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    <title>即身仏。</title>  
    <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/</link>  
    <description>～『文章を綴るアート』という定義で～</description>  
    <language>ja</language>  
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    <item> 
      <title>安田貴広という人間を全く知らないとして。</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 あー、別にｄｉｓってるわけじゃないのでめんどくさいのはご勘弁。<br />はいどうも僕です。<br /><br />いったいいつ以来の更新なのかももうよくわかりませんが、<br />とりあえず更新してみましょう。わーいかなりレア。<br /><br />今回は俺なりの宣伝行為をしてみようかと思うのです。<br />友人がＣＤを発売したものですから。<br /><br />で、まぁそのレビューてかなんかそんな感じの話をね。<br />彼の現在の精神構造が一体どのようにして構築されたのかと。<br /><br />やっぱ歌詞でしょ。もちろん音も注目なんだけれど。<br /><br />彼の書く歌詞はすごく難しいのであるのです。<br />何がと言いますと、『自己開示願望のあるインテリ』なところなのです。<br /><br />自分の心を開いて、他人と本気で心の接触をすることってあるでしょ？<br />でもそれがめちゃくちゃ難しいことだってのはおそらくみんな知ってる。<br /><br />で、ものすごく理論的にそれがわかっていて、そんなもんリスキーだから<br />絶対にしない方が楽チンなことがわかっているんだけれど、<br /><br />わかっているんだけれどそこに憧れがある人のようなわけです。<br /><br />なんかそう書くと『心の淋しい人間だ』とお思いの人もいるでしょう。<br />それがね、全くそんなことがなく、むしろ真逆に感じるわけです。<br /><br />自己開示というのがキーワードだと思うので、ちょっとだけ注釈を。<br />ごく簡単に言うと、自分をさらけ出すということなのですが、<br />『信じる』のとも、『リスクを恐れない』のともちょっと違って、<br /><br />受け入れてくれる相手もしくは社会（集団）に対しての意見表明、<br />要するに『おーそうだそうだ』と言ってくれる温かいクラスで、<br />『ぼくはこうおもいます』って言うことだと思うのです。<br /><br />受け入れてくれないと単なる独り言を言う変なおっさんだし、<br />そもそも『こうおもう』なんて言うことすら辛いわけです。<br /><br />話を元に戻しましょう。<br /><br />彼の歌詞から見てとれるのは、現代人が抱える深層の問題を、<br />見事に気づき、それが故に閉塞感というかネガティブさみたいなもの、<br />なのではないでしょうか。<br /><br />自分は受け入れられたい。でも自分は人を受け入れられない。<br />どっちが先かと悩むんだけれど、どっちでもありどっちでもない。<br /><br />とても現代っぽい感覚ではなかろうかと。<br /><br />ルールはルールとしてあるんだけれど、実はそんなもんは言葉でしかなく、<br />結局雰囲気だとか、権力者に右にならえの現代社会。<br /><br />その中で自分の意見なんてのは言えないのです。<br />受け入れられなかった時のリスクを考えると、全然無理。<br /><br />口を開くだけでも精一杯でしょ。<br />そしたらなんだか生きてる意味ってなに？？と思うでしょ？<br />でもお腹は空くしセックスはしたいのです。<br /><br />何よりも、自分の都合は抜きにして手放しで受け入れてくれるような、<br />受け入れるってか、ちゃんとみんな個人の意見や生き方があって、<br />それをちゃんと尊重していこうやみたいな、<br /><br />言葉にするとものすごく薄っぺらいんだけれど、<br />その淋しいとか認められたいとかそんなのにすごく近いんだけれど、<br />それとは明らかに違う何かが根底に流れている気がするのです。<br /><br />それを考えると、現代の若者の抱える問題そのものなのではないかと。<br />全力でやっている人がいて、それを見てなんだか笑ってしまう。<br /><br />そんなことして何になるの？<br /><br />その答えを見いだせない現代人そのものなのかなと思います。<br />現代人の深層を自ら見抜いて、自分も大いにそれで悩んで、<br />それが歌詞に出るから気づいている人にはよく刺さるのだと。<br /><br />そう思うわけです。<br /><br />繊細だからこそ気づけて、それを言葉に出来ることがすごいと思うの。<br />みんなはもっと簡単な言葉で片付けて、イライラして終わるはずなのです。<br /><br />世の中の『当たり前』に傷つくことができるのは一つの才能だわな。<br />みんなは自分の人生ですら傍観していることがあるからね。<br /><br />人間とは何か？<br /><br />突き詰めると刺さる歌詞ができて、一歩突き抜けると宗教家。<br />そのギリギリの感じがアーティストなのでしょう。<br /><br />というわけで『蒼と群青』を買え。<br />よろしく。じゃ。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/entry-11157255684.html</link>  
      <pubDate>Mon, 06 Feb 2012 19:44:20 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>あなたはどんな国にしたい？？</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 いやいやどうも久しぶり。<br />Androidからの初更新でございます。<br /><br />例のあのフレーズはもう恥ずかしいのでやめます僕です。<br /><br />友人に何となくここを思い出させられたので更新。<br />質問です。あなたはこの国をどうしたいですか？？<br /><br />気づけばもうおじさんなのでそれについて考えななぁと思うのです。<br /><br />何の話かというとね、別に政治参加がとうとかって話じゃなくてさ、<br />何のために日本人やってますか？っていう話。<br /><br />世の中に対して私達は何とでも言えるけれど、実はできることはたいして無い。<br />そんな中で『自分だけハッピーならそれでいい』というのもまぁ一つの答えなんだけどね、<br /><br />それじゃなんかあんまり嫌な思いしてまで働いたり勉強したりすんのもバカたいじゃない？？<br />他人無視はその時にしてるだけで、いつも無視なんかは普通はむりだもの。<br /><br />なので働くとか勉強するとかを『社会のために何かを成す』と考えたら生産的かなぁと思うのです。<br /><br />俺はね、職業柄ももちろんあるけれど、どんな世の中にしたいかを深く考えなきゃだめな気がします。<br /><br />結論としてはね、今の俺の考えは『自分が貧しさに困らない国にしたい』のです。<br />もちろん経済も。他にも想像通りのものや想像以上のものを見たり食べたりしたいの。<br /><br />そのために皆が貧しくならないようにしたいのよ。<br /><br />そのためには正当に揉められる力を世の中に生み出していかなきゃならないと思うのです。<br /><br />そのためには秩序が必要なんです。<br /><br />そのためには勇気が必要なんです。<br /><br />そのためには知恵が必要なんです。<br /><br />そのために皆で考えて批判とか指摘とか拍手とかもいらなくはないけどさ、<br /><br /><br />大切なことって、どれだけ皆に優しくできるかで、だからこそどこまで頑張ってガマンできるかじゃない？<br /><br />思想ややり方は違っても、目指すところは一緒だと思うの。<br /><br />残念ながら道筋が違うときもあるけど、ゴールはだいたい同じなはず。<br /><br />誰からも冷たくされても、笑われてもその道に向かうしかないよね。<br /><br />なので他流派は無視だわ。<br />クソな現状は今までもたくさんあったから、そろそろ乗り越えて結果をださなきゃね。<br /><br />おやすみん。<br />じゃ<br />
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/entry-11028638636.html</link>  
      <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 03:25:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item>
      <title><![CDATA[PR: 妊娠、子育てママ必見！知っておきたい新生児育児講座！]]></title>
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      <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/ue0R7SwVT5vo/4wGirL3dvHH1?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/ue0R7SwVT5vo/4wGirL3dvHH1?type=3&ent=36dbb8744193b3da7c3075b24e64be15"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 「妊娠中と産後の理想ギャップ」や「妊娠中の過ごし方のコツ」を公開中！ </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
      <pubDate>Sun, 25 Sep 2011 03:25:00 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>望む望まないに関わらず。</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 誰かに影響を与えてしまったり、与えられてしまったり、<br />傷ついてしまったり、傷つけてしまったりすることがありますよね。<br /><br />何が原因かと問われたならば、おそらくそれは自分が生まれてきたことそのものが原因で、<br />それを取り巻く世界がそうさせてしまっているのでしょう。<br /><br />となるとありとあらゆる局面において、それはそもそも生まれてきたことが原因だから、<br />起こったことも起こらなかったこともそれはすでにわかっていたことなのかもしれません。<br /><br />今自分が幸せだと感じたことも、今自分が不幸だと感じたことも、<br />体調が良い瞬間だろうが、痛かろうが痒かろうが、甘かろうが辛かろうが、<br /><br />そう感じる根底には、今この瞬間に起こる全ての事柄の根底には、<br />自分が生まれてきたということがその原因として明確にある。<br /><br />突き詰めていくとそうなる気がする。<br /><br />何もかもそう考えると簡単です。<br />昨日のこと、おとといのこと、去年のこと、１０年前のこと、<br />明日明後日明々後日その次の日もその次の月も年も、<br /><br />何かが起こった、もっと言うと何も起こらなかったのは、<br />その原因として自分がこの世界に存在しているという事実がそうさせる、もしくは、<br />その事実がそうさせないということなのです。<br /><br />もうそこまで掘り下げると完全に哲学を超えた宗教的なことなんですが、<br />じゃあ何で生まれたのよというところまで突き詰めると、<br />自分の親が生まれてきたからで、究極までさかのぼると、その答えは結局、<br /><br />宇宙<br /><br />になるのかなぁと結論付けられる気がして、<br />じゃあ宇宙って何よ？？となるともはや答えは出ないような気がします。<br /><br />宇宙って何かと問われたならば、単なる星と星をつなぐ真空の空間なんだけれど、<br />それは今その姿であるというだけで、目の前の現象としては確かにそうなんだけれど、<br /><br />それが何で発生したのかを突き詰めることは不可能でしょ？？<br />万が一科学で答えを導き出せたとしても、それも現象でしかなくて、<br /><br />人間が人間として宇宙を突き詰めていくとその答えは『観念』なのですよ。<br />要するに考え方ってことなんです。<br /><br />なぜ？どうして？を問うことは必要なことなんだけれど、<br />それは現代の科学でその全てを解き明かすのは不可能だから、<br /><br />宇宙とかは神様が創ったことにして、<br />神が宇宙を作って地球を作って人間を作って自分を創っているから、<br /><br />自分は神（のような存在）によって作られたわけで、<br />現象としては親から生まれてきたということなのでしょう。<br /><br />眠いのにガチャガチャ書くと答えはまったくないんだけれどね、<br />簡単に言うと『全てのことの全ての原因はたった一つで、それはこの世は宇宙だから』<br />ってことだと思いません？？<br /><br />そう考えると一気に心が楽になります。<br /><br />あくまでも自分の目の前にあるモノやコトは現象でしかなくて、<br />構造は自分以外のどこかにある。<br />そのどこかだとか何かだとかを突き詰めたって答えは出ないから、<br />神様みたいなモノがあって、そいつらが全部決めてるんです。<br /><br />こういう構造でこういうものを作ったらさ、そのうちこういう感じの生き物ができるよね。<br /><br />という一つの現象でしかない我々はさ、<br />自分の意思なんてものはもちろんあったとしても、<br />それすらも一つの現象でしかないのよ。<br /><br />スポーツやビジネスの結果は一つの枠があるものだから、傾向と対策だとか、<br />反省点と改善点のようなものは考えることは比較的可能と言えるけれど、<br />枠のない、たとえば人間関係のようなものには答えはないってこと。<br /><br />悩む暇があるならどんどん突き進んでいけばいいのよね。<br />どうせその構造は自分では持ち得ないものなんだから。<br /><br />現象のみを追い求めてガシガシ進むべし。ってはなし。<br /><br />じゃ。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/entry-10865752369.html</link>  
      <pubDate>Mon, 18 Apr 2011 23:03:25 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>いまひとつ整理がつかないんですけれど。</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 ああどうもこんにちは。<br />最近ね、卒業とか合格発表とかあるでしょ？？<br />んで、塾講師をやってた時の生徒からメール来て、<br /><br />『受験が終わって一番に話したかったのは先生で、今までで会った大人で一番尊敬してます』<br /><br />なんてものすごい熱量でメールがくるわけです。<br />まぁ言ってもそんなのは若い時期には何かと感化されるもんだからさ、<br />それはそれで人生の通過点だろうからいいんだけれど。<br /><br />さらにこの類の商売をやってりゃそんな連絡の一つや二つはさ、<br />誰にでもあるだろうから、自慢でもなんでもないのよ。<br /><br />話の中身としてはあくまでも俺の話でさ、<br /><br />そんな風に尊敬されうる人間なのかなってことですわ。<br />だってさ、今日だって奥さんが検診で実家に帰っててさ、<br /><br />休みの日だったからとりあえず日がな一日寝て、<br />起きて残りもんあっためて食べて、<br />ダラダラとコーヒー飲んでニコ動でスタートレック見て、<br /><br />お腹すいたからラーメン屋で半ラーメンとチャーハンと『課長』島耕作。<br />その後洗濯しながらテレビ見て、ブログでも更新したら仕事でもすっかな。<br /><br />そんな一日よ？？<br />それで尊敬に値する人間だと言えるのかね？？<br /><br />って話をしようかとうんこしながら思ってたんだけれど、<br />よくよく考えてみたらそんな安い話でもないような感じもしまして、<br />もうちょっと思慮深く考えてみたんだけれど、<br /><br />『そういうダラけた一日もある人間だからこそ』ってとこもきっとあんのよね。<br /><br />ものすごいストイックで清潔で論理的かつ精力的な毎日を過ごせるなら、<br />そもそもその生徒の前に立つこと無く、違う人生だったと思うの。<br /><br />こうやって何年もダラダラグチャグチャどうでもいいことを書き連ねてさ、<br />一向に先に進まない人生を過ごしてきたってことが一つの結果なのよね。<br /><br />でもさ、<br /><br />それを良しとして生きるってのもまたなんかそれはそれで違う気がするのよ。<br /><br /><font color="#FF0000">自分にダメなところがあるから、そんなところが人間ぽいというか、<br />一つの『味』みたいなことになって、結果それが魅力になる。</font><br /><br />て言うのは一理あると思うよ。そう言わなきゃ誰もが生活を否定せねばならないしね。<br />でもね、それじゃ自分に妥協してなくて、<br />とにかくストイックに生活してる人にしてみれば、<br /><br /><font color="#0000FF">そんなもんは逃げだろ？？毎日ギリギリまでやってナンボだと思うよ。</font><br /><br />という意見には対抗しきれないでしょ？？<br /><br /><font color="#FA8072">みんなちがってみんないい</font><br /><br />なんてのはものすごく温かい言葉なんだけれど、<br />そういう言葉をかけられて救われることは悪くはないけれど、<br /><br />自分でそれを言っちゃおしまいって向きもある。<br /><br />あくまでもそれは『誰かにかけるべき言葉』であって、自己肯定に使うのは反則。<br /><br />とはいえ日々のダメなところに毎日ダメ出ししてさ、<br />『あぁ～、自分はダメだ…。誰かに何か言えるような人間じゃない…』<br />て言うのは余りにもネガティブ。<br /><br />じゃあどうすりゃいいのよってのを自分で更新しながら考えているわけです。<br /><br /><font color="#FF0000">結局自分は完璧ではないという理解をして、<br />良いところも悪いところももちろんある。</font><br /><br />だと中学生レベルだよねぇ。<br /><br />となると、自分というものの特徴を考えて、<br /><br /><font color="#FF0000">誰かにとって良いところが、<br />誰かにとっての悪いこと。</font><br /><br />くらいまで深めているとなんとなく納得いくような気がして、<br /><br /><font color="#FF0000">自分が良いと思っているところは、全ての人にとってそうではなく、<br />もちろん逆もしかりである。</font><br /><br />くらいまでは行けて、もうちょっと頑張ると、<br /><br /><font color="#FF0000">どの程度良いのか悪いのかはタイミングだったり、人間関係だったり、<br />人それぞれの受け止め方によっても違うわけだから、<br />何パーセント良いか悪いかを自分で測ることも、<br />動きがある中だからそれを『何パーセント』と断定することもできない。</font><br /><br />となると、じゃあ自分て一体何なのよ？？<br />というループを繰り返すわけでございます。<br /><br />なんとなくムカつく→理論構造がある批判→自分の方がエライと思う<br />→自分って大したことないってことに気づく→生きる価値を見出すために頑張る（今この辺）→<br />（どのくらいのステップがこの辺にあるのかは分かんないから端折って）なんだか悟る<br /><br />みたいな流れであろうかってところまでは予測ができてきた３０代の毎日、<br />んじゃどうするかって、あらゆるものの一つの結論を見出すために頑張るしかないのよね。<br /><br />って考えてるのはみんなそうじゃないかなぁ？ってか、<br />みんながぼんやりとそういう考えであったら俺は安心だなぁと思うのです。<br /><br />ってとこまで書いてさ、ぐるっと話を戻すと、<br />大学に受かったあたりで、『先生を尊敬している』って言える子はさ、<br />俺が２０代前半をいっぱいいっぱい引きずってきた、<br /><br />自分の方がエライと思う<br /><br />を既に越えちゃってるんだなぁ…と思ってしまいました。<br /><br />そうか、それが人間としての本質的な差だなぁと。<br />これはもはや違いではないような気がして、<br /><br />この仕事をしてりゃよくある熱量のあるメールを送れる人は、<br />『若いから』ってのはある程度あっても『真摯な姿勢』ってのも持ち合わせてんのね。<br /><br />とっ散らかってきたので一つの結論を頑張って出しましょう。<br /><br />みんなだいたい似たよう成長スタイルってか、レールを歩んで行って、<br />やっぱり先のことはぼんやりとしか見えてこなくて、<br /><br />特に２０代後半～５０代あたりは全然予測ができないくらいなんじゃない？？<br /><br />仕事の中においてどうってことじゃなくて、<br />自分のその、いわゆるライフステージみたいな、<br />その時の心境とか、目指すものとか、悩みとか。<br /><br />そういうとこにこれから突入していくわけです。<br />ぼちぼちルーキーとか若手とかって冠が外れてきて、<br />中堅とかになっていくわけでしょ？？<br /><br />人によっては既に中堅の人もいるだろうし、<br />年齢関係なく、キャリア的に中心的な存在の人もいるだろうし。<br /><br />だからレールを歩んでいくスピードは人それぞれ。<br />でもそれってなんとなく、俺は個性じゃなくて、<br />能力と運の違いだと思うのよね。<br /><br />早い人はどんどん行くし、どんどん行けるし。<br /><br />その中で自分をどう定義するかってのは難しいんだけれど、<br />そういう人生最大の（最大でもないのか？）山場の世代の中で、<br /><br />今持っている疑問てか、自分のあり方みたいなものは、<br />『今のところ思い悩むこと』だと自覚しつつも、<br />選択肢は『ダッシュ』しかないんだろうね。<br /><br />能力がある人は小走りでもかなり速く走れるだろうし、<br />能力がない人はダッシュしたって激遅だろうし。<br /><br />運があれば前を走ってる人全員が脱線するかもしれないし、<br />運がなければ自分がリタイヤするかもしれないし。<br /><br />ダッシュで走り切る人もいるだろうし、<br />ペース配分が必要な人もいるだろうし。<br /><br />ってことよね。<br /><br />もはやそこには高尚な理論なんてなくて、<br />深い哲学なんてなくて。<br /><br />全部は終わりごろになって『自分の言葉』として出てくるだろうからさ、<br />ガチャガチャいわないでとりあえず走れってことなんだろうね。<br /><br />書きながら考えるサイクルにかなりのブランクがあるので、<br />全然気持ち良くないんだけどさ、<br /><br />とはいえこれが答えだってのは間違いなさそうね。<br />考えてる暇があるならとにかく走る。できるだけガンガン走る。<br /><br />これだけだね。<br /><br />結局イケイケドンドンしかないのかなと思うわけです。<br />周りのクソみたいなオトナは、そんな風に見えてたって、<br />その人なりに走ってんだろうから、<br />クソだなと思いつつも、否定する暇も自分にはないのよね。<br /><br />がんばろーっと。<br /><br />こんな感じでどう？？<br />言いたいことが伝わるとよいなと思うんだけれど。<br /><br />超当たり前だな。<br /><br />じゃ。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/entry-10835377748.html</link>  
      <pubDate>Sat, 19 Mar 2011 20:21:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>わいわいわいわいわいわいやろう。</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 わいわいわわいわーい。<br />でおなじみのワタクシでございます。<br /><br />最近は原点回帰的と申しましょうか、<br />いろんなものが一周した感じです。<br /><br />とはいえその一周はちっちゃくて、<br />３・４年を一周期にしている感じです。<br /><br />そのくらい前に感じたことをまた改めて思うってか、<br />もっかいその辺に戻って改善していこうと思い中。<br /><br />まだフルモデルチェンジにはならないので、<br />マイナーチェンジって感じでしょうか。<br /><br />俺Ver.1.2みたいな感じです。<br /><br />あーあ。ストレスフルだなぁ。<br />なんかが引っ掛かってるような感じもありますが、<br /><br />どちらかって言うと、<br />今までできたことができなくなっていってるストレス。<br /><br />体力、精神力、物理的距離、社会的身分。<br />なんかそういうのね。<br /><br />いやだいやだ。<br /><br />ふと一仕事思い出したのでそれをやって寝ます。<br /><br />ちょこちょこ更新していく予定です。<br />マニアックな読者のみなさんまたよろしく。<br /><br />じゃ。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/entry-10823772757.html</link>  
      <pubDate>Mon, 07 Mar 2011 21:55:38 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ひびのせいかつ。</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 みなさんお元気ですか？<br />ひびのせいかつに参っていませんか？<br /><br />しかしそもそもなぜ人間は参ってしまうのでしょうねぇ？<br /><br />何かをする、極端に言うとその日を生きるということについて、<br />ある程度の期待値みたいなのをそもそも持っていて、<br /><br />それが期待値どおりの結果を出してくれないからってことなんでしょうけれど。<br />でも、イレギュラーでなんかが飛んできて、それを処理できなくて、<br />生きるということそのものに自分が持っている期待値に達しないパフォーマンスだからですかね？<br /><br />自分はこんなもんじゃないと思うことはいつまで続くかは個人差なんでしょうけれど、<br />ある程度みんなが思っていると思うのです。<br /><br />社会に対してや、自分の理想とする生活だったり、<br />パートナーとの関係だったり、まだ見ぬ誰かとの、<br />まだ見ぬ何かとの出会いだったり。<br /><br />とにかく何かにつけて期待というか、理想というか、<br />何かしらのゴールのようなものを見出すのでしょうね。<br /><br />それを『自分なんてカスみたいなもんだから…』と思うのはとても簡単で、<br />そう思っておけば、いちいち自分に失望する必要なんてのはなくて、<br />なんとなく自分がのらりくらりと生きていけばそれで良くなるのです。<br /><br />となるとね、<br /><br />結果をきちんと出すことを考えてそれなりの対策を考えて生きるか、<br />そもそも自分はクソだと認識して生きていくか、<br />どんなことがあってもそれはそれだと受け止める構えをとるか。<br /><br />そのくらいしか生き方ってのはないのかなぁとも思います。<br />もちろんその振り幅はいろんな条件によって変わっていって、<br />何もかも同じ姿勢で生きていくわけでもないんですけれど。<br /><br />しかも自分じゃどうしようもないのに、<br />それでも自分が思っている結果が出なくて、<br />自分は気持ちが参るってパターンもあるから難しい。<br /><br />何もかも難しいひびのせいかつ。なんですけれど、<br />諦めたらとても簡単にクソとかカスとかで生きていけて、<br />諦めなかったら戦うしかなくて、結果を出せないと参って、<br />ある程度の精神防御力がないとぶっ壊れることもありますわな。<br /><br />でも最近思うのはさ、<br />結局生きていくことなんて単なる生存競争で、<br />まずはそれがなされていないと生存競争に負けてるだけで、<br /><br />そこになんだか救いを求めてしまう人もいるけれど、<br />所詮現代日本でなくては生きていけないんだから、<br />生存競争としては純粋に負けなわけです。<br /><br />厳しいけれど、運も含めてすべてはそれなんだと思うのです。<br />いくら才能があっても、いくらうまくここまではやってこれても、<br />結局は最終的にどう着地するかでしかなくて、<br /><br />超天才だろうがなんだろうが、結果出したもん勝ちなとこだから、<br />ガチャガチャ言ってる暇があるならやるしかないのよね。<br /><br />俺の周りはほとんどがガチャガチャいいながらもみんなやってるから、<br />そういう人達とみんなで頑張っていきたいなぁと思うのですが。<br /><br />なんだかね、ガチャガチャ言ってる人が多くて疲れるんです。<br />形はそれぞれのスタイルであるんだけれど、<br />でもなんかこう、ひたむきに頑張っていくしかないんだよなぁと思うわけで、<br /><br />何にしがみついてもいいけど、ガチャガチャいってもいいけれど、<br />でもアンタはちゃんと自分なりの頑張りはできてんの？<br />なんだか都合のいい単語で逃げてない？？<br /><br />最近は本当に都合のいい単語が多くていいよね。<br />『不況』とか『ゆとり世代』とか『鬱』とかなんとか。<br /><br />いやね、別に鬱病に対して何かを言うつもりはないよ。<br />むしろ自分がダメで鬱になった人ってさ、<br />ある日突然そうなった人に対して失礼な気がするのよ。<br /><br />結局その人は負けただけなんだよね。<br />もちろんそこからまた戦いが始まるんだけれど、<br />でも始めないでその都合のよい単語に逃げる人もたくさんいるけれど。<br /><br />でも結局さ、この国で生活してるから何とかなるだけで、<br />そうじゃなかったらのたれ死ぬ以外の選択肢なんてないんだよ。<br /><br />と言ってみたくなることもままあるわけでございまして。<br /><br />じゃ。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/entry-10807718313.html</link>  
      <pubDate>Sun, 20 Feb 2011 19:09:22 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>一人安田家の地下室（２階）。</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 かつての異常な更新頻度はいったいいずこへ。<br />どうもご無沙汰しています。俺です。<br /><br />本日は奥さんが、あ、結婚したんすよ。一ヶ月くらい前に。<br />で、奥さんはＯＶＯＮなんで実家に帰って、<br />俺も実家にいて、実家は何もないのでとりあえずいいだけ漫画でも読もうと。<br /><br />ということになりネットと漫画とタバコと飲み物がある空間へと。<br /><br />でさ、ソラ〇ン読んだからなんか勢いで更新しようと。<br />気づけば２ヶ月ぶりくらいみたいすね。<br /><br />とりあえず恐ろしい分量のテキストをごりごり打って参りましょう。<br />慣れていないキーボードって地獄のストレスよね。<br /><br />俺はね、恐ろしいくらい幸せなんです。<br />なりたい仕事に就いて、まぁとりあえず札幌は離れたけど。<br /><br />夢とか希望とか目標とかあるじゃない？<br />そういうのが今完全にいい感じなんです。<br /><br />物理的にもでかいテレビ買い、最新の除湿機を買い、<br />ダブルベッドだってあるし、ファックスもスキャナもあるし、<br />お金なくて困っていた５年くらい前に比べたら、<br />まったく恵まれた生活をしてるわけです。<br /><br />『でもね』ってフレーズなんてほとんど出てこないんです。<br />ほぼ完璧な生活を送れてるわけです。<br /><br />後は舞台を完璧に整えられているので、<br />好きなように踊るだけなんですわ。<br />きっとなんだかんだと壁とかにはぶち当たるんだろうけれど。<br /><br />結論は所詮経済だってことなんです。<br /><br />僕らの夢や希望なんて所詮経済に支配されたもので、<br />好きな絵を描けばアーティストだし、<br />ギターをかき鳴らせばミュージシャンだし、<br />人にモノを教えれば教師だし、<br />オークションでモノを売れば商人だし、<br />ご飯を作ってあげれば料理人なんです。<br />面白いことを言えばお笑い芸人だし。<br />子供を産めば親だし、<br />その辺でスポーツをすればアスリートなんです。<br />野宿をすればキャンパーだし、<br />一回山を登ればアルピニストだし、<br />友達と競走すればレーサーなんです。<br /><br />それで飯を食ってるかどうか。<br />結局それだけじゃないかと思うんです。<br /><br />飯を食えてるかどうかなんて紙一重で、<br />その紙一重が大きいのも事実なんだけれど、<br />それでもやっぱり突き詰めていくとそれだけな気がします。<br /><br />でもみんな、もちろん自分も含めて、<br />社会はそういう目で見ているのも仕方のないことです。<br /><br />そんなもん考え方の問題じゃんって言うのも事実なんです。<br /><br />何が言いたいのかとかはぜんぜんわからないんですけれど、<br />なんていうかこう、気に食わないんです。<br /><br />その差をガチャガチャいうやつが気に食わないんです。<br />そのせいでなんだか人と人との間に壁ができるのが嫌なんです。<br /><br />どう書いてもこの書き出しだと俺が上から見てるのかもしれません。<br />でも人生ってそういうことの連続でしょ？<br />俺だって２５過ぎて友達と飲みに行くときに、<br />まったく金なくて母ちゃんに金借りて、<br />結局今に至るまでにまったく返してないし。<br /><br />今がいいだけで、いつかクソみたいな心理状況になって、<br />生きてることもつらくなる瞬間だってくるだろうし、<br /><br />友達が店長になって社会人ヅラしてむかつく時もあったし、<br />友達のバンドがどんどん盛り上がっていって気持ちよくなって、<br />ものすごいそれに劣等感を感じた時だってあるし、<br />後輩に思いっきり成績で抜かれて、悔しかった時だってある。<br /><br />『お前俺のこと見下してるだろ？』<br />と思う瞬間もあったし、もちろん今自分がそう思われてる気もするし。<br /><br />なんていうか、俺は人間でお前らも人間だという、<br />熱血系のヤンキーみたいな主張に終始するわけです。<br /><br />優越感と劣等感と嫉妬と怒りと喜びと悲しみとなんかそんなのをさ、<br />日替わり定食みたいに毎日毎日ごっちゃごちゃにしてさ、<br />そんなのなくなって何にも考えたくないとか思うけど、<br />連休でボーっとしているとものすごい恐ろしい気分になったり、<br />それで怖くなってとりあえず洗濯したパンツなんて干して、<br />明日から食う米を炊いて、冷凍庫にぶち込んで、酒飲んでテレビ見て、<br />セックスしたり寝たりして毎日を過ごしてるんです。<br /><br />それっていったい何よ？<br /><br />自分にそれを問うたところで答えなんてまったく出ないわけで、<br />漫画喫茶行って漫画見て感化されてブログなんて更新してさ、<br />墓参りとか行って先祖に手を合わせても心の中は卑屈にはならなかったり、<br />なんだか大人みてぇなこと言ってるなとか思ってみたり、<br /><br />もう子供じゃねえんだからみてぇな考えになって、<br />社会性でガチガチになって、そんなの嫌になって、<br />酒飲んで職場の人間の社会性のなさに憤慨したりするんです。<br /><br />だから何なのよ？<br /><br />もはやそれを見出すために生きているのかもしれません。<br />見事に青臭いにいちゃんとおっさんの狭間の人間がさ、<br />誰しもが考えちゃうようなことをえらそうにブログに書きなぐって、<br /><br />それで悦に入ってその辺で飯食って寝るんです。<br />ホント自分がクソみてぇな人間だなぁとも思うんです。<br /><br />何か言えって言われたらいくらでも言えるよ。<br />それらしいことを箇条書きにしろなんていわれたらさ、<br />そりゃあもう驚くくらいまっとうなことをさ、<br />完璧に社会の一員みたいなツラで書き込めるさ。<br /><br />もういいや。むかついたからなんとなくまとめ。<br /><br />外から見るとね、<br />普通の人間の価値なんて結局誰も持ってないと断言できるね。<br />人間として価値を持った瞬間にその人は偉人になれるよね。<br /><br />たった一人でも価値があると思った瞬間にその人は偉人だと言えると思います。<br />そう考えたら人間はおそらく誰もが偉人だとも言えます。<br /><br />つまり視点を変えれば人間はクソでも偉人でもあるわけです。<br /><br />内から見るとね、<br />自分なんてどこまで行っても結局クソである。<br />ってことが人間のひとつのゴールじゃないすかね？<br /><br />いい時も悪いときもあって、<br />でも突き詰めると自分がクソだっていう袋小路にはまるわけで、<br />それを踏まえて生きていくってことが３０歳の結論なんです。<br /><br />いい時も悪いときもあるんだわ。<br />というわけで今後とも優越感と劣等感の合間でガチャガチャしましょう。<br /><br />いい話してもうたな。<br /><br />じゃ。<br /><br />
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/entry-10616967363.html</link>  
      <pubDate>Wed, 11 Aug 2010 23:06:26 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ほっと一息。</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 ふと思うと俺のブログの使い方はツイッター的なものなのね。<br /><br />がちゃがちゃと文字制限なしに書きまくってしまうこのブログっつーものは、<br />気持ちいいような気もするけれど、結局内容が薄まるような気もします。<br /><br />面白いことを考えて書いてるわけでもないしね。<br /><br />最近はね、権力について考えたりするんです。<br />パワーバランスみたいなものも含めて。<br /><br />若いとかベテランとか、<br />男とか女とか、<br />有名人とか一般人とか。<br /><br />なかなか生きていて得をすることって少ないみたいですね。<br /><br />理想的なのは、<br />３０代～４０代でキャリアを積んだ女性みたいね。現代の日本では。<br /><br />常にちゃんと自分の立場とか相手の気持ちとか、<br />全体への影響力とかは考えていこうと思うわけです。<br /><br />じゃ。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/entry-10555883843.html</link>  
      <pubDate>Sun, 06 Jun 2010 21:23:16 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>前へ。前へ。前へ。さらにもっと前へ。</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 なんて言っておりますが、別にそんなに前進することもないんですが。<br />二度と仕事の話はしませんが、今回はまぁとりあえず。<br /><br />とりあえず春に転勤するのです。札幌からちょっと遠いところに。<br />ホントに中途半端なちょっとな感じなんです。<br /><br />高速を使って二時間弱のところなんです。<br />だから別になんだかやっちまってるような距離のところじゃないんです。<br /><br />でもやっぱ何ともノスタルジックというか、<br />まぁ単純に寂しいだけなんですけれど、なんだか急にやってきました。<br /><br />全然余裕だぜとか思ってて、特に思いはなかったんですが、<br />ツタヤに行ったらいきなり泣きそうになりまして。<br /><br />よわっちいなぁとか思いますが、仕方がないです。<br />俺は極端に状況の変化が嫌いなものですから。<br /><br />去年の今頃は場所が変わらなかったので、特になかったんですが、<br />今年はやっぱり異動を伴うってのが何とも具合が悪いわけです。<br /><br />しかしあのツタヤにはなんだかいろんな気持ちにさせられたなぁと、<br />今更思い返してなんだかジメジメ話をしていきましょう。<br /><br />ええと、今の家に引っ越してきたのが１５年前。<br />よく考えてみれば、俺は１５年周期で引っ越しをしていたんだね。<br /><br />でね、中学生の時はツタヤなんて行く理由がほとんどなかったのよ。<br />だって文房具とかも全然興味なかったし、<br />よく考えてみたらまずまず女の子にもててたのか、<br />文房具の多くは女の子からもらったものだなぁ…。<br /><br />てな感じで文房具はいらないし、当時はそこまで豊富じゃなかったし、<br />単行本を買うカルチャーもなかったし、映画も興味なかったし。<br /><br />それが変わったのが１５歳の夏ごろね。<br />高校辞めてさ、完全に無職になっていたころ、<br />情報の中心がテレビだったわけ。ネットも全く普及してなかったし。<br /><br />正直暇で暇でどうしようもなくてツタヤに行ったなぁ。<br />お金も全然なかったから立ち読みしたり視聴したりしてね。<br />当時は体もデカかったから、子供だと思われることもなかったし。<br /><br />閉店が確か１時だったもんだから、そのくらいの時間に行ってさ、<br />昼間はなんだか外に出るのが嫌っていうか、友達に会いたくなかったから。<br /><br />深夜にツタヤに行って、雑誌を立ち読みして帰るの。<br />どうでもいい雑誌とかをやたらと読んだ気がします。<br />今のなんだかいろんなことを知ってるって特性は、<br />その雑誌立ち読み病の産物なのかもしれませんね。<br /><br />どんな雑誌もちゃんと読んだら楽しいのよね。<br />もちろんそれは今思えばでしかないんだけれど。<br /><br />きっと当時は単なる暇つぶしだったんだと思うの。<br />何にも考えられなかったし、考えたくなかったんだろうなぁ。<br /><br />そのあともう一回高校生になった時は、<br />近くで彼女みたいなもんが独り暮らしをしてたから、<br />映画とか借りて二人で観てたなぁと。<br /><br />まだ童貞だったからなんだかもうどうしたらいいのか全然わかんなかったけど。笑。<br />結局童貞のまま解散したんだけどね。<br /><br />あの頃はなんだかだらだらたまに映画を観たり、<br />昔のテレビゲーム引っ張り出してやってみたりと、<br />クソみたいな生活をしてたなぁ。あれはロスだったなぁと今でも思うね。<br /><br />んでだらだらしてうまいこと大学入って、<br />そのあたりから何年かはかなりヘビーユーザーだったね。<br />なにがってかなり映画観まくったもの。<br /><br />きっと大学通算で１００本近く映画を観たような気がします。<br />とりあえずハリウッドっぽいものから始まり、<br />行きついたのはなんだか何にも起こんないつまんないっぽい雰囲気のやつへと。<br /><br />まぁその頃はエッジな人間だと勘違いしてたからね。笑。<br />ＣＤもたくさん買ったね。きっとアルバム３０枚くらいだろうけど。<br /><br />雑誌を買い、ビデオを借り、ＣＤを買いと、<br />なんだかカルチャーの中心だったような気がします。<br /><br />俺は完全に映像から入っていくタイプなので、<br />本なんて最近になって読むようにはなったけれど、<br />他はほとんどテレビと映画ばっかだったなぁと。<br /><br />暇つぶしにも、感覚を高める（と思い込んでた）のにも、<br />いろんなことに使ったあの店はなんだかすごいところだなぁと。<br /><br />一瞬バイトしようかとも思ったしね。笑。<br />これからはどうやらツタヤは近くないみたいだから、<br />違うところにお世話になると思うけれど。<br /><br />よくよく考えてみたら、１５歳からの１０年くらいは、<br />間違いなくツタヤに支えられていたような気がするわけです。<br /><br />ものすごい郷愁感に襲われてますな。<br />寝ましょうか。<br /><br />２５歳くらいからは飲み屋とメシ屋中心だったと補足しとっか。<br />支えられた店ってところはいくつかあるもんだね。<br />学生のころに行ってたメシ屋と、塾の時に行ってたメシ屋と、<br />狸小路界隈の飲み屋と、ツタヤとタワレコだね。<br /><br />あー、飲み屋行ってないなぁ。<br />そのうち最後ってわけじゃないけど、<br />お別れの飲みに行ってこよっと。<br /><br />じゃ。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/entry-10493165110.html</link>  
      <pubDate>Sun, 28 Mar 2010 01:31:57 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>いままでの３０年。これからの３０年。</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 全然書くチャンスもなく、また書くこともあんまりないのです。<br />どうもＰＯＮ。ですおひさし。<br /><br />きっと４月くらいからは更新の頻度が上がっていくとは思うのですが、<br />基本的には相当のマニアしか見てないのでその辺はどうでもいいです。<br /><br />えーとですね、本日を皮切りに、<br />今年は結婚ラッシュでございますね。<br />一気にバタバタと結婚していくわけでございます。<br /><br />今日なんかは披露宴でさ、まぁ感動したわけですわ。<br />家族への手紙ってやつです。思わず泣きそうになりますわな。<br /><br />人間は変わっていく生き物だなんてよく言われます。<br />昔は全然そんな風には思わなかったのですけれど、<br />そんな当たり前のことをいちいち納得するばかりです。<br /><br />格言だとかことわざだとか、よく言われている一般論だとか、<br />そういうものがためになるって思うのは、<br />実は最近だったりするわけです。<br /><br />立場とかまったく関係なく、<br />好きなことをずいぶん偉そうに書く自分の若い時という存在は、<br />その瞬間だけを見るのなら、まったく社会に必要がないのよね。<br /><br />最近は割と社会に必要な気がするようなそんな感じですので、<br />昔ほど偉そうなことは言いません。いやたぶん。<br /><br />昔みたいにガチャガチャいうことは今でもきっとできますが、<br />にしたってタカが知れてるなとも思います。<br />よくも悪くも自分なんてこんなもんだ。<br /><br />なんて結論はほんの一握りの人間以外はみんな持ったほうがいいよね。<br /><br />もう眠いから寝ます。<br /><br />じゃ。
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/sokusinbutu/entry-10480462025.html</link>  
      <pubDate>Sat, 13 Mar 2010 04:01:15 +0900</pubDate> 
    </item> 
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