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    <title>例えば｢P｣の話がいつか｢Q｣の話になり｢Q｣の話をしているうちに話題は｢R｣に移り｢R｣の話が途中から｢S｣の話になる、という現象を、延々と。</title>  
    <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/</link>  
    <description>Since2005,　moved from Tokyo to Akita.</description>  
    <language>ja</language>  
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    <item> 
      <title>アルバム</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 残したいものを残すためのもの―なのだろうけれど。<br /><br /><br />一卵性双生児の片割れとして生まれた。今はそうでもないと思っているが、幼い頃は特に見分けがつきにくかったらしい。<br />ほとんど記憶にないくらいの年齢までは、親がまとめた個別のアルバムがある。先日何かの拍子に見てみたところ、確かにどちらがどちらか分からない。おそろいの服なんか着せるからなおさらだ。本人ですらそうなのだから、他人から見たらもはや難易度の高い間違い探しになる。ただしよくよく見ると、微妙に表情に違いがある。何となくカメラを意識してポーズを取っているのが妹で、「またかよ」とでも言いたそうな何となく迷惑そうな顔をしているのが自分だ。考えてみれば、カメラを向けられるたびに迷惑に感じた記憶もあるような、ないような。<br /><br />アルバム自体はおそらく保育園に上がる前くらいの年代で終わっている。要するにずっと家にいた年代で、親が写真を撮る機会が多かったということだろう。よく「かわいい盛り」と言われる年代でもある。それ以降の写真と言えばあるのかないのかすら分からない。<br />特に自分の昔の写真に興味はない。そもそも記録を残したりそれをもとに過去を振り返る習慣はあまりない。足跡はあまり残さない方が楽だ。このブログだって長い目で見たら例外ではない。ウェブの海に埋もれてひっそりこっそりできるから、続いているだけで。<br /><br />そのせいかどうか、昔のことを案外覚えていない、と友人に言われる。思い出したくないことは思い出して夜中に寝られなくなるのに、捨てられている記憶は案外多いらしい。どうせ忘れるなら忘れたいことを忘れたいものだけれど、そういうものに限って「考えないようにする」くらいしかできないという理不尽。<br />そうやって忘れたくないことを忘れてしまうのを補うためのアルバム、なのだろう。自分の足跡よりもそれ以外に覚えておかなければならないと思うことの方が、私には断然多いけれど。<br /><br />記憶への無頓着さを気づかせてくれた友人は高校時代からの友人で、進学先が同じ東京だったこともあって時々行き来していた。彼女を含めた友人数人で東京の名所を歩く「おのぼりさんツアー」を企画したことがある。それを記録したアルバムは冊子ではなく既にCDROMだった、と思う。<br /><br />それで、さてどこに行ったか思い出そうとすると、確か浅草とか都庁の展望台ぐらいしか思い出せないことが、また記憶の理不尽。<br /><br /><br />次回「展望台」<br /><br /><br /><br />
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/entry-10271084325.html</link>  
      <pubDate>Sat, 30 May 2009 22:14:40 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>今後の更新について</title>  
      <description> <![CDATA[ 読んでくださっている方々へ<br /><br /><br />今後の更新について、簡単にお知らせします。<br /><br />さんざん忘れられたころに更新してきたくせに今更ではありますが、このブログは現在、ごくたまにしか更新しておりません。開始当初は学生だった執筆者が時間が不規則な職に就いたこと、そして直近では、その仕事と加減を知らない性格がもとで少し手を痛めてしまったためです。<br />一時は部屋には寝に帰るだけの生活だったり、手を痛めてからは、仕事の能率を優先させるために家では一切キーボードには触れない時期もありました。現在は比較的落ち着いておりますが、未だ手の治療は継続中です。<br /><br />従って、今後も毎日はもちろん、１週間あるいは１か月に１度の更新も確約しづらい状況です。<br />ただし、閉鎖はしません。まだまだ続く予定です。<br /><br />このブログは、ブログという形式ではありますが、人に積極的に見せるでもなく、ただただ「もの」をテーマに綴り続けるという自己満足のもと続けてきたものです。従ってリンクはほとんど貼っておりませんし、執筆者の無精からコメントもトラックバックもシャットアウトしてしまうという、非常に内向的で一方通行な形式を取っております。<br />しかし、アクセス解析をのぞいてみると、毎日何人かでも訪問してくださる人がいて、しかもお気に入りからの訪問が９割以上です。一日のアクセス数が数十人を超えた日には（ブログの世界ではささやかな数なのでしょうが）、発信とコミュニケーションを拒んできた身としては、うれしいのと同時に何だか申し訳ないような気もしておりました。そこで、今後の更新についてお知らせというか、言い訳をさせてもらった次第です。<br /><br />読み返すと駄文乱文で恥ずかしくなるような文章（本当は全面改訂したいのですが）を、読んでくださる人がいることに感謝しております。一方通行というのもそろそろ考え直すべきではとも思っておりました。<br />そこで、このたび専用のメールアドレスを取得いたしました。ご意見、ご感想などありましたら　monotsunagi＃＃yahoo.co.jp　（＃＃をアットマークに変えて下さい）までお寄せください。ただし当方気まぐれかつ前述のような事情から、すぐの返信は難しいこと、アドレス掲載も事情に寄っては中止する可能性もあることをご理解いただければと思います。<br /><br />今後も、気長に気まぐれに続く予定です。何の役に立つ情報もありませんが、時々ご訪問ください。<br />次回は予定通り「アルバム」です。<br /><br />　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　執筆者より<br /><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/entry-10160068825.html</link>  
      <pubDate>Mon, 03 Nov 2008 22:26:31 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ノート</title>  
      <description> <![CDATA[ つながりは唯一、９年前の自分の筆跡で。<br /><br /><br />高校２年の担任で物理を教わった先生が８月、突然亡くなった。47歳だった。<br />会社の宿直を終えて朝、自宅に戻り、昼前の葬儀に参列した。暑い日だった。<br />私が会場に着いたときにはもう、会葬のホールは高校生や学校の先生方でいっぱいだった。<br />集まった参列者が会場に入りきらず、ロビーに急遽椅子が並べられた。<br />その椅子の一つに座り、遺影ではなくロビーに飾られた思い出写真を眺めながら弔辞を聞いた。<br /><br /><br />先生。<br />祖父の法事以来、葬儀や法事は、生きている人間が区切りをつけるためにやるものだと薄々感じていました。<br />ですが、弔辞を聞いても、焼香を終えても、葬儀のあとも、まったく区切りはつけられませんでした。<br /><br />高校２年のときは、よく気にかけていただきました。<br />夏に成績が落ち込んだときには励ましてもいただきました。<br />３年への進級時にご異動になった際、離任式後に少しお話する時間をいただきました。<br />なりてがいなかった学級委員を引き受けたこともあって気にかけていただいていたと、そのとき伺いました。<br />先生のご異動は本当に残念でした。ですが、卒業してからまたお会いできると疑っておりませんでした。<br /><br />先生が入院される前、検査で市内の病院を訪れた日、偶然私もその病院におりました。<br />整形外科の診察室前のロビーで、先生をお見かけしておりました。<br />２年前の春高バレーの県予選でも、おそらく監督かコーチとして来られた先生をお見かけしておりました。<br />先生が勤めておられた高校にも仕事で行きました。<br />仕事で気持ちに余裕がなかったとはいえ、どうしてそのときに、一言声をかけなかったのか。<br />特に病院のロビーでは、あんなに長かった待ち時間で、どうして声をかけなかったのか。<br />先生がその後すぐに入院されたことを考えると、なおさら機会を逸したことが口惜しい。<br /><br />後悔しているということすら今では伝えられないという事実が、本当にどうしようもない。<br /><br />先生に教わった物理の授業のノートは、実家でそのままになっておりました。<br />力学の運動方程式から始まって、ずいぶん几帳面な図解と文字が並んでおりました。<br />開いてはみたものの、後悔とどうしようもない思いが先立って、すぐに本棚に戻しました。<br />当時から成績は悪かったのですが、物理自体は嫌いではありませんでしたし、今でも興味はあります。<br />社会に出ていろいろなものが見えるようになった今、先生と思い出話をしたかった。<br /><br />学生時代から始めたブログを、自分の感情を吐き出す場にはするまいと、決めておりました。<br />ですが、友人や家族と話しても葬儀でもなるべく見せずに来た中で、先生に声をおかけしなかった後悔を、<br />どうしてもこの場に書かずにはいられませんでした。<br />同窓会を開いても先生にお会いできないというのが本当に残念で仕方ありません。<br />卒業前に異動された先生のお写真は、アルバムにすら残っていないでしょう。<br />ただ、先生の授業のノートを、今はじっくり眺めることができないにしても、残しておこうと思います。<br />９年前の、高校時代の自分を介して、先生を偲ばせていただきます。<br /><br /><br />次回「アルバム」
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/entry-10129310093.html</link>  
      <pubDate>Sat, 30 Aug 2008 23:23:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>引き出し</title>  
      <description> <![CDATA[ 貧乏性と、相性が悪いもの。<br /><br /><br />仕事でも私生活でも、紙類などを重ねて入れてしまって探すのに苦労することが多い。<br />大体がすぐ捨ててもよさそうなものを何となく一応取っておいたため、箱の空間に積もって地層ができる。<br />箱だから目当ての何かを探すときは地層ごと取り出さないといけない。紙類なんかはひどいときは引き出しと上の引き出しの間をすり抜けて机の裏に落ちてしまい、いちばん下の大きな引き出しをどうにか外して探し出す羽目になる。そもそも深さのない引き出しは紙類を入れるものなのか、どうか。勝手が悪いのはわかってはいるのだけれど。<br /><br />衣類の整頓も苦手で仕方がない。もともと数を持っていなかったのが社会人になったら必要に迫られてかなり増えたせいだ。ぎりぎりまで寝ていたい朝は、どうしたって洗濯したてでハンガーに掛かっている服の方が選ばれる可能性が高い。タンスの奥にある衣類なんて、年に数回出すか出さないかなのに、捨ててしまうには惜しい貧乏性だ。<br />ましてほとんど黒か白の、彩りに乏しい中身だから、一回引き出しに入れてしまうと探すだけで疲れる。広げてみないとどの服かすらわからないことだって多い。どこに何を入れたかなんて、半年も経つと忘れてしまったって不思議ではない。決して数は多くないはずなのにこうなるのだから、世の中の「衣装持ち」な人はどうやって整理しているのだろう。<br />衣替えの度にいちいちひっくり返すのは面倒なのだが、なんとか着られそうで、季節をしのげそうな分だけの衣類が見つかると、最近ではほっとするようになった。それは買い物がおっくうになっているのであって、そのことは自分でも、ちょっとつまらない気がするが。<br /><br />仕事場の机の前には春頃、段ボール箱を置いた。これも貧乏性と相性が悪い。<br />資料のファイルや冊子類がどうしても収まりきらなくなったからなのだが、箱があるとついつい取っておかなくていい資料までそこに入れてしまう。早い段階で取捨選別するのが仕事場の環境を快適に保つポイントなのは分かっている。けれども情報貧乏性というか、必要が不必要かの判断に自分で自信がないというか。ファイルの冊子も増え、どんどん積み重なって今では下から２段目の引き出しまで開けられなくなりつつある。<br />その引き出しに入っているのは、主にメモに使った過去のノート約３０冊。そうそう掘り返すことはないのだが、かといってそうやって油断していると、引き出しの前には物が積み重なるばかりになりそうだ。<br /><br /><br />次回「ノート」
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/entry-10131223006.html</link>  
      <pubDate>Sun, 24 Aug 2008 23:11:55 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>カードケース</title>  
      <description> <![CDATA[ 真夏のワンピース柄と、印伝細工の「華」。
<br />


<p><br />
</p>
<p>　手元にあるカードケースは、ポイントカードを入れるプラスチック製と、名刺入れの２種類。そのうち、学生時代から使っていたプラスチック製が先日壊れた。本体をゴムでとめているだけの簡素なもので、劣化していたゴムがぷつりと切れた。半透明の、赤や青、黄色などのチェックで、田舎の子供が真夏に着るワンピースによくありそうな柄。もったいない、というよりも新しいものを探すのが面倒で、違うゴムでとめて今でも使っている。</p>


<p>&nbsp;</p>


<p>　カード類の整理は苦手だ。そうそう使用頻度が高くない店のポイントカードは作らないようにしているが、それでもたまる。必要なときに限って行方不明になることもよくある。ポイントカードならともかく、運転免許証を失くしたときは周囲に呆れられた。上京時くらいしか使わないSuicaに至ってはかばんに放り込んだまま。キャッシュカードなんかは財布に入れているから大丈夫、と思うのだが。</p>


<p>　最近は使う店も絞り込まれてきたので、使いそうなものをそのケースに入れて車の中に放り込んである。どうせ移動は車なのだから、これで忘れることもないだろうと思っていたら、車の中に入れたままうっかり財布だけ持って買い物に行くこともある。会計のときまで気づかないから手元にない旨を伝えてレシートにスタンプを押してもらうが、そのレシートを持って再度買い物に行くことは、まずない。</p>

<br />


<p>　もう一つの名刺入れの方は、学生時代お世話になった先生が卒業・就職祝いに、「就職したらすぐ必要になるんだよ」とくれたもので、鹿の革に漆で模様をつけた、印伝細工の花柄のもの。臙脂の地にベージュの花が浮き上がり、持ち物も着るものも黒っぽい地味なものが多い中で、模様のとおりの「華」になっている。先生は「丈夫なものじゃないから間に合わせに」と言っていたが、そういう先生のことと、新入社員時代（今でもそれに毛が生えた程度だが）の色々が染み込んで、とても間に合わせでは終わらせられない。</p>


<p>&nbsp;</p>


<p>　ここ数年、やたらと人に会うことの多い部署にいる。その名刺入れもだいぶ馴染んでふくらみ、追加追加で印刷した名刺はゆうに１０００枚を超える。人からもらった名刺も当然そのくらいに上るわけで、もう会わないだろうという人もいれば何度も連絡を取り合う人もいるので、とりあえず印刷した名刺が入ってくる青い透明な箱に分類して入れて会社の机の引き出しにいれている。</p>


<p>　それをそろそろ分類しなおそうと考えているうちに、だんだん引き出しの容量が限界に近づいてきた。それでなくても机の上とほかの引き出しは使用者の容量を超え、ついに段ボール箱まで置く始末。１カ月に２回ほどめぐってくる宿直のときに片付けて、せめて名刺はファイリングするなり使い勝手の良い形にしたいのだが、なぜだかいつも後回しになり、着々と臨界点に近づいている。</p>

<br />

<br />


<p>次回「引き出し」</p>

<br />


<p>&nbsp;</p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/entry-10113441608.html</link>  
      <pubDate>Sun, 06 Jul 2008 14:58:50 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>印章</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>中国・上海の、「散歩」の思い出。</p><br /><br /><br /><p>　初の海外旅行で中国を訪れたのは、もう５年も前になるだろうか。まったくの一人旅で、英語はそこそこ、中国語は知識なし。パスポートの取得もリコンファームも何もかも初めてで、今考えれば無鉄砲限りない。</p><br /><p>　３泊４日だったと思う。経済成長中か、その前夜ぐらいの時期だっただろう。ガイドブックにある観光名所にはほとんど足を運ばず、電車で蘇州に行き、上海の街中の路地裏をひたすら歩いた。</p><br /><br /><p>　「水路の街」「東洋のベネチア」といわれていた蘇州の水路は少し細かい路地に入れば残飯が浮いていて、上海の路地裏は、どこにでもあるような小奇麗なデパートに何だかアンバランスな漢字の看板の表通りとは違い、３階建てくらいの住宅に道路をまたいで紐がわたされ洗濯物がはためいていた。蘇州に行く途中の霧の田園風景と、ほこりっぽい灰色の駅で改札に集まった人の雑踏も覚えているが、どうも自分がその場にいたという実感がない。それだけ現地の雰囲気にコミットしていなかったということだろうと今は思うし、そんなところしか見てこないから、旅行というよりは散歩に、それも金のかかった散歩に近かったのだ。</p><br /><br /><p>　それだけ名所に興味はなくても博物館には足を運んだ。青磁や書などをみて、何となく赴いたミュージアムショップで父への土産に選んだのが、おそらく水晶でできた透明な印章だった。値段も何も忘れたし、そもそも人に贈ったものなのだが、なぜか上海旅行といえば思い出すのは、蘇州の水路と上海路地裏の洗濯物と並んでそれなのだ。</p><br /><p>　父は、実際にどこかの店で名前を彫っただろうか。いや、引き出しの中かどこかで眠っている可能性が高い。勿体ないのか興味がないのか、どちらなのかは分からないが、存在自体贈った方が覚えていても、贈られた方は覚えていないことは十分ありうるだろう。</p><br /><br /><p>　母や妹、姉に贈ったカードケースは好評だった。光沢のある青や紫、紫がかった赤の、布製だった。免許証か保険証入れにでも使っているはずだ。ただ、その旅行で自分は手元に何を残したのか、それが思い出せない。写真も撮ったかどうか、ただ筆談に使ったメモ帳と散歩の記憶のみ。初めての海外旅行にしては、いや初めてだからというのもあるのか、「記念」が少ないと苦笑するしかない。</p><br /><br /><br /><p>次回「カードケース」</p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/entry-10069675245.html</link>  
      <pubDate>Sat, 02 Feb 2008 09:30:13 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>チェス</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>先を読むということを理解するまで、２０数年。</p><br /><br /><p>　オセロや将棋は子供の頃から身近にあったが、チェスは意匠に惹かれていただけだった。</p><br /><p>　姉はオセロが得意だったし、中学のときに最初にチェスのルールを覚えようと本を買ってきたのも彼女だった。オセロで対戦することもあったが、どうも勝った記憶がない。どういうふうに戦略を立てるのかわからなかった。先を読むとか「相手がこうきたからこうすればいい」という思考回路が、まったくなかったのだ。そのことに気がついたのはごく最近で、社会に出て同僚を見ていて、ああ、そういうふうに考えれば自然なんだなと気づいた。</p><br /><p>　</p><br /><p>　直接のきっかけは、車を運転していて前方が赤信号のとき、助手席にいたその同僚が、「スピードを落とさなくてもいい」と言ったことで、歩行者用の信号が点滅しているのをいち早く見つけていたらしく、同僚は「先を読んで運転しなきゃ」と続けた。気を抜くとぼんやりしてしまい、信号無視しかけたり青信号でなぜか止まっていたりする私としては、そんな同僚がうらやましい。</p><br /><p>　学生時代までは、感覚だけで生活していても支障はなかった。それが社会に出てみたら、とてもそれでは間に合わない。目指す結論があるとして、そこにたどり着くにはどのタイミングでどういう手段を講じればいいのか考えなければやっていけない。いまだにそれを感覚だけでやってしまって、失敗することが多い。</p><br /><br /><p>　チェスとかオセロで「勝つ」ということ自体、私はわかっていなかった。チェックメイトに至るまでの1手1手にどういう戦略が込められるのか以前に、戦略と言う言葉すら、理解していなかった。まだ身に着いたとはいえないけれども「そういう考え方がある」とわかった今、何となく論理ゲームのスマートさが際立った気がする。</p><br /><p>　少なくとも、感覚だけで生きていた中学時代、美術の自由課題で印章用の石を使ってチェスの駒を彫っていたときよりは、確実に一歩進んだはずだ。</p><br /><br /><br /><p>次回「印章」</p><br /><p>　</p><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/entry-10021419268.html</link>  
      <pubDate>Mon, 11 Dec 2006 18:26:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>画鋲</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>気がつけばどんどん減っていて、なくなったのがどこに行ったのかわからない恐怖。</p><br /><br /><p>　3年生までいた小学校で、夏に「はだし運動」なるものをやっていた。名前のとおり裸足で生活するのだが、校内だけでなくグランドなど外の敷地も、原則雨の日も風の日も、おかまいなしの裸足生活だった。芝生も土も、砂利道もアスファルトも関係なしで、今もそれぞれの感触が思い出せる。野生児に近いが、当時は何の疑いもなくやっていたが、足に生傷が絶えなかった。</p><br /><p>　むしろ学校の中の方が油断しているから危険なのだ。小学校に画鋲はつきものである。当時の画鋲と言えば金色の直径1センチくらいの円盤に針がついている代物で、針の先端が上を向いて転がってしまうことがままある。踏んづける友人を見るたび、見ているこっちが痛かった。</p><br /><p>　私は秋冬に上履きの上から踏んでしまうことはあっても裸足で踏むことはなかった。おそらく6年生までいたら1度は踏んでいたかもしれない。</p><br /><br /><p>　その点今の画鋲は球体に針がついていたりして、踏んだ時に針が刺さる心配もなさそうだ。ただ、気がかりなのが買った当初から時間が経つにつれてどんどん数が減っていくことである。冷蔵庫の後ろにでも落ちているのか、棚の隙間に落ちているのか、なくなるはずはないのだからどこかにあるのだ。それがわからない。踏む恐れだけでなく、どこに行ったのかわからない恐怖もある。</p><br /><br /><p>　話は変わるが、中学時代の美術の課題で出たボックスアート（箱を含めて中に立体作品を作るもの）で、妹が画鋲を使って小さなチェスの駒をつくり、チェックメイトの盤上を再現していた。むろんナイトは作らずにすませていたが、精巧にできた凝ったものだった。今思うと、箱庭的な印象があって、日本人らしい。</p><br /><br /><br /><p>次回「チェス」</p><br /><p>　</p><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/entry-10014307094.html</link>  
      <pubDate>Tue, 04 Jul 2006 09:28:20 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>写真立て</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>飾りたい写真ばかり、増えている。</p><br /><br /><p>　2月に行ったチベットで、40枚ほど写真を撮ってきた。風景ばかりで中にはチベットらしくない写真になってしまったものもあるけれど、その空気だけはできる限り鮮やかに残しておきたいと思い、帰国する前から写真立てやフレームを買って部屋中に並べておこうと思っていた。</p><br /><p>　それが今、引っ越してみて、なんだかそんな余裕がなくなってしまった。まだ部屋の壁際に段ボールが積み重なっていて、それが片付くまでは飾る気がしない。クローゼットの収納のまとめ方に苦戦しているせいもあり、まだ雑然として予想以上に生活感溢れる部屋になってしまっているのも、写真を飾る気になれない原因の一つになっている。　</p><br /><br /><p>　そもそも、写真嫌いでカメラを向けられると仏頂面ばかりしていた数年前まで、アルバムすらもあまり要らないと感じていた。それが今は、飾っておきたい写真がたくさん増えた。それほど切り取って残しておきたいものが増えたのだろう。</p><br /><p>　</p><br /><p>　先日、大学の卒業式を終えた。卒業式、謝恩会と、数は少ないけれど大切な友人たちと写真を撮った。何だかよくわからないがビデオカメラまで向けられた。会えなかった友人もいたのが心残りではある。けれども一日があっというまで、しんみりする時間もなかった。そのくせ今頃になってちょっとしんみりしている。</p><br /><p>　私は言葉足らずの上にあまりしんみりするのも好きでないし、表現力もなければ素直でもないから面と向かっては言わなかったけれど、大学の友人たちには本当に会えてよかったと思う。などと、ここに書いてもしょうがないのだけれど。</p><br /><p>　</p><br /><p>　写真に残るのは過ごした時間のほんの少しの部分ではあるけれど、全体を思い出すのには十分である。その空気を身近に感じられるようにするために写真をいつも見られる場所に置きたいから、写真立てが欲しい。なぜ画鋲で壁に貼らないのか、というもっともな問いがあるかもしれない。<br />　それは要するに、床に落ちて行方不明になった画鋲がこわいから、なのだ。</p><br /><br /><br /><p>次回「画鋲」</p><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/entry-10010608178.html</link>  
      <pubDate>Sun, 26 Mar 2006 19:55:37 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>欲しいものリスト</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>手帳の後ろの方にある欲しいものリストを見返してみる。</p><br /><br /><p>　15項目ほどあるうち、ほとんどが手付かずのままになっている。値段が高すぎてあきらめた青磁のカップ、姉に頼まれていたのに私が先送りにしていたらいつの間にかなくなってしまった犬のぬいぐるみ等、手に入れていない理由は様々だ。無印良品の湯飲みや白檀の香水など、入手できた数少ない例もある。</p><br /><p>　なかなか自分の買い物のペースがつかめない。衝動買いしてしまうこともあるし、迷った末にやめてしまうこともある。欲しいものリストだってあってないようなもので、リストに載せてはいないけれど機会を見て購入したいものもたくさんある。実際手帳に書き出しているものと頭の中にあるものがあり、ほとんどが頭の中の方にあるのだ。だからリストだけ見れば随分つつましいのだが、本当の物欲はそんなものではない。欲しいものをリストにして忘れないようにしていること自体、けっこうな物欲だと思う。</p><br /><p>　特に最近は、引越しや就職、卒業式、謝恩会などのイベントが間近なのもあって、リストに載せるまでもなくほしいものや必要なものが雪だるま式に増えていく。</p><br /><br /><p>　とりあえず、就職するまでに最低限必要なものは車や家電製品であるが、これに付随して細々と必要なものが出てくる。さらにそのほかに揃えたい家具が出てくるから、とんでもない物欲スパイラルになる。目下の悩みはソファベッドと敷物と靴棚で、見れば見るほどきりがない。こだわらなければよいのだが、それができれば苦労はしない。</p><br /><p>　そしてもう一つ、先日チベットまで旅行に行ってきたため、現在旅行貧乏なのである。きっと就職する頃にはほとんど無一文だ、と言ったら妹が「潔くていいじゃない」と一言。</p><br /><br /><p>　その旅行で撮った写真を新しい部屋に飾るために、写真立ても欲しい。プロがその土地を撮った写真集も欲しい。物欲は雪だるま式、というのを身をもって感じている。</p><br /><br /><br /><p>次回「写真立て」</p><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/monotsunagi/entry-10009430391.html</link>  
      <pubDate>Fri, 24 Feb 2006 20:15:03 +0900</pubDate> 
    </item> 
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