<?xml version="1.0" encoding="utf-8"?>
<?xml-stylesheet href="../../../../../css/rss/feedRss2.xsl" media="screen" type="text/xsl"?>

<rss version="2.0"> 
  <channel> 
    <title>学校教育とナントカ主義</title>  
    <link>http://ameblo.jp/kurazoh2009/</link>  
    <description>誕生から１世紀半を迎えようとする学校教育の現在・過去・未来を考えます。</description>  
    <language>ja</language>  
    <atom:link xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom" rel="self" href="http://feedblog.ameba.jp/rss/ameblo/kurazoh2009/rss20.xml" type="application/rss+xml"/>  
    <item> 
      <title>グローバリズムに適応するための教育とは？</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>　<strong><font color="#0000ff">グローバリズム</font></strong>は思想ではなく世界的な潮流，経済的・社会的な実態（実体）であり，ここで語るのにはふさわしくなさそうな言葉ですが，たとえば外国語学習がどのような根拠で学校教育のカリキュラムに入れられているのか，などというテーマとからめて考えることはできます。</p>
<br />
<p>　それでも，「<strong><font color="#808000">英語を苦労して学んだが，全く活用する場面がない<img alt="プンプン" src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/140.gif" width="16" height="16" /></font></strong>」という大人が少なくない（私自身も今のところ，全くその通り）ことも事実。</p>
<br />
<p>　どのような説明が成り立つのでしょうか。</p>
<br />
<p>　<font color="#800080">小学校の英語学習は必要なのか</font>，というテーマにもかかわります。</p>
<br />
<p>　私の個人的な解釈は，<font color="#ff1493"><strong>外国語＝「コミュニケーション練習のためのツール」</strong></font>であり，「<strong><font color="#ff0000">コミュニケーション能力を高めること</font></strong>」が，その学習のねらいである，ということです。</p>
<br />
<p>　なぜ日本語ではだめなのか？・・・という当然の疑問がわいてきます。</p>
<p>　</p>
<p>　その答えは，「<font color="#0000ff"><strong>グローバリズム</strong></font>という流れに乗るため」・・・ではありません。</p>
<br />
<p>　村上龍の「無趣味のすすめ」（幻冬舎）に，こんな一節があります。</p>
<br />
<p>　<em><strong>不可視の流れであるグローバリズムのうねりに単に「乗ろう」としても，地図も海図もないのでやがては振り落とされて沈んでしまうだろう。</strong></em></p>
<p><em><strong>　グローバリズムに適応するときにもっとも重要なのは，言うまでもなくコミュニケーションだと思う。</strong></em></p>
<p><em><strong>　（中略）＜友人とは密に，敵とはもっと密にち，彼（父親）に教わった＞</strong></em></p>
<p><em><strong>　映画『ゴッドファーザーＰＡＲＴⅡ』におけるマイケル・コルレオーネの台詞だが，シシリーから新大陸にやってきた「ビジネスマン」の言葉として受け取ると，示唆に富んでいる。</strong></em></p>
<br />
<p>　自分の本当の言いたいこと，伝えたいことを表現するときには，やはり母語に頼るしかありません。</p>
<br />
<p>　しかし，日本の文化には，以心伝心という「美徳」があり，わざわざ「言わなくても伝わることは言う必要がない」ことを認めてしまう一面があります。</p>
<p>　</p>
<p>　問題は，これが<font color="#0000ff"><strong>グローバリズム</strong></font>の潮流からは振り落とされる可能性のある「<font color="#ee82ee">ウィークポイント</font>」になっており，「<strong>簡単に誤解する（される）</strong>」「<strong>真意をはかれずだまされる</strong>」結果を招く原因になっているということです。</p>
<br />
<p>　相手が自分の期待通りのことを考えてくれているというのは世界の常識ではなく，むしろ非常識な行動であると考えてよいでしょう。「何も考えていない」というのが「美徳」と勘違いされる珍しい国でもあります。</p>
<p>　教育の世界にも，これに似た「ご都合主義」が蔓延しており，「説明不足」「閉鎖的」という癖がどうにも抜けません。</p>
<br />
<p>　子どもたちには，「<strong>日本語で（表現するの）は恥ずかしい</strong>」ことも「<strong>外国語では恥ずかしがる必要がない</strong>」という意識を徹底的に植え付けてもらいたいのが小学校英語であり，それを受けての中学校英語も，「<strong>当たり前のこともあえて言葉で表現する</strong>」ことが苦にならないように工夫してほしい教科になります。</p>
<br />
<p>　<font color="#33cc33"><strong>担任教師</strong></font>による道徳や特別活動等による「<strong>学級経営</strong>」だけでなく，<font color="#33cc33"><strong>教科担任</strong></font>の教科指導による「<strong>学級集団経営</strong>」も，「<font color="#9370db"><strong>よい学級集団づくり</strong></font>」には欠かせない営みであると私は確信しており，その筆頭として中学校では<font color="#ff0000">音楽</font>と<font color="#ff0000">保健体育</font>を重視していましたが，ここにはっきりと<font color="#ff0000">英語</font>も加えることを宣言しなければなりません。</p>
<br />
<p>　なお，新しい学習指導要領では「<strong>言語活動の充実</strong>」を重視していますが，単に論理的思考だけでなく，コミュニケーションや感性・情緒の基盤になるものとして，「<strong>言語に関する能力を高めていくことが求められている</strong>」としています。</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/kurazoh2009/entry-10319737330.html</link>  
      <pubDate>Thu, 13 Aug 2009 02:25:02 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item>
      <title><![CDATA[PR: 誕生！フロンティア]]></title>
      <link>http://rss.rssad.jp/rss/ad/N6jFkw1MIPLQ/rq0NH9B0L5NK?type=2</link>
      <description><![CDATA[<div>進化したヘア・フォーライフは自然さUP！生え際、分け目、うぶ毛オールＯＫ！ <br/></div><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/N6jFkw1MIPLQ/rq0NH9B0L5NK?type=2"/><br/></div><img border="0" width="1" height="1" src="http://rss.rssad.jp/rss/ibfeed/N6jFkw1MIPLQ/rq0NH9B0L5NK"/>]]></description>
      <pubDate>Thu, 13 Aug 2009 02:25:02 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>昭和３０年の歴史教科書とＰＴＡ向けの「あとがき」</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>　昭和３０年に発行された中学校の社会科（歴史）教科書が手元にあります。</p>
<br />
<p>　この教科書には，</p>
<br />
<p>　「<strong>社会科がどのように変わることになったのか</strong>」</p>
<br />
<p>　「<strong>どのようなきっかけで変わることになったのか</strong>」</p>
<br />
<p>　「<strong>残そうとしたことは何か</strong>」</p>
<br />
<p>　がよく分かる「あとがき」がありますので，引用しておきます。</p>
<br />
<p>　＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p>
<br />
<p>　　　　　　あ　と　が　き</p>
<p>　　　　　（ＰＴＡの方々へ）</p>
<br />
<p>　本書は，中学生諸君が，歴史を学習する際，座右に置くものとして編集してある。内容は，中学生の能力に応じた教材を選び，これをその興味に適合するように配列し，特に，自発的学習に重点を置いた。大筋として，系統的な日本史の知識を中心とし，これに世界史の流れを配してあるが，生徒が自ら考えるように，多くの問題を配した。ＰＴＡの方々は，この点に留意せられ，一つの挿画がなぜそこにあるかということまで，生徒の興味を触発していただきたい。全体の構成は，時代を追っているが，巻頭と巻末を比較すれば気づかれるごとく，遡及式の学習も，大いに歓迎する所である。</p>
<br />
<p>　　　　　　　　　　　　著　　者</p>
<br />
<p>　『中学の社会科　歴史的内容を主とするもの』（昇龍堂出版）２１６ページより</p>
<br />
<p>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊</p>
<br />
<p>　キーワードは，中学生の「<strong><font color="#ff0000">能力に応じた教材</font></strong>」「<font color="#ff0000"><strong>興味に適合</strong></font>」「<font color="#ff0000"><strong>自発的学習</strong></font>」です。</p>
<br />
<p>　社会科成立時の理念を引き継ぎながらも，「系統的な日本史の知識を中心」とした教科書が誕生しました。</p>
<br />
<p>　これは，当時の世論の影響を強く受けたものであることが分かっています。</p>
<br />
<p>　今の教科書でも,，「ＰＴＡの方々へ」・・・これは「保護者の方々へ」が正しいのでしょうね・・・というメッセージが入れられたら斬新でよい感じですが・・・。しかしおもしろい「あとがき」です。</p>
<br />
<p>　保護者に「<strong><font color="#ff0000">興味を触発</font></strong>」する任務を課す？ことができた時代だったようです。</p>
<br />
<p>　ただ，<font color="#33cc33"><strong>内容や構成をみると，今の<font color="#0000ff">系統主義</font>的な教科書とほとんど同じ</strong></font>なので驚きです。</p>
<br />
<p>　「まえがき」で，「読みだしたら，一気に読み終えずにはおられないよう，なるべく興味ぶかく書いたつもりですが，そこここに，研究してほしいと思うことがらがありますから，すみずみまで，ていねいに読んでもらいたいと思います。」という一文があります。「が」の前後がうまくつながっていないことが気がかりであるのと同時に，「<strong>研究してほしいと思うことがら</strong>」というのも気になります。</p>
<br />
<p>　上記の教科書の章末にある「整理」「研究課題」は，今の歴史学習でも参考になりそうなものがありますので，別のブログ「<a href="http://kurazoh.blog53.fc2.com/" target="_blank">学習失敗学から学習創造学へ</a>
」で紹介いたします。</p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/kurazoh2009/entry-10317052663.html</link>  
      <pubDate>Sun, 09 Aug 2009 03:14:25 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>６０年前にもあった「学力低下」問題</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>　昭和２２年（１９４７年）に「試案」として示された学習指導要領の第１回改訂は，昭和２６年に行われました。</p>
<br />
<p>　昭和２６年（１９５１年）の「新学習指導要領」では，</p>
<br />
<p>　○　<font color="#0000ff"><strong>経験主義</strong></font>教育思想で一貫した教育課程編成原理を示したこと</p>
<br />
<p>　○　「社会科を中心教科とする」コア・カリキュラム的な構成であること</p>
<br />
<p>　などが特色となっています。</p>
<br />
<p>　しかし，当時の世論調査で「社会科批判」が厳しいものとなり，早くも昭和３０年には社会科のみの部分改訂が行われました。この時期が，「<font color="#0000ff"><strong>経験主義</strong></font>から<font color="#00bfff"><strong>系統主義</strong></font>へ」のターニングポイントになっています・・・というが，戦後の混乱期にスタートした<strong><font color="#0000ff">経験主義</font></strong>教育が国民の信頼を得られずにあっという間に消え去った・・・という印象が強い出来事でした。</p>
<br />
<p>　当時の保護者の声は，<font color="#808000"><strong>○○も知らない，××も知らないでは困る。社会科は何をやっているのか。</strong></font></p>
<p><font color="#808000"><strong>　早く修身や地理，歴史に戻してほしい</strong></font>・・・というものでした。</p>
<br />
<p>　今回の学習指導要領の改訂と似たような反応ですが・・・。</p>
<br />
<p>　<strong><font color="#0000ff">経験主義</font></strong>教育思想家は，「<font color="#ff0000"><strong>問題解決学習</strong></font>」を重視するのですが，ここでの「<font color="#ff0000">問題</font>」が「<font color="#ff0000">問題</font>」の一つだったわけです。</p>
<br />
<p>　アメリカで経験主義と言えばデューイですが，アメリカ教育界における経験主義への反省を，実は日本が先取りしていたとも言われています。昭和３２年（１９５７年）のスプートニク・ショック後，アメリカの教育も変わりました。</p>
<br />
<p>　<font color="#ff0000"><strong>問題解決学習</strong></font>が全く役に立たないものであるとは言いませんが，それは「<font color="#ff0000"><strong>家でもできる</strong></font>」こと，実際の生活の中で学ぶことなのです。</p>
<br />
<p>　何も<font color="#00bfff"><strong>系統主義</strong></font>教育１００％にする必要はありませんが，教科書も上手く使えないほどの<strong><font color="#0000ff">経験主義</font></strong>教育は，教師の方もＮＯと言わざるを得なかったようです。</p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/kurazoh2009/entry-10315644590.html</link>  
      <pubDate>Thu, 06 Aug 2009 23:57:50 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>成果主義ー３　教育界全体への成果主義</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>　ビジネス書を読むと，たとえば楽天の三木谷社長の『成功の法則　９２ヶ条』（幻冬舎）の中には，「社員全員が経営者意識をもつ」という「条文」が掲げられています。</p>
<br />
<p>　学校に当てはめて言えば，「<font color="#ff0000"><strong>すべての教師が管理職と同じ意識をもつ</strong></font>」ということになるのでしょうが，これはほとんど不可能な相談かもしれません。</p>
<br />
<p>　企業だと，いい成績を上げたりすると，昇進や昇給が見込めるのでしょうが，教育公務員にはこういう仕組みがありません。<u>ただ経験年数が増えていくだけで給料は増えていきます</u>し，年収を増やそうとしたら，給与体系が異なる管理職になるしかないのです。</p>
<br />
<p>　しかし，<font color="#ffd700"><strong>給料を増やそうとする目的</strong></font>だけで管理職を希望し，試験を受ける人はまずいないでしょう。・・・というか，それだけの話なら，ますます教育現場への信頼が揺らいでいきます。</p>
<br />
<p>　もともと学校現場への<font color="#0000ff"><strong>成果主義</strong></font>の導入は，高いパフォーマンスを示している人に給与面で優遇を，そして課題が多い人には・・・という発想は確かにあったでしょう。</p>
<br />
<p>　そして現在の人事考課制度では，ごくごく一部の教師に，それが適用される場合があります。</p>
<p>　ただ，それは人数も昇給の程度も企業とは比較にならないものであって，そもそも教師は<strong><font color="#ffd700">全体として給与が高めに設定されている</font></strong>ことに，非難が集中してきそうな「恐れ」を勘のいい人なら持っているはずなのです。</p>
<br />
<p>　<font color="#0000ff"><strong>成果主義</strong></font>の導入に反対している人の気持ちもわからないではないですが，今のような各学校単位の話ではなくて，<font color="#ff1493" size="2"><strong>教育界全体にそれが適用されることへの漠然とした不安</strong></font>が，いつか本当の怖れに変わらないことを祈っています。</p>
<br />
<p>　話がそれたような，本筋に入ったような，変な流れですが，最初の話に戻ると，<font color="#ffd700"><strong>学校現場の管理職が，どういう意識をもっているのか</strong></font>というが，そもそも公立学校では不明である，・・・という問題も浮上してきます。</p>
<br />
<p>　実はそこが公立学校の最大の弱点だったのかもしれません。</p>
<br />
<p>　中学校では，管理職は完全に先が詰まっており，「<font color="#33cc33"><strong>便秘状態</strong></font>」が続いています（なりたくてもなれない）が，団塊の世代の一斉退職後は，「<font color="#808000"><strong>飢餓状態</strong></font>」が訪れる（なり手がいなくなる）危険性が指摘されています。</p>
<br />
<p>　もし一般の教師たちの資質・能力に対して，一定の責任を管理職が負うことになるとすれば，公立学校にとってまさに本物の危機が間近に迫っているといえます。<strong><font color="#0000ff">成果主義</font></strong>どころの話ではありません。</p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/kurazoh2009/entry-10314341492.html</link>  
      <pubDate>Wed, 05 Aug 2009 04:20:49 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>成果主義ー２　チームとプロセスの評価を重視</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>　学校教育と<font color="#0000ff"><strong>成果主義</strong></font>に関する最近の記事です。</p>
<br />
<p>　<a href="http://修正成果主義の成功に学べること　ふり返り366日【08/5/5-3】" target="_blank">2009.05.24　修正成果主義の成功に学べること　ふり返り366日【08/5/5-3】</a>
</p>
<br />
<p>　<a href="http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2009/05/post-2d2b.html" target="_blank">2009.05.26　成功している成果主義に学ぶ</a>
</p>
<br />
<p><em>　</em>「<strong><font color="#0000ff">成果主義</font></strong>」は，運用上，「<font color="#9370db">プロセス重視</font>」「<font color="#9370db">評価者の充実</font>」「<font color="#9370db">個人ではなくチームの成果を重視する</font>」ことに留意すると，「成果」が上がる仕組みだということが分かってきています。</p>
<br />
<p>　組織力を高めることに効果が上がれば，学校では大成功でしょう。</p>
<br />
<p>　平たく表現してしまえば，「<font color="#ffd700"><strong>先生方がまとまっているな</strong></font>」と子どもに感じさせることができれば，学校の教育力は一気に向上するものと考えられます。</p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/kurazoh2009/entry-10312902969.html</link>  
      <pubDate>Mon, 03 Aug 2009 00:30:48 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>成果主義－１　学校教育と四則演算　</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>　親ブログ「<a href="http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/" target="_blank">教育失敗学から教育創造学へ</a>
」では，<strong><font color="#0000ff">成果主義</font></strong>について，１年くらい前までには以下のような記事を書いてきました。</p>
<br />
<p><a href="http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2005/10/post_3c8a.html" target="_blank">2005.10.14　教師として成長するためのコンピテンシー</a>
</p>
<br />
<p><a href="http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2007/02/post_420c.html" target="_blank">2007.02.05　齋藤孝「教育力」から教師の「逆コンピテンシー」を読むーその８　真似る力</a>
</p>
<br />
<p><a href="http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2007/08/post_a9ac.html" target="_blank">2007.08.03　「困った教師」と官僚主義</a>
</p>
<br />
<p><a href="http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2007/12/post_9044.html" target="_blank">2007.12.28　困った上司との付き合い方</a>
</p>
<br />
<p><a href="http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2008/02/post_8f2a.html" target="_blank">2008.02.04　ロールモデルシートの活用を</a>
</p>
<br />
<p><a href="http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2008/07/post_67b3.html" target="_blank">2008.07.29　「ピークアウト」しない教師であるために</a>
</p>
<br />
<p><a href="http://f-sekiya2005.cocolog-nifty.com/novel_miyagitani/2008/08/post_f10b.html" target="_blank">2008.08.16　ファシリテーター・スキル</a>
</p>
<br />
<p>　一般には，業績評価→給与への悪影響，教師同士の仲が悪くなる，などの「教師の力量不足の自覚」が露呈してしまった反対論が支配的でしたが，実際に給与等へ反映されるレベルの業績はだれの目から見ても明らか（問題のもみ消し等がなければ）であり，現場としては「具体的な目標をしっかり掲げること」「役割分担・各自の長所や課題を明確にすること」「いいアイデアを出すこと」などの効果があり，ほとんど問題視されない程度の影響しかないようです。</p>
<br />
<p>　成果主義というと，どうしても子どもにどのくらい力がついたか，という「<font color="#008000"><strong>足し算</strong></font>」感覚の責任を負わされたくない，という反発が生まれますが，「仕事の無駄を減らす」などの「<strong><font color="#008000">引き算</font></strong>」や，「教師集団の組織的な動きを増やす」などの「<font color="#008000"><strong>かけ算</strong></font>」，「仕事分担を明確にする」という「<strong><font color="#008000">わり算</font></strong>」などの結果も「成果」として考えていけるような，そんな「幅の広い」捉え方が学校教育の成果主義です。</p>
<br />
<p>　もちろん，教師の力量がどれだけＵＰしたか，子どもの学力・体力がどう向上したかなど，社会一般が望んでいる「成果」をどんどん出していくのはいいのですが，そういう要請にしっかり応えていくための土台作りができていないのが公立学校なので，基盤を確立するためにもうまく「成果主義」を運用することが大切です。　</p>
<br />
<p>　さて，今後も，たとえば吉岡友治著<strong><font color="#00bfff">『世の中がわかる「○○主義」の基礎知識』</font></strong>（ＰＨＰ文庫）で紹介されている「ナントカ主義」を，教育の世界との関連で考えていこうと思いますが，以下のようなテーマが挙げられます。</p>
<p>　順不同ですが，少しずつ記事にしていこうと思います。</p>
<br />
<p><font color="#fa8072"><em>１　教育における「自由」とは？</em></font></p>
<p><br />
　<strong>リベラリズム、リバタリアニズム、市場原理主義、共同体主義、ネオ・リベラリズム</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<font color="#fa8072"><em>２　正しい政治→教育とは？</em></font></p>
<p><br />
　<strong>全体主義、民主主義、ポピュリズム、独裁主義、議会主義、立憲主義</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<em><font color="#fa8072">３　よい教育の原理とは？</font></em></p>
<p><br />
　<strong>相対主義、功利主義、人格主義、保守主義、原理主義、虚無主義</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<font color="#fa8072"><em>４　教育における正しい判断とは？</em></font></p>
<p><br />
　<strong>直観主義、体験主義、プラグマティズム、実証主義、合理主義、懐疑主義</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<em><font color="#fa8072">５　教育における心のはたらきとは？</font></em></p>
<p><br />
　<strong>実存主義、行動主義、社会学主義、構造主義、ポスト・モダニズム</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<em><font color="#fa8072">６　教育における自他の区別とは？</font></em></p>
<p><br />
　<strong>利己主義、利他主義、博愛主義、愛国主義、レイシズム、平和主義、敗北主義</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<em><font color="#fa8072">７　教育における個性の尊重とは？</font></em></p>
<p><br />
　<strong>古典主義、ロマン主義、野獣主義、立体主義、未来主義、超現実主義、新古典主義、抽象表現主義</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<em><font color="#fa8072">８　教育における満足とは？</font></em></p>
<p><br />
　<strong>拝金主義、快楽主義、禁欲主義、清貧主義</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<em><font color="#fa8072">９　国を愛することとは？</font></em></p>
<p><br />
　<strong>愛国主義、資本主義、グローバリズム、愛郷心、アナキズム、コスモポリタニズム</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<em><font color="#fa8072">１０　教育における支配・差別とは？</font></em></p>
<p><br />
　<strong>帝国主義、コロニアリズム、ポスト・コロニアリズム、オリエンタリズム、フェミニズム、土着主義、原理主義、民族主義</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<em><font color="#fa8072">１１　教育における信頼とは？</font></em></p>
<p><br />
　<strong>楽観主義、悲観主義、ダンディズム、日和見主義、スピリチュアリズム、オカルティズム</strong></p>
<strong><br />
</strong>
<p><br />
<em><font color="#fa8072">１２　困った教師をどうする？</font></em></p>
<p><br />
　<strong>官僚主義、教条主義、瑣末主義、セクショナリズム、事なかれ主義、事大主義、権威主義、マンネリズム、ご都合主義、成果主義、社会主義、冒険主義、ラジカリズム</strong></p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/kurazoh2009/entry-10312127106.html</link>  
      <pubDate>Sat, 01 Aug 2009 18:00:59 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>「ナントカ主義」の相対主義</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>「<strong><font color="#0000ff">ナントカ主義</font></strong>」の意味がみんな説明できるようになり，「<strong><font color="#0000ff">ナントカ主義</font></strong>」相互の関係が理解できるようになれば，その人は「<strong>社会</strong>」「<strong>世の中</strong>」のことが「<font color="#ff0000"><strong>分かった</strong></font>」ことになるのでしょうか。</p>
<br />
<p>決してそんなことはないでしょう。</p>
<br />
<p>しかし，人々<u>がどのような考え方にとらわれているのか</u>，また，<u>とらわれやすいのか</u>，そういうことへの<strong><font color="#ff0000">洞察</font></strong>は可能になるかもしれません。</p>
<br />
<p>私が現場で携わっている<font color="#008000"><strong>学校教育</strong></font>の現在・過去・未来を，「<strong><font color="#0000ff">ナントカ主義</font></strong>」との関係で考えていきたいと思います。</p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/kurazoh2009/entry-10311548661.html</link>  
      <pubDate>Sat, 01 Aug 2009 02:09:47 +0900</pubDate> 
    </item> 
  </channel> 
</rss>
