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    <title>皆様ご機嫌いかがでしょうか</title>  
    <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/</link>  
    <description>【久保田光彦オフィシャルブログ】</description>  
    <language>ja</language>  
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    <item> 
      <title>今年1年のスポーツ界を占う</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p><font size="2">今年のスポーツ界は、ビッグイベント続きである。そこで、偉そうに今年1年のスポーツ界を占ってみたいと思います。私の仕事関連の話題も入るので、偏ることはご容赦願いたい。</font></p>
<p><font size="2">まずは、2月に行われるバンクーバー五輪である。フィギュアスケートの盛り上がりは、きっと尋常じゃないと思うなあ。女子は浅田真央・安藤美姫vsキム・ヨナの金メダル争い。男子は、高橋大輔・織田信成が男子初の表彰台に立てるかどうか。視聴率は、30％台は堅いでしょう。他競技では、スノーボード関連でメダリストが出そうだが、上村愛子は今回も届かず。代わって、誰か無名の選手が、脚光を浴びそうな気がします。もちろん何の根拠もないが、流れがそういう風に来ている感じがする。</font></p>
<p><font size="2">ノルディックは低迷、スピードスケート系は女子でメダル1つ。そんなところだろうか。</font></p>
<p><font size="2">6月には南アW杯が待ち構えている。日本はE組で、オランダ・デンマーク・カメルーンと同組。予想はズバリ、グループリーグ敗退。もし決勝トーナメントに進出したら、それだけでも大したものである。ベスト4というのは、努力目標と考えればいいので、周りがハードルを高くする必要はないと思う。優勝は期待込みでスペイン。ブラジルが続くが、他は分かりません。</font></p>
<p><font size="2">ここまでがイベント関係。次に、種目別でいくと、ボクシングは好き嫌いは別に、今年も亀田家が話題を浚いそうである。内藤とのリマッチはあるのか。ニューカマーは現れないだろうなあ・・・。</font></p>
<p><font size="2">テニスは、いよいよ混戦模様。日本勢は厳しいと思う。期待の錦織は今年1年我慢の年のようです。</font></p>
<p><font size="2">さらにバスケット。女子は世界選手権に出場するが、8位以内が目標だろう。男子は本選出場ならず。バレーが上り調子なので、追いつきたいところだが、ダメでしょうネ。</font></p>
<p><font size="2">プロ野球は、相変わらずの状況だろう。レーティングは今までどおり、メジャーリーグは人気が下降するような気がする。顔ぶれが変らないもの。菊池雄星がメジャーに行ってたら、面白かったのに。</font></p>
<p><font size="2">ギャンブル系は興味がないので分かりません。ただ不況のときはギャンブルが流行るというは、もう通用しない。競馬・競輪厳しそうだ。スターが中々生まれないので仕方が無い。</font></p>
<p><font size="2">最後に駅伝。箱根駅伝に一言いいたい。柏原竜二が大したものなのは分かるが、でも「最終問題は得点が3倍！」みたいな展開はどうなんだろう。それまで築き上げたリードがまったく意味を成さないような仕組みは、つまらないですね。もちろん、東洋大の優勝にケチをつけるつもりはない。でも納得いかないのも本音である。記録が極端に伸びるのも、なんなのかなあ…。ということです。</font></p>
<p><font size="2">以上今年1年を偏って占って見ました。当たらない確率のほうが高いと思いますけど。</font></p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/entry-10436887974.html</link>  
      <pubDate>Mon, 18 Jan 2010 06:05:48 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>新年一発目</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><font size="2">だいぶご無沙汰してしまいました。すでに年も明けて、今更新年のご挨拶でもありませんが、1ヶ月半ぶりにブログを更新することにします。</font></p>
<p><font size="2">さて。その年明け第一弾は、TBSのドラマに関することである。</font><font size="2">このブログでTBSを取り上げるときは、ほとんど批判めいた事ばかり書いてきた気がするが、今日は久しぶりに好意的な記事で、初春を寿ぎ、目出度さを全面に出したいと思う。</font></p>
<p><font size="2">そのドラマとは、大沢たかお・綾瀬はるか主演の<strong>”JIN-仁-”</strong>である。去年の10月クールから始まって、その評価がうなぎ登りとなったころ、話題性に押されて私もようやく見始めたのだが、正直2009年№1のTVドラマでしょう。さすが【ドラマのTBS】、その伝統は受け継がれていたのである。途中から見て偉そうなこと言うなと叱られそうだが、途中からでも分かりますって、良い作品は。</font></p>
<p><font size="2">最初はSFモノで奇を衒ったヤツなのかなあ…と想像し敬遠していたのだが、実際は、人間ドラマに歴史物とSFの要素を少し加味した、『愛と仁』をテーマにしたドラマだと、見てすぐに感じましたネ。人に対する、命に対する、国に対する、未来に対する『愛』であり、『仁』である。そこに歴史の横糸と時空を越えた恋愛の縦糸が交差して、見る者を感動させる。</font></p>
<p><font size="2"><strong>”JIN-仁-”</strong>は、村上もとかの漫画が原作で、『スーパージャンプ』に現在も連載されている。漫画と違うのは、中谷美紀演じる友永<strong>未来</strong>（野風と瓜二つ。名前に注目）というオリジナルキャラクターを登場させ、現代と江戸を結ぶキーパーソンとしたことである。中谷美紀は”ケイゾク”から気になる女優ではあったが、やはりいいですネ。それともう一人、坂本龍馬役の内野聖陽だ。どうしても、”龍馬伝（大河ドラマ）”の福山雅治と比較してしまうのだが、格が違います。内野龍馬は抜群の出来だと思う。ドラマの成功は、この二人の存在があったからといっても過言ではないだろう。</font></p>
<p><font size="2"><strong>”JIN-仁-”</strong>のシーンのなかで、毎回一度は必ず高台の丘から江戸の町を俯瞰する場面が登場する。遠くに海が見える丘に立って、時には寝転んで、主人公が胸の想いを明かすのだ。それは江戸という現実から一世紀以上後の日本の今に向かって、つまり未来へ向かって語りかける特別な場面である。江戸の町の向こうに、現在の日本を思い描いて、未来への愛と仁を切々と表現する…、あの丘こそ、<strong>”JIN-仁-”</strong>のメインステージであり、時空のリアリティーを江戸に置かないために必要な装置なのだ。だからアレぐらいの高さから見下ろさなければならなかったのだと思う。</font></p>
<p><font size="2">最終回の評判は必ずしも良くはなかったが、続編ができるにしろ、映画化されるにしろ、楽しみなことに変わりがない。大人が楽しめる番組がテレビからどんどん姿を消している現状では、久々のヒット作といえるし、広報・番宣の物量攻勢の結果じゃない、掛け値なしの良質ドラマ誕生であった。</font></p>
<p><font size="2">ということで、新年一発目の話題にふさわしいかどうか分かりませんが、本年もよろしくお願いします。</font></p>
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      <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/entry-10435505572.html</link>  
      <pubDate>Sat, 16 Jan 2010 12:36:56 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>バルセロナの邂逅</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><font size="2">12月2日にバルセロナから帰国した。”クラシコ”中継のための出張で、今回で現地へ行くのが3回目。日本中、イヤ世界中で注目されたといっても過言ではない試合は、1－0で地元バルサの勝利。熱狂的なスタジアムの余韻がまだ抜け切らないといったところです。</font></p>
<p><font size="2">”クラシコ”とは、スペインサッカー・リーガエスパニョーラの、バルセロナ対レアル・マドリードの一戦のことで、他の試合と分けて特別にこう呼んでいる。よくサッカーで言われるところの”ダービー”とは根本的に違い、野球で例えるなら”巨人vs阪神”戦ということだが、スケールは比べ物になりません。</font></p>
<p><font size="2">”クラシコ”の翌日には、日本代表の岡田監督とホテルで対談した。岡田監督も初めて生で”クラシコ”を観戦して、その迫力と興奮を引きずっていたのだろう、対談は1時間近く行われた。内容の詳細はここでは省くが、岡田監督はバルサのサッカーに自身の理想の形を見出しているように感じた。『哲学』という言葉を引き合いに出し、ただ単に勝つことよりも、どうやって勝つかに重点を置いた指導。私なりに解釈すると、勝つためのアプローチとして自分たちのサッカーをどう位置づけるか。熱くかつ楽しげに語ってくれました。</font></p>
<p><font size="2">前後するが、”クラシコ”が終了して、打ち上げで近くのレストランでスタッフと食事をしていたら、なんととなりの席でイニエスタの両親・彼女・友人らが祝勝会を行っていた。しかもイニエスタ本人が途中で合流するサプライズ。少し興奮しましたね。別れ際に我々にも、手を挙げて軽く挨拶して帰って行った。気さくでシャイな好青年というイメージそのまま、とてもバロンドールで4位に入るスーパースターとは思えない、本当に目立たないどこにでもいる感じの人でした。</font></p>
<p><font size="2">さらに前後するが、”クラシコ”の二日前には、去年に続いてクラシコ観戦ツアーのお客さんと、私と解説の北沢豪さん、それにWOWOWスタッフで懇親会兼食事会が催されました。今年は、インターネットでツアー参加者を募集したところ、立ちどころに予定数をオーバーしたとのこと。”クラシコ”人気の高さがわかろうというものだ。年齢も住まいも様々、新婚さんが三組いらっしゃいました。</font></p>
<p><font size="2">そんな中、なんと元アントラーズのCB、奥野僚右選手の叔母さんがツアーに参加されていた。奥野選手はアントラーズ創設期のメンバーで、山城高校・早稲田大学を経てアントラーズに加入。Jリーグ初年度サントリーシリーズ優勝メンバーである。その後ザスパ草津を育て上げ、現在はアントラーズにコーチとして戻っている。</font></p>
<p><font size="2">実は、私とアントラーズは縁が深く、カシマスタジアムの杮落しのゲーム・Jリーグ開幕のアントラーズ対グランパス・93年サントリーシリーズ優勝決定試合。いずれも私が中継を担当した。当時のGM・平野さんからは、「久保田さんが実況すると、鹿島が勝つ。」と言われたこともありました。私が今でも一番思い入れの強いチームは鹿島アントラーズである。その鹿島の取材で、奥野選手にはよく話を聞いたものです。まさかバルセロナで奥野君の叔母君にお会いするとは…！</font></p>
<p><font size="2">今回の”クラシコ”出張は、試合内容はもちろん、いろんな意味で思い出深いモノとなりました。</font></p>
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      <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/entry-10402513337.html</link>  
      <pubDate>Thu, 03 Dec 2009 13:48:01 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>世襲議員</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><font size="2">去年の11月といえば、麻生政権の下で、解散総選挙はいつか？というのが最大の政治的関心事だった。リーマンショックも政治に影響していたのは間違いないが、それを理由に解散を引き伸ばしているという論調が紙面を踊っていたように記憶している。</font></p>
<p><font size="2">それから早1年。政治は大きく様変わりしました。戦後初の本格的な政権交代が起こり、自民党は大ダメージを受けて、不慣れな野党でバツの悪そうな、意気消沈モードといった有様である。そんな中、久々に明るい（？）話題を提供したのが、小泉元総理の次男坊・進次郎氏の国会質問である。</font></p>
<p><font size="2">ニュースでほんの少し、答弁やりとりを聞いただけだが、感心したのは声が良いこと。通るし堂々として滑舌も中々のものである。ルーキーとしては、態度だけは合格点だろう。メディアでも上々の出来と概ね好評だったようだ。</font></p>
<p><font size="2">日本人は、若いとか新しいとか、とにかく新鮮なのが本当に好きな国民だと思う。スポーツなどでも、10代で活躍する選手にはすぐにメディアは飛びつくし、周囲も暖かく見守っていこうという雰囲気がアリアリだ。若くしてその才を発揮する者を”神童”と呼んで持ち上げるし、高校スポーツの全国大会にこれだけ熱狂する国民は、おそらく日本だけでしょう。</font></p>
<p><font size="2">若さ・新しさのイメージは、瑞々しさ・溌剌・健康・健気・純粋・無垢・情熱・可能性などが上位にくるのだろう、多分だけど。不純で不健康、擦り切れたサンダルみたいな奴だっているだろうに、大人は若さ・新しさに、自己の理想を投影をするのだと思う。</font></p>
<p><font size="2">そんな若さ・新しさの代表が、自民党にとっては進次郎君なんですねぇ。しかも二世ときた。父はあの小泉純一郎。世継ぎとか後継者とか、なんともセレブっぽい。先代の業績をイメージとして子や孫に追い求めるのも、日本人の得意分野である。それゆえの世襲なのだが、芸能の世界ならいざ知らず、政治ではなにかと批判されている。にもかかわらず、ご当人はどこ吹く風、てなもんで、またそれを頼らざるを得ない政治だから、こんな調子じゃ世襲はなくなるはずがない。ということは、日本の政治の将来も暗澹たるものでしょう…。</font></p>
<p><font size="2">私は、なにも若さや新しさを否定するつもりはない。つもりはないが、バランスが特に最近悪いと感じている。経験や熟練、親から受け継ぐのではなく、自分で開拓する気概。一歩一歩上り詰めていく地道な努力。こうした美徳が後回しにされているのでは、ということなんです。新しいモノに飛びつくのは、裏を返せば、飽きたらすぐポイの使い捨て感覚が蔓延してきているともいえるわけで、メディアがソレに一役買っているのも、これまた問題である。</font></p>
<p><font size="2">余談だが、ボージョレ・ヌーボーをこれだけありがたがるのも日本だけだそうで、本家のフランスでは、ボージョレは熟成が足りない若造ワインで、好む人は少ないと聞いた。ワインの”一番搾り”も所変わればなんとやらで、我慢して味が熟すのを待つ根気が、芳醇なワインを産むということなのだろう。結論！人材の一番搾りは、嘗める程度にしておきましょう。</font></p>
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      <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/entry-10391974503.html</link>  
      <pubDate>Thu, 19 Nov 2009 16:24:47 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>マニフェスト考</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><font size="2">民主党のマニフェストについて、最近メディアを通じて、あるいはメディア自体から、あるベクトルの論評が頻繁に発せられている。様々な表現ではあるが、共通している論旨は、「マニフェストは大切だが、マニフェストにとらわれるのはいかがなものか。実行するのに困難がともなうなら、ある程度は反故にしてもかまわない。それは国民も判っている。」というものである。</font></p>
<p><font size="2">つい先日の土曜日、朝の情報系番組を見ていたら、防衛の専門家である某大学教授が、『マニフェストは選挙の時だけの公約なのだから、ウンヌン…。』と宣っていたのだが、これってどうなんだろう。おかしくないですか。まだ政権が誕生して2カ月しか経たないこの時期に、すでにマニフェストはどうでもいい的発言は、私は賛成しかねます。</font></p>
<p><font size="2">マニフェストは政権公約である。自民党時代の選挙公約とは訳が違う。国民との約束であり、実行を担保するものなのである。『公約なんて大したことではない！』と国会でほざくような総理大臣を生まないためにも、マニフェストを、どんなに少なくとも1年はきっちり実行する姿勢を見せてもらいたいですね。もうすでに民主党は、かなりいろんなところでグラつきかけているのだから。</font></p>
<p><font size="2">上記の論評の中で、マニフェストに優先順位をつけるという点に関しては、同意見である。年金・インフルエンザ・景気浮揚・失業者対策など、急を要する事項はある程度強引に進めても文句は出まい。逆に、ダム・JAL・普天間・高速道路・地方分権等はある程度時間をかけてもいいのでは…。要はメリハリだと思います。</font></p>
<p><font size="2">今夏の選挙はマニフェスト選挙と呼ばれた。しかし投票した国民のうち、何％がマニフェストに賛成して民主党にいれたのだろうか。”明治以来の官僚体制の打破”や”コンクリートから人へ”といったキャッチフレーズが、マニフェストの細目より魅力的だったと感じたのは、私だけではないはずだ。それを承知で、でも【マニフェストが大切】と敢えて声高に唱えるのは、政治と大衆を最も端的に結びつけるものが選挙であり、マニフェスト選挙は具体的で判りやすく、ある意味成果を可視化できる（数値化）からなんですね。</font></p>
<p><font size="2">さきほどグラついているといったが、日本郵政社長に元大蔵次官の斎藤氏を起用した一件は、あれは大失敗でしょう。もし鳩山内閣が途中で頓挫したら、間違いなく主因である。まあ、マニフェストを堂々と破ってくれたものだ。斡旋と選任は違うと言ってみたところで、言い訳以外の何物でもない、『やっちまったなぁ～！』である。こっちもあげた拳を下ろさざるをえなくなる。</font></p>
<p><font size="2">所詮<strong><em>民主党</em></strong>は<strong><em>自由民主党</em></strong>と根っこが同じということなのか…と考えてしまいますね。<strong><em>自由</em></strong>が取れた分、ひょっとしたら始末に悪いかもしれない。初めて政権の座についたというエクスキューズは、年内一杯でしょう。小選挙区はドラスティック。そのことは民主党が一番よくわかっているとは思うが…。</font></p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/entry-10382898972.html</link>  
      <pubDate>Sat, 07 Nov 2009 16:45:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>五代目三遊亭圓楽</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><font size="2">三遊亭圓楽師匠が亡くなった。享年76。ここ数年は病との闘いだったようだ。07年に引退し、名跡を弟子の楽太郎に譲ったあとは、テレビで見かけることはほとんどなかった。</font></p>
<p><font size="2">故三遊亭圓生の一番弟子として、昭和30年に落語の世界の門を叩いた。前座名は全生。圓楽が世間に知られるようになったきっかけは、ご存じあの『笑点』である。”星の王子様”と自らを称し、一躍人気者になった。当時談志・志ん朝・円鏡（現圓蔵）そして円楽で、落語界の四天王といわれた</font><font size="2">こともあったが、この4人の中では、入門は2番目・年齢は一番上であった。なかでも談志とは一番気の合う仲だったようである。</font></p>
<p><font size="2">彼は噺家としては体が大きく、風貌はいかつい。声は低音でドスが利いている。師・圓生ゆずりの人情話を得意としていたが、艶っぽい女性が登場する噺だと、あの声と容姿がどうもネックなっていたように思う。武ばったシーンではいいのだが、男女の微妙な会話のシーンなど、少し違和感というか物足りなさというか、マイナスな印象を感じていた。つまり、噺家としての素質には、恵まれてはいなかった。</font></p>
<p><font size="2">桂歌丸があるテレビ番組で、圓楽の功績は落語を日本全国に広く知らしめたことであると話していた。師・圓生が落語協会を脱退し、”落語三遊協会”を立ち上げたのが切っ掛けで、圓生亡き後も、協会には戻らず、”大日本落語すみれ会”を起こして師匠の意思を継いだ。寄席には出られないので、自ら”若竹”を創りそこを拠点とし、同時に活動の場を全国とくに落語が浸透していない地方に見出した。この過程は、”立川流”にも共通している。影響力は、立川流の方が大きかったのではないだろうか。いずれにしろ談志・圓楽の二人は、落語の啓蒙に一役・二役買ったのは間違いない。</font></p>
<p><font size="2">テレビ報道などでは、「昭和の名人逝く。」という表現がされているが、名人の域に達していたとはお世辞にもいえいないと思う。圓生や小さんとの差は明らかだ。その代わり、落語と現代との接点に位置し、廃れつつある落語に辛うじて鮮度を与えていた存在として、談志ともども貢献度は大である。またもう一つ、弟子の育成にも定評があった。</font></p>
<p><font size="2">圓楽の噺で印象に残っている演目は、残念ながらあまり思い浮かばない。というか、私は彼の落語をそう多くは聴いていない。偉そうに言えば、私の方で噺家を選っていた。しかしいざ亡くなったという事実を前にすると、懐かしさや寂しさ・喪失感が去来する。私が落語を好きになって、趣味が昂じていくのと同じグラフで、圓楽の人気・存在感が高まっていった。そう、私の青春の一部分は、圓楽のそれと重なり合っていたのだ。彼の死は、私と昭和との距離をまた一つ引き離すことになった。確実に時代は変わってゆく、その事実を残酷なほど淡々と圓楽の死は伝えている。（敬称略）</font></p>
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      <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/entry-10379669136.html</link>  
      <pubDate>Tue, 03 Nov 2009 11:15:33 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>就職先</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><font size="2">菊池雄星君が泣いていた。<em><strong>就職先</strong></em>を国内に絞ったという決意の記者会見での1シーン。大の大人がよってたかっていたいけな高校生を苛めていると取るか、大人の階段を登る第一歩でこれも社会の仕組み、成長のための1ステップと取るか…人それぞれであろう。</font></p>
<p><font size="2">菊池雄星は、言わずと知れた高校球界のスターである。その左腕から繰り出される150kmを優に超す速球は、国内のみならずメジャーのスカウトにとっても垂涎の的！紛れもない”金の卵”なのである。金の卵は金の成る木でもあるんですね。そこで大人が群がってくる。</font></p>
<p><font size="2">自分の進路は自分で（強いて言えば家族まで）決めるのが筋だと思うが、四方八方から様々なプレッシャーが菊池雄星に降りかかってくる。</font><font size="2">本人はメジャーリーグでプレーすることが、子供のころからの夢だっととのこと。本人の意思を第一に考えれば、結論は明らかだろうに、そうはいかないから<strong><em>滂沱の涙</em></strong>ということでしょう。</font></p>
<p><font size="2">以前田沢投手をブログで取り上げたときも、同じことを感じたが、この手を問題はこれからも出てくることは間違いない。田沢は社会人だったから自己判断・自己責任の部分もあるだろう。でも菊池雄星はまだ未成年である。野球界は早くルールを作ってあげる必要があると思うけどなぁ…。</font></p>
<p><font size="2">これがサッカーだと、こうした事態は起こらない。まずドラフトがない。スタープレーヤーには代理人が介在するだろうから、選手個人が表面に出る必要がない。欧州と国内の、リーグのクラブの規模が違いすぎるので、競争相手になりにくい。サッカー協会やJリーグが海外挑戦に寛容な姿勢を持っている。つまり日本のサッカーの方が、日本の野球よりグローバル化が進んでいるです。</font></p>
<p><font size="2">アスリートなら、最高の舞台でプレーをしたいと考えるのは至極当然のこと。報酬でも待遇でも施設でも、そして注目度でも、あらゆる面で最高のレベルで、自分の力を試したいと思うのが当たり前である。野球に関して言えば、メジャーリーグがまさにそれです。でも日本はWBCを連覇したし、実力・伝統も十分にある。ハナからメジャーに負けてないという自負をお持ちなんです。だから難しい。</font></p>
<p><font size="2">マーケットは大きければ大きいほど、人・モノ・金が集中する。プロ野球も、いかにマーケットを拡大するかに精力を注ぎ込むことが肝心だろう。それは量と同時に質の大きさでもある。メジャーとの協力・共存を視野に入れる時代に、なりつつあることも事実である。ドメスティックからグローバルへ、野球は変わらざるを得ないのだと思う。菊池君の涙は、いろんな意味で<strong><em>惜別の涙</em></strong>なのかと、感じたりもする。</font></p>
<p><font size="2"><br />
</font></p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/entry-10374999382.html</link>  
      <pubDate>Wed, 28 Oct 2009 09:15:28 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>次はＷ杯招致？</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><font size="2">2016年の五輪招致に東京都が失敗した。個人的感想は、正直良かったほっとした、というところです。五輪に莫大な費用をかけるなら、もっと実生活に付随したことに使って欲しいし、五輪のお祭騒ぎは、おそらく度を越した喧騒と混乱を日本の中心に齎すこと想像に難くないからである。</font></p>
<p><font size="2">ただそれ以上に、メディアの特にテレビの狂乱ぶりが目に浮かぶんですネェ。朝から晩まで五輪・五輪、しかもタレントキャスターと女子アナが訳もわからず幅を利かせて、我が物顔で能書きを垂れる。情けないのは、それが番組の中心に据えられてしまうものだから、ゆっくりとスポーツを楽しむことができやしない。リオなら時間帯が真反対なので、多少はそれらを見ないでも済むというもんでしょう。</font></p>
<p><font size="2">五輪に関しては、スポーツ関係者が是非招致したかったという気持ちは想像できる。なんといっても、五輪による競技の強化と宣伝効果は大変なもので、競技人口の増加、その結果として競技団体の歳入増が目に見えているのだから。一人のヒーロー・ヒロインの誕生が、劇的にスポーツシーンを変える例は、卓球の福原愛ちゃんが証明しています。</font></p>
<p><font size="2">五輪招致に関しては、広島・長崎が共催を名乗り</font><font size="2">出て、東京も再度の招致を検討しているとのことだが、、実はもう一つ『</font><font size="2">W杯開催を、また日本で』という動きについて、今日は取り上げます。2002年のW杯は、運営的には成功裏に終わった。収支の面からも成功だったようである。でも私にとって、2002年W杯は、1970年からW杯を見てきた中で、最もつまらなかった大会でもあった。</font></p>
<p><font size="2">W杯は、その時代の最高のプレーヤーがその時の最高のプレーを見せる場であり、その時代を象徴する戦術・システムを目の当たりにできる<font size="2">舞台である</font>…というのが私の考え・思いなんです。過去にW杯で1勝もできないチームや、数十年ぶりに本大会に出場してきたチームが、いきなりベスト4に入ることなんてあってはならないことなのである。</font></p>
<p><font size="2">それが現実に起こったということは、大会そのものに何らかの原因がある。欧州・南米からは遠く離れた極東の地。高温多湿の慣れない環境でのプレー。激しい国内リーグやチャンピオンズリーグを戦いぬいてきた選手たちのコンディション不良。そしてあからさまなホームタウンディシジョン。”最高の大会”は、その規模と経費の面だけでのみ”最高”と呼ぶことができるというのが本当のところでしょう。</font></p>
<p><font size="2">2002年のW杯は、あらゆる部分が権利で雁字搦めになってしまって、自由にW杯を盛り上げる事が出来なかった。会場や練習施設の警備が厳しすぎて、せっかく世界のスターが集っても、ファンはもちろんマスメディアにいる人間も接点をほとんど持てずに終わってしまった。つまり、場所だけW杯に貸しただけなのである。</font></p>
<p><font size="2">あれは少なくとも私の理想とするW杯からは程遠い代物でした。外国に行かない分、費用の面では助かったということと、眠い目をこすって徹夜しないで済んだというだけのこと…である。</font><font size="2">意外かもしれないが、私はサッカー発展途上国では、W杯をやらないでほしいと思っている。もし日本で開催するなら、日本が常にランキングで20位以内にいるような実力をつけてからにしてもらいたい。ファンもメディアももっと熟成してから、ゆっくりとW杯を楽しもう。まあ、それまで生きていればの話だが。</font></p>
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      <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/entry-10370763123.html</link>  
      <pubDate>Thu, 22 Oct 2009 16:22:47 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>リポート嫌い</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><font size="2">アナウンサーの仕事は、大きく分けて5つある。原稿読み、司会（MC）、実況、インタビュー、リポートの5つで、私は実況を本職にしている。人により、得手不得手・好き嫌いのジャンルはあるが、基本はすべて一通り経験するのがベストでしょう。</font></p>
<p><font size="2">と振っておいて、実は私はリポートが大嫌いという話なんです。嫌いになるのには当然理由があって、昔リポートで大チョンボして、それがトラウマになっている、というのが第一の理由。大チョンボの内容は、恐縮ですが伏せます。思い出したくもない。それ以来私のアナウンス人生は、リポートなんて仕事をしないために頑張ってきたといっても過言ではない。</font></p>
<p><font size="2">二つ目は、リポートと言えるかどうかわからないが、プロ野球のビール掛けに行かされて、服と靴が台無しになったこと。あの”ビール掛け”って、ホントに見たいのだろうか？くだらないしつまらないでしょう。選手と関係者が内輪で楽しく盛り上がれば、それでいいと思うのだが、なんで公共の電波で、アレを流さなければならないのか。一種の約束事のようになっていて、パターン化しているのも、嫌いな理由である。</font></p>
<p><font size="2">リポートが、テレビ・ラジオでは必要な仕事というのは分かっている。特に報道の分野では、現地から取材した事柄を伝えることは、状況分析や検証に役立てる重要な要素になる。文を読むより、画で見て音で聴く方がはるかにインパクトがあり、より事実に近づけるというのも間違いないと思う。</font></p>
<p><font size="2">でもそこまでしてやらなければいけないのか、という例もある。台風中継ってヤツです。風が強く、立っているのも覚束ないような状況で、顔面に横殴りの雨を浴びながら、怒鳴るようにリポートする必要って、一体どれほどあるのだろう？満足にリポートできる状態じゃないところを見せることで、台風の威力を表現しようということなのか。何を言っているのか分からないのだから、リポートの内容ではなく、そこに立っている事実だけが必要なのである。</font></p>
<p><font size="2">どうも、リポーターを馬鹿にした話です。</font><font size="2">スタジオでは、「</font><font size="2">気をつけて取材してください。」とかなんとか言ってはみるが、危険を冒してまでリポートする意義が判らない。画先行なら、カメラだけでいいだろうし、もしどうしてもリポートするのなら、安全なところ（屋内等）に移動して、取材した内容を、冷静に伝えればいい。</font></p>
<p><font size="2">テレビは画が主で音が従、と言われている。視覚に訴えることは、テレビの特性である。そこがラジオとの決定的な差であるし、情報量の多さでもある。ただ報道のバラエティー化が進むにつれ、リポートに求められることが、以前とは変わりつつある。リポートの中身より、リポートしている姿を映して、そのリアクションを<em><font color="#0000ff">楽しむ</font></em>といった具合に。人の生死にかかわる問題でも、ひとつの素材として扱われる。私が、リポートが嫌いな理由が、お分かり戴けたでしょうか。</font></p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/entry-10366168475.html</link>  
      <pubDate>Fri, 16 Oct 2009 16:54:41 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>言うに事欠いて</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><font size="2">アナウンサーの本当の実力は、突発的なことが起こったときの対処の仕方で判るものだ。台本に決められた範囲内では、若手だろうがベテランだろうが、そうたいした違いは少なくとも画面上からは見いだせない。安定感や信頼感、多少のアドリブ・表現力の差はあっても、決定的な違いとはならないのが、テレビだといえます。</font></p>
<p><font size="2">先週の日曜日、たまたまTBSの『サンデー・ジャポン』を見ていた。司会の爆笑問題・田中の離婚について、スタジオでこれから取り上げようとした矢先、ピンポンニュースで”中川昭一元財務大臣が死亡した。”という速報が入った。爆笑問題の二人もそれに気付き、どう処理するか迷ったように離婚の話題をいったん止めた。その瞬間、TBSの青木裕子アナが、「それは、注目しないでいいです</font><font size="2">！」と言い放ち、強引に速報から話を引きずり戻した。</font></p>
<p><font size="2">イヤ～、驚きましたネ。言うに事欠いて「注目しないでいい」って。注目しないでいいニュースなら、速報しなきゃいいわけで、将来の総裁候補ともいわれ、国務大臣を務めた大物政治家の死。しかも、その時点では、死亡原因がわからない状況で、芸人の離婚を優先させる基準とは、一体なんなのだろう？『サンデー・ジャポン』という番組は、TBSのホームページではバラエティー番組のカテゴリーに分類されている。離婚話でスタジオが盛り上がることが、何にもまして優先するなら、政治ネタなんぞ取り上げなさんな…という話であろう。</font></p>
<p><font size="2">青木アナは、以前から奔放な発言が評判をよんでいて、素のしゃべりというか本音トークが面白がられていた。決して上手いアナウンサーではないが、顔立ちとのギャップがユニークで、人気アナの一人ではある。ただこの発言を聞いて、彼女あまり頭が良くないなぁ…と正直感じましたね。アナウンサー的な勘の悪さといってもいいか。自分をどう認識しているのだろうと不思議にさえ思った。</font></p>
<p><font size="2">「注目しないでいい！」というのは、亡くなった方に対する配慮にかけているし、言葉の選択も明らかに間違っている。報道のTBSのイメージも損ないかねない。カンペで『その話題に</font><font size="2">触れないでいい。』といった指示が出ていた可能性は考えられるが、だからこそ、内容を瞬時jに判断して、最終チェック機能としてのアナウンサーの役割を行使し、「詳しい状況が分かり次第、後ほどお伝えします。」ぐらいのことをいって、場面転換につなげる技量は持ってほしい。</font></p>
<p><font size="2">ハプニングは常に起こりうる。対処の仕方次第では、番組の、自分自身のイメージダウンにつながりかねない。そしてなによりも、その人の本質が、普段の本性が、透けて見えてしまう。これが、テレビの最も怖いところであり、テレビが他のメディアから一頭地を抜く部分でもある。過去に何度も経験している私が言っているのだから間違いない。</font></p>
<p><font size="2"><br />
</font></p>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/kubota-kcaps/entry-10359847187.html</link>  
      <pubDate>Thu, 08 Oct 2009 10:16:20 +0900</pubDate> 
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