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    <title>SHAPLANEER</title>  
    <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/</link>  
    <description>NGOシャプラニール＝市民による海外協力の会のブログ。 バングラデシュ、ネパール、インドでの活動や文化、生活についてご紹介します。</description>  
    <language>ja</language>  
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    <item> 
      <title>そういえば</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <br />
<div class="entry-content"><div class="entry-body"><span class="honmon40"><p>11月末のチトワン出張時。平野の向こうの山のそのまた向こうに白い雪をかぶったヒマラヤの山々がはっきりと見えたときにはびっくりした。南北に狭い地形であるのは確かだし、更に7～8,000メートル級の山と言えば相当高いものではあるが、タライからヒマラヤが見えるとは想像したこともなかった。</p>
<br />
<p>今朝もカトマンズは快晴。朝から飛行機のプロペラの音が聞こえている。観光客を乗せた遊覧飛行でカトマンズの空港は大忙しなのだろう。そういう意味ではいたって平和なカトマンズである。</p>
<br />
<p>しかし、最近のガソリン、灯油、調理用ガスの不足は深刻で、生活にも影をおとしている。道行く車の量も減りつつあるような気がするし、短い距離では乗車を拒否（もしくは2,3倍の値段をふっかけてくる）されたり、乗り合いバスは少しでも売上を上げようとしてか、これまでに増してギュウ詰めで客を乗せているし、毎日利用する身としてはたまったものではない。ガソリン不足自体は去年から断続的に続いており、その度に交通手段を確保するエネルギーを使うのにも疲れてしまい、最近とうとう自転車（？段ギア付き中国製マウンテンバイク）を購入した。</p>
<br />
<p>坂道の多いカトマンズ（厳密には事務所も自宅もパタン市内であるが）のこと、最初の頃は乗っているのと押しているのとどっちが長いか、という状態だったが、最近はほとんど乗っていられるようになった。しかし交通マナーが悪いというよりルールがないに等しいネパールでは、危険なことも多い。従って、「外人ですよー、ひいたら大変なことになるよー」と知らしめるべく、自転車に乗るときは外人っぽい服装をするように心掛けているが、どれだけ効果があるものやら。（それと自宅と事務所の往復程度にしか使っていないので、自衛手段としてもどれだけのものかという疑問もある）</p>
<br />
<p>しかも、今朝の新聞では今日から停電時間が週6時間となると書かれていた。寒くて暗い季節がやってきた。</p>
<br />
<p>（カトマンズ駐在員　藤崎文子）</p>
</span></div>
</div>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/entry-10061318393.html</link>  
      <pubDate>Tue, 18 Dec 2007 10:53:18 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>首都での人災　ビル崩壊</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <table cellspacing="0" cellpadding="0" width="100%" border="0"><tbody><tr><td><font size="1"><b><br />
</b></font></td>
</tr>
<tr><td height="2"><img height="1" src="http://blog.ameba.jp/ucs/images/spacer.gif" width="450" /></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<div class="entry-content"><div class="entry-body"><span class="honmon40"><p>サイクロン救援の努力が沿岸部の被災地で続けられているさなか、首都ダッカの中心部で12月8日に取り壊し中のビル内部が崩壊、少なくとも13人の作業員が死亡するという事故がありました。</p>
<br />
<p>事故があったのはRangs Bhaban（ラングス・ボボン）、ダッカに住んでいる人なら誰もが知っている有名な（悪名高い）建物です。その昔ハイジャック事件があった旧空港横の交通量の多いT字路に建つ22階建てのビルで、長い間揉めた末に違法建築のため6階以上の階を取り壊すべしという判決が出、今年8月上旬から取り壊し作業が始まっていました。</p>
<br />
<p>首都での高層ビルの取り壊しというのはおそらくバングラデシュでは史上初のことで、しかも6階までは残すという中途半端な判決が出たため、いったいどうやって取り壊すのか誰もが気になっていました。結局安い人件費で雇った大勢の作業員による手作業で取り壊しが進んでおり、私もしょっちゅうこのビルの前を通るので、そのたびに見上げながら少しずつ小さくなっているビルを確認していました。</p>
<br />
<p>外側から見ると中の様子はよくわからず、作業はずいぶんゆっくり進んでいるように見えていたのですが、ビル内部はすでにほぼ空洞になっていたようです。8日の土曜日の夜、内部で大きな崩壊事故が起き、何人もの作業員が中に閉じ込められました。今朝の新聞によると、これまでに5人の遺体が運び出されましたが、いまだに少なくとも8人の遺体が中に放置されています。遺体回収作業も危険性が高いため、遅々として進まないらしいのです。</p>
<br />
<p>今日は事故が起きて既に9日目。帰らぬ父を探しに農村から出てきた息子が、ビルの中の高いところに自分が父にプレゼントしたルンギ（腰巻）を見つけ、あそこに父がいると号泣したというニュースなども伝えられ、人々は憤慨しています。ビル取り壊しの危険な作業を行っていた人々の多くは、今年二度の洪水に見舞われた農村部で食べていけなくなり、危険を承知で働きにきていた出稼ぎ農民でした。防護服も訓練もなく、腰巻姿でビル取り壊し作業をしていたのです。ビル取り壊しの責任者である首都開発公社（RAJUK)は死亡した作業員の家族に補償金として10万タカ（約17万円）を支給すると発表し、これはおそらくこの国ではかなり高いほうなのでしょうが、それにしても貧しい人々の命の値段の安さに暗然とします。</p>
<br />
<p>ビルの取り壊しのみならず、建築現場でも作業する人々は命綱もなくあまりにも無防備な姿で働いています。写真でしか見たことはありませんが、チッタゴン港での船舶解体現場で巨大船を手作業で取り壊す人々も同様です。事故があっても声を上げる力もない貧しい遺族は補償金をもらってあとは沈黙するしかない、という状況です。政府や企業が末端の作業員の安全と生命にも責任をもち、それができなければ罰せられる仕組みがつくられなければ、これからも多くの命が奪われるでしょう。</p>
<br />
<p>サイクロンという大きな自然災害の被害者救済のため、日夜懸命な努力を続けるバングラデシュ人たちが大勢いる一方で、ビル取り壊しという危険な仕事を二束三文で貧しい出稼ぎ者たちにやらせ、何日も遺体を放置して平気な人々もいる。いたたまれない思いがします。<br />
</p>
<p>（ダッカ駐在員　藤岡恵美子）</p>
</span></div>
</div>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/entry-10061318659.html</link>  
      <pubDate>Mon, 17 Dec 2007 10:55:05 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>快晴なり、カトマンズ</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <br />
<div class="entry-content"><div class="entry-body"><span class="honmon40"><p><img height="168" alt="s-IMG_2605.jpg" src="http://www.shaplaneer.org/fujisakiblog/s-IMG_2605.jpg" width="300" /></p>
<br />
<p>今朝は冷え込みが一段と厳しかったようで、インターネットを見ると最低気温0度前後まで下がった様子。日本語を理解する人が少ないことを良いことに「さむーい！」と叫びながら出勤した。</p>
<br />
<p>スタッフによると、霧も出ず朝からすっきりと晴れているのは霜がおりるせいなのだとか。詳しいことは判らないけれど、地面の温度が下がって空気中の水分が凍ってしまうため霧が発生できないということなのかな？</p>
<br />
<p>写真は昨日フィールド訪問先（カブレ）で見た山の様子。混迷一方のネパール政治とは対照的に、最近は毎朝毎夕こんな感じですっきりと山が見えている。</p>
<br />
<p>(カトマンズ駐在員　藤崎文子)</p>
</span></div>
</div>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/entry-10061318235.html</link>  
      <pubDate>Mon, 17 Dec 2007 10:51:55 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>アッラー・バチャエセ</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p> サイクロン被害でたくさんの人が亡くなったショロンコラ郡を訪れて、何度も耳にした言葉があります。 </p>
<br />
<p>「アッラー・バチャエセ　（アッラーが生かされた）」 </p>
<br />
<p>おとなの頭上を超える水の中で奇跡的に助かった小さな子どもや赤ちゃんの話をするとき、人々はこの言葉をつぶやくように言うのです。アッラーによって生かされた命だと。</p>
<br />
<p><br />
</p>
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/51/dc/10040519580.jpg" target="_blank"><img src="http://stat.ameba.jp/user_images/51/dc/10040519580_s.jpg" border="0" /></a>
</div>
<p><br />
 写真＝ショロンコラ郡サウスカリ・ユニオンで見かけた赤ちゃん </p>
<br />
<p>（ダッカ駐在員　藤岡恵美子）</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/entry-10060143573.html</link>  
      <pubDate>Thu, 13 Dec 2007 10:29:27 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ネパール版ウォーム・ビズ</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <br />
<div class="entry-content"><div class="entry-body"><span class="honmon40"><p>ブログを書かない間にカトマンズの季節は真冬になってしまった。朝晩の外気温は5～6℃となっているらしい。さすがに室内はそこまで下がらず、今のところ12,3℃程度だが、やはり寒い。</p>
<br />
<p>ネパールの家屋はレンガの骨組みにコンクリ打ちっぱなしという作りが多く、この季節の日中は外より家の中の方が寒いという逆転現象がおきてしまう。私の仕事部屋は朝の一時を除いて日も差さず、気温が上がらない。ともすると冷蔵庫にいるような錯覚に陥るような状況なので、出勤しても上着を脱がずそのまま仕事をしていることも多い。ひざ掛け、厚手の靴下（事務所専用）は当たり前。事務所のアシスタントのスクマヤにいたっては、最近は屋上で日向ぼっこをしながら仕事をしている。</p>
<br />
<p>最近の深刻な燃料不足のため、ストーブ用の灯油もなかなか入手できない状況でついに電気ストーブを購入してしまった。そのうち停電時間が延長されてそれも使えなくなったら、事務所全体を屋上に移動させるしかないかも。</p>
<br />
<p>(カトマンズ駐在員　藤崎文子)</p>
</span></div>
</div>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/entry-10060143365.html</link>  
      <pubDate>Thu, 13 Dec 2007 10:27:29 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>NGOの支援に初めて出合った女性たち</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p><font color="#000000" size="2">師走があっという間に来て、もう2008年も間近です。</font></p>
<p><font size="2" target="_blank">今年も<a href="http://www.shaplaneer.org/donation/winter07.htm" target="_blank">年末年始募金</a>
 へのご協力を呼びかけています。</font></p>
<p><font size="2"><br />
</font></p>
<p><b><font color="#000000" size="2">「雨漏りがひどいのよ。」</font></b></p>
<p><strong><font size="2"><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/10/62/10040281227.jpg" target="_blank"><img src="http://stat.ameba.jp/user_images/10/62/10040281227_s.jpg" border="0" /></a>
 <br />
</font></strong></p>
<p>チョール（中洲）で独りで暮らすサムスン・ナハールさんは、穴だらけのトタン屋根、透き間だらけのジュート（黄麻）の芯で編んだ壁の家でそう言います。4人の子どものうち3人を亡くし、夫も亡くした彼女は、実家の敷地に身を寄せています。自分の年齢も定かではありません。</p>
<br />
<p>仕事は？と聞くと、「いろんな家を訪ねて、お米やお金を恵んでもらう。1日だいたい10タカ（約17円）もらえるわ。それと鶏を飼っているからその卵も売ってるの。」とのこと。月約400タカ（約680円）の収入という厳しい生活です。</p>
<br />
<p>そんなサムスンさんは2006年12月に、シャプラニールのパートナーNGOのPAPRI（パプリ）のスタッフに声を掛けられ、最貧困層グループに参加しました。毎週1回、13名の女性が集まって5タカの貯金を始めています。</p>
<p>あまりの貧しさゆえに「これまでNGOから支援の声をかけてもらったことがない」彼女。貯金が、恵んでもらう生活から自分の足で立つ生活への糸口になるよう、私たちはサポートしていきます。</p>
<br />
<p>＜クレジットカードで＞<br />
⇒　<a href="https://www.shaplaneer.org/payment/bokin.htm" target="_blank">こちら</a>
<br />
<br />
＜郵便局から＞<br />
下記の郵便振替口座にご入金ください。<br />
口座番号：00130-6-63672<br />
口座名：シャプラニール―市民による海外協力の会<br />
※通信欄に「年末年始募金」と明記下さい。<br />
</p>
<p>ご協力お願いします。</p>
<br />
<p>（東京事務所　ｲﾝﾀｰﾝ山口）</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/entry-10059816740.html</link>  
      <pubDate>Wed, 12 Dec 2007 12:56:39 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>世界にお布施を！～フェアトレードグッズ販売と国際協力バザー</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>TOKYO BOUZ COLLECTIONが主催するフェアトレード＆国際協力イベントにシャプラニールのクラフトリンクが出展 します。（<a href="http://www.ayus.org/act/07/tbc/tbc_ofuse.html" target="_blank">詳細</a>
）</p>
<br />
<p>当日はバザーや音楽イベントなど盛りだくさんのプログラムです。</p>
<p>お近くの方は遊びに来てください。</p>
<p> <br />
日時： 12/15（土）　10:00～17:00 <br />
場所： 築地本願寺（本願寺別院） <br />
参加費： 無料 <br />
主催： TOKYO BOUZ COLLECTION <br />
</p>
<p>問い合わせ<br />
申込先 特定非営利活動法人　アーユス仏教国際協力ネットワーク<br />
TEL：03-3820-5831　EMAIL:mika@ayus.org</p>
<br />
<p>（東京事務所　ｲﾝﾀｰﾝ山口）　</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/entry-10059801419.html</link>  
      <pubDate>Wed, 12 Dec 2007 10:23:15 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>北東からの風</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <br />
<div class="entry-content"><div class="entry-body"><span class="honmon40"><p>バゲルハット県、ゴパルゴンジ県のサイクロン被災現場を訪問し、昨夜帰ってきました。見たこと、感じたこと、いろいろあるのですが、今日は主に風の話。</p>
<br />
<p>被災地の倒木は、バゲルハットでも、ゴパルゴンジでも、みな同じ方向に倒れていました。サイクロンの暴風は北東から吹いてきたことがわかります。今回バングラデシュを襲ったサイクロン、SIDRはバングラデシュ南西部に上陸して北上し、途中で北東に方向を変えて抜けていったのですが、サイクロン自体は左回りに回転しながら移動していったので、現地では強風は北東方向から吹いていたわけです。</p>
<br />
<p><img height="180" alt="P1000343.jpg" hspace="10" src="http://www.shaplaneer.org/fujiokablog/P1000343.jpg" width="240" align="left" vspace="10" />第三次救援を実施中のゴパルゴンジはバゲルハットよりかなり内陸に入ったところで、ゴパルゴンジ県内でも北部はほとんど被害がなく、南部のトンギパラ郡、コタリパラ郡などで強風による被害がありました。今回救援を行っているコタリパラ郡の中でも南部の３つのユニオンでとくに被害が大きくなっています。サイクロンの進路と地図を見比べて見ると、おそらく南から北上してきたサイクロンはこのコタリパラ郡南部あたりで北東に方向を変え、コミラ方面に抜けたのではないかと思われます。</p>
<br />
<p>ここはショロンコラのように高潮の被害にあったわけではないので、水で何もかもさらわれてしまった、という状態ではないのですが、強風による家の破壊はかなり激しいものでした。この地域にはかなり広い湿原があるため、その湿原の南側にあたる地域では風をさえぎるものがなく、もろに家が北東からの暴風を受けてしまったようです。元々ヒンドゥーのアウトカーストの人々など、貧しいマイノリティの人たちの多いところなのですが、その中でも寡婦やお年寄りの世帯で家が潰れたところはいかにも大変そうでした。</p>
<br />
<p>元々貧しい人たちの家はひ弱だったためということもありますが、地震の後のように潰れた家々を見て、今回のサイクロンの暴風の強さをあらためて感じました。</p>
<p><em><br />
</em></p>
<p><em>写真＝コタリパラ郡南部のシュワグラム・ユニオンにて12月9日撮影</em></p>
<p><em><br />
</em></p>
<p>（ダッカ駐在員　藤岡恵美子）</p>
</span></div>
</div>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/entry-10059800647.html</link>  
      <pubDate>Tue, 11 Dec 2007 10:19:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>VGFカードとトタンについて</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <br />
<div class="entry-content"><div class="entry-body"><span class="honmon40"><p>先日ＶＧＦカードのこと、トタンの怪我のことについて書きましたが、その後自分で見て確認できたことがあるので書きます。</p>
<p><img height="240" alt="VGFカードをもらった人.jpg" hspace="10" src="http://www.shaplaneer.org/fujiokablog/VGF%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%92%E3%82%82%E3%82%89%E3%81%A3%E3%81%9F%E4%BA%BA.jpg" width="180" align="left" vspace="10" />ショロンコラ郡のサウスカリ・ユニオンでは、すでに被災者にＶＧＦカードが配布されていました。「明日あたり最初の米の配布があることになっている」と昨日聞いたので、今日配布があったかもしれません。1度にお米が5Kgもらえます。</p>
<br />
<p>昨夜のニュースでもサウスカリ・ユニオンでＶＧＦカード配布、と伝えていましたが、どうも他の被災地に先駆けてまずここで配布されたようです。</p>
<p><em><br />
</em></p>
<p><em>写真：VGFカードをもらった人</em></p>
<br />
<p>それからトタンの怪我についてですが、昨日書いたサラムさんの家族はじめ、サウスカリで会った人たちは多かれ少なかれ、トタンで手足や額などに切り傷を負っていて、その傷を「ほらこんなに傷だらけでしょ」と見せてくれました。91年に比べればトタンによる大怪我は少なかったのだろうと思いますが、小さな怪我はやはり多かったのです。</p>
<br />
<p><img height="180" alt="P1000305.jpg" hspace="10" src="http://www.shaplaneer.org/fujiokablog/P1000305.jpg" width="240" align="right" vspace="10" />短期間に住宅を再建するにはトタンが便利ではありますが、ショロンコラでの救援のパートナーであるＪＪＳのスタッフたちは、「サイクロンの危険のある場所でトタンは配るべきじゃない。トタンの家を100つくるなら10でもコンクリートの家を作ったほうがいい」という考えだと言っていました。その家がいざというときには近隣の人々のシェルター代わりにもなるからです。</p>
<br />
<p>しかし、そういう場合、誰の家をコンクリートの家に選ぶのか？というところで揉めそうですよね．．．。</p>
<p><em><br />
</em></p>
<p><em>写真：トタンでできた学校の屋根も暴風でガタガタになっていました</em></p>
<br />
<p>（ダッカ駐在員　藤岡恵美子）</p>
</span></div>
</div>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/entry-10059800411.html</link>  
      <pubDate>Sun, 09 Dec 2007 10:15:54 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>暗い冷たい水の夢</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <br />
<div class="entry-content"><div class="entry-body"><span class="honmon40"><p>今日はショロンコラの被災地で、シャプラニールとJJSの協力でつくった井戸やトイレ、清掃した池などを見て回りながら、未だサイクロンの爪跡が生々しく残るラエンダ・ユニオンとサウスカリ・ユニオンで被災した人たちに話を聞きました。</p>
<br />
<p>サイクロンの夜から20日たちましたが、多くの人たちが、「今も水の夢を見る」と語っていました。<br />
サイクロンが来た夜9時半ごろ、真っ暗な中、暴風と一緒に川の水が溢れてきて、みるみるうちに家の中を水が上がってきた、といいます。このままでは家が潰れる、家の中にいたら死んでしまう、と思って、家の外に出て木につかまり、水をやり過ごした、という人が何人もいました。</p>
<br />
<p>人々が頭上を超える水の中で木などにつかまっていたこの2分から5分ぐらいの間が、命を分けることになりました。</p>
<p><img height="180" alt="サラムさん親子２.jpg" hspace="10" src="http://www.shaplaneer.org/fujiokablog/%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%A0%E3%81%95%E3%82%93%E8%A6%AA%E5%AD%90%EF%BC%92.jpg" width="240" align="left" vspace="10" />サウスカリ・ユニオンのバレッショル河畔に住むサラムさんの一家は両親と弟家族と一緒に暮らしていましたが、このサイクロンでサラムさんの父や弟をはじめ、家族8人を失いました。サラムさんの一番下の娘はまだ2歳。水が来たとき、サラムさんはこの小さな娘を抱えて外に出、木につかまろうとしました。水の中でしっかり木につかまることは両手があいていないとできません。結局サラムさんは娘の服の襟を口でくわえ、噛み締めて持ち上げながら木にしがみついていました。小さな娘はそのおかげで助かりました。<br />
<em><br />
</em></p>
<p><em>写真：こうやって木にしがみついて助かった、と語るサラムさん。右後方に救援として設置した井戸のポンプがみえる。</em></p>
<br />
<p>一方でサラムさんの弟はこの水の中で生き延びることができませんでした。サラムさんの弟の妻は、暗闇の中で夫と離れ離れになり、8歳の娘と10歳の息子、二人の子どもを胸に抱えるようにして、水の中で木にしがみついていました。しかし、水はどんどん上がってきます。左側に抱えていた息子の服が裏返しになり、顔にかかってしまったのをはずしてやろうとしているうちに息子は手を離れて水にさらわれてしまいました。暗い水の中、必死で手探りしたけれど二度と息子に触れることはできませんでした。右側に抱えていた娘は助かりました。水が引き、翌朝明るくなってから、家のまわりの別々の場所で夫と息子の遺体がみつかりました。夫が抱いていた、赤ん坊だった娘は、ずっと遠くまで流されてモスクの近くで遺体がみつかりました。</p>
<br />
<p>もうかなりのお歳になるサラムさんのお母さんは、サイクロンで水が押し寄せた夜に夫を失いました。怪我をした腕の包帯が痛々しく、その日のことを語る声は震えていました。</p>
<br />
<p>夜になるとあの日の記憶がよみがえり、暗い中を水が押し寄せてくる夢に目覚めては、水が来ていないことを確かめる、と何人かの人が同じことを言っていました。子どもたちは一見明るそうに見えますが、夜になると「いまシグナルはいくつ？サイクロンシェルターに逃げなくちゃ」と怯えたりするそうです。</p>
<br />
<p>サラムさんの家の近くにも井戸をひとつ、トイレをひとつ設置しました。彼らが失ったものの大きさに比べるとささやかな支援ではありますが、「井戸は本当に助かります。水に苦しめられたけれど、水がなければ生きていけないから。どうもありがとう。また来てください」と言ってもらえました。</p>
<br />
<p>（ダッカ駐在員　藤岡恵美子）<br />
</p>
</span></div>
</div>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/smile-sharp/entry-10059128086.html</link>  
      <pubDate>Fri, 07 Dec 2007 10:05:26 +0900</pubDate> 
    </item> 
  </channel> 
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