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    <title>シイタケのブログ</title>  
    <link>http://ameblo.jp/ptpptp/</link>  
    <description>日本を社会民主主義国家に。福祉国家に。―よりよい暮らしのため、素人目から政治・社会を語ります。</description>  
    <language>ja</language>  
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    <item> 
      <title>「消費しない世帯」の成立</title>  
      <description> <![CDATA[ 　野田政権になって、いよいよ民主党が「自民党化」してきた、という印象がある。自民党と民主党、いずれのほうが財界にすり寄った政策をとるか、競争しているようなものである。<br />
<br />
　民主党は労組が背後にあるといっても、その労組は正規職員が主であるから、財界にすり寄った政策をとられても当面当人たちは困らないのであろう。東京電力の経営者が自民党を支持し、労組が民主党を支持する結果、いずれにしても政権が東京電力を擁護する構造が象徴的である。そこで犠牲になるのは東電およびその関連会社で働く非正規労働者ということか。<br />
<br />
　民主党政権になって数年経過するにもかかわらず、派遣法改正法案など労働者に関わる法改正が一向に進まないのはどういうことか。自公政権時代に、解雇権濫用禁止が明文化され、非正規労働者の均衡待遇義務が明文化されたにもかかわらず、民主党政権下では何も立法化されていないというのは皮肉なものだ。もちろん自公政権下での労働立法が、実質的に非正規労働者を救済しているかといえば全然そんなことはないのだが。<br />
<br />
　自民党は自由主義国家を推進する側、民主党は福祉国家を推進する側、と何となくうすぼんやりイメージしていたのに、おそらく有権者もそのようなイメージを持って投票していただろうに、民主党も自民党と同じ政策の方向性というのでは、もはや二大政党の選択肢がない。政党助成交付金を受け取れるようになって、共産党を除く各政党は国民と向き合う必要がなくなってきたということが、じわじわ影響しているのかもしれない。唯一共産党は、社会的弱者の声を代弁しているにもかかわらず、印象の悪い政党名を変えないと意地を張っているものだから、勢力が伸びない。<br />
<br />
　もう私は政策に関してはやけくそな気持ちであり、TPPでも「税と社会保障の一体改革」（うまくネーミングしたものだ）でも好きなようにやってくれ、という思いでいる。それで国民のためになるというのであればやって見せろということ。<br />
<br />
　他方で私は個人的には、ますます暮らしが破壊されないよう「生活防衛体制」をとることになる。将来の生活に不安を感じるのだから仕方がない。ここに一つ、景気の足を引っ張る「消費しない世帯」が成立する。<br />
<br />
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]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/ptpptp/entry-11022333154.html</link>  
      <pubDate>Mon, 19 Sep 2011 07:20:34 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>震災の陰に隠れて悪法が</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 　大震災の陰に隠れて注目されないが、5月2日には「地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」が公布されている。もともとこの法案は鳩山首相のときに提出され、「地域主権改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律」という題名であったが、「地域主権」という言葉は憲法にもなく、不適切だという理由で削除された。しかしその他の内容の修正は一部だけで、共産党を除く党は賛成し、成立した。社民党は賛成に回ったようで、派遣法改悪のときと同様、社民主義を掲げているくせに肝心な時に役に立たない政党である。<br />
<br />
　この法律はいわゆる地方分権改革の一環の法律だが、この法律の問題点で象徴的なのが、保育所の面積基準の緩和である。すなわち、児童福祉法を改正し、国で一律に決めるのではなく、都道府県で独自に決めてよいとするのである。現状でさえ詰め込み保育といわれているのに、都道府県任せになれば、さらに詰め込みになり、事故などの問題が起きることは目に見えている。このような無責任な地方任せが、この法律には散りばめられている。いわゆるナショナル・ミニマム（国が保障すべき最低限度の基準）を放棄するものであり、この法律は日本国憲法の精神にそぐわないものといえよう。<br />
<br />
　この法律で興味深いのが、災害対策基本法の改正の部分である。災害対策においても地方任せが取り入れられており、都道府県防災会議の作成する都道府県地域防災計画については、従来、その作成や変更について事前に国と協議しなければならなかったところ、事後報告でよい、とされることになったのである。今回の東日本大震災を経て、複数の県にまたがっておきる災害を防ぐことがとても重要だということが再認識されたのに、災害対策までも地方分権されるとはどういうことなのか。いくら震災前に練られた法案だとはいえ、この部分をスルーして法案を成立させるのは問題だろう。<br />
<br />
　震災の陰に隠れて、マスコミに取り上げられることもなく、悪法が成立していくことには注意が必要だ。<br />
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</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/ptpptp/entry-10895034573.html</link>  
      <pubDate>Wed, 18 May 2011 00:34:32 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>NHKBizスポの体たらく</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 　先日NHKを見ていたらBizスポという番組だったか、東京電力の副社長が出演していて、今回の3.11地震・津波に伴う福島原発事故についてお詫びなどを語っていた。<br />
<br />
　今回の東日本大震災において、津波被害については、「想定外の天災」といえるところがあるとしても、原発事故については「人災」であることが、徐々に明らかにされつつあると思う。私がこれまで見聞きしたことの記憶の範囲内だが、全電源喪失の危険性については、少なくとも1年前から共産党の吉井英勝議員から、JNES（ジェイネス）の調査などをもとに指摘されていたことであり、原発に関わる責任者が「予見できなかった」と弁解はできない。また、原子炉への海水注入を東京電力が躊躇して処置が遅れたこと、管直人首相がヘリ現地視察というパフォーマンスを行ったために指揮命令の空白が生じたことなども指摘されている。そもそも、地震大国日本の、しかも活断層の上にも原発を作るという原子力政策自体の責任が問われているところである。そしてこれらの背景には、東京電力役員からの自民党への政治献金、原発推進官庁の経済産業省から東京電力への天下り、原子力安全・保安院の独立性の欠如などがあるということは、もう最近では各メディアでよく語られ始めていることである。悲しいことだが、このように事故があって初めて、これまでの原子力政策を見直そうという機運が生まれ始めているところなのである。<br />
<br />
　ところが冒頭に挙げた「Bizスポ」は、単に東電副社長の弁解を、貴重な放送時間を取って語らせているだけのようなものであった。そしてあきれるのが、堀潤・飯田香織という無個性なキャスターが、口調や表情で当の副社長を責めているような仕草をして見せていることであった。そのキャスター質問は「来年には電力供給が回復しますかっ？約束できますかっ」というような表層的で内容のないものばかりであり、「お前の家が停電することを気にしてるだけなんじゃないのか」と突っ込みを入れたくなるところであった。NHKは貴重な放送時間帯に、どうしてこのような無味無臭のキャスターを据えているのだろうか。番組内容が「ビジネスニュース」「スポーツニュース」を合体したものだから、深くなくても結構という判断なのだろうか。それとも、統一地方選挙を意識して、政治的内容に踏み込むことを遠慮したのか。民放ならともかく、NHKは東電から少なくとも広告料は受け取っていないし、東電の株主でもないのだから、すでに他のマスコミで報道されつつある東電の責任について、もっと切り込むべきではないか。見ていてこちらが恥ずかしい。<br />
<br />
　それに引きかえ、先日テレビ朝日で放送していた番組は（番組名は忘れたが）まだ健全であった。前述の吉井英勝議員の国会質問と、対する原子力安全・保安院長の答弁を取り上げ、またインタビューでは、「安全対策の徹底はコストがかかる」という、監督官庁として最悪の発言を見事に放送した。この発言は「事故を予見していた」「事故を回避できたのにしなかった」という法的責任の肯定に結びつく、重大な証言である。NHKのように出演を依頼するのではなく、嫌がる相手にこちらから出向いてインタビューを取るというやりかたは、今の状況に合っているし、好感が持てた。<br />
<br />
　一体世の中は今回の原発事故を経て、どのような方向に向かっていくのだろうか。今、どの方向を向いているのだろうか。統一地方選挙の結果を見ていると、何か大きな流れが変わったとはとても見受けられない。「原発は危ないけどしかたないよね、東電は腹が立つけどね」という意識が大半なのではなかろうか。最近では、東電幹部を「悪者」に仕立て、原発推進をしてきた政治家や省庁が何とか責任逃れをしようとしているという姿が見えてくる。のみならず、地方自治体の長が「東電にだまされた」というような被害者面をしていることすらある。東電の言うことを鵜呑みにせず、独自に原発の安全性を調査したり、法令上の権限を最大限活用して安全性を高める努力をするべきだった。「だまされた」では済まされない。<br />
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</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/ptpptp/entry-10860005596.html</link>  
      <pubDate>Wed, 13 Apr 2011 00:37:41 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>結局、富の再分配に行き着く</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 　昼食どき、とあるそば屋で、隣の4人席の会話を傍受してしまった。スーツ姿の年配の男性上司（役員クラス？）2名と、新入社員、あるいはまだ内定者らしき2名の若い男性。若いほうは就職氷河期を乗り越えて、ようやくここまでこぎ着けたのだろう。<br />
<br />
　はっきりとは聞き取れないが、なにやら社内の会議（のあり方）について話している様子だった。<br />
<br />
　若者１「い、いまはスカイプとかあるんですけどどうなんですかね」<br />
　上司１「え？」<br />
　若者１「いや、あの、インターネットでつないで会話できるというやつです」<br />
　上司１「ああ、コンピューターか、まあでもそんなもんあっても使わねえからなあ、うちは」<br />
　若者１「は、そうですか」会話に一々頭を下げる。<br />
　上司２「うちはもう10年ほど前に買ったんだよ、テレビ会議っていうの。でもだれも使わない（笑）」<br />
　上司２「まあよ、『飲みニュケーション』っていうの？　そういうのも大事だからよ、話があるならこっちへ来いっていうのよ」<br />
　若者１・２（ひたすら何度も頭を下げる）<br />
　上司１「あのねえ、うちの会社の人付き合いは夜から始まるっていわれてんの（笑）」 <br />
<br />
　若者2人はひたすら話を聞きながら頭を下げていた。困難を乗り越えて就職し、これから一労働者としてスタートする2人。自己分析もした。企業分析もした。自分がどれだけ会社の役に立とうと思っているかしっかりアピールもした。しかしこれらの上司2人を前に、どのような心持ちだろうか。私の勝手な予想では、この2人、これから先3年くらいは幻滅すること続きであろう。それでイヤになって辞めるか、会社と同質化していくかは本人次第である。<br />
<br />
　続けて勝手な想像ばかりで申しわけないが、このようななんとも時代錯誤の企業幹部が長らく高給で居座って、生産効率の悪いまま若手従業員に過重労働を押しつけている、という姿が、日本のあちこちにあるという気がしてならない。企業幹部に高給を支払わなければならない結果として新規採用が見送られ、それも就職氷河期や非正規労働者の増加の遠因になっているのだとしたら、ずいぶん悲しいことだ。<br />
<br />
　さてしかし、これをどう解消すればよいのだろうか。軽薄な経済学者（系）の人々は、「正社員の解雇規制を緩和すれば万事うまくいくのだ」というだろう。高給取りで役に立たない年配正社員のクビを切れば、その分若者の雇用が増える、と。しかし前にも書いたとおり、解雇規制の緩和といっても、法改正によることは現実的に無理であり、空論でしかない。それに解雇規制を緩和したところで、これも以前から述べているとおり弱者がますます弱者になるだけで、それはすなわち生活保護や失業保険受給者が増えるということであり、結局社会にマイナスである。<br />
<br />
　では、新規採用を企業に義務付けるのか？　あるいは、高給社員の給与切下げを強要するのか？　人員整理を制限するのか？　賃金のフラット化を強制するのか？　均等待遇を義務付けるのか？<br />
<br />
　しかし以上のようなことを法的に強制するのは無理である。なにより、近代社会では「契約自由の原則」があり、日本の憲法も「経済活動の自由」を保障しているのであるから、国が企業の「雇用契約の自由」に干渉することは原則許されないのである。今のところ日本では見られないが、日本の雇用政策も強制に行き過ぎると、将来憲法違反の訴訟が起こされる可能性だってなくはない。現在継続中の派遣法改正法案も、「職業選択の自由」に反する、と構成することも不可能ではないだろう。<br />
<br />
　もちろん、私は「法的に強制するのは無理」ということを、法的に強制すべきではない、という意味で述べているわけではない。現に、雇用を増やす政策、つまり雇用契約を増やす政策は、罰則を伴わないようなソフトな形では導入されている。補助金を出すやり方もある。公契約条例も、雇用契約を公正にすることを促している。しかしやはり、国は雇用契約に直接介入することはできないのである。「黒字なんだから非正規従業員の雇止めをするのはやめなさい」「今年は新規採用を100人増やしなさい」というような強制は不可能なのである。そもそも、このような国と企業の支配関係を容認すれば、「天下り」「コネ」という臭さも付きまとう。<br />
<br />
　そうすると結局思い至るところは、「雇用契約の自由」によって利益を上げているところから高い税金を取り、「雇用契約の自由」で不利益を受けている人に分配するという「富の再分配」を期待するしかない。「分配」の中には、社会保障だけでなく、人（公務員）を雇って給与を払うことも含まれる。富の再分配は国の「本分」の一つであり、これを軽く見るような政治家は失格である。<br />
<br />
　というわけで、そば屋で「結局『富の再分配』しかないよなあ」という結論に行き着いたのであった。隣の席でえらそうにしている時代錯誤オヤジ、あなたもお子さんの学費なんかでお金もかかるでしょうからクビにはしませんし賃金も下げませんが、しっかり税金いただきますよ、と。<br />
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</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/ptpptp/entry-10799204937.html</link>  
      <pubDate>Sun, 13 Feb 2011 00:26:31 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>日産の誤解・新聞記者の誤解？</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 　もう3ヶ月ほど前の新聞記事のことで恐縮だが、「日産、事務系派遣社員を直接雇用　でも最長2年11カ月」という報道があった。一般事務系の仕事であるにもかかわらず専門業務と偽装して、派遣の期間制限を免れていたところ、労働局の指導により、直接雇用に切り替えるのだそうである。日産以外でも、このような契約変更は行われているかもしれない。<br />
<br />
　偽装派遣を正して直接雇用にするのは当然のことだが、だからといって当該の労働者の雇用環境がよくなるというわけではない。日産は、派遣会社に払う手数料（中間搾取分）が減って、むしろうれしいのではないか。他方、労働者のほうは、派遣でも直接雇用でもいつ首切りにあうかわからないのであるから、雇用は不安定なままである。直接雇用といっても有期労働契約だからである。<br />
<br />
　この新聞記事で気になったのは、「判例などから雇い止めをしづらくなる3年を超えないよう、2年11ヶ月まで更新する」という一文である。たしかに「雇止め法理」は重要だし、よく知られていることであるが、3年を超えると雇止め法理が働き、超えなければ働かないというような話は、私は聞いたことがない。判例は、実質的に無期契約と同じような働き方をしている、あるいは契約更新を何度も繰り返して、労働者に雇用継続の期待を抱かせているような場合に、雇止めの効力を否定しているのであり、継続雇用年数は考慮要素のひとつであるかもしれないが、「3年」が何か重要な基準であるわけではないのである。たしかトヨタの期間工でも、このような3年未満の契約形態をとっていた。労働基準法で有期雇用の期間制限は3年となったので、このことから誤解を生じているのであろうか。労働基準法の期間制限は、労働者の長期拘束を禁止するための制限であり、雇用の安定のための規定ではない。日産の広報担当者が話したことをそのまま書いているこの記事の記者も、誤解しているのではないか。<br />
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</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/ptpptp/entry-10697597644.html</link>  
      <pubDate>Fri, 05 Nov 2010 04:23:45 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>減税日本と取り調べ可視化法案</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 　名古屋市議会の解散請求をめぐって、名古屋市長の河村たかし氏がマスコミで取り上げられることが多い。一連の紛糾のいきさつについて、私は詳しい事情は知らない。ただ、河村氏が住民税減税を掲げ、公務員の給料削減などを打ち出しているところを見ると、大衆迎合で公的サービスをカットするという、福祉国家理念には遠い政策がとられているようである。現に河村氏は保育料の値上げをするなど、福祉政策には冷たいようだ。まさに「小さな政府」志向である。また、議員報酬を下げるというのも問題で、議員報酬が少なければ、もともと選挙活動資金を持っているような地元企業・土建業者などの役員が、利益誘導のために議員になることを後押しするだけである。<br />

<br />

　ところで河村たかし氏は民主党の衆議院議員時代、刑事訴訟法の改正法案の提出者の筆頭格であった。何会期にもわたり法案を提出し続けたが、民主党は野党時代だったので成立に至らなかった。民主党はその後政権を取ったが、数ある公約違反のひとつとして、現在、この法案を成立させる気はないようである。この改正法案は、まさに今問題となっている「取調べの可視化」を実現するもので、被疑者の取調べ状況等の録音・録画を義務付ける制度などを導入する法案である。<br />

<br />

　一見、「小さな政府」志向と「取調べの可視化」は何の接点もないばかりか、旧来の日本共産党的な「左翼」的見地からみれば、双方を主張することは矛盾しているようでもある。なぜなら、旧来の左翼的な見方からすれば、前者については福祉国家に反するので反対、後者については民主的コントロールを強めるので賛成、ということになりそうだからである。<br />

<br />

　しかしこの２つの志向は、実は矛盾しないで説明できる。つまり、いずれも「国家が行うことは常に疑わしい＝権力は腐敗する」という考えに基づいている。すなわち、「国家の福祉政策など当てにならない、社会保険庁の有様を見れば明らかではないか、年金も医療保険も民間に解放したほうが効率的でうまくいくのだ」という考え方と、「検察権力はけしからん、録音・録画してみんなで監視しよう」という考え方は矛盾しない。このような考えの持ち主のことを、最近はやりの言葉で言うと「リベサヨ」というらしい。小さな政府志向で国民が豊かに生活できるはずがないことはアメリカや日本の現状を見れば明らかである。リベサヨは日本の一部の「左翼」のなれの果ての姿の象徴である。権力懐疑主義であることは重要だが、アナーキズムから幸せは生まれない。それに、民営化民営化と叫ぶ者ほど、国家権力と癒着している例が多いことは、ここに挙げるまでもないだろう。<br />

<br />

　実は現在の民主党には、この「リベサヨ」が多く含まれているのである。そのため、自民党と政策の上で何が違うのかよくわからず、政策が右往左往しているのである。一部の政治家は自らリベサヨを意識しているかもしれないが、人気取りに熱心な政治家の多くはそのことを自覚すらしていないであろう。このリベサヨ政治家が、今や大変な人気である。有権者には気の毒なことだ。自民党政権、民主党政権と続き、社会保険庁を代表例として国家・政治への不信を積み上げたあげく、その不信感を利用して公的サービス削減が画策されているのである。<br />

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</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/ptpptp/entry-10697522898.html</link>  
      <pubDate>Fri, 05 Nov 2010 00:44:32 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>最高裁「臨時職員へのボーナスは違法」判決</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 　すでにしばらく前のことになるが、大阪府茨木市で条例の定めのないまま臨時職員に支給したボーナスについて、これを違法とする最高裁判決があった（2010年9月10日）。最近は、国家機関や自治体において雇用不安・低賃金で働く「官製ワーキングプア」が問題となっている。「公務員たたき」が盛んな昨今であるが、われわれが普段接している一見「公務員」が、実は民間企業以下・生活保護並みの低賃金で働いている場合も少なくないのである。このような官製ワーキングプアは通常、「臨時職員」とか「非常勤職員」と呼称されているのであるが、決して「臨時」でも「非常勤」でもなく、財政難を背景にそのような採用形態が恒常化しており、「臨時」や「非常勤」が基幹業務を担っていることもある。このような臨時職員に、正規職員と同水準の業務をしている報酬としてボーナスを支給するのも、均等・均衡待遇の見地から当然ではなかろうか。<br />
<br />
　そのような背景から、この最高裁判決は、人情味のない冷酷な判決だと感じたのであった。たしかに個別の自治体の事情はわからない。もしかすると、コネ採用があり、地方議員や市職員幹部の配偶者などの身内が臨時職員となり、大して働いてもいないのにボーナスを支給されているというけしからぬ状況があるのかもしれない。とはいえ、それがすべてでもなかろうから、臨時職員にボーナスを支給することを一律に違法とするとは、なんとも無情なものだと感じたのである。<br />
<br />
　ただ、その最高裁判決を読んでみると、もっともな判決であり、根拠法令・条例のない現状では、ボーナス支給を違法と判断されてもやむをえない。そんな最高裁判決に、少しでも救いのメッセージがないか探してみると、以下のような補足意見（千葉勝美裁判官）があった。<br />
<br />
　「私は，法廷意見に加え，次の点を補足しておきたい。地方公共団体における臨時的任用職員の制度は，法廷意見が述べるとおり，本来，一般職に属する正規職員を中核とする人的体制を補完し，その時々の行政需要に柔軟に対処するためのものであるが，茨木市においては，本件一時金の支給を受けた者だけでも約８００名に及ぶ多数の臨時的任用職員が同市の大半の部署に配置され，その多くが常設的な事務に係る職に従事していたようである。近年，茨木市に限らず，各地の地方公共団体において，各種の行政需要が増大し，それに対応する正規職員の数は，定員の枠に縛られているため，現実の必要性に迫られて，定員制限のない（地方自治法１７２条３項）臨時的任用職員を採用し，恒常的に，常設的な事務に従事させ，その結果，その数が無視できない規模にまで拡大する傾向が指摘されているところである。そこでは，正規職員とかなり近い形での勤務内容や勤務時間となっている場合も多いため，その処遇に当たっては，法的な可否を十分吟味することなしに，正規職員と同様の手当を支給するという傾向になりがちであり，また，臨時的任用であるということから，給与の額及び支給方法又はこれらに係る基本事項については，条例で具体的に定めることをせず，あるいは具体的な金額の決定を条例により規則や任命権者に丸ごと委任している例も見られるところである。」<br />
<br />
　「臨時的任用職員の中には，常勤とまでは評価できないものの，勤務時間や勤務期間が長い者もいるであろうが，これらの職員に対し，生活給的な手当の性格を有する一時金を支給する現実的な必要性があることは理解できないではない。しかしながら，地方自治法２０４条は，議会の議員以外は常勤職員についてのみ法定の各種手当の支給を認めているのであるから，上記の性格を有する一時金を適法に支給するためには，当該職員の勤務実態を常勤と評価されるようなものに改め，これを恒常的に任用する必要があるときには，正規職員として任命替えを行う方向での法的，行政的手当を執るべきであろう。また，臨時的任用職員であっても，これらの職員に対する給与の額及び支給方法又はそれに係る基本的事項については，条例で定めるべきことが同法２０４条の２等で要請されているところであるから，その職が文字どおり臨時に生じた事務に係るものであっても，少なくとも給与の額等を定める際の一般的基準等の基本事項は条例に盛り込む必要があろう。そして，これらの対応のためには，当該地方公共団体の人的体制・定員管理の在り方や人件費の額等についての全体的な検討を余儀なくされる場面も生じよう。」<br />
<br />
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</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/ptpptp/entry-10678254031.html</link>  
      <pubDate>Sat, 16 Oct 2010 08:19:57 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>「拝み屋」撲滅排斥</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 　少し前までは「霊能師」「占い師」などと呼ばれていた人々が、最近では「スピリチュアルカウンセラー」などとおしゃれな呼ばれ方をしている昨今である。このような言い方を世に広めたのは、テレビ出演などを通じて有名になった江原啓之氏が最初かもしれない。人の弱さにつけ込んで根拠のないことを教え込み、高い相談料を取るというこの商売は、科学技術の発達した現代社会においてもなお、盛んである。「なんでこんなものに引っかかるの？」という素朴な問いは、振り込め詐欺と同様に「スピリチュアルなんとか」にもぶつけたい。とくに最近では「パワースポット」なるものもはやっているようであるから、この手の商売は常に、一定の需要が存在するのであろう。このような商売の被害者にならないよう、学校教育においては、よりいっそう科学的思考・論理的思考を子どもたちに教えなければならないであろう。ここ最近の不況下では、大手マスコミも広告料収入のため、このような商売（「幸福の科学」等の新興宗教を含む）の広告を大きく取り扱わざるを得ないから、マスコミの報道や批判記事も頼りにならないのである。<br />
<br />
　「スピリチュアルカウンセラー」は、その昔は、「おがみや（おがみ屋・拝み屋）」と言われていたものである。当のスピリチュアルカウンセラーは否定するかもしれないが、カタカナでおしゃれ感を装っているだけで、商売方法は今も昔も変わらない。ところで拝み屋といえば、かつて、「いくら信教の自由があるといっても、拝み屋が商売行為で人を死なせればフツウに有罪」とした最高裁の判決があり、これは「加持祈祷事件」として有名である。このような「人の生命・身体に対する罪」のみならず、財産に対する罪も、いくら信教の自由があるからといって正当化はされず、スピリチュアルなんとか行為の多くは、詐欺罪や横領罪等が成立する可能性があろう。<br />
<br />
　この「加持祈祷事件」は、最高裁判決よりむしろ、第一審の大阪地裁判決がおもしろい。昭和35年の判決であり、この当時は、古い慣習・道徳から解放されることが一番の美学というような「時代の空気」があったのではなかろうか。以下に引用してみる。<br />
<br />
　「被告人の判示所為は刑法第二〇五条に該当するのでその犯情について検討する。本件はいわゆる憑きものに対する俗信が一人の年若い女性を死に到らしめたものである。憑きものが迷信であることは今日健全な社会人にとつては自明のことのように思われるが、世上いわゆる狐憑き、狸憑きあるいは生霊憑き等と称する俗信がいま、なおかなり根強く残つて居り、そのため種々の人権侵害、社会的悲劇が発生している事実は憂慮に堪えない。これら一部の人々の無知を啓蒙するのもさることながら、人の無知と弱さにつけこみこれに寄生する市井のいわゆる『おがみ屋』ないし『おがみや』類似の行為は厳に撲滅排斥されなければならない。被告人の心情は兎も角、本件における行為の外形それ自体は、右の『おがみ屋』の夫れに似たものがありこれを法律上からみても不法なものであることは後段説示するとおりであつて、そのためかけ替のない人の命を奪つた被告人の罪責は決して軽いものとは言えない。しかしながら反面、被告人が本件加持祈祷をするにいたつたのは、被害者泉世志子の両親やその身寄りの者等からのたつての願いによるものであること、被告人が宗教教師としての立場上欲得を離れ、一途に右世志子の疾病平癒を希つた上でのことであり、しかも世志子に対する暴行は被告人のみによつてなされたものではなく、被告人の明示もしくは黙示の指図によるものであるとは言え、むしろ同女を最も愛する筈の肉親等の手によつて行われたのであつて、同女を死に致らしめた責任の全部を被告人一人のみに負わしめることは酷であると考えられることその他被告人の経歴、日常の生活態度及び被害者の家族等の被告人に対する感情等諸般の情状を斟酌し、結局、所定刑期範囲内において被告人を懲役二年に処し、同法第二五条第一項に則り三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り全部被告人に負担させる。」<br />
<br />
　「おがみや」は厳に撲滅排斥されなければならない、とまで言い切っているのである。今の時代ではさすがに判決文でここまで言い切れないのではなかろうか。誠にすがすがしい一文であり、ここに取り上げた次第である。<br />
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      <link>http://ameblo.jp/ptpptp/entry-10678226825.html</link>  
      <pubDate>Sat, 16 Oct 2010 07:18:08 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>同一労働同一賃金原則をいじめないで</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 　「同一労働同一賃金」という言葉を最近よく見聞きする。「同一価値労働同一賃金」といういわば派生語もよく見聞きする。ILO条約のひとつであり、日本もこれを批准しているのであるから、日本の労働政策として目指すべき方向であることは明らかである。しかし現実はもちろんそうなってはおらず、例えばひとつの職場で同じような仕事をしているにもかかわらず、男性が正社員でボーナスあり、女性がアルバイトで低賃金時給、というパターンはよく見られることである。「同じような仕事」ではなく女性の仕事が男性の仕事の領域の8割だったとしても、決して賃金格差は10対8ではなく、それ以上の絶対格差があるのである。<br />
<br />
　ILO条約を離れても、同一労働同一賃金原則が公平な正義の理念として国民に受け止められていることは間違いないだろう。パート労働法でも最近の改正で、均衡待遇原則」が盛り込まれたところであるし、労働契約法にも同様の理念が盛り込まれている。これはILO条約の直接の反映ではないにしても、広い意味での同一労働同一賃金原則の理念が元になっていることは間違いない。世の中で「同一労働同一賃金」をいうときは、この「均等待遇・均衡待遇」のことを指していることが多い。<br />
<br />
　ところが、この同一労働同一賃金原則について、それぞれの専門家からは評判が悪い。「契約社員の賃金を上げれば、正社員の賃金がその分削られることになるぞ」とか「かえって雇用が減ることになるぞ」とか「引き換えに正社員の解雇規制を緩めなければならないことになるぞ」など脅すのである。それらの言い分はもっともであり、同一労働同一賃金原則を政策として実行するためには、経済への影響を考慮したり、正社員の賃金が下がっても社会保障や公的サービスで手当てするといった総合的政策パッケージを考えなければならないことはもちろんである。<br />
<br />
　しかし、である。たしかに同一労働同一賃金原則の実行にはいろいろ問題があるにしても、だからといってこの原則を叩きすぎるのはいかがなものか。「おんなじ仕事してるのならおんなじ給料のはずでしょ」というのは、非正規で働く多くの労働者が率直に感じている思いである。正社員労働者は就業時間中におしゃべりに興じ、定時以降に真剣に仕事を始めて残業代をもらう。一方非正規労働者は残業できないため、時間内に仕事を終わらせるために朝から必死で働く。たまたま会社の採用方針で、ある年は正社員を採用し、ある年は契約社員を採用したが、やっている仕事はほとんど同じ。…このような状況は日本のあちこちで見られることであり、日本中の非正規労働者の多くが「あの正社員はぜんぜん働いてないのにどうして自分にはボーナスがないのか」と不満を募らせているのが実態である。いわば、同一労働同一賃金原則は、日本中のパート・アルバイト社員の秘めた思い、といってもよい。<br />
<br />
　同一労働同一賃金原則をしたり顔で叩いても、それは財界や大企業に都合のよいことを代弁しているだけということになる。公平な正義の理念の実現のために、どういう政策を積み重ねればよいか、具体的にはまず、有期雇用法制をどうするか、前向きな議論に進んでいくことを期待している。<br />
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</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/ptpptp/entry-10636829201.html</link>  
      <pubDate>Thu, 02 Sep 2010 01:14:47 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>解雇規制の緩和</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 　自民党や「みんなの党」（注１）が、雇用の流動化、すなわち解雇規制の緩和を打ち出している。雇用を流動化して、新しい産業に人が移動するようになれば、経済も活性化するというわけである。また、正社員と非正規の格差が問題になっているが、正社員の解雇規制を緩和すれば、（企業が人を容易に雇用しやすくなって）非正規社員にも雇用のチャンスが広がって格差の縮小につながる、と、まあこういうことである。民主党の中には、このような考えの持ち主もかなりの割合でいることだろう。<br />
<br />
　「格差」を取り上げている論者には、「正社員ですら雇用不安と長時間労働に苦しんでいるのであるから、なおさら非正規社員の待遇を向上させることを考えるべきだ」と主張するまっとうな思考の人と、城繁幸氏のように、「正社員の待遇を引き下げて相対的な格差を縮小しよう」と主張する、いかがわしい連中がいるので要注意である。しかも後者のほう見解は、非正規社員の間で高まっている「正社員・正規公務員憎し」という感情に支えられることもあるので、なおさらタチが悪い。フリーターが小泉元首相を応援していた構図に似ている。<br />
<br />
　これまで何度も書いてきたことだが、雇用の流動化というのは表看板であり、実態は労働者を解雇しやすくして、経営者や株主の短期的な利益を図ろうという意図が隠れているから、私は雇用を流動化させる政策には反対である。わざわざ流動化を推し進める政策をとらなくても、衰退産業は衰退していくものであるし、新興産業は芽生えていくものである。むしろ、過去の炭鉱労働者のように、市場の変化や政策変更によってこぼれ落ちた労働者を救済する雇用政策が採られなければならない。政府が気を遣うべきは、そっちのほうである。<br />
<br />
　私が解雇規制の緩和に反対するのは、もちろん、労働者の継続雇用の期待を保護し、労働意欲を高め、ひいては生活保障を与えるためであるが、そればかりではない。解雇規制を緩和して、企業を甘えさせ、いつでも首切りできる社会にすることは、日本の経済力を弱める危険があるということを強く言いたい。<br />
<br />
　まず、これは当然のことながら、いつでも首切りできる空気が会社内を支配すれば、殺伐として、チームワークなど芽生えないであろう。また、社員が短期的成果が出る仕事ばかりを選び、企業全体として生産性は落ちるであろう。また、「おまえらいつでもクビにしてやるぞ」という空気が流れる会社で、労働者は労働条件の交渉はできないし、労働組合活動も萎縮してしまうであろう。ただでさえ組合組織率は低下しているのに、社内の人員構成がころころ変わるようであれば、労働組合は衰退の一途を辿ることになろう。そうすれば労働条件の切下げは容易になり、ひいては国民の購買力も低下し、ますます不況のスパイラルに陥ることになる。<br />
<br />
　次に、私がより重要視しているのは、必ずしも解雇する側が優秀な人間＝生産性のある人間ではないということである。解雇規制の緩和というと、どうしても、有能な経営者が、「使えない社員」を解雇するパターンをイメージしがちである。しかし、コネで採用された社員が人事の責任者になっている場合もあれば、優れた能力もないのに経営者に気に入られて管理職に就いている場合もある。また、かなり崩れてきたとはいえ、今でも日本の多くの企業は良かれ悪しかれ年功序列であり、必ずしも実力で優秀な社員が上に立っているわけではない。例えば、ある企業のある管理職の一人が、リストラ（大量解雇）を目的として解雇対象者をリストアップするときの思惑を考えてみればよい。「こいつは俺の後輩社員で管理職だが、仕事で成果を上げて自分の立場を危うくしそうなので解雇リストに挙げておこう」とか、「高給社員のあいつもこいつも解雇しておけば、会社は傾いたままでも自分が定年を迎えるまではなんとか賞与も出るだろう」というような思惑が働くのは明らかである。こんなことが日本中で起きれば、日本の経済にとってよいはずがない（なお、被解雇者リストアップに経営コンサルを入れても、利害関係上たいがい同じ結果になる）。商法で株主・取締役・監査役という法制が定められているように、雇用主と労働者の関係も、ルールなしの無法状態であってはならない。<br />
<br />
　また、解雇規制の緩和というのは、「解雇権濫用を認める」という修正ではなく、「整理解雇の要件を緩やかにする」という意味でなければならないところだが、さてはたして、解雇規制の緩和が政策として打ち出されたとき、各企業はその区別をはっきりわきまえて行動するだろうか。今でも、早期退職者募集の名の下に、解雇対象者に多かれ少なかれ圧迫面接をして、あるいは不条理な研修を受けさせるなどして、実質的に整理解雇（会社都合退職）であるにもかかわらず、自己都合退職に持ち込んでいる例が多い。また、解雇権濫用も日常茶飯事である。こんな現状の中で、「さあ、今日から解雇自由です！」というアナウンスが日本中に流れたとき、あちこちの会社で、解雇権を濫用した不当解雇が続出するであろう。解雇規制の緩和を唱える政党や論者は、このような事態が起きることを甘く見積もっているのではないか。<br />
<br />
　なお、デンマークなどは解雇自由じゃないか、という反論は、次元の違う話である。<br />
<br />
　以上のようなことで、解雇規制の緩和は百害あって一利なしの政策である。法人税率引下げの件も同様だが、企業を甘やかしすぎると生産性が落ちるということである。業績が悪くなったとき、労働者を解雇して見かけの利益や株価を維持するのは誰でもできることであり、しかも社会全体によくないことだ。政府としては、企業に社会的責任を果たさせ、すなわち労働者を継続雇用させ、「どうしたらこの社員をもっと『使える』ようにできるか」「どんな商品を出せばもっと売れるか、生産性が上がるか」ということを考えさせなければならない。つまり能力開発や技術発展に誘導していくということである。これこそ本当の国際競争力の強化ということだろう。<br />
<br />
　ところで、解雇規制緩和論者は、いったいどのような具体的方法で解雇規制を緩和せよというのであろうか。解雇規制（注２）の緩和論は、上に述べたとおりそもそも誤っているが、その具体的手法について明らかにしないという点でも不完全である。<br />
<br />
　いうまでもなく、解雇に関する法律上のルールは、もともと民法にしかなく、整理解雇要件も含めたいわゆる「解雇権濫用法理」は、判例上形成されてきたものであるが、2003年に労働基準法で、次いで2007年に労働契約法で、明文化された。すなわち、労働契約法16条の「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」という規定である。<br />
<br />
　この条文は、「合理性」や「社会通念」を基準としているので、不明確といえば不明確であるが、具体的な要件を挙げるのもかえって難しい。立法過程では、積み重ねられた判例法理に何か足したわけでも引いたわけでもないといわれているので、不明確な点は過去の判例の具体例を参照することで補われるといってよいだろう。<br />
<br />
　解雇規制の緩和は、上記のような立法化の前であれば、裁判所の判例を動かすのは難しいので、政策として行うことは困難だったであろう。財界等がロビー活動等を行うにしても、業界団体が日本の裁判所を出入りするという話はあまり聞かないので、困難だったであろう。代わりに、派遣法や有期雇用法制の緩和で、実質的に一部の解雇規制を切り崩してきたといってよい。それでも、解雇権濫用法理本体を切り崩すところまでは至ることができなかった。<br />
<br />
　しかし今は、先に述べたように解雇規制の法律の明文がある。つまり法律を変えてしまえば、解雇権濫用法理も動くということである。ロビー活動の場は完全に国会に移ったともいえるのである。この点は常に監視が必要である。とはいえ、この解雇権濫用法理の明文（労働契約法16条）を、いったいどのように改正すればよいのか、ということになると、これまた難問である。「合理的な理由」要件を削除するのか、「社会通念上相当」要件を削除するのか。あるいは、「解雇は、合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる場合に認められる」と立証責任を逆転してしまうか。いずれにしても、この条文を直接いじろうとすると、例のホワイトカラー・エグゼンプション問題のときのように、「首切り自由法案」と名付けられ、マスメディアで相当たたかれることであろう。マスメディアの中心にいる者はまさしくその法律の対象者だからである。彼らは逆に、非正規雇用の雇用環境についてはほとんど興味がない。<br />
<br />
　結局、解雇規制を緩和するには、現実的には従来通り、非正規雇用を増やすしかないであろう。しかし非正規ばかり増やしていては社員のスキルも向上しないし、向上心も芽生えない。そこで最近はやりつつあるのが、「ナントカ限定正社員」のようである。この中で「地域限定正社員」というのは、とある地域に事業所や工場を作り、そこで正社員として採用するが（つまり正社員とほぼ同様の賃金水準とするが）、その地域での事業が必要なくなったり、工場閉鎖するような場合は、そこで働く従業員も解雇（契約終了・雇止め）するという制度のようである。地域限定正社員のほか、「業務限定正社員」というのもある。これも同じく、当初契約に定められた業務が会社にとって必要なくなったら、解雇（契約終了・雇止め）になる制度のようである。これらは実質的には解雇権濫用法理を逃れるための「方策」であり、実際に解雇を無効として争えば、解雇権濫用が認められる可能性は高いと思われるが、しかし現実には訴訟まで発展することは多くないから、経営者が労働者をクビにするとき、「あなた最初『限定正社員』ってことで約束したでしょ」と労働者を説得する手段としては、非常に「使える」やり方である。「正社員」と名付けて労働者に会社への忠誠心を強要しながら（しかも時給労働ではなくなるのでサービス残業もさせながら）、業務上必要でなくなったら解雇できるという、誠に経営者に都合のよい「知恵」である。いくら雇用契約当初、雇用継続のために何らかの限定条件が付いていることを労働者が承知しているからといって、こんな身勝手な契約を認めるわけにはいかないであろう。限定条件の条件部分は公序良俗に反して無効である。「ナントカ限定正社員」がはびこって、裁判所に紛争が持ち込まれてから救済したのでは遅いし、ほとんどが泣き寝入りになることを考えると、労基署や労働局があらかじめ「限定性社員なんて認めませんよ」と周知やチェックをすることが必要である。<br />
<br />
　結局、いつも書くように労基署や労働局の役割強化の話になってしまうのだが、やはり必要なのはそういうことなのである。小泉政権時代に相当部分、福祉国家の法制は弱められてしまったとはいうものの、しかしそれでも、現行の法制で勤労者の生活向上を目指す＝つまり福祉国家を目指すことは、十分可能である。政権交代が行われ、民主党に期待されているのはこういうことではなかったのか。福祉国家に重要な予算と人員体制を組むことは、妙な新法を作らなくても十分にできることである。それがどう狂ったのか、今の民主党は民主主義を破壊する議員定数削減の話をぶち上げたりしてフラフラしている。小さな政府を目指すみんなの党と民主とが連携する話もあるくらいだから、政策目標が何なのかまったくはっきりしない。野党として批判することには長けていても、本当に国民の声を背負っているわけではない政治家の本性を見たような気がする。政党交付金という税金で養ってもらっていることの弊害が徐々に出てきているのではないか。<br />
<br />
　先日、菅首相が企業が経営する無認可の保育所を訪問したという。さすが一等地にある立派な保育所である。企業に勤める非正規社員も、子を預けることができるのか気になるところである。それにしてもなぜ認可保育所を訪問しないのか。まず第一に行政が責任を持つ認可保育所を訪問すべきであろう。予算が削られ、耐震性もおぼつかない建物の中で、古びた建具や遊具とともに過ごしている園児の様子をまず見に行くべきではないのか。一般市民との感覚のずれは、こういうところに象徴されている。首相もその取り巻き連中も何の違和感も覚えなかったのだろうか。もちろん、行政の責任がある古ぼけた保育所を訪問すれば自分自身の責任が問われるので、それを避けたという意図があるのだろうが、それにしても情けないパフォーマンスである。<br />
<br />
　実質的には無意味だが、それでも派遣労働者保護のアナウンス効果はある「派遣法改正案」も、今の民主党はほったらかしである。マスコミで取り上げない政策はどうでもよいようである。今の民主党政権下で、福祉国家を目指すのは相当困難であろう。<br />
<br />
（注１）それにしても最近の「たちあがれ日本」「みんなの党」「幸福実現党」のように、押し付けがましい政党名が乱立しているのが腹立たしい。そう呼ぶことを強制されている感がある。「じっくりコトコト煮込んだスープ」あたりから始まったのだろうか、過剰な装飾というか、本来こちらが評価すべきようなことを、自ら宣言しているうっとうしさがある。そう呼ばせることで潜在意識に政党名を植えつけようとでもしているのだろうか。「『みんなの党』は…」「『幸福実現党』が…」と言ったり書いたりするたびに、「いや、決してみんなの＝我々の党のことじゃないんだけど」「いや、別にあの党が『幸福を実現』しようとしている党とは思わないんだけど」と弁解したくなるような気持ちになる。<br />
<br />
（注２）「解雇規制解雇規制」と言っているが、現状でも、実質的に解雇しにくい雇用環境にあるのは一部の業界の正社員だけで、非正規社員はもちろんのこと、正社員でもクビに脅えつつサービス残業しているのが実態であり、「解雇規制」など働いていない。この点でも解雇規制緩和論者の視野は狭いといえよう。<br />
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      <link>http://ameblo.jp/ptpptp/entry-10613426241.html</link>  
      <pubDate>Sun, 08 Aug 2010 10:36:08 +0900</pubDate> 
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