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    <title>からだはうす「時の徴（しるし）」</title>  
    <link>http://ameblo.jp/jizou/</link>  
    <description>森羅万象一切の流転変相は時を立ち上げながら虚実反転絡まり合ってさすらいゆく。「僕」という砂粒ほどの生命に沈殿した喘ぎや驚天が発酵中。生命が時にへばりつく、或いは、生命の鋳型が時を演出する。そこで醸造されるものは・・・</description>  
    <language>ja</language>  
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    <item> 
      <title>戸隠参詣「無縁の風」顛末記</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p><font size="3">今年も戸隠を詣でてきた。出掛けに集まった１０名のメンバーのうち男は僕一人。これが念願のハーレムか？？？　にしては、色香がどこにもない。まあ、色香の充満も困るけど・・・結局僕は、姫たちの御者に専念するのみであった。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110829/23/jizou/36/a1/j/o0800060011450459591.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110829/23/jizou/36/a1/j/t02200165_0800060011450459591.jpg" /></a>
 <br />
</p>
<p><br />
<font size="3">今回は長野市内の混雑を避ける意味もあって、黒姫側から入り、まだ行ったことのない野尻湖を散策することにしたが、野尻湖はなんの変哲もないただの湖であった。さっさと湖を後にし、戸隠に向う。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">いつもはこの行程でお昼を山口屋さんでいただくのだが、たまには別のところにしようということになり僕が昔一度だけ入ったことのある越水ヶ原の裏道にある蕎麦屋を目指した。程なく到着。</font><font size="3">しかしである。</font></p>
<p><br />
<font size="3">蕎麦屋の手前で数台の車が並んでいる。駐車場に入れないのだ。そういえば、奥社の駐車場も車が溢れかえっていたっけ。で、例年通り山口屋さんでいただくことにした。ここ戸隠では浮気は許されないのか・・・んー。</font></p>
<p><br />
<font size="3">忙しそうにレジを打つ山口さんが言葉だけで迎えてくれ、一行は蕎麦とパフェを腹に納め、ようやく戸隠の時空に突入したのであった。昼食後は毎度の行程で、僕はカミさんと一緒に世話になる人たちへの挨拶回り。他は宿で休む人と奥社をお参りする人。</font></p>
<br />
<br />
<p><br />
<br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110829/23/jizou/0d/c5/j/o0800060011450469685.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110829/23/jizou/0d/c5/j/t02200165_0800060011450469685.jpg" /></a>
 <br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110829/23/jizou/0e/ae/j/o0800060011450467027.jpg"></a>
</p>
<p><br />
<br />
<font size="3">奥社組の話では、もう奥社は以前の奥社ではないらしい。凄まじい人込みで社務所の前は御札を買う人やスタンプを押してもらう人の長蛇の列。あの杉木立の参道の気配も俗に堕し、どこにも霊験などあったものではないと。昨年あたりからそうした気配は感じていたが、そこまでとは・・・裏道の蕎麦屋も一杯のはずだ。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110829/23/jizou/31/8b/j/o0800060011450463626.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110829/23/jizou/31/8b/j/t02200165_0800060011450463626.jpg" /></a>
 <br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><br />
<font size="3">ここ２・３年のパワースポットブームが戸隠にも波及して、いまや一大観光地と化してしまった。いやいや、江原さん吉永さんには恐れ入ります。それでも、宿のご主人に聞くと泊り客はそれほど増えていないらしい。車でさっと来てさっと帰る。ここは神社がウリだから、マニアックに戸隠山に登るとか野鳥観察でもしない限り、そうなのだろう。渓谷を眺めながらゆったりと温泉に浸かってという風情もないし。</font></p>
<p><br />
<font size="3">思いを馳せれば、高野山と比叡山と並び、戸隠三千坊と称された往年の時期はいったいどんなであったのだろう。修験の道場として発展してきた戸隠、ここに来るにはひとつの覚悟がいっただろう。ああ、覚悟なき時代のぬるさよ。果たして、そのぬるさにおいても恩恵はあるのだろうか。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">一昨年、昨年と私的な伝説が立ち上がり、戸隠は舞族の郷として僕の中に納まっているのだが、さて、その続編は如何であったか。幕を開ければ今年のバージョンは別物であった。いつものような強烈なインパクトのある発見はなかったが、強いて挙げれば、「人と人との滑らかなつながり」か。</font></p>
<p><br />
<font size="3">妙な遠慮や過剰な気遣いをすることなく、流れるままに事が成立していく。今回は新人が二人。みんなとは初顔合わせであったが、スムースに溶け込んいたように思う。</font></p>
<p><br />
<font size="3">個人的に新鮮だったのは、神社関係者がみな、しっかりと「高橋さん」と言ってから話をつないでくれたことだ。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/c0/ab/j/o0800053311455325062.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/c0/ab/j/t02200147_0800053311455325062.jpg" /></a>
<br />
</font></p>
<p><br />
これは、火之御子社の神事には高橋の奉納がセットであるということを彼らが認知した証だと思える。戸隠初見参より七年かかったが、僕はこの行事に関して「よそ者」ではなくなったのである。勝手な解釈であるが・・・</p>
<p><br />
<font size="3">どこに挨拶にいっても、いつもの出来事として快く気さくに受け入れてもらえた。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">「滑らかさ」は、踊りの舞台にかかわるすべての人たちとの関係においても同様であった。原村から朝見さんが音楽仲間のジャンベを奏する杉山さんと「わの舞」のグループを連れてきた。彼らの練習風景の一瞬が僕の直感に響き、まったく自然に神殿舞踏の舞台に組み込むことができた。</font></p>
<br />
<p><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/2a/2c/j/o0800053311455326917.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/2a/2c/j/t02200147_0800053311455326917.jpg" /></a>
<br />
</p>
<p><br />
<font size="3">そのことが、彼らの期待以上の喜びとなっていったことは帰京後のメールで知った。僕も嬉しい。雨の中の仕込みも、慣れているとはいえ、慌てることも不安もなく、淡々と進んでいった。僕の指示がなくてもそれぞれの持ち場を完成させていく。みんなが火之御子社の時空に融けているのだ。</font></p>
<font size="3"><p><br />
雨天決行ははじめての体験だった。しかし、それまでの危惧は霧散し、なんとなく普通にできちゃった。大掛かりではない等身大の舞台は、なんだ、やれるじゃないか！という感じであった。</p>
<br />
<p><font size="3">男組は当日二人駆けつけてきたのだが、実際、今回は神事も含め女性エネルギーが満ちていた。日本舞踊のカネサキ？流宗家が２０名は超える浴衣姿の軍団を引き連れて奉納した。そして、「わの舞」の乙女？たち。最後にてんでんばらばらに控える「神殿舞踏」の姫たち。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">直会の風景も一変した。わが姫君たちは、今年はホステスを免れたといっていつにも増してリラックスムード。宮司をはじめ神官、地元の関係者も気のせいか顔がゆるんでいた。</font><font size="3">この直会では僕が密かに描いていたヴィジョンが現実化した。それは、お神酒をいただき、談笑する神職さんや参加者を囲んで楽器や踊りの奉納が行われたことであった。</font></p>
<font size="3"><p><br />
火之御子社は芸能の神を祭神とする社である。あの境内は歌って踊る場所である。<br />
僕は直会の間中ずっと、なにかしらの奉納が行われたらいいなと思っていたのだ。<br />
柔らかな陽光の懐で、談笑の合間、笛や太鼓の音色に歌声に生命の躍る姿にしばし浸るなんて、なんて贅沢な瞬間ではないだろうか。</p>
<br />
<br />
<p><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/11/5b/j/o0800053311455328110.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/11/5b/j/t02200147_0800053311455328110.jpg" /></a>
<br />
</p>
<p><br />
かねてから感じていたことであるが、現代人は贅沢をすっかり履き違えてしまったと思う。サービスの豪華さが贅沢ではないのだ。贅沢とは自らの身体と気持ちと感性が時空と溶け合い、エネルギーが刷新され新たな物語が紡ぎだされていくことではないだろうか。</p>
<p><br />
そういう言う意味で、僕にとっての「神殿舞踏」戸隠行脚はとても贅沢な旅なのである。今後、例祭の直会は飲み、食べ、語らいながら、いろんな人が歌い踊り奏で、<br />
火之御子社は一般の人々が形式を脱いで神々との戯れを許される奇跡的な社となるであろう。</p>
<br />
<p><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/cd/35/j/o0800053311455328844.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/cd/35/j/t02200147_0800053311455328844.jpg" /></a>
<br />
</p>
<br />
<p><font size="3">自身の夜の踊りに関しては特記すべきこともないが、いつもシャーマニックな世界を開くホッシーが「虫」に導かれ、初めて自らの踊りを肯定できたという感想をもらした。彼女は、舞台を這いながら「虫」の姿を目にし、そこに「踊り」を見た。虫が踊っている！。超常的なエネルギーの坩堝に放り込まれ、締め付けられるような葛藤から彼女を救い出してくれたのはこの発見であった。そして、通常彼女の口からは決して聞くことのない「感謝」の気持ちが湧いてきたという。「ああ、この虫と一緒にこの虫のように踊っていればよいのだ」と。</font></p>
<br />
<br />
<p><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/6b/71/j/o0800053311455328845.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/6b/71/j/t02200147_0800053311455328845.jpg" /></a>
<br />
</p>
<font size="3"><p><br />
いつもは、変性した意識状態の中で異常なエネルギーに翻弄され、もがくだけだったホッシー。外なる世界にはさまざまな啓示をしるしながらも、当の本人は訳のわからない様態のままであった。しかし、踊ることの肯定感と感謝の情の湧出は、彼女の呪術的なエネルギーと現実的な身心が少しつながりはじめてきたのかもしれない。ようやく、一条の光明が射してきたか・・・。今回の「神殿舞踏」のひとつの成果である。</p>
<br />
<p><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/ea/a4/j/o0800053311455328846.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/ea/a4/j/t02200147_0800053311455328846.jpg" /></a>
<br />
</p>
<br />
<p><font size="3">ホッシーの体験から、僕はそこにひとつの物語が展開していたことに気がついた。言ってみればたわいのない話なのだが・・・</font></p>
<font size="3"><p><br />
僕のところの稽古にはホッシーの他にカネモリ夫妻も一歳半のフクジュ君と一緒に参加している。戸隠に行くひと月ほど前、奥さんのアスカが腰の治療に来た。そのとき、戸隠の踊りの衣装の話になり、「カネやん（旦那のこと）はまだ決まってないんだ」と言った。それほど深刻に悩んでいたわけでもない。</p>
<p><br />
だから、僕も真剣に考えるでもなく「そうだなあ、俺のイメージだと甲羅のある虫だな」と何気に言った。それを明日香が兼盛に伝えた。「高橋さんが虫のイメージだって」。彼はその言葉が頭の隅に残っていたらしく、黒っぽくてかてかした虫っぽい衣装を見つけてきた（観た人が虫に見えたかは別にして）。</p>
<p><br />
しかし、イメージとしてはカネモリ虫は舞台に登場したのである。</p>
<p><br />
さらに、昼の直会の折、スイカが振舞われたのだが、僕の前に置かれたスイカの皿には一匹のメスのカブトムシが一足先に赤い汁をむしゃぶっていた。僕たちの仲間の誰かの身体にくっついて来たようだ。踊りの最中もその同じカブトムシの飛び回る姿が篝火に映しだされていたのが目撃されている。そして、ホッシーの眼が釘付けになった「虫」、ホッシーの心の暗い闇の勢力との闘いに「踊ること」の救いの手を差し出したのは、なんとこのカブト君だったのである。</p>
<br />
<p><font size="3">細かい経緯は多少ずれているかもしれないが、大体はそんなストーリーである。</font></p>
<br />
<p><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/3f/83/j/o0800053311455328083.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/3f/83/j/t02200147_0800053311455328083.jpg" /></a>
<br />
</p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">今回の旅の印象を「人と人との滑らかなつながり」と言ったが、それは見えないところでこのようなささいな物語を紡いでいたのだ。僕の何気ない直観から「虫」が発想され、アスカの素直な伝達を通して、カネモリの実直な行動、それらが連鎖しながら、すでに昼の直会時にそれは姿を見せ始め、本番の舞台では踊りの真髄にホッシーを導いていったのである。四コマ漫画のようなエネルギーの形象化だが、滑らかさというのは無意識的な領域に属することがよくわかる。無意識的直観は、より大きな意図の中に小さな花を咲かせる。僕たちはこの小さな花を見つける術をもっと学ばなければならない。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">強引に、大きな意図と結びつけて考えれば、今回のテーマ「無縁の風」も絡むだろう。ここでいう無縁とは、通常理解されているところの「無縁仏」に代表される、「縁がない」ことのネガティブさとは対極に位置する。</font></p>
<font size="3"><p><br />
「縁がある」ということは、そこにつながりがあり、つながることによって制約やルールに縛られていく不自由さも発生する。逆説として、無縁とは徹底的に自由なアジール（聖域）のことである。</p>
<p><br />
日本では中世から近世にかけ、社会から縁を切られた、或は、縁を切らざるを得なかった人々が救いを求めた場所として無縁所があった。駆け込み寺のようなものである。</p>
<p><br />
それぞれの事情から、トガ人、遊女、バクチ打ち、河原者、えた・非人、漂泊民となる者たちにとっては、遊郭、賭場、芝居小屋、被差別部落などが裏返された自由の場であった。</p>
<br />
<p><font size="3">「神殿舞踏」に集う仲間もその精神の深みにおいて孤高の漂流者である。僕たちはまるで田舎芝居の一座のような集団である。僕は昔から河原乞食という言葉やその様態にある種の親近感をもっていたが、あらゆる権力の埒外に存するあり方として魂が疼くのだ。「縁がない」ということは「孤高なる自由人」につながるのである。</font></p>
<font size="3"><p><br />
この世界の人為的システムに組み込まれることを肯しとしない魂は生きにくい。しかし、道を切り拓いてきたのは常にそうした魂のほうだった。その魂の棲家としてのアジール（聖域）は今の世でも必要だろう。僕の場作りにはそういうイメージが最初からある。</p>
<br />
<p>ひょっとしたら、このたびの「虫」の登場は「虫ケラ」の虫かもしれない。人並み以下の人間に対する蔑称として「虫ケラ」は使われる。社会からはじかれた罪人はじめ、上述のような卑賤な職にあった人々に対する扱いは「虫ケラ以下」である。ならば、僕たちの前に現れた「虫」は無縁の象徴ではないか！ <font size="3">迷い子たちは確かに「無縁の風」にいざなわれて神殿（聖域）に舞ったのである。</font><font size="3">「人と人との滑らかなつながり」は、つながりを断たれた「無縁なるアジール（聖域）」にこそ息づく。</font></p>
<font size="3"><p><br />
大げさに言えば、僕たちはこの普遍のパラドックス（物語の源泉）を直に体験したということになる。ということで、今回の戸隠は強烈なパワーが影を潜め、以上のようなウンチクを含んだ物語を披露してくれたのであった。</p>
<br />
<p><font size="3">みなさん、雨に濡れ、また、泥だらけになった荷物の片付けごお疲れ様でした。<br />
そして、今年も楽しい戸隠のお参りができたこと、本当に感謝しております。ありがとうございました。</font></p>
<br />
<br />
<p><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/c7/46/j/o0800120011455328082.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110901/10/jizou/c7/46/j/t02200330_0800120011455328082.jpg" /></a>
<br />
</p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">最後に、ある見知らぬ女性からメールで送られてきた素敵な感想を紹介してこの顛末記を終わりたい。彼女はひと月ほど前、一緒に行ったキサカさんのお店で雨宿りをする羽目になった。そのとき、キサカさんから「神殿舞踏」の話を聞き、戸隠お参りがてら一人舞踏奉納を観に来た方である。その流れも滑らかである。</font></p>
<p><br />
<font size="3">以下はその女性が僕の舞踏を見た感想をブログに書いてくれた文章です。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<br />
<br />
<br />
<br />
<p><br />
<font size="3">戸隠神社</font></p>
<p><font size="3">8/18に長野の戸隠神社で神殿舞踏を見てきた。</font></p>
<p><font size="3">「無縁の風」</font></p>
<p><br />
<font size="3">ざらついた昼のかさぶたも剥がれ <br />
群青の影　忍びよるころ <br />
無縁の楽人　　古(いにしえ)の詩歌(しいか)をまとい <br />
大樹ほこる結界を跨ぐ <br />
頭蓋締めつける　　計らいの右往左往 <br />
はじまりと終わりが裏返り</font></p>
<p><font size="3">心音の律動(リズム)　　「私」という厚みを消せば <br />
人さらう風香に誘われ <br />
迷い子たち　　神殿に舞い戻る </font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><br />
<font size="3">(からだはうす「時の徴」より)</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">当日は夕方から大地を洗い流すような大雨が降った。</font></p>
<p><font size="3">山のあいだを煙みたいな雲が流れて、乾いた雷が1回だけ落ちたのを聴いた。</font></p>
<p><font size="3">舞がはじまる前には、不思議と雨がぴたりとやんだ。</font></p>
<p><font size="3">大樹から落ちた雫が、松明の炎に落ちてぱちぱち大きく爆ぜた。</font></p>
<p><font size="3">火之御子社前、ジャズベースとギター、ジャンベのトリオ。</font></p>
<p><font size="3">本当の「群青」を空に見たのは初めてかもしれない、午後七時頃、それでも大木の葉の影はくっきり黒く迫る。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">白塗りのからだが、ゆっくりと火に照らされて火之御子社を這う姿には圧倒された。</font></p>
<p><font size="3">耳から生えた白い羽と、筋肉と、骨のラインが頭から離れない。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><br />
<font size="3">雨で増水してごうごう騒ぐ近くの川の音と、</font><font size="3">ほんの少しの風から鳴った僅かな葉の音が集積した小さくて大きい音と、</font><font size="3">舞う人の呼吸や、漏れる声が、</font><font size="3">ものすごくそばで聴こえた。</font></p>
<br />
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">からだがびくびくした。ちょっとこわかった。</font></p>
<p><font size="3">あの「こわい」は、忘れない。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">次の日の早朝、戸隠神社の奥社にお参りに行った。</font></p>
<br />
<p><font size="3">誰もいない小雨の煙る一本道、鳥居を抜けてからは先日の「こわい」が始終つきまとった。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><br />
<font size="3">初めて渋谷を見たとき、「人間がいっぱいいる！」と騒いだのを思い出す。</font><font size="3">あの時の人間の数の数百倍の植物が、一本道を見下ろしてる。</font><font size="3">東京の家に入ってきた虫に対して嫌悪感を抱く。自分のスペースに異物が侵入するからだ。</font></p>
<br />
<p><font size="3">今、自分は森の中であの虫みたいなものだろう、と思う。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">「こわい」のは、この空間で自分が異物だからだ。</font></p>
<br />
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">参道の中間にある杉並木では、完全に大小の判断基準を奪われる。</font><font size="3">自分以外のすべての杉があまりに大きく静かで、跪きたい気分になる。</font></p>
<br />
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">それでも登って、登って、雲の上にすっと出た。無人の奥社。</font><font size="3">来た道を振り返っても煙って見えない。流れる水の音以外、何の音も聴こえなかった。</font><font size="3">帰る時一度、深々と礼をした。</font></p>
<br />
<p><font size="3">何に対してかよくわからないけれど、敬う気持ちってこれのことか、と他人事のように感じた。</font><font size="3">礼をしてまた戻る時、ぶわっと追い風が吹いて転けそうになった。足は地に、ね、と言い聞かせた。</font><font size="3">あまりに圧倒されて写真は一枚も撮れなかったけれど、雨に濡れた緑の生々しさだとか、</font><font size="3">甘ったるい生命の香りだとか、撫でるみたいな冷気だとか、全部はっきりと覚えてる。</font></p>
<br />
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3">行けて良かった。本当に。</font></p>
<p><font size="3">舞のことを教えてくれたSWEEPのおばさまに感謝。</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
</font></p>
<p><font size="3"><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110829/11/jizou/ea/ff/j/o0720054011448974789.jpg"><img border="0" alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110829/11/jizou/ea/ff/j/t02200165_0720054011448974789.jpg" /></a>
 <br />
</font></p>
<p><br />
</p>
</font></font></font></font></font></font></font>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/jizou/entry-11001137404.html</link>  
      <pubDate>Mon, 29 Aug 2011 11:47:43 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>神殿舞踏 その拾参　無縁の風</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <br />
<p><font face="Courier New" size="4"><font size="2">神殿舞踏　その拾参（風の巻）</font> <br />
<br />
<font size="5">「無縁の風」</font> <br />
<br />
<font size="2">ざらついた昼のかさぶたも剥がれ <br />
群青の影　忍びよるころ <br />
無縁の楽人　　古(いにしえ)の詩歌(しいか)をまとい <br />
大樹ほこる結界を跨ぐ <br />
頭蓋締めつける　　計らいの右往左往 <br />
はじまりと終わりが裏返り</font></font></p>
<p><font face="Courier New" size="4"><font size="2">心音の律動(リズム)　　「私」という厚みを消せば <br />
人さらう風香に誘われ <br />
迷い子たち　　神殿に舞い戻る</font> <br />
<br />
<br />
<br />
<font size="3">舞人：高橋　実　他　<br />
楽人：アラン・グリースン、朝見　和也　他</font> <br />
<br />
<br />
時：２０１１年８月１８日（木曜日）午後７時開演 <br />
<br />
於：長野県戸隠神社火之御子社境内 <br />
<br />
<br />
<br />
<strong><font size="3">問い合わせ：からだはうす　　TEL 　0422478626</font></strong> <br />
<font size="2">協力：戸隠神社、戸隠遊行塾、IDEA　Promotion</font> </font></p>
<br />
<br />
<br />
<br />
<p><br />
<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110728/11/jizou/f1/40/j/o0800120511378539723.jpg"><img alt="からだはうす「時の徴（しるし）」" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20110728/11/jizou/f1/40/j/t02200331_0800120511378539723.jpg" border="0" /></a>
 </p>
<br />
<br />
<br />
<br />
<p><br />
</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/jizou/entry-10967612864.html</link>  
      <pubDate>Thu, 28 Jul 2011 11:03:11 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>日本の繁栄と衰退に霊性をみる話　４</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p><br />
<font size="4">美智子妃の登場によって「黙々」の内容がすり替わった。それは日本民族本来の、「黙って仕事をする」に落ち着いていくのであるが、日本の「運」は、ただ待っているだけで、忘れるということだけで、少しの辛抱だけで、やがて「春が訪れる」風土の奇跡と相重なっている。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">この三種の神器は僕たち日本人の民族的習性であるところの「甘え」に通ずる。よって、どんな災害に見舞われても「こんなことがあってたまるか！」などと思う人はいない。自然に殉じてしまう。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">そして、必ず復旧させるのである。いやなことは忘れ、今までと同じように一生懸命働きながら辛抱して待つ。それほど新しい改革に取り組まなくても自然の営みに寄り添っていれば恵みをいただけると信じている。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">だから、人為的な災害に対してもその当事者が責任を全うするという感性は薄い。最初から責任意識がないので、社会の仕組みがどんなに硬直化していようが、その構造やルールを変えることに手をこまねく。「わかっちゃいるけどやめられない！」のだ。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">日本では人為的な社会の改革よりも「自然の流れ」に重きをおく。国や社会の制度がこうも変わらないのは、生活のイニシアチブを自然が握っているからであろう。<br />
<br />
</font></p>
<p><font size="4">だが、今回の原発事故も自然災害としてとらえてはいないだろうか。国や東電や原発によって生業を立てている人々は、その習性に則って突っ走ろうとしている。反・脱原発を唱える人々に対して、今少しの辛抱をしながら、静かに待っていれば、やがて何事もなかったかのように忘れるだろうくらいに思っているかもしれない。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">ひょっとしたら、そうした感覚で眺めている人々は案外多いのではないだろうか。そうした習性は無意識下にあるので相当注意しないといけない。日本を汚染列島に塗り替えた原発事故は「待つこと」によって解決はしない。原発事故はこれまでの災害と違い、生きるということを根底から考え直すことを人間自らが仕掛けたのだ。<br />
<br />
</font></p>
<p><font size="4">それでも、このような事態を真正面から受け止め、自ら責任を引き受けることを名乗り出る人が大勢現れた。脱原発を実現するためにそれこそ様々な分野の専門家たちが論理をもって声を上げ始めている。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">ここで言うところの、自ら責任を引き受ける人というのは、何も原発事故を完全に終息させ、二度と起こらないようにする役を引き受けますということではない。それは不可能である。なにしろ原発は世界中で稼働しており、また、使用済みの核廃棄物は増える一方なのだから。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">では、責任を引き受けるとはどういうことだろう。それは、後世の人々に原発事故を起こしたのは私たちのせいなんですと名乗り出たということにほかならない。<br />
<br />
</font></p>
<p><font size="4">国や電力会社や推進派の原子力研究者は彼らとはまったく正反対のスタンスをとる。彼らは後世の人々にこう記すだろう。私たちは原子力というものを研究開発活用し、社会の繁栄に多大な貢献をしてきた者である。<br />
ただ、想定外の事故が起きたためにその影響はみなさんにも及ぶかもしれません。と。<br />
<br />
</font></p>
<p><font size="4">僕はそういう心の在り方に責任を見る。前者は「あなたたちの不幸は私のせいなんです」と責めを負い、後者は「お前たちの幸せは俺のおかげなんだよ」とのたまう。東電や原子力関係者の一貫した姿勢が後者なのだ。<br />
彼らは、もう作って動いているんだからそれに任せていこうと思考する。まあ、儲かるからなんだけど・・・<br />
<br />
</font></p>
<p><font size="4">しかし、そうした成りゆきに任せる思考は常に受け身になる。彼らは多分に「運」を想定している。運よく国民を騙し通し、原発がなくてはならないものだと思わざるを得ない社会になると思っている。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">ときには、その謙虚さにおいて称賛される日本特有の「自然に生かされている」という感性は人間の傲慢を抑制するものではあるが、同時に自我の発達も抑制されてきた。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">原子力の開発に限らず、世界に類を見ない天皇制の継続も、それは制度が優れていたからではなく、僕たちの世界に対する向き合い方が単に受け身的であったからである。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">僕たちの思考特性は、切羽詰まった事態に直面した時、ぎりぎりの状態であるという認識を思考そのもが回避してしまうことにある。それは、本質にはいつも届かない結果を招くことになる。僕たちは「運」のせいにしない意識をつくる最大のチャンスの時を迎えているのだ。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">「運」が好転していくように見えるのは、日本の自然風土の恵みが作用している。「運」も「自然」も向うから転がってくる。自然の恵みは自然の破壊を帳消しにしてくれるのである。諦めることからも新しい何かが生まれると。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">多分に自然と結びついている日本の霊性は自然に委ね切った感性から生まれた。そして、天地自然のあらゆるものに神が宿るとする多神教が日本人の宗教原理であるとすることに異論をはさむ人は誰もいない。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">しかし、特に現代の日本人が本当に石や草木を神として、宗教的な精神をもって崇めているとは思われない。</font><font size="4">僕は至極当然のごとく刷り込まれている、日本は多神教の国であるとする前提に懐疑的である。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">自然が好き、或は、自然に対してさまざまな感情が湧き出るというのと、宗教的大前提としてある「信仰」の対象となり得る結びつきは全く異なるだろう。みんな「信仰心」があるから初詣にいくとは思えない。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">それは単に儀式であって、みんながするから自分もお参りするのである。どれほどの人が日常的に「神様」のことを考えたうえでの行動をとっているだろうか。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">多神教そのものの宿命なのかもしれないが、そこにはお飾りの「神」はあっても魂とつながる「信」がない。「信」のない宗教は、宗教ではないだろう。だからもう、文化人類学者や宗教学者や歴史学者は日本のことを多神教の国であるなどと言わないでほしい。</font><font size="4">民族としての信仰はないのだから。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">なぜ、日本に「信仰」が根付かないのか。それはさきほどから言うように僕たちが受け身だからである。日本人は自然を崇めているのではない。自然を眺めているのだ。これほどただただ自然を眺めるのが好きな民族はいないと思う。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">自然のほうが勝手に変化するので、こちらからわざわざアクションを起こす必要がない。僕は日本人はこの自然を眺めるのと同じように政治も原発も社会もみんなで「眺めて」いるのだと思う。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">だから、この国は変わらないのだ。信じることや信念を鍛える方法が昔の軍国的な精神論しかないとは情けないことだ。</font></p>
<br />
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">そして、このように僕たちの集合的な無意識下の習性を自覚してゆくことは、当然のごとく日本の霊性を考えることにつながる。多神教から信仰のこと、自然のことや受け身の精神は、自らを変えることができない我が国の<br />
地層深くに横たわっている。さらに、それらのまなざしは天皇家及び皇室のまなざしにほかならないのである。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">天皇家とはまさに日本的霊性のモデルであり、その在り方が民族習性にしっかりと根を張っている。僕は右翼でも左翼でもないが、天皇制というシステムを国民ひとりひとりが意識の表に引っ張り出さなければ、日本の真の意味での変革はないと思っている。このタブーに踏み込むことは未来への踏み絵となるに違いない。</font></p>
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/jizou/entry-10964251300.html</link>  
      <pubDate>Mon, 25 Jul 2011 00:02:38 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>日本の繁栄と衰退に霊性をみる話</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <br />
<p><font size="4">美智子妃のたたずまいにはただならぬ品格が漂う。僕が皇后陛下を評するのもおこがましい話だが、才能や生きざまにおいて、また、その人格や影響力において、人々を魅了し尊敬される人間はそれぞれの分野にいるだろう。しかし、民族全体の精神性の奥の院に座を占める人は美智子皇后を除いてはいまい。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">国民との精神的和解を望んだのはむしろ皇室の方かもしれない。わざわざ民間から妃を選ぶという英断はもしかしたら皇室や宮内庁の懐柔策かもしれない。いや、たぶんそうだろう。それを知りつつ美智子妃は未知なる世界に名乗りを上げた。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">粉屋の娘と蔑まれながらも自らの信念を貫いていく。子育てからして自ら改めていった。想像してみるがいい。美智子妃が道を切り拓いた後を辿ろうとした雅子妃でさえあのストレスである。皇室とは尋常ならざる世界であろうことは誰もが知っている。しかし、その内幕が公になることはない。実際にはほとんどの国民が皇室の内部を知ることはない。陛下より切に請われたとしても、秘密に埋もれ隠された世界に民衆の代表として彼女は一人乗り込んでいったのである。そして、日本の母となった。僕はそこに大きな霊性の働きを感じる。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">戦後の日本の繁栄は生き残った者たちの力というより命を落とした数百万という人々が見た夢の実現なのではないだろうか。母の力を借りて。夢はやがて覚める。美智子妃の齢も残りは限られている。たぶんそのとき、死者たちも夢から覚め、戦争を知る最後の一人と一緒に全きあの世に旅立ち、日本の米国頼みの虚ろな繁栄はそこで終焉を迎えるだろう。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">それは、高齢化社会の到来と共に忍び寄ってくる。少子化や既婚率の低下、人口減少等々。泥沼政界や官僚組織の硬直化、産業界の効率至上主義の変わらぬ景色をみれば、これまでの繁栄は現に今生きている者たちやこれから生まれてくる子供たちの未来を想定したものではないことは明白である。繁栄は結果として単に経済の力が世界第二位であったというだけの話である。それでも、その内訳をみれば、小さな国の予算を何十も合わせたほどの大借金を抱えているのである。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">僕はただの悲観を述べているわけではない。日本の繁栄は単に呪縛であって、その呪縛が必然的に解かれるときが来るだろうと思うのだ。霊的な力を考慮に入れた洞察なくして呪縛からの正常な開放はあり得ない。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">古来より日本は「運」がいい国だと思う。天皇制もしくは人民ははこの「運」を使って生き延びてきたのだ。だが、「運」だけに頼れない時代がやってきているという自覚が必要なんだと思うのである。・・・つづく</font></p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/jizou/entry-10936784268.html</link>  
      <pubDate>Tue, 28 Jun 2011 02:03:47 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>日本の繁栄と衰退にちょっとした霊性をみる話</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p><br />
<font size="4">だが、彼らの神通力も尽きてきた。戦争を知るものが次々と消えてゆくに連れて、日本の国力は生きている人々の等身大の力として反映されてきた。バブル崩壊後の日本の不安定さはそれを如実に物語る。そして、今回の東北大震災と原発事故によってその内臓を抉られた時、国というものと僕たち自身の結びつきがいかに希薄なものであったかを知ることになった。あの三百万の若者と沖縄戦の殉死や内地における各都市の空襲や原爆の破壊力によって、どれほどの尊い命が失われたか。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">この度の震災と原発事故を受けて、この状況はほとんど戦争状態であるとする論調がここかしこに見受けられるが、それでもその内的リアリティは過去に追いつくものではないだろう。もちろん死者や被害を蒙った人の数の話ではないが、実に数百万の魂が無念を残して消えたのである。津波にさらわれた親兄弟、子供を海の彼方に茫然と凝視するのと同じまなざしが、わずか紙一枚の事後報告で処理されてしまったのである。どんな戦争であろうとけっして救出劇にはなりえない。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">被災地での、子を思い、親を思い、兄弟姉妹を思う情景に少しでも心が動かされるとすれば、過去の人々だって思いは同じはずだ。だが、彼らは文句ひとつも言えず、泣くことも忘れさせられ、嘘を信じ、戦った。いったい彼らは何と戦っていたのだろうか。ただ笑って過ごすだけが人生ではないが、可能性を試みるチャンスさえ奪われることの非情さにたいして、どのように自らの運命をあずけたのだろう。もし、自らの運命をあずけることの大義が「天皇陛下万歳」に収斂するなら、敗戦は大義を守れなかった自分たちの責任である。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">しかし、あの戦争は天皇陛下を守るために始まったものではない。最初はこちらからの侵略である。敗戦の色が濃くなっていつの間にか天皇に殉死するための戦いになってしまった。どこかで何かがすり替わった。神国日本＝天皇。日本という国自体に潜んでいた無意識があからさまに顔を出した瞬間である。この、「どこかで何かがすり替わる」ことに僕たちの民族の感受性は鈍い。まあまあ、なあなあで事を済ませる癖をみればよくわかる。今の原発問題にしても、必ずどこかで何かがすり替わろうとするだろう。僕たちは、その瞬間を絶対に見逃してはならないと思う。その変化は外側の仕組みよりも自らの心に発生しているのだ。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">話が行ったり来たりするが、戦友を失って生還した者と国内で祈っていた者たちは力を合わせて「黙々」と、日本復興のためというより生活のため、生きるために働いた。その「黙々」はさまざまな鬱積した思いによって成されていた。それは、自責の念、憤り、悲しみ、後悔、不安、かすかな安堵などである。がむしゃらに働くことによって生活は向上していったが、何となく心は晴れない。喉元に引っかかる小骨のようにすっきりしないものがあった。それは、ひょっとしたら多くの人が気づかずに無意識の底に沈めていた思いであったろう。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">敗戦処理において天皇は日本国の象徴として留まることになったが、働く者たちの無意識の底にくすぶっていたものは、その天皇及び皇室と国民との心の中の距離感であった。そうなってしまったことの経緯はすでに述べたが、そんな釈然としない国民の無意識的感情を取り持って、天皇や皇室への親しみを復活させた人物が登場したのである。美智子妃である。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">僕は美智子妃の存在が三百万の若者の魂と共に日本という国を土台で支えていると信じるものであるが、この近代においても日本は女性シャーマンの国であることがよくわかる。天照皇大神然り、卑弥呼然りである。戦後十年も過ぎれば物質的に国民生活は向上しただろう。だが、皇室との精神的和解はでうであったろうか。そこにはまだ和解の徴はなかった。そんなとき、一人の女性が立ち上がった。歴史上はじめて民間から皇室に嫁ぐことにより、形の上で日本はこの一事をもってひとつになり得たのである。そして、その後の美智子妃の存在から、気配から滲み出る愛らしさ、気品、慎み、慈しみ、明晰さによって国民の鬱積した思いは溶解していくのである。<br />
民族の総意としての霊性がこれほど一人の人間に象徴されるとは驚きである。・・・つづく</font></p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/jizou/entry-10934281461.html</link>  
      <pubDate>Sat, 25 Jun 2011 18:35:13 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>日本の繁栄と衰退に霊性をみる話</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p><font size="4">日本の繁栄と衰退にちょっとした霊性をみる話</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">このことは以前から思っていたことではあるが、つい先日、呼吸法のワークショップ後の食事会でみんなに少し話したら、</font><font size="4">ある人に、それは非常に面白い話だからブログに書いたらいいんじゃないか、と言われたので調子に乗って書いてみることにした。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">それは、3・11後の日本にあっては見過ごすわけにはいかないものであろうと思われる。日本という「国」に対して誠実に考えようとするなら、また、わが国の「民族性」というものを真剣に考えようとするなら、それは必然的にクローズアップされるものである。そして、この問題は今後多くの人々に語られるようになるだろう。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">では、「それ」とはなにか。「それ」とは日本のスピリチュアリティ（霊性）と皇室のことである。僕は太平洋戦争の敗戦による混乱も峠を過ぎた頃に生まれ、俗にいう高度経済成長とともに成長してきた世代であるが、日本が経済大国と称されるようになったことも、平和な国に住んでいるということにも、それは驚くようなことではなく、至極当然のことであって、敢えて賞賛に値するようなことだという認識も実感も持ち合わせていなかった。しかし、年を重ねるにしたがい、そうしたことがらがどのような背景によって成り立っていたのかを考えるようになったとき、わが国の驚くべき集合無意識的な力を想像せざるを得なかったのである。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">１９４０年に開催された東京オリンピックを成功のうちに導いた後の日本という国の誇りは、やがて世界の第二位にまで登りつめた経済の繁栄であった。その背景には朝鮮戦争による軍需景気などいくつかの要因が重なっていたであろうことは容易に察しがつくが、それにしても敗戦後の焦土と化した日本を復興したのは国民の勤労精神であった。なぜそれほどまでに<br />
当時の日本人は働き者だったのか。僕はそれが気になって仕方がなかった。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">それは単純に民族の性質として真面目さや勤勉さに由来するとしていいのだろうか。特に昨今の政治的状況をみるに、わが国のリーダーたちにまともな政治的能力があるとは思えないことは誰もが納得することである。僕は日本のリーダーたちの実力は基本的に昔からそう高かったとは思っていない。過去のリーダーたちがうまくいったとすれば、それは日本が置かれた状況と時代の流れのせいであり、アメリカという大国に逆らわずに追随してきた結果である。よって、国民の真面目さや勤勉さは彼らが導く教育によって感化された結果だとは到底思えないのである。もし、かつてのレベルが高かったとするなら、現代にもその成熟さは引き継がれているはずである。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">ならば、何故にその繁栄は築かれたのだろうか。僕はそれをもともとの真面目さに加え、「お国のため」に戦地に赴き、帰らぬ人となった三百万を超える若者たちの魂の力ではないかと思うのである。実際、僕の父方や母方の男兄弟はみな戦死している。父親は運良く生還できたが、彼にしても軍隊には三度召集されている。一度目は徴兵で、二度目は満州事変に、三度目は太平洋戦争に足掛け十年にも及ぶ戦争生活であった。２０世紀を「戦争の世紀」と一言で総括する人もいるが、そうした悲劇が世界中で起こっていたことを思うと空恐ろしくなるのは僕だけではないだろう。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">戦争から生還した若者は焼け野原になった自分の故郷に帰り何を思っただろうか。しかし、どんな悲惨な状況でも「戦地」よりはましだと思えただろう。家族と一緒の生活、戦争と比べたら貧しさなどさして気にならなかった。みんな貧しかった。そして、彼らは生活を立て直すために働いた。それも「黙して」働いた。僕はこの「沈黙」の中身を想像する。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">敗戦後、生き残った人々はあまり戦争の話をしなかった。狂気の世界では人間は何をしでかしてしまうのか。おとなしい性格の僕の父親だって何人の敵を殺し、他国の民間人を酷い目に会わせてきただろうか。それは映画や小説ではないのである。だから、彼らは心の奥に記憶をしまいこんだ。父親はよく戦争の夢を見ては寝言を言っていた。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">もうひとつ彼らが黙するには訳がある。それは生き残ってしまったということに対する自責の念である。戦友は死に、自分は生き残ってしまった。日本人はそれを申し訳ないと思うのだ。生還に諸手をあげて喜ぶわけにはいかない。また、天皇陛下のために身を捧げることができなかったと思う人がいたかもしれない。逆に、「天皇陛下万歳」と唱えて玉砕していった戦友の無念を直接ぶつけることができないもどかしさは、もし、戦争責任を天皇に負ってもらうことになれば、逝った者たちはもっと浮かばれないことになる。死者は信じて逝ったのだから。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">そうしたことがらは忸怩たる思いの塊となって生還者たちの口を硬く閉ざしたのであるが、ただ唯一、死んでいったものたちの魂を引き継ぐこと、つまり彼らの分まで生きるという力に変換し、ただ黙々と働いたのである。そう考えると、三百万の絶望が敗戦後の未来を支えていたと思えるのである。絶望に散った魂がもっていたであろう希望を力にして高度経済成長は実現したのである。三百万の魂が死して「お国」を支えたというそこに、僕はスピリチュアルな力、「霊性」を見るのである。・・・　つづく　</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/jizou/entry-10933074268.html</link>  
      <pubDate>Fri, 24 Jun 2011 14:32:24 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>進歩？</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p><font size="3">文明の進歩とは子供たちが好きに遊べない環境を作ることとは・・・トホホですな。すでに、子供たちの未来は数センチ、或いは数十センチの画面の中におさまる。</font></p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/jizou/entry-10916875145.html</link>  
      <pubDate>Wed, 08 Jun 2011 11:44:31 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>忘れるという事を忘れるな</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p><font size="4">先日、映画「十万年後の安全」を観た。いやあ、面白かった。<br />
面白かったというのは、深く深く考えさせられたということであって、<br />
楽しかったという意味ではない。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">映画は原子力発電所で使用したウラン燃料を捨てるゴミ捨て場の話。<br />
フィンランドが始めた世界で最初の本格的なゴミ捨て場建設のドキュメンタリーである。<br />
</font></p>
<p><font size="4">フインランドではその放射性物質を廃棄する場所を「オンカロ」と呼ぶ。<br />
「オンカロ」とはフィンランド語で「隠れた場所」を意味する。</font></p>
<p><font size="4">その半減期が十万年といわれる放射性廃棄物の墓場建造の話は人類に大きな命題を突きつける。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">福島原発のリアルな事故により、もはや、私たちも放射能の脅威に無視を決め込むことはできない。事実として、私たち人類は本物の悪魔を生みだした。生みだしてしまったことに気付いた。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">しかし、原発に対する私たち日本人の意識は「できたてのほやほや」である。そして、今ある私たちの意識構図は反原発及び脱原発か原発推進を肯定するかの対立図である。しかしながら、このドキュメンタリー映画は原発推進か反原発かを問いかける話ではない。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">原発の問題はそれぞれの国の「お家の事情」が絡む。<br />
実はフィンランドでも原子力発電には積極的に取り組んでおり、現在５基目を建造中である。フィンランドは歴史的にロシア（旧ソ連）との確執があって、国土を占領されたり、奪われたりと酷い目に遭ってきた。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">ロシアの恐怖がトラウマとして潜在的にあるにもかかわらず、いまでも電力や天然ガスをロシアに</font><font size="4">依存している。ロシアがパイプラインの栓を閉めたら、フィンランド人は凍死をまぬがれない。<br />
</font></p>
<p><font size="4">よって、ロシアのクビキから開放されて、エネルギー源を確保することはフィンランド人にとっては最大の安全保障となる。フィンランドの原発政策は国民の苦渋の選択であった。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">私たちの国と比べるに、その苦渋こそ未来への責任意識の表れである。それでも、「忘れる事でしか、その脅威を葬ることはできない」とオンカロの関係者は語る。脅威とは放射性廃棄物のことである。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">確実に存在するものに対して、絶対に触れることのできない処理の仕方を模索したとき最後に行き着いた場所、それは、空でもなく海でもなく、母なる大地の懐の奥だった。１８億年の硬い地層の下５００ｍをゴミ捨て場に選んだのだ。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">放射性廃棄物が生命にとって無害になるには１０万年かかる。数字で言えば一言だが、１０万年という年月は、人にとってはほぼ不死に近いものだ。人間も１０万年前はネアンデルタール人の時代であったという。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">不死こそが最も想像を絶することであるならば、人間にとっての１０万年後も想像を絶する。１０万年という年月のいつか、どこかで、誰かが（自然の変化も含め）放射性廃棄物の毒性を絶つことはあり得ない。フィンランドの国民はそこまで想定をした結果、なお原発を選択した。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">彼らは今の時点における人間生命の意識と注意深さと技術力が、そのまま１０万年後まで引き継がれていくだろうという幻想に立脚していない。１０万年は誰も予測ができない。何が起きるかわからないという前提に立っている。そして、その最大の可能性を私たち自らの生命体としての変化に置いている。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">私がこの映画で感じ入ったことは、そのことに尽きる。長い年月においては、この身体生命のメカニズムだってどう変化していくかわからないのである。何かの突然変異に因るか、生命体そのものの賞味期限か、環境異常に因るのか。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">いずれにしても、そこには未来は常に今よりも明るいであろう、また、明るくしなければならないとする、都合のよい進化肯定論を鵜呑みにして大衆を煽動する権力支配者たちの性根とは対極に位置する慧眼がある。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">国だってはたしてあるだろうか。お金だって存在しているだろうか。<br />
最善の方法はそれに近づかないこと。そのためには忘れることだと。しかし・・・</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">私たちは戦争があってもどんな災害にみまわれても人間はなんとか凌いできた。そして、今ある豊かさを手に入れることができた。だから、これからも技術を磨いて工夫して頑張ればなんとかなると思っている。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">しかし、この原発に関してはそんなもっともな考えが通用しない。むしろ、浅はかでノーテンキな成長神話に聞こえてしまうほどである。</font><font size="4">エコ回帰も役に立たない。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">世の中が平和であろうが、国民が豊かであろうが、お金があろうがまったく関係ない。私たちは精神の真ん中に悪魔を据えてしまったのである。逃げることも、消し去ることもできない。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">すでに、原発とはその社会においても精神においても中心に坐した。絶対に触れてはならぬものでありながら、そのものから離れることが絶対にできない。まるで、神の如くに、である。<br />
</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">私には今回の原発事故が示したことは、アダムとイブの禁断の果実やギリシャ神話のパンドラの函が人間の心の間違いや迷いを示唆するに抗して、言葉を超えた、いや、言葉以前に、生命そのものの危機が常に生命それ自身に棲み続けるという、とんでもない神話が現実に登場したことだと思う。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">狂騒と実験の２０世紀の申し子たる原発神話の最終テーゼは「忘れるという事を忘れるな！」である。はたしてこんな恐ろしいテーゼがあろうか。</font></p>
<p><font size="4"><br />
</font></p>
<p><font size="4">その波は、もうすぐ日本にもやってくる。もし、それでも私たちが明るく過ごすことだけを目指すなら、「人間というのは自らを欺き続ける生命種」として<br />
後世の変種した生命体に語り継がれることになるのだろう。</font></p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/jizou/entry-10895078603.html</link>  
      <pubDate>Wed, 18 May 2011 00:33:29 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>You　TubeにUpされました</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 ２０１１年３月６日に西荻ほびっと村で行いました舞踏講演の模様がYou　TubeにUpされました。<br /><br />笑いあり涙？ありと盛りだくさんです。<br /><br /><br /><iframe width="560" height="349" src="http://www.youtube.com/embed/tW3o8rkCVhQ" frameborder="0" allowfullscreen></iframe><br /><br /><br /><br /><br /><a href="http://ameblo.jp/jizou/entry-10858578648.html" target="_blank"><strong><font size="4">舞踏ワークショップ</font><font size="3"></font></strong></a>は毎週木曜日２０時からやってます。<br /><br /><br /><br /><br />
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/jizou/entry-10893947684.html</link>  
      <pubDate>Mon, 16 May 2011 23:14:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>福島原発にロボット入る</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>近代が発明した科学技術の檻の中で、人間はロボットと化した。しかし、そのロボットたちはもっと素晴らしいロボットを創造した。肝心なことはこのロボットでなければできないようになった。そして、人間は手をこまねいているだけ。手を使わないということは、我々が何処にいるのかわからないということに繋がっていく。</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/jizou/entry-10870152820.html</link>  
      <pubDate>Sat, 23 Apr 2011 17:52:14 +0900</pubDate> 
    </item> 
  </channel> 
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