮があるらしいけれど、ずいぶんと高みの見物をするものだとおもう。わたし自身、かつて「被災者」だったことがある。16年前の大地震、自宅は壊れなかったけれど、周囲の家の多くは倒壊し、一時は食料も水も電気もガスもなく、それなりに困った。もちろん死んだわけではないし、家もあったのだから被害の程度はたいしたことないといえばいえる。しかし軽いからなにも言う資格がないとか重いからあるとかいうものでもないとおもうから、すこしだけ書いておく。地震への備えなんてまるでなく（そもそもこの地域にそんなものが訪れるとさえおもってもいなかった）、過ごし方もわからなかったから、見知らぬ人とも声をかけあって助けあい、情報を伝えあいながら過ごした。別に突然善人になったわけではない。状況が変われば行動も変わる、それだけのことだったようにおもう。すくなくとも自分に関しては。とはいえいたるところに「いい話」はいくつもあった。それは否定しない。しかし「いやな話」だっていくつかあった。非常時に乗じて狡猾に立ち回る人びとの姿も見た。それはいまだ外には出ていないらしい。どこだって聖人ばかりがいるわけではないのだから、それらを拾い上げて「人間の醜さ」の標本の如く露悪的に言うことはない。ただ、人間が完全に善でないなら、いかなる非常時でも悪いことをかんがえ、行うひとはいるということだ。たがいに助け合うのは、そうしなければ生きてゆけなかったからだ。もちろん自己保身のためということではない。傍らで困っているひとがいて、それを無視することのほうが難しく、だから手を伸ばす、災害時にはその機会が飛躍的に増える、それだけのことだ。そして日常に戻れば、つかの間の「連帯」（たがいに困っているときに助け合うことさえそう呼ぶのだとすれば）なんて霧消する。それだから家を得て表面的には「日常」に戻った後、復興住宅における孤独死が問題になったりするのだろう（もちろん震災後、ネットワークができたりということはあるけれど、多くの人はただ「日常」に戻っただけのように見える。すくなくともわたしが見る範囲ではそうだ）。そういう細かなところが見えない（見ない？）ほどの位置から眺めて、助け合っていますね、美しいですね、新たな「連帯」の可能性ですね、などと自分たちの「思想」に都合の良いように意味づけられても、渦中にいる人間からすればまったく関係のない、「使える」要素だけ拾い集めて自分好みに再構成された空疎な言説と感じざるをえない。すくなくともわたしはそう感じる。）<br /><br />　「連帯」「復興へ力をあわせて」などという言葉に隠された、そして隠されていることを承知でおおくの人びとが眼を背けていることがあるようにおもう。それがとても気持ち悪い。力をあわせてなどというのは、非常時なら誰に言われなくてもたいてい実現できる。すくなくともその渦中にいるならそうせざるをえないし、それさえできないほどに利己的であることはなかなか難しい。公に発言機会のあるひとびと、かんがえることを仕事にしているらしいひとびとが、離れたところから、渦中にいるひとびとの外側だけをなぞって「連帯」だの「力を合わせて」だの耳障りのいい言葉を簒奪して、ただ眺めていることを誤魔化そうとしている、都合の良いところだけ被害者側に立ち、あらゆる「責任」を回避しようとしているらしいのはいったいどういうつもりなのだろう。言葉を弄して罪障や狡猾を誤魔化しているにもかかわらず、無力感が云々などと言っても、言い訳にさえなりはしないというのに。そのことを書いておきたいとおもって書きはじめたのに、前置きだけでおもいのほか長くなってしまったのでいったんここで打ち切る。またいつか続きを書いておきたい。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yoko-mina/entry-10852197403.html</link>  
      <pubDate>Wed, 06 Apr 2011 20:40:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>砂漠の歩行者————「好き」を語る難しさについて</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 「好き」だとおもうとそれについてかんがえたくなる。なぜ好きなのか、どこが好きなのか、それを言葉にしてみたくなる。完全に言葉に昇華することなどできないと知っているのに、欲求が抑えられない。けれども「好き」について語ることは難しい。ただ好きだということを手を変え品を変えて羅列するならまだしも、なぜ好きか、どこが好きか、その魅力はなにかということを説明しようとすると北極星すらない砂漠を歩くようでどこへむかってどのように進めばいいか皆目わからない。わからないまま手探りで書いて、途がみえたような気がして手を止めるとやはりなにもない。それは絶望であるけれど希望でもある。先日ライトノベルについての簡単な新聞記事を読みながら、「好き」を語る難しさをあらためて感じた。<br /><br />繰り返しになるけれど「好き」なもののすばらしさを説明するのは難しい。言葉にするということは誰に見せることはなくとも「他者」を想定しているはずだけれど、納得してもらうのは容易でなく、気持ちばかりが空回りしてしまうことは多い。たとえば自分の好きなものが批判される。そのとき批判される側というのは往往にしてみずからを「被抑圧者」「立場の弱いもの」と設定し、反論者を「権威」「権力」と想定して否定を跳ね返そうと試みてしまうもので、「空回り」の一例といえる。件の記事において批判への反論として紹介された言説もこのような「空回り」をしていた。好きを優れているにすり替え、優劣の問題系に引き込むとそこには泥沼しかない。そればかりかみずからの足場を切り崩しさえする。いうまでもないことだけれどみずからのある属性を「弱い」と規定し、「強い」と想定する「権威」や「権力」を糾弾して立場の逆転を狙うというよくある光景は、「弱さ」を武器とした「強さ」（権威・権力）への志向にすぎず、結局批判対象を引きずり下ろしてその空位にみずからが座を占めようという試みにほかならない。〈権威〉を想定して、それが無効でありみずからの与するものがより優れているというならばそれは〈権威〉の交代を目しているにすぎず、〈権威〉の否定でもなんでもないのはわかりきっている。どちらが優れているかといった議論がいつも不毛におもえるのはこうした理由からで、みずからの正当性を絶対であるかのように主張する身振りは「正当性」の喪失にいたるほかない。<br /><br />記事によると「ライトノベル」とは〈主に中高生向けのわかりやすい文章とキャラクター重視の作風が特徴〉とのことで〈権威からの浮遊が原点にある〉。批判のおもたるものは〈作品が時代に寄り添いすぎて普遍的価値を得ていない〉ことで、反論として〈自己完結性の低さと匿名性〉こそ特徴であり〈作品の作り手と受け手の間の境目がないから。集合知的ともアジア的ともいえる〉という主張が紹介されていた。はたしてこの記事をどの程度信用していいものかはよくわからない。批判はいつの時代でも新しいものに対してなされる程度の具体性に乏しいものだし、反論した「批評家」は時時「若者文化」の擁護者として名前を見るひとなのだけれど、わたしが目にしたかぎりにおいてはいつもなにかいった気分になれるある特定分野における「はやり言葉」を組み合わせて思いつきを飾り立てているだけという印象しかないので、きっともっとましなことを言っているひとは両側にいるのだろうとはおもう。わたしは「ライトノベル」を実際に読んだことがなくその周辺の事情もまったくわからない。記事を読むかぎり、所謂「エンターテイメント」文学に類するものというイメージを抱いている。「エンターテイメント」文学ついては一時集中していくつか読んだのでそのときにいくつかの「傾向」を感じた。よって以下「ライトノベル」というときそのイメージと先の新聞記事の定義を組み合わせたものを念頭においている。とはいえライトノベルについてしらないことにかわりはないので、ライトノベルについてどうおもうかという判断はできないしするつもりもない。<br /><br />批判については先に書いたようにその時時のあらゆる「新しい」ものに対してあてはまりそうなものにすぎず、〈普遍的価値〉があるかないかが疑問の余地なく採用しうる判断基準であるのかのごとく前提にされているのがよくわからない。〈普遍的価値〉、たとえばそれを時間的なものとして500年前に書かれたものが現在まで残って読めるというのは、500年のあいだ各時代の人人に受け容れられ続けたわけだからそれはそれで素晴らしいことだとおもう。けれどもあらゆる表現が〈普遍的価値〉を志向する必要はなく、その時代の空気に馴染んでほんの5年や10年享受されるだけだとしてもそれで喜ぶ人がいるのならば需要と供給の面からは問題がない。ライトノベルの作者が〈普遍的価値〉ある作品を書いているつもりなのにそういったものではないという指摘ならばそれなりに意味があるのだろうけれど、作者自体にその気がないのならば（実際のところは知らないけれど）それでいいはずだ（もし作者にその気がなくても100年後に残ることだってありうる）。後世に残るものしか価値がないわけではなく、ある価値観からはそうであったとして価値のあるものしか発表してはならない法はない。批判者の眼目はおそらく〈普遍的価値〉の有無にはなく、いままでに見られなかったなにがしかの傾向や特徴が時代の流行に阿りすぎているようにみえ（それが「新しい」という時期をすぎてある視点として過去から続く系列に加わるのか泡の如く消えるのかはわからないけれど）自分には楽しめないということにすぎないのではないか。こういう言説は「新しいものはいつも拒絶されるものでだからこそ価値があるのだ」という常套句を誘発するにすぎず、相手を喜ばせるだけだろう。<br /><br />とりあげられた反論については何か言っているようでほとんど何も言っていないというか言う気がないとしかおもえない。全体的に言葉の使い方が粗雑すぎて、たとえば〈アジア的〉とはどういったことを指しているのかわたしにはさっぱりわからない（従来を「ヨーロッパ的」と想定して対置しているのかもしれないけれど、では「ヨーロッパ的」がどういったことを指すのか具体的に書いてくれなくてはなんともいえない。わからないのは馬鹿だからということだろうか）し、仮にそうだからといってそれがなぜすばらしさの根拠になりうるのかがまったく判然としない（それから〈集合知〉という言葉はなんとなく「いい」イメージを喚起するけれどこのひとの発言においていわんとするところはしごく曖昧で、言葉の「威光」に依存しているだけという気がする）。〈自己完結性の低さと匿名性〉というのは、〈作品の作り手と受け手の間の境目がない〉や〈権威からの浮遊〉（これは記者の言葉）などを参照して忖度するに、「作者が誰か」はさして重要でなく（〈匿名性〉〈権威からの浮遊〉）読者の慾望を反映した物語で（〈自己完結性の低さ〉〈境目がない〉）、たとえばアニメーションのように登場人物への読者の親愛が高い（〈自己完結性の低さ〉〈キャラクター重視の作風〉）ということか。実情にどのていどみあっているかはわからないけれど、「エンターテイメント」文学を読んだときに感じたことをおもいだしてみると、いかなる残酷や荒唐無稽で読者を驚かそうとしていてもそれらは読者の安心の範囲でおこなわれるにすぎず、どんな恐怖も読者を不安に陥れることはなく、作者は読者とおなじ世界を眺めているという前提で書いているように感じたので、上記のようなことならば漠然とながら理解できるようにおもう。<br /><br />〈匿名性〉とはどういうことなのか。ライトノベルの読者は作者をまったく気にしないということか。ある作品がおもしろければ、次に書店に行ってなにか買おうとしたときその作者名を探すことはあるだろう。逆に従来の小説のある作家のいくつかの作品が好きだったとしてその作家の全作品が無条件にすばらしいわけではなく、おもしろくないと感じる作品だってあるはずだ。そういうことではなく作家が〈権威〉の立場にないということなのか。とすれば以前は作家が〈権威〉だったことになる。たしかに作家は「先生」と呼ばれるらしいし、評価が上がれば社会的地位や知名度が上がったり収入が増えたりはするだろう。けれどそれは作者の事情で、それらを斟酌して読者が作者を〈権威〉と見なすか否かはいつの時代も読者の都合にすぎない。もっと抽象的な〈権威〉を意味しているのだろうか。たとえば記事には〈従来の小説に飽きたらず〉とある。今までに書かれた小説では満たされない慾望を充足してくれるということか。新しいものへの志向は誰にもあるだろう。古くからの型を守る伝統芸能の担い手にしても、ただ昔のものをそのままなぞっているわけではないはずだ。その意味で「新しさ」になんらかの価値をおきたくなる気持ちはわからないではない。しかしながら「新しいもの」のすばらしさを主張する（自称）「反逆者」が想定する〈権威〉なるものは反抗する若者が仮構する「大人」のようなもので、その諸性質は往往にしてみずからの都合いいようにうみだしたきわめて類型的な幻影にすぎない（記事では「浮遊」と曖昧な表現が採用されているけれど、端的に「ではない」ということなのだろうと「否定」に近い意味で理解している）。たとえばライトノベルが素晴らしいと言い立てる人人がいったどれほど〈権威〉すなわち「過去の作品」を読んでいるのだろうか。ほんとうに読み飽きるほど読んだのだろうか。「古さ」のイメージとはどの程度実情に即しているのだろうか。そもそも膨大な過去の作品をひとくくりにできるような頑としたイメージなどありうるのだろうか。人間の能力は有限だし時間的限界もあるので現在まで残っている「古い」作品だけでもそのすべてを知ることはできないのだからそれらをひとくくりに否定するほどの「確実」なイメージなどありはしない。もちろん読書量如何に関わらず〈従来の小説〉についてのイメージは個個にあるだろう。さして読んでいないけれど漠然と古いものは馴染みにくくたのしめない、とおもっているひともいるかもしれない。けれどわたしの経験からしてたとえ数百年前に書かれたものであってもじゅうぶんに新鮮で人物や構成も魅力的でこの上なく楽しめる作品はあり、現在書かれたものでも書き手が自明視している価値観諸諸が角質化しすぎてちっともおもしろくないものもある。昔書かれたものが「古くさい」わけではなく現代に書かれたものだから「新しい」というわけではない。〈わかりやすい文章〉で〈キャラクター重視〉の作品が好きだということと〈従来の小説に飽き〉たということのあいだには相関関係がない。<br /><br />ライトノベルは〈わかりやすい文章〉という。わたしは「エンターテイメント」でのイメージしかないのでライトノベルにあてはまるかどうかわからないけれど、一見〈わかりやすい文章〉というのは概してわかりにくいという印象がある。単語が平明か難解かということではない。「わかりやすい」といわれるとき、そうした文章からは作者が読者とのあいだで価値観や単語の意味についての共通了解が既に成立しておりそれらは鞏固であるという信頼が滲んでいることが多多ある（もちろんすべてではないけれど。批判者はこういうところを〈普遍性〉がないといっているのかもしれない）。けれど当然のことながらそんなものはあるとおもえばあるだけのこと、つまり究極的にはない。もちろんまったくなければ言葉として成立しないのだけれど、たとえば「白い花が咲いた」と書いてもあるいは「白い花」のようすやその「咲いた」さまを2ページにわたって精細に描写しても書き手のイメージを読者が完全に共有することはできないように言葉の輪郭はきわめて漠然としているはずだ。件の記事に〈主に中高生向けのわかりやすい文章〉とあるように、共通了解に対する信頼は幼いほどに高い（すくなくともわたしの経験では）。子供の詩が驚くほど自由だなどと時にいうように幼いうちは世界における規則や約束から自由である程度はひとによっては高いかもしれない。しかしその「自由」は端的に知らないがゆえのそれであって、知った上で疑うこととはまた別で、だから言葉への信頼の多寡とはあまり関係がない（言葉も約束だけれど）。むしろ言葉の機能に対する不信はあまりなく、それがあるということは自明としているようにおもう。成長し他人が他人である所以を知るにつれて言葉のおそろしさは深まってゆく。その裏返しとして生じるのが思春期前後におこりがちな「綺麗ごと」に対する不信で、子どもからすれば大人ぶっているつもりなのだけれど、「綺麗ごと」が空疎な「綺麗ごと」ではないことを実感として理解するにはそれなりの年月や経験を必要とする。言葉はきわめて不確かだからこそ信じようとする意志がうまれ、その営為は絶えることがない。ともあれ言葉の意味内容についておおまかな共通部分はあれど個個で幾許かずれはある。共通了解のたしからしさにたいする信頼の度合いもひとによってちがうだろう。書き手の目に映る世界をそのまま見ることなどできないのだから、その信頼の度合いが低い読者においては所謂「わかりやすい」文章ほどわかりにくいものはない。どういうわけでかしらないけれども自分と自分以外の人間が言葉や価値観を共有していると信じているひとの作品（とはいえこれはあくまでわたしが受けた印象にすぎないので正鵠を得ているかどうかはしらない。なぜそう感じるのかといってもうまく説明できる自信はない）は、「一般」という実体のない「権威」に依存しており、読んでいると堅固な輪郭をもつものとしてそれらをおしつけられているようで、しかし実のところその輪郭が判然としないからいっそう居心地が悪く、「いま・ここ」に寄りかかっているためにたいそう窮屈で、読者の自由度ならびに作品の自立の度合いは低いようにおもう。もちろん自由度が高い方がいいかどうかは読者個個の好みだ。どちらに価値をおくかそれは各各の価値観により、その価値観を形成しているのはそれまでに堆積したさまざまな偏向や偏見の混淆にすぎない。「いま・ここ」に依存することでその様態を承認しているかのような作品の方が居心地がよいというひともいることだろう。好悪の判断は優劣にそのまま適応しうるものではないから、自立的な作品、現在依存型の作品どちらが優れているということはいえない。（ところでもし「純文学」と「エンターテイメント」という区分けがあるとしたら、「いま・ここ」、つまり現在の諸諸の価値観や語彙に対する依存の多寡によるのではないかとおもう。とはいえ「純文学」と呼ばれている作品すべてが自立的なわけではなく、最近はむしろ少ないのではないかという気がするけれども。）<br /><br />新しいものがでてくればそれを批判するものがいて反論するものがいる。それはなんらめずらしいことではない。こういう光景をながめてよくわからなくなるのは、なぜ「新しい」ことはそれだけで価値があるかのように主張されるのかということだ。新しいもののよさを主張するひとびとがいうように古いものがそれだけで優れているわけではない。同様に新しいものが新しいからといって優れているということにはならない。あたりまえのことだとおもう。<br /><br />みずから評価する「属性」はそれが自分にとってどんなに魅力的であろうと相対的なものにすぎない。そのことを忘れ、正当性を外部の視線によって形成しようと試みるならば、それは「正当性」という幻影の争奪戦をひき起こすばかりで否定対象にみずからも堕することになる。ライトノベルが過去の文学作品に劣っているとはいわない。すくなくともわたしにその判断する資格はない。けれども先の記事を読んだかぎりではライトノベルが優れている根拠は提示されておらず、ただライトノベルの読者が相当数いるらしいということがわかるばかりだ（厳密にいうと反論者がはっきり「優れている」といっているわけではない。しかし批判に対して反論しているわけだから列挙した点が従来にない「新しい」ものでそれが反論として機能しうる、つまり「個人の趣味」という限定を越えていうべき価値があると想定しているのだろうから前提として「優れている」という認識があるのだとおもう）。そもそも優劣を主張する言説というのは概して不毛でしかない。いうまでもなく読者の数と作品の優劣は単純には相関しないし、作品の優劣という判断にまったくの正当性のある根拠などありはしない。自分が好きなものを好きだというのは誰に邪魔されることではないけれど、好きだというためになにかよりも優れているとか新しくてだからいいのだとかいう必要はないはずだ。そのように主張したところで所詮それは個人の偏向の所産なのだから、つまりはある属性を正当化するためにある属性を否定しているにすぎず、否定すべきとする対象に依存しているかぎりにおいてなんら説得力をもちえない。しかもたいていのばあい正当性を主張するために批判対象を仮構し、批判することにより自己規定をしてゆくという倒錯がおこる。こういう光景は何度も目にしており、そのうちたち消えてゆくのだけれど、それを知っていてなぜおなじことを繰り返すのか不思議でしようがない。たしかに自分が「好きだ」とおもうものについて、なぜ好きか、どう好きか、魅力を説明するのは難しい。そしてそのときなにか否定すべき対象を現実であるかのように仮構しそれを批判することでみずからが好きなものの優位を示す方途は容易だ。しかし自分が好きなもののすばらしさを説明したいということは、他人が自分とまったくおなじようには感じていない（すくなくともそういう他人がいる）という前提があるからだろう。ならば「好き」を「優れている」に変えたところでそれが相対的な評価であることになんらかわりはないのは明らかだ（よさを主張するひと、たとえば先の「評論家」さんが「好き」ではないけれどよさがあることを指摘しているだけだ、「好き」とよさをみつけることはおなじではない、ということはいいうるかもしれない。しかしよさがわかるということは幾許か惹かれていなければ見えないはずだし、それをわざわざ発言するのだからやはり惹かれる部分、好きな部分はあるのだろうとおもう。）。「あんなものを好きだなんて気がしれない」ということはたしかにあるだろう。けれどそれは自分の目のほうが優れているということをなんら保証せず、いくら自分の趣味のほうが高尚だ、あるいは新しいとおもったところでそれは自分のなかで処理すべきことで、他人の承認をえる必要はないし他人とて自分と同じように絶対ではないのだからその承認は自分の思い込みを保証するものではありえない。正直なところわたしはライトノベルにかぎらず現在書かれているもの全般に興味を喪いつつあり古いものばかり読んでいるけれども、それは古いもののほうが素晴らしいということではまったくない。古いからおもしろいわけでは当然なく、たまたまいまおもしろいと感じるものが古いものだというだけのことで、どこまでも好みの問題にすぎない。そして個個においてなぜ好きかということはそれなりに説明できるとして、しかしそれらすべてにそれは偏見だ、思い込みだ、なにがしかの信仰だという指摘はありえ、そんなことを繰り返して究極的には理由など摩滅してしまう。<br /><br />新しいものはたいてい逆風に晒されるものだから、そのすばらしさを主張するひとは批判するひとより気負いがあるのはしかたのないことかもしれない。だからといって安易に新しい＝優れているという等式を採用するのは怠慢ではないかという気がするし、ほんとうにすばらしいと感じているのかということすら疑問に感じてしまう。最初に「好き」なものについて語ろうとすると砂漠を歩くようで北極星すらないと書いた。けれどやはり北極星はある。微かに見えるそれを信じて歩いてゆくしかない。しかしそれは自分にしか見えないもので、つまりは幻ともいえる。だから隣にいるひとがみている北極星を「私」は見ることができない。誰もが見える北極星なんてありはしない。けれど疑って疑って、それでも見えるものはしかたがない。たがいに指さしてしめすことさえできない北極星がひとりひとりにあるのだということに頷きあいながら、各各がそれを道標に歩いてゆけばいい。<br /><br />附記<br />どのくらい関連しているかわからないけれど、聯想してしまったことを書く。数年前くらいだったろうか、主人公が正当性だの自己同一性だのに煩悶する戦闘アニメーションが流行ったことがあり、「評論家」とか「精神科医」を名乗るひとびとの一部がその「新しさ」を賞賛していた。さまざまな属性や自分について疑いおもいなやむということ自体目新しいものではなく、哲学だけでなく小説や映画や舞台や絵画などでも相当以前からさんざん見られ、解答はないけれどしかしそういう素朴な逡巡は既に倦まれていたようにおもう。アニメーションにおいては新鮮な描写だったのかもしれないけれど、使い古された言説をアニメーションにあてはめることでさもなにか新しいことを言っているかのような態度をとったひとびとは多多いて（既存の言説になんら足すべき言葉はないけれども、アニメーションという媒介をもちいることで「新しさ」を偽装しようとしたのだろうか？　だとしてもそのことによっていったい誰にどんないいことがあるというのか。どうみても楽しいとはおもえないし、かといってまさか恥をかいてまで目立ちたいわけではないだろうに。）、さらに偽装の慾望に応えるアニメーションが制作されまたも先の「評論家」「精神科医」という方方が集い聞き飽きた言辞を弄して「新しい」アニメーションをいっそう祭り上げる素振りで自分たちの言説が「新しい」かのように装う、というたがいを「裸の王様」として利用するというなんとも見苦しい構図が展開された。そこに参与した「評論家」や「精神科医」たちはみずからの煤けた袋小路に鮮やかなアニメーションを映し出してあたかも行き止まりの壁には奥行きがありずっと広いかのように誤魔化した（自分に対してか他者に対してかはしらない）のだし、制作者はそれによって過剰な「評価」を得たのだから（それが幸いかどうかはべつとして）、おたがいもちつもたれつ、需要と供給が噛み合うという意味でよくできた機構ではあったのかもしれない。<br /><br />みずからの属性や偏見、既存の価値観を疑うことを非難しようとはもちろんおもわないし、わけても現代においてそういったものと無縁の人などいないだろう。人権問題などはそれらへの異議申し立てだったのだろうし、わたし自身そうした闘争の結果として把握できないくらいの恩恵を受けているはずだ。偏見や先入観がないと感じることがらについても、先人がそれらを疑い撤廃に努力してくれたがゆえにちがいない。たとえばわたしは身体は女性だし染色体もたぶん女性だとおもうけれど、「女性」であることを普段ほとんど意識せずに暮らしており、できれば「女性」でも「男性」でもありたくないとおもっている。こんなふうにかんがえられるのはわたしが「女性だから」ということであからさまな差別をあまり受ける（感じる）ことなく生きてこられたからで、ある程度「社会」がそれをゆるしたから（現在でも給与や昇進には相当な格差があるらしいけれど、環境の違いもあるしどのていど信頼できる数字かよくわからない。もちろん男性と女性がまったく同じ環境で待遇だとはおもわないけれど。ただ、性別でも個個においてでも状況や環境、体力や資質などに差異はあるのだし（もちろん男性のほうが仕事ができるなどというわけではなく）、すべてがおなじならばそれでいいともおもわない。）こそ可能だったのだけれど、その「社会」をつくったのは先人たちの尽力にほかならない。もし参政権がなかったり、進学の機会が限られたり、頑迷固陋な偏見でなにかを否定されたり、といったわかりやすい「差別」があればいまのわたしのように悠長なかんがえかたはできなかっただろう。<br /><br />偏見からは自由でいたいと願うひとはたぶん多くいて、だから「国境なんて」「民族なんて」「言葉の壁なんて」といった物言いが溢れ、それらはたいてい「いいこと」のように聴取される。ある属性だからというだけでそのひとを憎めば争いは絶えることなくどちらかが全滅するまで終わることはないのだから、たしかに馬鹿馬鹿しい。特定の属性をただそれゆえに蔑むのは過剰な自己防衛にすぎず他人を踏みつけることで自分を優位に保とうとしているだけなのでとてもさもしい。他人に対してはその属性に拘泥して碌なことはなく、それらを捨象して接することは「表面上は」さして難しくはない。とはいえ自分に対してはそうはゆかない。他人の属性を問題にせずとも、そのうえであらわれる相手への態度は自分のなかの蓄積に由来せざるを得ず、堆積物にはさまざまな社会的・歴史的偏見が入り込んでいないはずはない。そもそも「自」「他」になにがしかの差異を認めるならば、みずからの属性を無視することなどできはしない。なぜならあらゆる差異は相対的だとして、差異に意味を賦与する根拠などないのだとして、ならば自分の好悪の感情や美醜の感覚すべてもなにがしかの先入観や偏見にすぎないかもしれず、そうなればすべては虚にひとしく輪郭は揮発してしまうから。あまりに見えすぎてしまう目は盲ているとおなじことだ。それでもいいといえるほどに強くはないので、原理上すべては相対的かもしれないけれどできうるかぎりの先入観を剥ぎ取った上でそれでもやはり抹消しえない偏向はあって、他人にはどうでもいいことなのだ、自分にとって大切なことほど他人には無意味に映るのだと留保をつけつつ拘泥してしまうことごがはあることはみとめざるをえない。<br /><br />人種差別や性差別など社会的に問題がある偏見だけを排除すればいいといってしまえば簡単だけれど、「社会的」に影響するか否かの線引きなど不可能だ。表面上差別などしていませんという顔をしたところでそれは差別をしていないことをなんら意味しない。たとえば肌の色が違うひとを見て自分とは違う色だとおもうのは差別ではないけれど、そこには確実に差別の萌芽があって、称揚であれ差別であれいつ歪なかたちで発現するかわかったものではない。よし外面的に隠しおおせたところで、それは「ない」わけではない。「表面上」はあらゆる差異を捨象して接することは難しいことではないけれど、実際に差異を感じていないかというのは別問題で、そのいちいちを自分の中できちんと整理できているかとなると自信がない（あらゆる「差別用語」を禁止したところで、その言葉が聞かれないからということは差別がなくなったことを意味しない）。ましてやそれぞれの差異にどのような感情をいだいているかあるいはいないか把握できているかとなるとはなはだこころもとない。違うことに違うという以上の意味を賦与しなければいいのだけれど、時にあれこれ感じることはあって、その「感じ」の源泉にはいままで堆積したさまざまな偏見があるのだろうから、他人の属性に対してすら完全に相対化しつくせるものかどうかよくわからない。<br /><br />所与の、あるいは選択の結果としてのある属性に完全に満ち足りることはおそらくありえない。それは状況への不満からくることもあれば鈍磨した傲慢への違和からくることもあり、さまざまだ。取りうる態度はすぐ挙げられるだけでもよっつある（まだあるだろうけれどすぐにおもいつかない）。ひとつは撤退すること、ふたつは改善を求めて行動すること、みっつは属性自体を破壊・抹消すること、よっつはその環境で最善を尽くすこと。第一の方途のさきには別の属性が待っていて、それが完璧であることはまずないのでまたそこから遁れ、永久に遁れ続けなくてはならない。第二はおそらく段階的に目標を達成してゆき、完全でなくてもいくつかの要求を実現することができるだろう。いってみれば裡側からの改革で、その属性自体は容認しつつ内実の改変を志向している。第三はとりまく社会全体を改革する大仕事だ。第四は第二・第三に比較すると現状追認で情けないようにみえる。既得権益に胡座をかくのはただの怠惰だけれど、たとえば抑圧状況のなかで辛酸をなめながらそれでもできうるかぎりのことにちからを尽くすことははたして責められることだろうか。改革を求めるひとびとからすれば日和見にすぎないかもしれないし、現在の自分がなんとかやっていけばそれでいいという自閉的な態度かもしれない。けれどすべての属性を否定しきることなど不可能で、恣意に（それが所与のものであれ）なんらかの属性を容認してしまうのだとしたら、選択の結果が不十分な、不当に抑圧された環境で生きることだったとして、それがたとえば「自分はあらゆる属性から自由な世界市民である」と自己規定することと本質的にさしたる差異はないのではないか。すこし脱線すると、「世界市民」というと平等と平和を愛するすばらしい理念のように聞こえるけれど、こういう言葉を平気で言えるひとはたいてい胡散臭い。自分があらゆる属性に束縛されないとかんがえるのは勝手だけれど、この自己規定が機能するためには他人にもそれを押しつけなくてはならない。伝統とか風土とか大切である絶対理由などないのだからどうでもいいといえばいえるけれど（わたしは実感としてそれらの大切さはあまりわかっていないけれど、言葉も伝統の所産なのだからそれなりの恩恵を受けており、なくなると困るとはおもう）、他人にとってのそれまで否定する権利がいったいあるのだろうか（たとえば「自分は世界市民だ」と規定することと、他人が「自分は○○民族だ」と規定することとのあいだに価値判断は可能なのか、あるいは過去に自分の属する国の人間が他国の人間に残虐な行為をしたとして、その国のひとに会い、彼/彼女から自分やあるいは家族が過去に受けた被害を聞いたとき、「私は世界市民ですからまったく関係ありません」と言い切れるのか）、さらにすべての人間に違いなどないと言い切れるのなら人間と動物、あるいは植物、つまるところあらゆる生命体と本質的に違いなどなく（知能を云々するなら知能の多寡で生命の尊重度を決められる理由がなくてはならないけれど、そんなものは人間の勝手な価値観でしかない）、とするなら現在にいたるまでの、そして将来に予測される人類の他生命体にたいする数え切れない傲慢と暴虐をどうとらえているのか、など疑問がたくさんある。<br /><br />長くなったので纏めると、ひとは属性（好悪・美醜の感情や価値観を含む）から完全に遁れきることはできず、相対的であると知りつつなんらかの属性（それがあまりに残忍だったりすると問題だけれど明瞭な線引きは難しいしあまり興味がない）を容認しなくてはならないのではないかということで、完璧な正当性などありえないけれどある程度偏った世界のなかでも相対的ながらみずからが撰びとった属性において信じた正当性にむかって生きることは、外部から、あるいは未来からいくら愚かしくみえようともそれを嗤う権利などだれにもないのではないかということだ。（だから、という接続詞は適切でないかもしれないけれど、サンデル教授のテレビ番組は、忘れっぽいわたしにとって復習には役立つけれど、設定された問題への態度には興味をもつことができなかった。彼の話は結局為政者や支配者がいかに「正当」に振る舞うべきかというところに眼目があり、個個の（一般の、ではなく）心理は二の次になっている。政治哲学とはそもそもそういうものなのかもしれないけれど、ある行為が正当か不当か「社会的に」判断することと、個個の事情や心理のうごきへの判断はたぶんあまり関係がない。わたしはどちらかというと社会的な善悪判断より善だろうと悪だろうと「そうしてしまった」個個の精神の動きや、社会的判断と個個の感情の軋轢を聴くことのほうが気になってしまうので、評判にきこえるほど面白いと感じることはできなかった。政治哲学の性質如何にかかわらず、受講者たちは所謂自他共に認める「エリート」の卵なのだから、あらゆる意味で「支配」する側からの観点で論じられるのは要求に叶っているのかもしれないけれど。）なんらかの属性を正当であると外へ向けて主張するのはたいへん難しい。個個に違いがある以上、あらゆる属性は相対的たらざるをえない。そのことを等閑にすれば先に書いたライトノベルのすばらしさを主張する評論家さんのような陥穽に陥ることになりかねない。自分の中には好悪もあれば優劣の判断もあり美醜を感じることもある。それらは偏見の所産だといえばいえるけれどすべてを捨象することはできないし、もしできたとしたなら自分と他人の差異も消滅する。自他にちがいなどないのだということもできるけれど、いうまでもなく他人の疵を「私」は痛むことができない。どんなに同情しあるいは悲しみこころを痛めても、身体は微塵も痛むことがない。隣でひとが死んでも「私」は死なない。「私」が死んだとき他人は生きており、もし死んだとしてもたがいにそれを知ることはなく、死においてひとはどこまでも独りだ。ではやはり自他に差異はあるのだとして、いったいなにが違うのかとかんがえると「我思う、ゆえに我あり」にしか根拠をもとめえず、つまりは一周してもとに戻ってしまう。（もしかしたらそんなことはないのかもしれないけれど、複雑なことをかんがえるのは苦手なのでいまのところこのような判断でとまっている。）だからすべては相対的で根拠がないけれどじぶんのなかにあってしまうということ、れと外部・他人との折り合いをつけながら生きてゆくしかない。自分にとってどうしても大切にあってしまうことほど「どうしても」ゆえに他人にとってはどうでもいいものでありうるのだから。とはいえ自分のなかでさえそうした均衡を保ちつづけることはとても難しいことで、だから争いはなかなか絶えることがないのだろう。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yoko-mina/entry-10747634845.html</link>  
      <pubDate>Fri, 07 Jan 2011 23:41:01 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ウロボロスの蛇の残酷————三島由紀夫「太陽と鉄」</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 11月25日は三島由紀夫の命日だ。今年は没後40年ということもあってか、関連した書籍がいくつも出版されている。目についたものは手に入れているけれど、買ってよかったとおもえたものはない。かろうじて宮下規久朗の美術関連のものはセバスチァンの図版が豊富でありがたかったというくらい。そのほかでは中央公論編のものに武田泰淳の追悼文が掲載されていたのはちょっと嬉しかった。三島由紀夫の追悼文の中ではいちばん好きな文章なのに、ゆまに書房の追悼文集成にははいっておらず、手元にある小学館の群像日本の作家シリーズには収録されている（わたしはこれではじめて全文を読むことができた）けれど絶版なようで、こんな素敵な文章が人の目に触れる機会が減っているのは残念だとおもっていたので。それにしても、忘れられた作家は別として三島由紀夫ほど評者にめぐまれないひともめずらしいのではないか。橋川文三も磯田光一も没してひさしい。肯定でも否定でもいいけれど、彼と同じくらい真剣に、正面から取り組もうとしているひとがいまほとんどいないようにおもう。わたしが知らないだけならいいのだけれど。<br /><br />彼の死について言及するひとは多い。死に方が死に方だったので仕方がないかもしれないけれど、ずいぶん勝手な利用のされ方をしているようなのはしかし見るに堪えない。左側には右側の無謀や滑稽の標本として貶めるひとがいるし、右側にはじぶんたちの覚悟の象徴として賞賛するひとがいる。どちらも彼の文章の表層から都合のよいところだけを抽出し継ぎ合わせていて、ずいぶんなことをするとおもう（たとえば三島由紀夫が「天皇」というとき、それは正月に皇居を仰ぎ見ながら小旗を振るひとびとにとってのそれとはなんら共通するところがないのは、いくつかの文章を読めばすぐわかる。わたしは彼は「右翼」ですらないとおもっているけれどそれについてまだきちんと説明するだけの理解には届いていない。）。とはいえ彼の死について、不勉強と未熟ゆえ、わたしがいいうることはまだなにもない。だから今日は「太陽と鉄」を繰り返し読んだ。このなかで三島由紀夫は何度も死の名を呼ぶ。そこで書かれた論理をなぞって彼が死んだかどうかはわからない。けれどすくなくともその一端を「太陽と鉄」は語ってくれるようにおもう。もうなんども読んでいながらしかし情けないことにわたしは短いこの文章をまだ消化しきることができずにいる。だから以下、「太陽と鉄」のメモとおぼえがき。<br /><br />〈私が「私」というとき、それは厳密に私に帰属するような「私」ではなく、私から発せられた言葉のすべてが私の内面に還流するわけではなく、そこになにがしか、帰属したり還流したりすることのない残滓があって、それをこそ、私は「私」と呼ぶであろう〉「太陽と鉄」の冒頭、三島由紀夫はこう記す。「私は私である」におけるふたつの「私」は同じではありえない、この感覚自体は、さして珍しいものではない。あるひとはそれを「差延」と呼ぶかもしれないし、あるいは「自同律の不快」と呼ぶかもしれない。そしてふたつの「私」どちらがほんとうというわけではなく、両者にずれ、間隙があるということになにか秘密があるのではないかという予感は多くのひとが感じるところだろう。それはあくまで「なにか」であって原理上名づけえぬものであるはずだ。そうであればわかりやすいし、三島由紀夫がそのような思考の道筋を辿るひとであったなら、これほど誤解や拒絶にあうこともなかったかもしれない。ところが彼は「なにか」を「なにか」のままにしておくことができない。名づけえぬものを容認することができない。彼が「なにか」に与えた名前、それは「肉体」だった。<br /><br />「私」を意味するものが言葉ではなく「肉体」にあるというと、言葉ではいいあらわせない身体的「感覚」を指していると捉えられることもあるかもしれない。そうであれば「名づけえぬもの」を曖昧なままに保存し神秘化しているのだから結局「なにか」をそれとして認めているにひとしい。しかし「肉体」、「現実」よりさきに「言葉」が先に訪れたという三島由紀夫にあって、「なにか」はそもそもありえなかった。まず所与と感じられる世界があって、言葉をおぼえ、それによって「現実」を「再発見」してゆくならば、まだ言葉に「再発見」されていない「現実」、「なにか」はありうるけれども、「言葉」に対応する「現実」しか見えなかった、見ようとしなかった三島由紀夫には、「現実」にいまだ対応しない「言葉」はあっても「言葉」に対応しない「現実」などなかった。彼の言葉を信じるならそういうことになる。〈言葉の全く関与しない領域で現実に出会おうという欲求〉とは「名づけえぬもの」への到達意慾ではなく、言葉を絶対に拒否する「現実」であったらしい。<br /><br />蒼白な皮膚をもち痩せすぎで虚弱だったみずからの身体へのコンプレックスは多分にあった。三島由紀夫にとってしかしそれはただの「劣等意識」ではなく、精神の過度の発達を露呈するがゆえに恥ずべきものだった。〈自己をいかにあらわすか、というよりも、いかに隠すか〉、彼の関心はそこにあったから、身体を鎧う筋肉を求めた。とはいえしかし、その筋肉さえ彼の観念の所産にほかならなかった。過剰な感受性を憎んで文体改造に取り組んだように、脆弱な肉体を憎んだ彼は肉体改造に取りかかった。眼に見えぬ精神において制御不能の「なにか」を容認しなかったように、眼に見える肉体においてもすべてを意志のもと、その反映としてつくりかえようとした。筋量を増やし肉体を改造する過程は、〈脳を知的に改造してゆく〉〈「教養」の過程にすこぶる似ていた〉。精神があるイデアを求め、それがなんらかの意味で「普遍」に漸近しようと意志するならば、肉体もまたイデアへ向かって鍛錬されなくてはならない、あらゆる面において三島由紀夫がもとめたのは〈かつて在るべきであった姿〉であり個性を抹消した普遍だった。<br /><br />筋肉とは相対的なものにすぎない。指で触れ、鏡に映して眺めることはできる。そのことはしかし、筋肉が筋肉であるゆえん、つまり「力」をもっていることをなんら保証しない。筋肉が筋肉であること、「力」の存在を証明するには力を行使する対象が必要となるが、対象に依存するかぎり筋肉は相対的たらざるをえない。このずるずるした相対性を脱するにはどうすればいいか？　「認識」を確認の根拠とするから相対性を免れることができない。ならば「認識」の限界を超えて「力」を証明する方途があればいい。<br /><br />筋肉が厚ければそれだけ力を蓄えてあるのは想像に難くない、とおもうかもしれない。たしかに「想像に難くない」。三島由紀夫はしかし、「想像力」を嫌悪する。言語表現が抽象表現としてときに成功するのは作者の想像力と読者の想像力が共振、〈共犯〉するときだ。想像力の放恣によってのみ〈真実〉に近づこうとするかぎり、肉体は等閑にされる。想像力は〈他人の肉体の痛みをわが痛みの如く〉感じさせることでみずからの肉体の痛みを忌避させ、〈精神的な苦悩などという、価値の高低のはなはだ測りにくいもの〉を〈崇高化〉することでいたずらに肉体を貶めてきた（なぜならいささかいじわるな言い方ながら、〈精神的な苦悩〉は不可視ゆえにそれだけ誤魔化しがきき、かつ他人は想像力という曖昧なものによってそれをときに過大にすら評価してくれるけれど、肉体は誰の目にも見えるぶんだけ評価の幅が狭く（好悪ではなくたとえば逞しいとか貧弱だとか）、しかもそれはひたすらみずからの絶えざる努力の積み重ねによってしか得ることができないから）。繰り返すならしかし、精神の鍛錬が推奨されそこに苦悩がつきものであるならば、肉体の鍛錬とそれに必然する苦痛も同等に追求されるべきではないか。<br /><br />「力」を行使するとき、「敵」が現れる。それは決してイデアではない。なぜならこちらが一心にイデアを見つめる一方でイデアは決してこちらを見返さないが、敵は見返す存在であり、「私」と「敵」のあいだに言葉が入り込む余地などないのだから。拳の一閃、竹刀の一打の彼方に潜む敵はよって抽象化を拒否し、それは意識に培養され研ぎ澄まされた筋肉によってのみ獲得しうる認識以前の力の行使、「直感」によってはじめて対峙しうるものであり、すなわちそこは〈意識の絶対値と肉体の絶対値とがぴったりとつながり合う接合点〉でもある。もちろんのこと「敵」は脆弱であってはならない。こちらの意識を研ぎ澄まさせ、力と拮抗し、打撃を、決定的な痛みを与えるものでなくてはならない。〈苦痛とは、ともすると肉体における意識の唯一の保証であり、意識の唯一の肉体的表現であるかもしれなかった〉。その極点において精神と肉体双方を破壊する唯一のもの、それはたしかに苦痛であるのかもしれない。力が次第に増し、確認するための痛苦がそれに伴ってより苛烈になってゆくならば、その先にあるのは死にほかならないはずだ。三島由紀夫が敵、〈見返す実在〉の向こうに垣間見た〈物〉、彼をじっとみつめる存在はそして当然のことながら、死だった。<br /><br />力を確証するための機制はそのまま存在することの確認にまで敷衍される。みずからが存在することをみずからに知らせるのは自意識にほかならない。存在することが自我のみを意味するのであれば自意識を無限増殖させればいいのであって、そのとき形態は看過される。しかし形としての存在をもはっきりと認識しようとするならそこに背反が生じる。ただ視覚的に眺めることが確認であるなら問題はない。しかしそれが力を包含し質量をもって「ある」のか、そしてそれは「私」でありうるのかたしかめるためには形が形として、かつ「私」とつながって「ある」ことを証明しなくてはならない。ここで三島由紀夫が要請するものこそ苦痛であり、痛みを受ける形とそれを受容する自意識が結合する極点、存在を完全に保証するものは死をおいてほかにないという。<br /><br />死の視線がおしえるのはそして、それだけではなかった。つねにありうべき自己を見据えみずからを改造しそこに到達しようとした、安易に想像力に頼りそれによる認識で満足することのなかった三島由紀夫は、どのような鍛錬によっても到達しえない場所、想像力によって漸近するしかない地点、それが死であることを知る。すなわち少年時代よりひたすら椿事を恃んだ彼にとって、死こそが想像力の淵源だったこと。来るべき世界崩壊、それはいまだ到来せず、半永久的におとずれないかもしれない。しかし「世界崩壊」をしか「自然な世界」と感じられない三島由紀夫にとって、とにもかくにもそれは訪れるはずだという前提に立って平和な日常をただひとり非常態勢をとりそれを「義務」として生きるほかなかった。「世界崩壊」という仮構に向けてひたすら精励する時間、「絶対」を待望しつつ生きるその間、それは進行する「虚無」であり、これを耐えるために彼は「言葉」を必要とした。言葉は一瞬一瞬を終わらせ、〈虚無を何らかの実質に翻訳するかの如き作用をする〉とかんがえられたから。肉体を鍛錬すること、言葉で彫琢すること、すべては〈未見の「絶対」の絵姿に、少しでも自分が似つかわしくなりたいという哀切な望み〉に由来する。しかし〈この企図は、必ず、全的に失敗する〉と三島由紀夫は断ずる。いかに強靱な意志も時間に抗いきることはできない。肉体はやがて老い、言葉により不断に「終わり」を刻まれる精神は麻痺して真の「終わり」を認識する能力を失ってしまう。<br /><br />肉体の衰退を完全に止めることはできなくとも、精神に「終わり」を認識させることはできるかもしれない、その必要を感じた彼はやがて実行に移す。生きたまま死に接近するにはどうすればいいか？　つねに存在の縁、表面を追求してきた彼が選んだのはやはり縁、地球の表面、成層圏だった。そして彼はF104に搭乗する。毎晩書斎において精神の瀕死はすでに知っている。肉体はしかしそのときただ坐っているにすぎない。精神と肉体ともに死へ漸近したときなにが見えるのか？　彼が目にしたのはあらゆる背反を融合するウロボロスの蛇だった。<br /><br />それはしかしいささかなりとも救いたりえたろうか。晩年の三島由紀夫は「文武両道」という言葉を再三口にした。文学者でありボディビルや剣道に励んでいること、「文武両道」とはそうした両立を意味している、そのように捉えられたかもしれない。しかし彼にとって「文武両道」とは破滅を意味していた。〈「武」とは花と散ることであり、「文」とは不朽の花を育てることだ〉と彼はいう。そして「文武両道」とは〈「武」の夢みる虚妄の花はついに造花に過ぎぬ〉ことを知り〈「文」の夢みる虚妄に支えられた死も何ら特別の恩寵的な死ではないという秘密〉をも知ることであり、すなわち両者はたがいの夢を殺しあい、〈文学上の倫理も、行動の倫理も、死と忘却に抗うためのはかない努力にすぎぬと教えるであろう〉と。文と武、見る私と見られる私、言葉を書く私と書かれた言葉、「私」と「われら」…あらゆる背反の間隙を充たすもの、すべては死しかなかった。いくつもの背反をともに追求し、みずからを引き裂きかぎりなく離れながらついに接近するにいたったとき、彼はウロボロスの蛇を知る。ウロボロスの蛇はしかし、そこに到達した熱意ある探求者を祝福することはない。ただその破滅を告知する。F104に搭乗したのち書かれた「イカロス」という一編の詩の哀切が、少年の無垢の声をもって響くのはたぶんそのためだ。<br /><br />それそれの個性をもった肉体が鍛錬によって筋肉を得ることで個個の区別がつかなくなる、普遍へ収斂してゆくのと反対に、言葉は普遍から個別へと向かいいくばくかの「個性的」な使用や排列によって「作品」をかたちづくってゆく。言葉を追求しながらしかし三島由紀夫は「個性」を憎んだ。言葉の本性が「終わらせる」ことであるなら、言葉の窮極においては生が終わらせられなければならないはずだ。そしてその言葉とは個性的なものではなく徹底して非個性のものであり、言葉をみずからにあわせて彫琢するのではなくみずからが言葉にみあうようにかたちづくる必要がある（彼の言葉を信じるなら、紋切り型と評判の悪い時世の句は、彼の非個性への志向の成就であり、まさに彼の意図したところだったということになる）。だから彼はこう決意する。〈今度こそ、陶酔と共に、言葉については非個性の言葉を選んで、その真にモニュメンタルな機能を発揚させて、生を終わらせてみせる〉。<br /><br />三島由紀夫は玉葱のようなものでほんとうのことなどなにもないというようなことを野坂昭如はいった。そのことを三島由紀夫はじゅうぶん知っていたはずだ。核などなにもないということはすべては可変たりうることをも意味する。だから彼はみずからのあらゆる属性を否定し、その対極を志向した。その姿が「漫画」として他人の目に映ることはわかっていたけれど顧慮するには足りなかった。それほど彼は真剣だった。生涯かけて三島由紀夫は自己におけるあらゆる所与のものを否定するためだけに膨大な熱量を傾けたようにおもえる。もちろんたとえばギリシアという理想はあった。それはしかし腺病質の、夜の思索と想像力に耽溺した少年時代の彼の対極にあったからこそ烈しく憧れえたのではないだろうか。しいて彼に本質なるものがあるとするならば、それはすべてを否定せずにはおれない烈しい熱情かもしれない。その否定の先に彼はきっと徹底した非個性、つまりは普遍をみていた。<br /><br />あらゆるものを相対的にみながら三島由紀夫は「絶対」を仮構した。なぜその必要があったのかはしらない。しかしとにもかくにも彼にはそれが必要だった（日常の細細したことを「真」とみようと、みずから仮構したものを「真」としようと、あるいはそれら以外にもとめようと、その窮極の根拠などないという点においてどちらがどうどいうことはない。なぜ三島由紀夫が後者を選んだのかはわからないけれど、もしかしたら彼にとってあらゆる矛盾や曖昧を「真」認めねばならない前者は受け容れがたかったのかもしれない。あるいはそれは単なる現状追認でしかないとおもえたのか。実際日常にこそ真実が宿る、といったことを言い訳に惰性に身を任せてしまうひとをいくつも見た）。彼の最期、陸上自衛隊総監室への籠城と演説、そして割腹、通常かんがえられないことをかんがえられないことではなかったといささかでもおもわせるために彼の費やした労力と時間は測りしれない。みずから仮構した「絶対」、それが虚であることは彼自身が知悉していながら、それでも誰よりもそれが虚でないふりをしてそこへと全身全霊を傾けることができた（そしてそのために死さえ厭わない）というのは、ただごとではない。<br /><br />〈げに殺すとは知ると似ている〉23歳の三島由紀夫はそう記した。彼は否定、殺すことによって世界を知っていった。彼が殺すのはつねに自分自身だった。虚弱な身体、感受性過多の精神、のみならずあらゆる概念をも否定しつくりかえた。刻刻彼は彼を殺し、彼になってゆく。〈殺人者は知るのである。殺されることによってしか殺人者は完成されぬ〉だから彼はさいごには彼の存在そのものを殺した。そして彼は完全に彼となった。あるいは殺していたのは平岡公威だったろうか。殺しながらその果てに、彼はようやく三島由紀夫となりえたのかもしれない。<br /><br />最後に武田泰淳の追悼文からいくつかの引用。<br /><br />〈息つくひまなき刻苦勉励の一生が、ここに完結しました。疾走する長距離ランナーの孤独な肉体と精神が蹴たてていった土埃、その息づかいが、私たちの頭上に舞い上がり、そして舞い下りています。あなたの忍耐と、あなたの決断。あなたの憎悪と、あなたの愛情が。そして、あなたの哄笑と、あなたの沈黙が、私たちのあいだにただよい、私たちをおさえつけています。〉<br /><br />〈民衆、つまり隣近所があなたを理解できなかった。それ以上に、あなたはニンゲンを理解できなかったのです。それが、あなたの「天才」の秘密でもありました。君のくちびるの口紅が、ぼくの歯ぬけのくちびるにくっつかなかったからと言って、ぼくはあくまで「君が好きだったんだよ」と呼びかけずにいられません。〉<br /><br />「イデオロギー」というみせかけなど軽軽とびこえて、こんなにも無理解としての理解をしめしてくれるひとがひとりでもいたのだから、それだけでも三島由紀夫は幾許か幸福たりえたといいうるのではないか、とおもう。おもいたい。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yoko-mina/entry-10714862852.html</link>  
      <pubDate>Mon, 22 Nov 2010 16:58:09 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>怪しい語り手、転移する視点ーーーーコルタサルの短編群</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 小説に惹かれる要素はなにが語られるかよりもいかに語られるかだというのは別段理由はなく昔からそういう傾向だというだけのことなのだけれど、翻訳されたものを読むときも同じかといえばすくなくともそうは言い切れない。翻訳なら探偵小説類（内容重視という印象があるので。間違っていたら申し訳ない。）を読むという意味ではなく、翻訳されている以上いうまでもなく翻訳者という媒介があるのだから作者の息吹をそのまま感じることはできないというそれはしごく単純な理由（かといって翻訳者が違っても肌に合う作家とそうでない作家はいて、だからある程度は文体と言えるのだろうけれどすくなくとも留保をつけずに翻訳された作品について「文体が…」と語る勇気はない）。さらにそれが書かれた気候や風土、文化や社会について無知なのだから作者が一語一語にこめた意味や単語選択（翻訳された単語との対応も翻訳者に委ねられているのだし）の意図まで十全にくみ取れる自信は皆目ない（日本文学でも自信があるわけではないけれど相対的に）。とはいえ翻訳された作品でも惹かれるものとそうでもないものはあり、その差がどこにあるのかかんがえてみると、まずは技巧なのではないかという気がする。ある内容を十全に表現しうる形式はおのずと決まっているはずだから内容より形式と言い切ってしまうことはできない。ただ作品において生起するできごとよりそれがいかに語られているかのほうにわたしの読書における重点がある、くらいには言いうるのではないか。<br /><br />ものごとは多面的だというのはとりたてていうほどのことではない。もちろんだからといってあったことをなかったと言ったりあるいはその逆だったりが通るわけではなく、時折そういう主張にでくわすとそのたび都合に合わせて変に理屈をつけているだけにいっそうたちが悪いと嫌悪感を抱く。だからそういうことではなく、あるできごとに対してとる視点によってできごとが帯びる意味がまったく変わってしまうということだ。そういう経験はたいていの人にあるだろうし、自分に照らしてみればそれで友人を失ったり顰蹙を買ったり怒られたりしたことがおもいだされる。そういうとき自分が見ていると漫然と捉えていた世界とはいかに脆く曖昧なものかあらためて知る。自分なりの筋道においてなした言動が他人の手によってまったく違う道として整備されおもってもみない彼方へ到着するさまをまのあたりにして唖然とする。どちらが正しくどちらが間違っているということではない。たとえ自分の行為に自分なりの意味づけがあろうと、別の視点から異なる意味づけがあたえられればそれを否定するのはなかなか難しい。なぜなら立っている場所、その地質からして違うらしいからで、それらがどうやって形成されきたのかわからないけれどおそらくは個個におけるそれなりの歴史があり、そうであれば相手の世界のとらえ方を否定しないかぎり自分の意味づけを正当化することはできない。よほどのことでないかぎり、さまざまな異なる視点にたいしてたとえそれが不本意なものであろうと否定する必要は感じないし試みてもおそらく無理ではないかとおもっている。<br /><br />コルタサルの短編のいちばんの魅力は、突如、たとえばほんの一行にして視点が劇的に変容するところだ。その構造がわかりやすい一例は「夜、あおむけにされて」。始まりはバイクの事故で、病院に運ばれた彼は夢を見る。そのなかで彼はモテカ族の兵士であり、アステカ族の追っ手を振り切ろうと密林を駈けている。幾度も目覚めながら彼は幾度も密林の夢を見る。現実において治療は順調に進み、夢のなかで彼はアステカ族に捕まり生贄にされそうになっている。悪夢から遁れようと夢のなかの彼は目をさまそうとする。しかし醒めない。供犠をとりおこなう神官がナイフを手に彼に迫り、彼はバイクの事故こそが夢だったことを悟る。この作品、しばらくは病院でのできごと（あるいは交通事故現場）と密林でのできごとが改行によって交互に語られているのだけれど、最後は改行なしで病室と密林が混ざり合っている。視点の移行は急激なのに無理がない。読後、「やられた」と爽快な気分になる。<br /><br />「夜、あおむけにされて」におけるふたつの世界の境界をさらに曖昧にしたのが「正午の島」。客室乗務員・マリーニは週三回正午にキーロス島の上を飛ぶ路線で働いている。観光客が訪れることのないキーロス島は彼を強く惹きつける。いつか行ってみたいと願い、計画を立てる。と、次の行で彼はすでにキーロス島へ向かっている。島のひとびとと知り合い、親しくなり、彼はこの島で暮らそうとかんがえる。あるとき飛行機が島に近づく。自分が搭乗していたはずの飛行機だと彼はおもう。すると飛行機が海に墜落する。彼は救助に向かい、かろうじてひとりの男性を岸に運ぶ。なにげないふうにこっそり視点が移動する。砂浜に横たわる男性の死体を島民が囲んでいる。「いつもと同じように、島にいるのは彼らだけで、彼らと海の間に存在する見慣れないものといえば、目を大きく見開いている死体だけだった」という一文からそこにマリーニはいないらしいことがわかる。明示こそされてはいないもののどうやらマリーニの島での経験は彼が墜落する飛行機のなかで見た夢あるいは幻想であり、砂浜に自力で泳ぎ着き力尽きた死体となってはじめて彼はキーロス島に辿り着いたのらしい。この結末にはぞっとさせられる。憧れの島に足を踏み入れ海や陽射しや空を満喫するマリーニを微笑ましく見守っていたというのに、すべては虚だったと突然宣告されるのだから。<br /><br />語り手の謎が明かされておそろしい効果を上げるものもある。「赤いクラブとの会合」は外国（ドイツ語圏らしい）のザグレブというレストランに「あなた」が入るところから物語が始まる。「あなた」（ハコボ）が食事をとっているとイギリス人旅行者が入ってくる。彼女を見る店員のようすがどうもおかしいことに気がついた「あなた」は苛立ちをおぼえ、彼女が無事ザグレブを出てホテルに到着するのを見届けようと、彼女が店を出るまで待ってあとを追う。ところが見失うはずのないところで見失ってしまう。「あなた」は理由もわからないままザグレブに戻る。店員たちは驚くこともなく、どこか待ち構えていた様子ですらある。ここで語り手はイギリス人旅行者で、彼女はすでに死んでおり、ハコボもまもなく同じ運命を辿るらしいことが暗示される。どうやらザグレブが怪しいらしいのだが具体的にはなにも書かれていない。ただ序盤におかれた微細な棘、「どうやらその辺りで、レストランはこちらからはわからない建物の他の部分と繋がっているようでした」という歪な文章が最後までひっかかっているので、ザグレブがただのレストランではないかもしれないと推測しうるに過ぎない。<br /><br />「グラフィティ」の語り手ももまた「あなた」と呼びかける。圧制下の社会で「あなた」は壁に落書きをしている。見つかればどんな目に合うかわからない危険をおかして「あなた」は描き続ける。あるとき自分の画いた落書きの隣に別の者の手による落書きが残されている。「あなた」はそれを描いたのは女性だと確信し、彼女の姿を見たいと願うが叶わない。そこで彼女に向けた落書きを画く。やがて「あなた」は彼女が残した応答を見つけるが、それは暴力を受けて惨憺たる状態になった顔を浮き上がらせてゆく。そして彼女は（おそらくは）牢獄から「あなた」に語りかける。この作品も、語り手が誰であるかわかった瞬間、背骨が軋む。「あなた」の無邪気、無思慮と対照的な語り手の諦念が圧をもって迫る。「あなた」が女性の腫れ上がった顔を読みとったとおもうと次の行で瞬時にして語り手の存在が焦点を結ぶ手並みが鮮やかで、それだけにいっそうおそろしい。<br /><br />語り手を信じて読んでいると次第に怪しくなってゆく作品もある。「ノートへの書付」にはなにものかによる組織的な地下鉄乗っ取り計画に関する調査の経緯が記されている。「わたし」が調べたところによると、地下鉄の中だけで生活をしている人間が存在し、その数は増え続けている。それらのひとびとの生活は非常に統制されており、地上から着替えをもってくる「運び屋」もいる。「わたし」の執拗な調査の結果、首領の一味の生活範囲はホームと地下鉄車両に限られているが、怪しまれることがないよう首領の指示に従って巧妙に乗り換えを続けていることがわかる。深入りしすぎた「わたし」はやがて身の危険を感じるようになる。自分には彼ら/彼女らを説得し、地上の生活に戻し、ブエノスアイレス市民の安全を確保する義務があると「わたし」の語り口が熱を帯びるに従って、読み手と「わたし」との距離は急速に開いてゆく。「わたし」の語ることはただの妄想に過ぎないのではないか、そんな疑念が沸き上がる。勘のいい人はもしかしたら最初から怪しいのは「わたし」なのではないかと気がつくのかもしれない。あいにくわたしはまったく気づくことができず、終盤になってようやくその可能性におもいいたった。地下鉄乗っ取り計画はもしかしたら本当なのかもしれない。それが事実であるとも「わたし」の妄想であるとも明示されてはいない。ただ次第に後者の可能性が高まってゆくように仕組まれているのはたしかで、たとえば冒頭に乗降調査の結果、その具体的な数字が記され、入場者数に較べ出場者数が４人少なかったことが「わたし」が地下鉄乗っ取り組織の存在を知るきっかけになったと語られてゆく流れ。わたしのような単純な人間は味気ない客観的な調査だとか数字だとかで簡単に信用してしまう。「わたし」の観察過程は客観的「事実」を淡々と記しているだけで、いかにも調査報告といった趣がある。ところが終盤、組織の人数が増えすぎて一般乗客の利用が困難になっているとか、市長への手紙云々に触れられる段になって「わたし」の主観が侵入し、信憑性はひと息に低下する。「わたし」が組織の暗号だという言葉にしてもそれはただの日常的な会話の断片でしかなく、暗号である根拠は一切示されない。とかんがえると、「わたし」が組織の一員を見分ける徴としてあげた皮膚の異様な青白さにしても、関連の証明などなされていなかったことに気づく。「市長殿、でなければ警察署長殿、地下を歩いている人間が、プラットホームを進む人間がいます」この滑稽な一文の効果が素晴らしい。<br /><br />ひとりの人間のなかで視点が変化することもある。「南部高速道路」では大渋滞が起こっている。この渋滞はただごとではなく、季節をまたいでもまだ続いている。当然食料・飲料水の調達が必要になり、体調を崩すひともでてくる。技師たちは近くの車のひとびととグループを作り相互扶助を開始する。ほうぼうでそのようなグループが形成されており、たがいに物資や情報をやりとりして暮らしてゆく。技師には恋人ができ、彼女は妊娠する。グループはそれなりにうまく機能してはいるものの、あたりまえのように誰もが一刻もはやい渋滞の解消を願っている。長い忍耐の末、ついに車列が動き出すときがきた。皆がアクセルを踏む。高速道路で重要なのは車間距離を適切に保ちながらひたすら車を走らせることだから、当然列によって進み具合にばらつきがでる。グループはばらばらになり、通信の手段もない。どの車もただ走り続ける。グループの車は前後に紛れ、隣には見たこともない車。技師にはいままでの生活が突如崩壊しもう二度と戻らないことが信じられない。なぜこんなにも無関心に、知らぬ車に囲まれて、ただアクセルを踏み続けなければならないのか、誰にも理由はわからないがしかしそうするしかないのだと突き放すように物語は閉じる。技師は渋滞という非常事態に対応するためにグループを形成したが、日常に戻りたいという願いを失ったことはないはずだった。日常とは衣食住たり風呂に入り仕事に行きデートをする…といったことごとなのだけれど、喫緊の「日常」とは渋滞以前、つまり車が速やかに走る状態だった。ところが渋滞が解消してしばらくのち、「日常」は逆転していたことに技師は気づく。彼にとっての日常は渋滞を凌ぐための共同生活になっており、周囲の人間に注意を払うことなくただ前方だけ見つめて車を走らせるという高速道路における本来の過ごし方（=日常）こそ信じがたい非日常になってしまっていた。技師が共同体生活に慣れてしまったためといえばそれまでだけれど、それだけでなく、高速道路が、ひいては社会生活なるものが本質的に抱懐している非人間性、薄気味悪さを浮かびあがらせてもいる。<br /><br />コルタサルの短編の多くに共通するのは語られる視点が安定していないということだ。「赤いクラブの会合」や「グラフィティ」の視点は一貫しているけれど、読み手にとっては「あなた」と語りかけているのが誰か隠されているので語り手に寄り添って安心することはできず、不安な気分のまま物語は進められることになる。死者が語ったり夢や幻が現実を凌駕することなどありえない、所詮は小説でのできごとにすぎないといえばそれまでだ。けれど自分の見ている世界はそれだけでしかなく、他人は同じものを目に映していてもそこにまったく違う意味を与えそれらを構成して生きているということをかんがえるなら、そしてその他人の世界において自分はまったく違う意味を賦与された人生を歩んでいるのかもしれないとおもうならば、語られる視点が絶対でないことのほうがむしろ現実味を帯びて感じられる。たとえば「二度目」の語り手「我々」はただ待っているだけでいいというばかりでどういったひとびとなのか最後まで明示されない。しかしマリーア・エレーナの運命、彼女自身も知らぬそれを「我々」は「よく分かっている」。死の予感で閉じるこの短い物語を読むと、理不尽な運命と呼びうるものがあるとするならばある視点からそれはこういうものではないかというおもいがする。<br /><br />胡蝶の夢を云々するつもりはないけれど、自分の連続性というものを完全に信用しているのでないかぎり（睡眠で意識が途絶えるからというだけでなく、身体を構成している細胞、臓腑や脳や皮膚などのそれ…のすべても短期間で死滅・生成を繰り返すのだから、自分として連続しているものなどありはしないのではないか。）、「夜、あおむけにされて」や「正午の島」のような恐怖も無縁ではない。そうでなくても端的にひとの数だけ世界があるとかんがえるなら、自分の眼に映る世界がいかに脆弱で曖昧で儚いものか、これらの作品は再認させてくれる。そして自分の見ている世界が絶対だと信じ切るなら、一連の物事への意味づけを絶対だと確信してしまうなら、時には「ノートへの書付」の「わたし」のように知らぬまに共同体の縁からはみだし、あるいはそうであると見なされ、ことによっては排除されてしまうかもしれない。「わたし」の報告の真偽如何に関わらず。<br /><br />現実も幻も相対的だといっても所詮現実において生活しなければ、端的に言って食べなければ死ぬのだからそれは詭弁に過ぎないといういいかたもできる。しかし死んだところで、死後がいま生きている「現実」の延長でない保証はない。想像するだにぞっとするけれど、もしかしたら死んだ途端に同じ生が繰り返されあるいは続いてゆくかもしれない。肉体は腐るけれどもし肉体が存在のすべてではないとするならば位相を変えて生命は続いているのかもしれない。もちろんそんなことをいう根拠などないけれど死後が現在とまったく違うという証拠もないのだからその可能性においてどちらも変わることはない。世界と呼びうるものが想像しうる範囲を超えて端的に多様でありおのおのがとんでもなく乖離している気味の悪さを拭うことはできない。コルタサルの短編を読んでいるとひとりの人間が見ていると感じている現実なるものがいかに脆くひとりよがりで頼りないものか、人混みの中で突然肩を叩くように知らせてくれる。そして振り向けば誰もいない。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yoko-mina/entry-10680720233.html</link>  
      <pubDate>Thu, 21 Oct 2010 21:16:14 +0900</pubDate> 
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      <title>世界の外側でやすらう————色川武大『狂人日記』</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 好きな小説の舞台をめぐる旅をする人がいたり、研究するとなればその作家の人柄や私生活まで調べるのは当然らしく、つまりは作品の外側、その前方や後方、そして手前や向こう側や延長、拡散などなどに興味を持つというのはそうめずらしいことではないらしい。わたしはとても好きな作家でも、その人の私生活や遍歴を積極的に知ろうという熱意に欠けている。たいていのばあい、むしろ知りたくないとすらおもう。それはほんとうのところたいして好きではないのだろうと言われれば、ある観点からはそうなのかもしれないけれど、わたしのなかの諸々の好きのなかでは上位にきているのだから、そうするとわたしの好きの総熱量そのものが乏しいということになるのだろう。<br /><br />愉しませてくれる作品であればそれでいい、そこを離れて作家には興味がない、大雑把にいえばそういうことになるのだけれど、なにをもって愉しませてくれたと判断するかとかんがえるに、波瀾万丈の人生だったり犯人捜しが主眼だったり複雑に張りめぐらされた謎だったりを描写する作品には食指が動かず、文章の向こう、書き手の真面目や真剣や切迫を感じられるもの（こういうことは主観でしかないので、思い込みだとか幻想だとか勘違いだとか言ってしばそれまでなのだけれど、たとえそうであれできうるかぎり吟味してそれでも感じてしまうものはしようがない、と最近はかんがえることにしている）が好きなので、愉しませてくれる作品というとき、その構成要素には、過去から響くペンの音もはいっているということになる。<br /><br />ますます思い込みと幻想といわれかねないけれど、では文章の向こうに作家の鬼気が感じられればそれでいいのかというとそうばかりではなく、いくら切羽詰まっていようと泣き言や自己憐憫や可哀想自慢が入り込んでいると、僅かであれわたしにとっては排除不能な癌細胞を発見したにひとしく、連鎖的に言葉が腐蝕し全体を侵蝕し、最終的に記憶に残るは骨を剥き出した味気ない屍ばかりになる。人間が弱かったり醜かったり狡かったりするのは当たり前で、世の中ままならないのもよくあること、それを装飾・拡大して差し出されても、わざわざそうしたことにおつきあいする気にはなれない。もちろん辛いことや悲惨なことを書いている作品が好きでないというわけではなく、ただそうしたことを描くなら、たとえば最低を笑いへと変換する熱量、たとえば折れた頸にギプスをあててまで生きているふりをする強がり、そんな「よくある」に阿らない嘲笑覚悟の滑稽を見たい、というだけのことだ（経験上、ではあるけれど、傍目にはどう見ても可哀想なのに当人が可哀想がるどころか意に介していない（ように振る舞う）作品のほうがわたしは好きだ。最初にこのことを感じたのは『地下室の手記』を読んだときではないか。自分が見苦しく憐れに転がり落ちているのがわかっているのにさらにそれを加速せずにはおれないさまは、滑稽ゆえにどこまでも哀しい）。<br /><br />話転じて、映画や小説の惹句に「涙が流れる」「泣ける」というものをよく見かける。広告の推薦文ともなれば、「泣きました」がないほうがめずらしいくらいで、書いている人はきっと褒めているつもりなのだろう。泣くことは精神安定にいいらしく、だから泣きたい人がいて、泣かせたい人がいるというのは平衡がとれている。泣かせるのを狙うのはあざとい、商業主義だ、という批判も時に聞くことがあり、そうだなとおもうけれど、商業主義と批判する人にしてもそう言うからには泣かせるものは儲かるという認識はあるのだから、とにかくお金を払ってでも泣きたい欲求をもつ人がある程度いるのはたしからしい。わたしは幼い頃から、泣かせることを売りのひとつにする小説や映画（たとえば当時『ハチ公物語』の映画があり、絶対観るものかとおもった）を忌避する傾向があった。泣いてしまうのはわかっている、呼び起こされる悲しみ、そんな感情はたいていのひとにあるだろう、しかしわかりきったものをわざわざ引き出されることに抵抗感があり、それに引き摺りこまれてしまう自分がいやでもあり、創作者と鑑賞者が既製品の悲しみを共同制作する作業がどこかしら穢いように感じていた。それはいまも変わらない。泣かせることと猥雑感を抱かせることは表現で一番容易だ、と誰かが言っていたけれど、そうかもしれない。<br /><br />『狂人日記』の語り手は、彼の主観にできるだけ寄り添ってみて、たぶんあまり幸福でない。笑い飛ばそうという弾力も強がろうとする意地も身をかわす器用さもない。ことあるごとに泣いている。こういう場合、湿度が高くていやになることがわたしは多いのだけれど、この作品はまったくそういうことがない。不幸や不運や病気や…それらはそれとして描かれ、しかしただそれだけだったから。語り手はままならなさを嘆いたり悲しみに拘泥したりということもない。あらゆる錘、圧を受け容れ、ずぶずぶと、身が潰れて擦れて切れてなくなるまでじっと虚空を眺めている。<br /><br />語り手は仕事を転々とし、一度結婚するものの妻はほどなく死に、精神病院に入院する。あらゆることへの興味や熱意をなくし、親しい友人もいないようで、幻覚や幻聴や悪夢に苦しめられている（もちろんその奇抜に注意を喚起するような見苦しい所作は一切ない）。彼は諦めているわけではなく、人と繋がりたいと切実に希ってさえいる。〈自分は誰かとつながりたい。自分は、それこそ、人間に対する優しい感情を失いたくない〉ばあいによっては鼻白むような独白、この作品においては誰もいないところに降り続ける雪のように、やわらかに、寂しく、音なく響く。なぜとかんがえるに、それは彼の語りによっているとしかいいようがない。現も幻も淡々と語る、喜びにも悲しみにも溺れない、すべてがどうしようもなく自分のことでありながら、そうかんがえる自分すらどこか他人めいている彼の、それは唯一の希いだった。<br /><br />彼はしばしば、弟のことを想う。弟は妻とその間に障碍を持つこどもがあり、その妻には恋人がおり、弟にもまた恋人がいる。弟は法に触れるような仕事をしているらしく、けれど兄の前ではいつも快活で、誰も彼も一緒に満員電車のように暮らしたいと言う。兄と弟を較べるなら、弟のほうが活気があり、病もなく暮らしている。ところが彼は、弟がかわいそうだと想っては泣く。弟はバランスをとっているだけ不本意で欠損があるにちがいなくかわいそうだと泣く。弟を想うとき、彼はどうしようもなく哀しくわたしの目に映る。人をかわいそうというとき、そう見なすことで慰みや安心といったなんらかの栄養を得ようとすることはすくなくない。自分と無縁である限りにおいてのみかわいそうとおもえることもあり、そうした所作によって安全を確認することもある。彼はしかし、なんら他意なく弟を本気でかわいそうと想い、自分が不本意であるから弟の不本意だけがわかると泣く。なぜ他意なくと言えるか、客観的根拠はなく、ただ彼があまりに正直で優しいからとしかいえず、なぜ優しいと感じるのか、それは言葉の運びや交わりからとしかいえない。そんなことはないのでは、幻想、思い込み、錯覚ではといわれれば返す言葉なく、もちろんわたしはわかっていてあなたはわかっていないのだなどとおもえるほど幸せでもなく、それでは黙っていればいいということになるのだけれど、言葉にする、つまり思念を他者化することは僅かなりと思い込みや錯覚を縮減する作用があると信じるので、こうして書いてしまう。<br /><br />彼は幻覚も現実も、幾たび殺しに来る小人も自分の体温も、同じ調子で語る。自分の意志で入院しながらなおるとは信じておらず、医師への説明を面倒くさいという、けれど投げ遣りなわけではなく、人生を達観して超然としているわけでもない。健常な人間としてひと通じあって生きたいと希っている。諦念と希求、あたりまえであるかのように彼はふたつながら大切に抱えている。それが天秤の両極であるかのように。自分は病人だと彼は言う。病人ではあるが病人であるだけだ。自分は特殊（特異）である、しかし自分のことを特殊であるとかんがえるかぎりにおいて自分は特殊ではない、彼はそのことがよくわかっている。人を求め、愛し愛されたいと切に希いながら、しかし満たされない。〈自分は、愛し、愛される、という実感を得たことがない。似たようなことをしているつもりで、そうでないことに後で気がつく。愛とは、許すことかと思った。駈けることかとも思った。築くことかとも思った。そうした考え自体がぎこちない。〉<br /><br />病院で知り合った寺西圭子の提案で、ふたりは退院し一緒に暮らし始める。やはり彼女を愛しているのかよくわからない。圭子が兎の幻覚をみていたとき、彼には見えなかった。彼が毛糸の頭巾をかぶった男の幻覚をみているとき、おそらく圭子にそれは見えない。〈お互いに、そこではどうしても通じ合えない。不通の個所を抱えながら、信じ合えるのだろうか。〉。果たしてこれはふたりが病人だから生じる不安だろうか。自分が机とみなすものは他人も机と見なし、猫とみなしているものは他人も猫とみなしている、そうした確認なしの前提にたってひとは世界を眺めており、だから日常をやりすごすことができる。けれどもあるできごとに対し自分がかんがえるとおなじことを他人もかんがえているか、ある表情から自分が読みとることを他人も読みとっているか、となると覚束ない。ある言葉、それが含む意味が共有されているか、それを言葉でしか確認しえない以上、究極的に合意を確認することはできない。自分の見ている世界と隣の人間が見ている世界が同じかどうか知りようはなく、まったく同じであることはまずありえない。足下の脆弱をたしかめることなく、それがあるていどの堅さをもっていると信じているから立っていられるだけのこと、たしかめようとしようものならたちまち足場は崩壊する。とするならば、彼の煩悶は病者にかぎったことではない。人間誰しもにあてはまることだ。<br /><br />病人は病人であるままに、しかし圭子を精一杯愛そう、幾たびそうおもいながら彼は苦しい。おもうほどさらに苦しくなり、弟と喧嘩し、圭子との仲もぎこちない。圭子は働いており彼は働いていないので、圭子に頼らねばならないが、それがためにいっそう彼は病む。ある日、圭子は帰らない。勤務先の病院に急患が来たため帰れなかったと翌日帰宅するが、以来しばしば帰宅しない日がある。そしてついに帰ってこなくなる。〈今更のことだが、自分は罪深い。そう思うとじとしていられなくなるが、懺悔をしたって何ひとつ精算できないだろう。自分を責めても、自分は傷つかない。そのわりに恵まれた、などと思ってしまう。たとえその気になって一枚ずつ皮を剥いでいっても、本当に傷つくような懺悔はできない、そのへんになるともうなんだかわからなくなってしまう。〉天秤の一端である希求を失った彼は、諦念の深みで平衡を失う。果てのない曠野、乾いてなにもない。喉を潤す悲しみの水たまりひとつない。贖罪に仰ぎ見る空もない。ただ生きるための空気がすこし残されている。彼は喰べるのをやめ、幻と現はますます混濁し、圭子が現れて消える。<br /><br />わたしはずっと泣きたい衝動を抑制する訓練をしてきた結果、感情の揺れ具合で泣いてもいいかとおもっても泣くことができなくなり、だから泣くことがほとんどなく、この作品でも泣くことはなかった。けれどめずらしく泣きたい気分にはなった。色川武大は泣かせようなんて微塵もおもっていなかったろうし、泣く人間がいるともかんがえなかったかもしれない。けれどもこんなに泣きたい気分にさせられる小説はそうあるものではない。鑑賞者が泣くことを想定した作品に喚起される悲しみを外部から与えられるものと仮にいうならば、『狂人日記』の悲しみはいつのまにか細胞に入り込んで増殖し、それらの微かな震えの様態で裡側から生じるものだ。<br /><br />彼が色川武大のわけではもちろんない。けれど語り口の優しさはどの作品でも変わらない（まだ入手可能なものの半分くらいしか読んでいないけれど）。たとえば「サバ折り文ちゃん」という短編、とりわけ好きな作品というわけではないのだけれど、巨体ゆえに相撲取りになるしかなく、怪我をしても興行主の思惑と文ちゃん自身の不安からも引退できないさまを、文ちゃんのこころのうつりゆきを想像しながら、悲惨を強調することなく美談でくるむこともなく、下世話な話もありながらしかし決して野次馬のような下品さは微塵もない。文ちゃんのこころを推し量るまなざしは柔らかにあたたかく、文ちゃんの半生よりそれを語る色川武大の口調に魅了される。誰しもそうであるように彼もきっといろいろ歪なひとなのだろうとはおもう。しかし円周上の点を満点としてバランスを示すシートのようなもの（名称を知らない。栄養価表示などで使われている）、その各点がさまざまな性質の充実をあらわすとして、ある瞬間できたグラフは烈しく歪なのだけれど、それらが瞬間瞬間に変形し、それを動力としてグラフが回転し加速してゆけば傍目にはすべらかな円に見える、不安定に安定した懐の深さ、そうしたものを彼の作品の向こうの姿として感じる。このような感覚は、小説を通してそう出会えるものではない。彼の優しさにはお節介なところもべたべたしたとこもまったく、たとえばそれは諸諸を包含する世界の外側、そんなもの知り得ないけれどもしあると信じたとして、そこに拡がる綻びやささくれだらけの世界を微笑でうけとめる、大きく柔くここちよいなんらかの異次元であるかもしれないとおもう、おもいたい、そんな世界の外側にあるかもしれない途方もない抱擁のぬくもり、彼の優しさをあえて言葉にするなら、ひじょうにぎこちないけれどいまはこの程度の表現しかできない。<br /><br />わたしは自分を善人というほど悪人ではなく、悪人というほど善人ではない。そういうひとは多いだろう。簡単にいえばわかりにくいほどに単純、ということなのだけれど、色川武大はもっとずっと繊細に微妙な平衡をなんとかたもって、その複雑な運動から生じる熱量が彼をして善とか悪とか罪とか救済といったことごとの外側へいたらしめたのではないか、そんな気がする。<br /><br />付記<br />『狂人日記』と題された本、わたしは3冊読んだけれど（ほかにもあるかもしれないけれど）どれもおもしろい。魯迅は平易ながら硬質、狂気の迫る怖ろしさがいちばん直截に感じられる。とても短いのに、読み終わると胃が重くなる。ゴーゴリは転がるように読まされてしまい、気が沈むときの気付け薬になる。すべての鶏は羽の下にスペインを隠しているとか、月は柔らかくて鼻が住んでいるので月が地球に潰されると鼻がこなごなになってしまうとか、淡々と記されていて爽快、末尾、悲惨に陥りそうなところを最後の一行がすくいあげてくれる。ゴーゴリ、「鼻」でも自分の鼻が五等官になっていてあなたわたしの鼻でしょうと言うと鼻が眉をしかめるとかさらりと書いてしまえるところはほんとうに巧い。『狂人日記』と題するとそれなりに荒唐無稽なことが書かれていることは覚悟して読んでしまうひとは多いだろうから、それをはねのけて読者を引き込むのは、相当なことだ。
 
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      <link>http://ameblo.jp/yoko-mina/entry-10658671784.html</link>  
      <pubDate>Sat, 25 Sep 2010 23:59:00 +0900</pubDate> 
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      <title>ドールハウスの幽霊たち————三島由紀夫『獣の戯れ』</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 幼い頃、うさぎの家族のドールハウスが流行ったことがある。友人たちはにんぎょうをそろえ、家を買い、家具をしつらえていた。わたしはがんばって興味を持とうとした。ひとつには、当時、異常なまでに横並びでなくてはならないという強迫観念があったからで、もうひとつには、そういうものを愉しむ姿を親に見せた方がいいのではないか、そうすれば喜ばれるのではないか、と漠然とおもっていたからだった。とはいえちっとも裕福でない家庭、欲しくもないものをねだるのも気が引け、しかし周囲と歩調をあわせねば不安でもあり、結局にんぎょうを2，3体と、ベッドとソファかなにかを買ってもらった。それを棚に並べ、眺め、人形をベッドに寝かせてみたりして、やっぱりなにがおもしろいのかさっぱりわからなかった。親には申し訳ないことをした。<br /><br />なぜおもしろくなかったかとかんがえるに、いまとなってはあとづけの謗りを免れないけれど、わたしが寝るようなベッドのミニチュアがあり、それにはにんぎょうが横たわり、わたしが坐るようなソファのミニチュアがあり、それにはにんぎょうが腰掛け、という人間生活の一部をごく粗雑に縮小・模倣することに、不快感を抱いていたからではないかとおもう。なぜにんぎょうまでもがわたしと同じく、寝て、起きて、坐り、食べなくてはならないのか。友人たちが集まり、にんぎょうに役割を振って、生活ごっこをする、それはわたしたちからみた大人の生活だったり、想像の及ぶ限り都合のよい暮らしだったり、時には魔法が使えたりするのだけれど、どこかにあるような生活風景を目の前のにんぎょうたちに演じさせたところで、所詮それはどこかにありうる（当時は魔法も含めて）わけだから、人間と同じようなしつらえの空間で、いったいなぜ人間のまねごとをしなくてはならないのか、とかんがえると、この凡庸な生活がすこしづつ形を変え次元を変えて、いくつもどこまでも続いているように感じ、気が遠くなり吐き気がしたのだった。<br /><br />にんぎょうの立場に身を置いてみればしかし、ベッドが人間世界のベッドであり、ソファが人間世界のソファである必然はない。にんぎょうとて人間のつくったものではあるけれど、人間が認識するように世界を認識するかどうか、それはまた別の話だ。にんぎょうたちにとって、ベッドは横たわるためのものではなく、ソファが坐るためのものではないかもしれない、そうかんがえていたなら、もしかしたらごっこ遊びをすこしは愉しむことができたかもしれない、という気がしないでもない。<br /><br />『獣の戯れ』を読むたび、ドールハウス、と想う。この作品、序盤で三人の関係がどのようになるか、直接言及されてはいないけれど、おおまかな予測はつく。つまり読者は最初の段階で結構をそれとなく知らされ、あとはそのなかで三人がいかに動くかを見届ける、ということになる。このような構成は別段珍しいものではなく（三島由紀夫の作品では珍しいかもしれないけれど。）、だからこのことだけからとくべつな印象を抱くというわけではないのだけれど、でもおそらくひとつはこうした理由から、作品世界が息苦しいほどに閉じられている、という印象をうける。閉鎖的、と感じる原因をほかにもとめてみれば、おもな舞台がちいさな島だから、とか、おもだった登場人物が少ないから、といったこともあるかもしれない。陽光が強く溢れるほどに、空気は陰鬱に凝縮し蟠る。<br /><br />わたしが色恋に疎いからかもしれないけれど、いちおう三角関係らしい人物たちのこころの動きがどうにも判然としない。優子は幸二が好きだったのか（だとしたらどのあたりから気持ちが動いたのか）、幸二はほんとうに優子を好きになったのか、逸平の浮気が優子の気を惹くためだったというならば、優子が現場に乗り込んできたときなぜあれほど冷酷な対応をしたのか…。さらに、幸二が逸平を殴ったのが弛緩した世界の糸を直線に緊張させるためだったとしても、そんなことがあれほど人を襲う理由になりうるのか(しかも幸二は優子を撲つ逸平をよくやったと眺めていた)、脳に障碍を負った逸平はどの程度状況を把握しているのか（ほんとうに「死にたい」と言ったのか）、なにを意図して逸平の前で優子は幸二と接吻したのかにか、などなど、行動の筋道を辿ろうとしてもさきざきで躓いてしまう。もちろんひとの言動なんて、そんなに理路整然としているものではないけれど、彼ら/彼女らにとってはなんらかの筋がとおっているらしいから、困惑する。<br /><br />さらに、無口で篤実、無骨ながらも好人物として描かれているかにみえた元漁師で園丁の定次郎は、娘の喜美を手篭めにし、制服姿の男女が交わる（女性は喜美に似ている）写真を肌身離さずもっている。大筋の展開とはさして関係なさそうなこのエピソードはしかし、読後、曖昧な質量として浸潤する。すこしづつ胃液で溶かされながら、けっして溶けきることなくいつまでも残り続ける鉛の玉のようで、じわじわと胃壁が蒼ざめる。<br /><br />幸二と喜美の無人島での情交、喜美の恋人のしるしであるウクレレをめぐる清と松吉の盟約などは、若若しいエピソードであってもいいはずなのに、乾きささくれざらりと居心地が悪い。喜美が幸二の気持ちを知っていてすすんで優子の代わりをつとめたから、清がウクレレという「名」を選び松吉が喜美と交わるという「実」を選んだという、各人がすすんで虚偽に身を投じたから、とかんがえれば簡単かもしれないけれど、それだけではない気がする。喜美をめぐる一連の挿話にしても、別になくてもいいようなのにあえて頁が割かれているのは、幸二と逸平、そして優子の三人関係との対照を意図しているのではないか。そうかんがえると、あの据わりの悪さというのは、暗闇の中、微妙な緊張の糸でバランスをとろうと藻搔いている幸二たちにくらべ、喜美も松吉も清も、そんなことは不可能だと早々に見切りをつけ、諦めに安住していることからくるのかもしれない。とはいえそれでは優子、幸二、逸平の末路になんらかの救いがあるかといえば、そんなことはない。三島由紀夫は相変わらず容赦ない。幸二と逸平の死には最小限の文字しか費やされず、服役した優子は老い、太り、美しさを喪ってしまう。<br /><br />どの人物を想っても、とりとめがなく索漠とする。罪も苦悩も醱酵し、ただ嘲笑だけが残った定次郎。追い詰められ八方破れになったように優子に惹かれてゆく幸二。逸平を愛するために幸二を、幸二を愛するために逸平を必要とする優子。すべてを見とどけ、すべてを受け容れ、そしてすべてから撤退したような逸平。誰もがわたしにはわからない論理で迷うことなく動いていて、その内面を想像されることを拒否している。触れようと指を伸ばしても硝子板に弾かれてしまう。ここにあるのはもうひとつの生活でも、あるかもしれない世界でもなく、せいぜい宇宙の外側でしかありえないのになにかのねじれであってしまった世界だ。<br /><br />生暖かな、顔を背けたくなるほどにきわだってエロティックな場面がある。喜美が浜松に戻るため優子たちのもとに挨拶に訪れ、喜美が幸二の指を握ったときのこと。〈優子は同じうつろな目で、やや顔を傾けて、ゆっくりと自分の髪の上に手を辷らせた。暗く繁った思い出の中を手探りするような心もとない動作。神経質に波立っている優子の五本の指は、むかしの繊細を物憂さを取り戻したかのようだった。その指は一本のヘア・ピンを抜き（これが一瞬日を受けて濃い紫いろに光った）、きわめて事務的にそのヘア・ピンを喜美の手の甲へ突き立てた。〉どこがそんなに官能的か、と説明しようとすると指先が凍ってしまうのだけれど、皮膚の肌理まで鮮やかに見え、身体から分泌される水分が蒸発する匂いを感じ、その湿度に酩酊する（単に読書量が少ないからかもしれないけれど、いままで読んだ範囲では、性描写がいくらあってもそれがエロティックだとは感じない。たとえばサドを読めば、その熱心に感心したり、技術的（？）な面で驚いたりはするけれど、官能的、とはおもわない。いままで読んだ作家でいちばん官能的、と感じるのは古井由吉で、とくべつ性的な描写がなくても、言葉のつかいかた、配列のしかたがときにぞっとするほどエロティックなさまで網膜に響く。）。優子と幸二の心情の縺れ、それはほどくことは絶望的でありながら、どうしようもなく蠱惑的な模様を形成する。<br /><br />ドールハウス、と想うのは、作品の閉鎖的印象からくるのだろうけれど、この言葉を反芻してしまうのは、ドールハウスの住人たちにとって与えられた世界が「あたりまえ」でないからだ。あたりまえ、というのは、冒頭の例でいえば、うさぎだろうとなんだろうと、それらは観察者とおなじように世界（ドールハウス）を眺めているはずだという前提のことで、幸二、逸平、優子たちはしかし、どうもそうではないのではないか、という気がしてしようがない。ドールハウスの住人たちにとって、扉は開け閉めするためのものでなく、机も椅子も観察者にとってのそれではなく、だから彼ら/彼女らは平気でそれらを通り抜け、知らぬ顔で壁紙にまぎれてしまう。結末は決まっている。そこまで登場人物たちは動いてゆき、読者はその道筋を辿るのだけれど、この三人の足跡はどうにもおぼつかない。いるはずなのにいないようにも感じ、いないとおもえばずっと変わらぬ風情でそこにいる。幽霊のようだとおもう。<br /><br />リアリティがない、といえばそれまでかもしれない。けれどもその摑めなさに、頷いてみても顔を上げたときすでに対象はそこにはいない不穏に惹かれてしまうこともある。終章に、民俗学研究者が登場し、神話や御船歌について語り出すのは唐突なようであるけれども、三島由紀夫は三人の物語を、神話的なものとして、すくなくとも現実と少し位相を異にしたものとして語ろうとしていたのかもしれないとかんがえるならば、納得がゆく。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yoko-mina/entry-10645460728.html</link>  
      <pubDate>Sat, 11 Sep 2010 22:44:34 +0900</pubDate> 
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      <title>堕落の加速度、光る愚者—————石川淳「普賢」</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 古びた皺紙に、さまざまな紙魚気儘にあり、惨めな紙とみればみえ、しかしこれら紙魚、草臥れた紙、それら聯関があるとおもって眺めれば、おのおのの紙魚までがただごとではない心地がしてくる。<br /><br />石川淳というと「紫苑物語」「至福千年」「狂風記」「修羅」といった物語的なものしか読んだことがなく、最近になって「佳人」「普賢」「かよい小町」「山桜」（ありがちな結末だけれどこれはいいようがなく好き。緊迫した場面でこどもが「ぽう、ぽう」と汽車の真似をするところの滑稽は冷血なわたしをしてちょっとじんわりするほどで、「甘露、甘露」と呟きたくなる）など短編を読みはじめた。とりわけ初期のもの、記憶力やら情報処理能力の乏しいわたしにあっては、幾つかの話のエピソードを混淆させそうになってしまうくらい、語り手の駄目な感じが似ている（フランス文学研究やら翻訳にすこしだけ携わっているところも）。とはいえどれもきっちりおもしろい。うねるような文体、ときにその頸をぱんと断つ閃光があり、弛緩と緊張と痙攣、その脈動に溺れるだけでもずいぶんな贅沢。綿綿と続く、絶え間ない思念をそのまま書き連ねているようでしかし、おそろしく練られていることはその絶妙な破調含みのリズムから容易にわかる。<br /><br />「盤上に散った水滴が変り玉のようにきらきらするのを手に取り上げて見ればつい消えうせてしまうごとく、かりに物語にでも書くとして垂井茂吉を見返す段になるとこれはもう異様の人物にあらず…」との書き出し、おもしろくないわけがない。ときに地を這いときに飛翔し、この文体にならどこまでも騙されても、裏切られてさえいいとさえおもう（モルヒネの瓶の伏線は結末を容易に想像させいっそいらないのではないかとすらおもうけれどそんなことどうでもいい）。<br /><br />「私」はささいなしくじりやらなんとなくの流れでどんどん駄目な方へいってしまう。どうでもない男・垂井茂市にかかわったおかげでお綱と顔見知りになり、なんとなく床をともにしたばっかりに遁れられなくなってしまう。垂井茂吉にであったのももとはといえば、鳥をもらうという友人について田部彦介を訪れたからだった。ちょっとした油断から食わせものの下宿屋主人・葛原安子にわたりをつけるように請われた坂上青軒とは、彼女がもとで絶縁する羽目になる。すべてがいやだと往来に出てすれ違ったタクシーに怒鳴られ反射的に「おい」と言ったはいいが、気づくと乗り込んで面倒に巻き込まれるにちがいない甚作のもとへと告げる…。他人には冷徹な目を向けられるのに、自分のこととなるとからきしの「私」。<br /><br />とはいえ「私」にはささえがある。クリスティヌ・ド・ピザンの伝記を書くことだ。クリスティヌ・ド・ピザンに目をつけたのは、彼女をとおしてジャンヌ・ダルクを見んがためで、「ジャンヌ・ダルクの出現をぽっかり宙に浮き出た荒唐無稽のまぼろしと眺め去ることなく、地上の塵にまみれ砕けた多くのクリスティヌの粉末が天日に舞いつどう花輪のけしきと観じつつ、逆に世のさまざまの女のすがたにジャンヌ・ダルクの一弁を拾い上げよう」と企図している。「私」いわくそれは「普賢行」で、「町角の屑を掻きあつめるだけではすまず、文殊の智慧の玉を世話に砕いて地上に撒き散らすことこそ本来の任務」とのこと。そんな「私」にとってだから普賢とは当然のことながら、それがたとえ「死のう」であってもひたすら「ことばなのだ」。<br /><br />どんな世事の些事とても、クリスティヌ・ド・ピザンの伝記執筆があればこそ、なんとかやりすごすことができる。そう書けば「私」とはいささか高尚な人物たる気がしなくもないが、終末部になって明かされるに、クリスティヌ・ド・ピザンという「艶の抜けたばあさん」の生涯を繙くことでジャンヌ・ダルクに近づこうというのはそもそも、友人・庵文蔵の妹・ユカリへの十年来の恋慕に端を発したもので、ジャンヌ・ダルクを筆先にからげることでユカリの面影を追おうという「うっとり鼻の下を長く」した「痴情の沙汰」だったという。ジャンヌ・ダルクを描こうという熱量がユカリへの恋情に由来していたとて、「私」のいうように「唾棄すべき人間精神の緩怠」だとはおもわない。とはいえ「有漏地無漏地の行き通いをちゃんと文字に立てて此世を顚倒させる願望だ。ところで此世というやつは顚倒させることなしには報土と化さない…如来おんみずから錯乱させたまえ。」などと息巻いていたことをかんがえれば、なんともかわいらしいということはいえる。<br /><br />十年ぶりに見たユカリはあまりの変貌していた。「私」はしかし、「もはやわが普賢菩薩は夢中の啓示であることをやめ、いつかユカリの衣裳の裏に成熟した実体となっていて、今や破れ去った脱殻の下から燦然と輝き出たのであろうか」と興奮と歓喜に打ち震えた、はずであるのに現実、「私」の隣にはまたもやお綱が寝ていたのだった。「汽笛を鳴らして疾走するものに乗ろう」（この漠然としてほとんど投げやりな感じがまたたまらない）とおもいたった「私」はお綱を「売笑婦」と罵り駆けだして、原稿料の前借りをしに坂上青軒を訪れる。そこで青軒と葛原安子との面倒な関係におもいいたった「私」は嫌悪感をもよおし、前借りどころか彼に暴言を吐いてしまう。（「こんなふうに要求が入れられるなんて恥辱だ。」「恥辱。金を出したり恥辱呼ばわりをされたりしてたまるか。一切ことわる。」「こっちでもことわる。けがらわしい聯想を引きずった金なんかまっぴらだ。」といった応酬、わたしは大好きで何度読んでもその爽快にほくそ笑む。）<br /><br />青軒のもとを辞した「私」は理由もわからず甚作のもとへ向かう。お綱とは縁を切ったはずの甚作の口から復縁めいた話を聞くにおよび「私」は烈しく嫉妬、「きみはきみで精いっぱいに振舞いたまえ。傍若無人に食らいつきたまえ。そのほうがこっちも張合いがある。」と宣言、すべてを抛擲して「綱を奪回する旅」に出ることを決意する。<br /><br />話の筋といえばこんなところで、しかしこれが筋といえるのかというとよくわからない。先に書いたように描写描写はそれぞれ独立しておもしろみがあり、あるものがあるものの誘因であるとはいえ、その聯関自体、さして重要ではない気がする。それよりもたとえば彦介の義母の描写、「此世にまれな醜悪な姿で、小鳥がさえずり犬が走る悠暢なけしきの中に突然割れた地の底から異形のもののせり上がって来たかのごとく…」、あるいは瀕死のお組を前に「私」、「ここに見る実景の強烈さはむしろ眼の機能を逆転させたかのごとく、わが体内に潜む人間数千年の秘密が唐突にも網膜に吸い上げられてかかる不気味な映像を可視の世界に抛出したのであろうか、遠く太古の森に於ける猿の時代の記憶が猛然と物に乗り憑った狂態は此世のけしきにあらず…」、このような残酷と滑稽が強く印象に残る。<br /><br />青軒との諍いや、突如お綱へ烈しい情熱を滾らせすべてをうっちゃろうとするところの疾走感はただごとでなく、「私」が味わっているものとはいささかちがうかもしれないとはいえ、文字を追うだけでもひじょうな興奮を感じる。不用意だったり間が悪かったりでどんどんペンから離れてゆく、反省を一応はするものの次の段になるとそれはなかったがごとくになっている。お綱への好きなのかなんなのかよくわからない熱情はその好例。では意志があれば好転するかといえばさにあらず、むしろその帰結はいっそう悪い。先に碌な事はないとわかっているほうを「私」は選んでゆく。決然と。奈落は容易に見えているのに迷うことはない。そんなときいつもは斜に構えた「私」の姿勢は突然背筋が伸びる、どころか前のめりにさえなる。青軒を罵倒するとき、お綱を甚作から奪おうと決心するとき、「私」は妙に闊達で潑溂としている。たとえばただひとり「私」と通じあっている庵文蔵との対話と対比してみると、それは明白になる。黴の胞子が鼻腔を擽る文蔵との場面も魅力的ではあるけれどそれはいわば浮き上がることのない沈殿物で、「私」の軽薄な無謀ははるか上方、一陣の風となり飛沫あげて水面を疾走する。そこにはなんら説明しうる脈絡はなく、それどころか「理性的に」かんがえればそのようなときの「私」の言動は愚かでしかないのだけれど、「私」はいたって爽やかだ。「こんな駄目な私でも人間なんです」といった皮膚に纏い付く湿度や自己憐憫いっさいなく、言い訳もないまま落下を選ぶその表情は笑ってすらいるようで、卓見でもなければ卑屈でもなく、たとえば全力で廻る独楽を見てなんだか楽しいように、ただただこころよい。「頽朽の老女」クリスティヌ・ド・ピザンからジャンヌ・ダルクという空に浮かぶごとき存在にいたろうとみせかけ実は地上の者たるユカリへ、さらにその先に谷底、俗なるものの凝固たる（と「私」が見なしている）お綱があった、という「私」の視線が描く放物線は滑稽ながらどこか清清しく、混沌の闇を覗けば堕ちゆく「私」の背後に微かな光すら見る心地がする。<br /><br />どんな題材をとっても石川淳の文体、馥郁たる白い花の香とでも陳腐ながら形容するしかないような文体にはもうひたすら酩酊するしかすべがない。つくりこまれているのに気難しくなく、嫋やかで人肌の温度あり、けれどどこか毅然としていて、半跏思惟像、と想う。わたしは律儀な仏教徒ではないのだけれど心底仏教に帰依しているひとが仏像をみるときもしかしたらこのように仏像の美を感じるのではないか、という気が、根拠はないながら、する。<br /><br />ものごとは約束事に塗れていて、それら約束事をまもるべき根拠などなく、だから時代が下れば約束事の無根拠を暴き立てるということがおこる。それはそれでいいのだけれどそういう所作に見るべきところがあるのはそれを最初にしたひとにおいてだけで、追従する数多はどんなに破壊的であれ破壊の模倣は新たな約束の黙契を鞏固にするにすぎない。反動がいいというわけでは無論ないけれど同様に壊せばいいというわけでもなく壊すことはその最初の一閃において以外べつにどうということはない。壊してみたもののその手になにもなく、なにもないことに開き直ってそれがあたかも新発見のように騒いでいるということがしばらく続いているようにおもう。新しいとか古いとか、そんな基準に価値はみいだせないけれど、なにもないことがなにかあることであるかのようにはしゃいでいる人たちはそれが新しいといいたいらしいのでそうした物言いに倣うなら、そんなことちっとも新しくなくむしろ古くさい、破壊したものをよりちいさくしたものを護り阿諛する権威主義でしかない。だらしなかったりいいかげんだったり安っぽかったり節操がなかったりするものがただそうであるがゆえに祭り上げられる（とおもえる）状況というのは、見たくなくても目の端にはいってしまうのでそろそろなんとかならないものかとおもう。<br /><br />それにしても、好きだから好き、とすこしでも自分に言いやすく、と前回くだくだしくも見苦しい言い訳を書いたのに、ちっとも言いやすくなっていない。むしろいっそうどうにもならなくなっている。能力のせいといえばそれまでだけれど、摑みどころがないゆえのすごさ、というものがあって、そういうものに惹かれているようにもおもう。とはいえ、もうすこしは摑めるように、指先が触れるくらいにはなりたいものだ。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/yoko-mina/entry-10590815278.html</link>  
      <pubDate>Sat, 17 Jul 2010 00:17:27 +0900</pubDate> 
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