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    <title>国際協力NGOセンター(JANIC）事務局長ブログ</title>  
    <link>http://ameblo.jp/janic/</link>  
    <description>NGO運動はどこへ向うのか ～JANIC事務局長が綴る世界をよりよくするための備忘録</description>  
    <language>ja</language>  
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    <item> 
      <title>手紙 親愛なる子供たちへ</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>歌の話です。</p>
<br />
<p>実は今日、以下のような歌があることを知りました。2008年10月にリリースされた歌です。こんな歌があることを知らなかったのは、不覚でした。</p>
<br />
<p>この歌はポルトガル語の詠み人知らずの詩が、角智織さんに届き、それを訳したものを、友人の樋口了一さんに届けたところ、ぜひこれを歌にしたいと・・・・・作られてもののようです。</p>
<br />
<p>親の介護で悩み苦しんでいる人、子どもを育ていている人、熟年になった人、誰も子どもでなかった人はいないです。そんなことを思い出させる歌です。</p>
<br />
<p>歌詞を以下に紹介します。</p>
<br />
<br />
<p>------------------------------<br />
手紙 親愛なる子供たちへ／歌詞（歌：樋口了一）</p>
<p>------------------------------<br />
原作詞：不詳／訳詞：角 智織／補足詞：樋口了一／作曲：樋口了一／ストリングス・アレンジ：本田優一郎<br />
</p>
<br />
<p>年老いた私が ある日 今までの私と違っていたとしても<br />
どうかそのままの私のことを理解して欲しい<br />
私が服の上に食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても<br />
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい</p>
<br />
<p>あなたと話をする時 同じ話を何度も何度も繰り返しても<br />
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい<br />
あなたにせがまれて繰り返し読んだ絵本の暖かな結末は<br />
いつも同じでも 私の心を平和にしてくれた<br />
悲しい事ではないんだ 消え去っていくように見える 私の心へと<br />
励ましのまなざしを向けて欲しい</p>
<br />
<p>楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり<br />
お風呂に入るのをいやがるときには思い出して欲しい<br />
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて<br />
いやがるあなたとお風呂に入った 懐かしい日のことを<br />
悲しい事ではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に<br />
祝福の祈りを捧げて欲しい</p>
<br />
<p>いずれ歯も弱り 飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない<br />
足も衰えて立ち上がることすら出来なくなったら<br />
あなたが か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように<br />
よろめく私に どうかあなたの手を握らせて欲しい</p>
<br />
<p>私の姿を見て悲しんだり 自分が無力だと思わないで欲しい<br />
あなたを抱きしめる力がないのを知るのはつらいことだけど<br />
私を理解して支えてくれる心だけ持って欲しい<br />
きっとそれだけでそれだけで 私には勇気がわいてくるのです<br />
あなたの人生の始まりに私がしっかり付き添ったように<br />
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい</p>
<br />
<p>あなたが生まれてくれたことで私が受けた多くの喜びと<br />
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい<br />
私のこどもたちへ<br />
愛するこどもたちへ</p>
<br />
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/janic/entry-10450024810.html</link>  
      <pubDate>Wed, 03 Feb 2010 22:40:07 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item>
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      <pubDate>Wed, 03 Feb 2010 22:40:07 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>MDGsって何で人気ないのかなぁ</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><font color="#ff0000" size="3">「MDGｓって知ってますか？　知っていたら、あなたは、かなりのマニアです。」</font></p>
<br />
<p>というぐらい、日本社会ではMDGsって知られていないと思います。ほとんどの人は</p>
<p>「MDGｓって知ってますか？」と聞かれると、「？？？？えっ」って感じではないでしょうか。</p>
<br />
<p>MDGｓとは「ミレニアム開発目標（Milleｎnium Developmen Goals）」のことです。</p>
<br />
<p>JANICのサイトをみると、</p>
<br />
<p>「2000年9月、147の国家元首を含む189の加盟国代表が集った国連ミレニアム・サミットで、世界の貧困問題を解決するために、世界共通で取り組むべき目標をとして『国連ミレニアム宣言』を採択しました。翌年、「国連ミレニアム宣言」と1990年代の国連やサミットで採択された数々の国際開発目標とを統合し、2015年までに達成すべき8つのゴールとしてまとめられたのが、MDGsです。MDGsは8つの開発目標、18のターゲット、48の指標にまとめらましたが、2007年にはMDGsモニタリングの枠組みの見直しが行われ、現在は21のターゲットと60の指標になっています。」</p>
<br />
<p>と説明しています。ぜひごらんください。<a href="http://www.janic.org/more/mdgs/">http://www.janic.org/more/mdgs/</a>
 </p>
<br />
<p>人類始まって以来初めての、世界の貧困問題を具体的な達成目標で、画期的なことだと思います。48の指標がもし達成されれば、間違いなく貧困問題にかかわる地球課題のかなりが解決に向かいます。MDGsのもうひとつの特徴は、達成目標だけを示しており、<font color="#0000ff">その達成方法や実施者を厳密に特定していない</font>ことです。これを積極的にとれば、誰ががんばってもいい目標でもあるのです。</p>
<br />
<p>しかし、MDGsはおそらく達成しない・・・・・・と言われつつあります。特に国家機関が積極的に参加していないことが大きいのですが、一般市民の中に十分その存在が知られていない、また知っていても、「それって国連や政府がやることでしょ」といった誤った認識があるからだと言われています。</p>
<br />
<p>JANICでは、2010年からMDGsを知ってもらうキャンペーンを2年間の計画でスタートします。「みんなが責任者だよ！！約束まもろう！！」と、伝えていきつつも、楽しいキャンペーンができればと思います。・・・・と言いたいのですが、なかなか大変です。でも楽しみにしていてくださいね。</p>
<br />
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/d4/55/j/o0500037510247915974.jpg"><img height="165" alt="国際協力NGOセンター(JANIC）事務局長ブログ-ready to jump" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/d4/55/j/t02200165_0500037510247915974.jpg" width="220" border="0" /></a>
 </div>
<div align="center">ready to jump（写真提供：Ayako &amp; Ferdi）</div>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/janic/entry-10436211279.html</link>  
      <pubDate>Sun, 17 Jan 2010 11:05:50 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>あけましておめでとうございます</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>ブログを読んでいただいている皆様。新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。</p>
<br />
<p>紅白の矢沢エーチャンを見て、なんとも言えない微妙な気持ちだった。（歌詞も間違えたし）矢沢永吉は、私の高校時代のヒーローでした。それが、それが、なぜ紅白に・・・・？うれしさと悲しさが両方といった気持ちでしたが、ついつい見てしまいました。ロビーから歩いてくる姿を映し出されると、「ああ、エーチャン」とうれしくなってしまったのでした。（そう思った同年代の男性は多いはず）</p>
<br />
<p>昨年の仕事を振り返ると、一番印象的で忙しかったのは、政権交代によるODA政策、NGO政策の変化でした。簡単に言うと、NGOがひっぱりだこ？？状態で、上げ膳据え膳といった感じで、政治家から大切にされたといった印象です。私が20年年近くNGOの提言活動に関わっておりましたが、このように政治から注目されたことはいままで一度もなかったのではないでしょうか。</p>
<br />
<p>しかし、民主党政権も厳しい評価にさらされつつあります。政治的意図は別にして、政治は生き物であり、変化の中に常にあり、チャンスにもなり、リスクにもなるものだと意識することが、NGO・NPO側にも必要ではないかと思います。</p>
<br />
<p>政治的チャンスに機敏に動くことは当然ですが、片方で大切なのは、丁寧に政治家だけでなく、市民の中に提言の賛同者の数を増やし、それを力にする提言活動が重要かな、と思っています。</p>
<br />
<p>新しい年に、こんなことを感じたのでした。</p>
<br />
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/b0/a0/j/o0500037510247915857.jpg"><img border="0" alt="国際協力NGOセンター(JANIC）事務局長ブログ-RCP" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/b0/a0/j/t02200165_0500037510247915857.jpg" width="220" height="165" /></a>
</div>
<div align="center">RCP （写真提供：Ayako &amp; Ferdi）</div>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/janic/entry-10427244126.html</link>  
      <pubDate>Tue, 05 Jan 2010 13:21:15 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>国際協力は誰がつくったの？</title>  
      <description> <![CDATA[ <p><br />
</p>
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/c8/45/j/o0375050010247915736.jpg"></a>
</div>
<p><br />
ちょっと理屈っぽい話になるのですが。</p>
<br />
<p><font color="#0000ff" size="3">国際協力という国際的な動向は、あきらかにアメリカが戦後作ったものだという認識があります。</font></p>
<p><font color="#0000ff" size="3"><br />
</font></p>
<p>第2次大戦のさなかにアメリカのリーダーシップでブレトンウッズ会議が開かれ、世銀、IMFがつくられました。さらに、ヨーロッパはアメリカのマーシャルプランで復興で果たされました。1949年にはトールマン米大統領の熱気ある「援助論」は知られているところです。また、ケネディの国連の開発の10年の演説・・・・こうして国際協力の下地となる基礎は、<font color="#ff0000" size="2">アメリカが先導してきた</font>ものだという認識を私は強く持っています。国連だって、<font color="#ff0000">実質アメリカのリーダーシップ</font>で作ったといって過言でないのではないでしょうか。</p>
<br />
<p>当時、国際協力（＝援助）を推し進めるねらいとして、3つのねらいがあったと思います。ひとつは<font color="#ff0000">「自由市場の拡大と安定</font>」です。アメリカはできるだけ自由な世界貿易の環境が生まれることを望んでいたと思います。二つ目は、アジア、アフリカ、南米などの経済発展が遅れた国の、<font color="#ff0000">「経済開発」</font>でした。「後進国」と呼ばれた国々が国家として安定し、経済発展を欧米の国々のように進めて、仲間入りすることでした。最後は、世界の中の<font color="#ff0000">人道的価値に基づく相互扶助システムの確立</font>だったのかと思います。</p>
<br />
<p>これらのうち一番最初を除くと、経済開発も、人道的相互扶助システムもまだ十分な確立をされていないのカナァと思います。</p>
<br />
<p>もっと気になっているのは、こうしたアメリカのリーダーシップにもかかわらず、アメリカがこうしたシステムから徐々に離脱傾向にあることです。アメリカの単独主義が裏目に出ていることもひとつです。援助の政治の中では、多国間主義的動向が強い中で、ヨーロッパ、特にイギリスに遅れをとっているように見えます。国連の中のアメリカの地位も微妙なところにいます。</p>
<br />
<p>アメリカはこれから何をしていきたいのか。はたして多国間主義の中で、アメリカ独自の政治を確立できるのか？？？非常に疑問です。</p>
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/c8/45/j/o0375050010247915736.jpg"><img height="293" alt="国際協力NGOセンター(JANIC）事務局長ブログ-qualia" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/c8/45/j/t02200293_0375050010247915736.jpg" width="220" border="0" /></a>
 </div>
<div align="center">Qualia（写真提供：Ayako &amp; Ferdi）</div>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/janic/entry-10420872082.html</link>  
      <pubDate>Sun, 27 Dec 2009 21:36:25 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>Nonでない存在としてのNGO</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>NGOという単語は、1944年、国連憲章の中で用いられた名称だ。戦後近代国家がジャンジャン乱立し、それによって国連ができたのだから、NGOとは、「国家以外の連中」といった意味だったと思う。しかし、その後なぜか国連用語のNGOという言葉が世界普及してしまい、それが代名詞になってしまった観がある。</p>
<br />
<p>はたして、NGOという名称が定着する前に、市民の公益を追求する動きは存在していた。それの原型は、ヨーロッパ社会の19世紀に隆盛を迎えたようだ。その呼び方は様々で、それぞれの運動の名称をつけることもあれば、「ボランティア団体」「博愛団体」と呼ぶこともあったようだ。</p>
<br />
<p>国連をつくろうと思った人々は、そういった市民の公益追求指向が無視できない存在と思っていたようで、彼らを国家を中心した国連づくりの場にアドバイザーとして招いた。国の代表が集まる国連の公式の場に彼らを招こうと思ったのはいい。しかし、彼らをどう呼ぶのか、座る場所には何とシールを貼るのか考えた末、「非政府組織＝NGO」と名づけた。</p>
<br />
<p>なぜか、戦後この単語が、世界に定着してしまう。</p>
<br />
<p>NGOは国家の反対側にいるのではない。国に依存して存在し、同時に国を超えてかかわるそれぞれの国に存在する「市民」によって成り立っている。その「市民」の二重性こそに、意味がある。</p>
<br />
<p>NGOのnonが嫌いだというNGO関係者は今でも多い。近代国家に依存し、同時に近代国家に依存しない、市民の二重性が表現できるといいのに、と思う。</p>
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/bd/c3/j/o0375050010247915611.jpg"><img height="293" alt="国際協力NGOセンター(JANIC）事務局長ブログ-picture" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/bd/c3/j/t02200293_0375050010247915611.jpg" width="220" border="0" /></a>
 </div>
<div align="center">Picuture（写真提供：Ayako &amp; Ferdi）</div>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/janic/entry-10420047983.html</link>  
      <pubDate>Sat, 26 Dec 2009 18:55:24 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>NGOのひとりよがり</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>10年くらい前だろうか。バングラデシュの調整会議から帰る飛行機で本当にあった出来事。</p>
<br />
<p>バングラデシュの首都ダッカから飛び立ち、バンコクで乗り換え、日本に帰ることが多かった。私は飛行機で隣の席の人と話すのは、ちょっと苦手で、できれば勝手に本でも読んでいたい方だ。</p>
<br />
<p>バンコクから日本に帰る飛行機の中で、隣に座ったアメリカ人が私に話しかけてきた。「英語しゃべらないといけないのか・・・イヤダナ・・・・」といった気持ちにすぐなっていた。英語の苦手意識もあるのだが、アメリカ人と話してあまり楽しい気分になったことがこれまで少なかったので、日本までの6時間、この人と話すのがなんか気が重かった。彼は私に握手しながら、自己紹介してくれたのだが、彼はミャンマーでキリスト教の伝道活動に携わる人だった。</p>
<br />
<p>彼は、私に何か伝えたい・・といった目の光を放っていた。・・・悪い予感・・・。</p>
<br />
<p>彼はさっそく座席のポケットに入っていた聖書を出して、それを次々とめくりながら、「君は、キリストのメッセージを知っているか？」と切り出してきた。それから延々とキリストの愛を私に伝えるのだった。30分もひとりでしゃべっている。横顔を見ると、話ながら涙を流している。マジか・・・？</p>
<br />
<p>私は、「キリストの愛は否定しないのですが、すいません、私は仏教徒なので輪廻転生の方がしっくりきます」とあっさり応えると。彼は顔を歪めて、「ブッダの教えは野蛮だ、そういった生命観はありえない」とあっさり、拒否してきた。</p>
<br />
<p>私は、心の中で「ああ、やっぱりそうなるか・・・」と思い、仲良くこのままニコニコ時間を過ごすか、はっきり言って、残りの3時間ほどをそれぞれに過ごすか考えた。意を決して、「キリストを否定しませんが、仏教はキリスト以前に深い哲学観を出しています。私はとりあえずその謎を解くことで十分です」といった。彼は、驚いた顔をして、「No!!　キリストはブッダより昔に存在していた・・・」と新説を発表した。それを聞いて驚く私の顔を見る、彼。</p>
<p>しばらく、沈黙。</p>
<p>それから、残りの3時間は、二人は黙って成田まで過ごしたのだった。</p>
<br />
<p>欧米のNGOの方々は、ひょっとするとこういった価値観を持っていないか、時々心配になるときがある。私も気をつけよう。</p>
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/ac/ab/j/o0500037510247915519.jpg"><img height="165" alt="国際協力NGOセンター(JANIC）事務局長ブログ-next to us" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/ac/ab/j/t02200165_0500037510247915519.jpg" width="220" border="0" /></a>
 </div>
<div align="center">Next to us（写真提供：Ayako &amp; Ferdi）</div>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/janic/entry-10420036475.html</link>  
      <pubDate>Sat, 26 Dec 2009 18:25:18 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>クリスマスソング</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>なかなかブログの書き込みが増えなくてすいません。</p>
<br />
<p>「もうすぐクリスマスだなか・・・」と考えていまいた。</p>
<p>確かJANICに入って間のない2006年12月、メールマガジンの冒頭エッセイで、「クリスマス・ソング」というのを書いたのを思い出しました。メールを検索したら出てきたので、紹介します。数名のスタッフから、「いいエッセイでした」と言われ、嬉しかったのを覚えています。</p>
<br />
<p>------------------------------</p>
<p><font color="#0000ff">●クリスマス・ソング（2006年12月12日の国際協力ナビの冒頭エッセイ）<br />
<br />
　これまで様々なクリスマスの歌がつくられてきた。恋人への思いや家族への郷愁を歌ったものが多いが、反戦、平和を歌ったものがいくつかある。<br />
<br />
　その中でも最高傑作はジョン・レノンの「ハッピー・クリスマス（戦争は終わった）」だろう。イギリスの田舎町のパブでクリスマスを過ごしたとき、この歌がジューク・ボックスから何度も流れていたことを思い出す。<br />
　2年前の紅白歌合戦でさだまさしが「遥かなるクリスマス」という歌を歌ったのを覚えている人はいるだろうか。イラク戦争で苦しむ人々と平和なクリスマスを過ごそうとしている自分を対比して、葛藤する歌だ。その中の1節が印象的だ。「独裁者が倒されたというのに　民衆が傷つけ合う平和とは一体何だろう　人々はもう気づいている　裸の王様に大人達は本当の事が言えない」。<br />
<br />
　すべてのみなさんへ。メリークリスマス。</font></p>
<p>------------------------------</p>
<br />
<p>イラク戦争の検証が改めて今進んでいます。ただ、多くの大人たち（歌手たち）は、戦争中に寡黙であったことを思い出す必要があるのではないのかな、・・・と改めて感じました。</p>
<br />
<p>以下、歌詞を全部紹介します。</p>
<br />
<p>------------------------------</p>
<p><font color="#0000ff" size="3"><strong>遥かなるクリスマス　</strong></font>　さだまさし</p>
<br />
<p>メリークリスマス<br />
二人のためのワインと　それから君への贈り物を抱えて駅を出る<br />
外は雪模様　気づけば　ふと見知らぬ誰かが僕にそっと声をかけて来る<br />
振り向けば小さな箱を差し出す　助け合いの子供達に僕はポケットを探る<br />
携帯電話で君の弾む声に　もうすぐ帰るよと告げた時のこと<br />
</p>
<p>ふいに誰かの悲鳴が聞こえた　正面のスクリーン激しい爆撃を繰り返すニュース<br />
僕には何にも関係ないことだと　言い聞かせながら無言でひたすら歩いた</p>
<br />
<p>メリークリスマス<br />
僕達のための平和と　世の中の平和とが少しずつずれ始めている<br />
誰もが正義を口にするけど　二束三文の正義　十把一絡げの幸せ　つまり嘘<br />
僕はぬくぬくと君への　愛だけで本当は十分なんだけど<br />
本当は気づいている今のこの時も　誰かがどこかで静かに命を奪われている<br />
</p>
<p>独裁者が倒されたというのに　民衆が傷つけ合う平和とは一体何だろう<br />
人々はもう気づいている　裸の王様に大人達は本当の事が言えない<br />
いつの間にか大人達と子供達とは　平和な戦場で殺しあうようになってしまった<br />
尤も僕らはやがて自分の子供を　戦場に送る契約をしたのだから同じこと<br />
</p>
<p>子供達の瞳は大人の胸の底を　探りながらじわりじわりと壊れていく<br />
本当に君を愛している　永遠に君が幸せであれと叫ぶ<br />
その隣で自分の幸せばかりを　求め続けている卑劣な僕がいる<br />
世界中を幸せにと願う君と　いえいっそ世界中が不幸ならと願う僕がいる</p>
<br />
<p>メリークリスマス<br />
僕は胸に抱えた小さな　君への贈り物について深く考えている<br />
僕は君の子供を戦場へ送るために　この贈り物を抱えているのだろうか<br />
本当に愛している　永遠に君が幸せであれと叫ぶ<br />
本当に君を愛している　永遠に永遠に君が幸せであれと叫ぶ</p>
<br />
<p>メリークリスマス<br />
凍てつく涙を拭いながら<br />
生きてくれ生きてくれと叫ぶ<br />
雪の中で雪の中で雪の中で<br />
白い白い白い雪の中で</p>
<br />
<p>メリークリスマス<br />
メリークリスマス</p>
<p>------------------------------</p>
<br />
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/28/8c/j/o0375050010247915407.jpg"><img height="293" alt="国際協力NGOセンター(JANIC）事務局長ブログ-new bed" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/28/8c/j/t02200293_0375050010247915407.jpg" width="220" border="0" /></a>
</div>
<div align="center">New Bed（写真提供：Ayako &amp; Ferdi）</div>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/janic/entry-10415450511.html</link>  
      <pubDate>Sun, 20 Dec 2009 14:56:35 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>湘南国際村へいってきました</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>逗子からバスで約30分。湘南国際村で開催された、大学のセミナーにリソースパーソンとして行ってきました。</p>
<p>東アジアの市民社会をテーマにした分科会に参加して、学生たちと「ネットワークNGOとは何か」的な議論を1日しました。</p>
<br />
<p>そもそも市民社会の定義自体が難しいわけですから、そのネットワークはさらに？？？になってしまいます。NGOがネットワークすると何の得があると思いますか？</p>
<br />
<p>ネットワークすることでしか生まれないメリットを簡単に紹介しました。もちろん私の考え方ですが。</p>
<br />
<p>外向けのメリット</p>
<p>(1)　自分たちの主張をわかりやすくする、強くする</p>
<p>(2)　他セクターとの接近を容易にする</p>
<p>(3)　情報発信を効果的にする</p>
<br />
<p>内向けのメリット</p>
<p>(4)　倫理とルールの創出</p>
<p>(5)　経験交流、情報共有</p>
<p>(6)　相互扶助と協働の場作り</p>
<p>(7)　リスク対応</p>
<br />
<p>同様な仲間が集まりネットワークすることで、対外的、体内的に多様な効果があると思います。</p>
<p>もともと市民社会は、人道的、環境保全、人権保護といったことに敏感に反応するグループですから、ネットワークされると同様にそのメッセージが大きくなるのではないかと、思いました。</p>
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/f5/f9/j/o0500035110247915309.jpg"><img height="154" alt="国際協力NGOセンター(JANIC）事務局長ブログ-naptime" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/f5/f9/j/t02200154_0500035110247915309.jpg" width="220" border="0" /></a>
</div>
<div align="center">naptime　（写真提供：Ayako &amp; Ferdi）</div>
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      <link>http://ameblo.jp/janic/entry-10404987306.html</link>  
      <pubDate>Sun, 06 Dec 2009 19:02:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>Where There is No Doctor</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>みなさんは「Where There is No Doctor」という本をご存知だろうか。これは1977年にアメリカ人生物学者のデビット・ワーナーという方が英語およびスペイン語で出版したものです。簡単にいうと、医者のいない村で働く公衆衛生担当のNGOスタッフのためにハンドブックとして作成されたものです。その後、世界の80ｹ国語に訳されている名著です。多くの医療関係者を励まし続けた本です。</p>
<br />
<p>シェア＝国際保健協力市民の会が監修し、河田いこひさん訳で、デビッド・ワーナーの「医者のいないところで」が出版されました。（英語本であれば、アマゾンでも買えます。）おめでとうございます。なぜか個人的にも感慨深いものがあります。</p>
<br />
<p>私は80年代の後半にシャプラニールという団体の駐在員として、バングラデシュに赴任したときも、現地事務所にこの本がありました。現地のNGOワーカーたちも口々にこの本のことを話していました。具体的な病気への対応法の情報も役立つのですが、一番印象的なのは、ワーナーの村人とその生活に向かい合う姿勢そのものでした。「人々から学ぶ」姿勢とでもいうのでしょうか。これは、すべてのNGOが農村で働くときの基本姿勢だと思う部分がたくさんありますし、ロバートチャンバースのPRA（参加型農村調査法）とも通じますよね。</p>
<br />
<p>私は今でもこの本のこの挿絵を使わせてもらって、講義をすることがあります。今の国際協力の感性に十分通じますね。</p>
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20091125/11/janic/ef/c2/j/o0800049110318657160.jpg"><img height="135" alt="国際協力NGOセンター(JANIC）事務局長ブログ" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20091125/11/janic/ef/c2/j/t02200135_0800049110318657160.jpg" width="220" border="0" /></a>
 </div>
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      <link>http://ameblo.jp/janic/entry-10396341847.html</link>  
      <pubDate>Wed, 25 Nov 2009 11:03:23 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>援助をする前に考えよう</title>  
      <description> <![CDATA[ <p>最近田中治彦氏の出版された「国際協力と開発教育　『援助』の近未来を探る」（明石書店）を読みました。</p>
<br />
<p>田中氏は立教大学の教員で、開発教育協議会に長くかかわる活動家でもあります。最近タイに1年ほど滞在されたということで、そこでの成果をまとめる形で出版されています。特に参加型開発の重要性を説明されていますが、私が面白いなと思ったのは、開発教育協会が出している「『援助』をする前に考えよう」でした。</p>
<p><br />
</p>
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/2f/d2/j/o0500037510247915210.jpg"></a>
</div>
<p><br />
これはタイの少数民族を支援しようとしたアイコという架空の日本人をもとに、どのような支援をするのが一番いいのかを一般市民が支援の前に考えるといった内容になっています。「援助はいいこと」を前提に、話が進んでしまいそうなところに、自ら援助をするとどのような反応やリスクがあるか、どういった視点で支援するのが望ましいのか、実に様々な意見を出し合いながら行うワークショップです。</p>
<br />
<p>寄付は正しいこと、でもどの団体に出すのがよいのかわからない、どんなプロジェクトが望ましいのか判断できない・・・そんな支援者は多いと思います。ただ、これからはブランドで団体を選ぶのではなく、自分で判断し、自分でフォローしながら、支援する「力」がもっと必要だ、と私も常々思っていたので、この教材に関心を持ちました。一度ちゃんと呼んでみたいと思いました。</p>
<br />
<p>こうした支援する際に自らが判断する力をつける教育がまさしく日本社会には必要で、寄付者の権利と責任を明確にもって支援をすることが求められていると思います。こういった教育を「寄付教育」とでもいうんでしょうか。よい事例ご存知の方は教えてください。<br />
</p>
<div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/2f/d2/j/o0500037510247915210.jpg"><img height="165" alt="国際協力NGOセンター(JANIC）事務局長ブログ-mai&amp;#39;s new toy" src="http://stat.ameba.jp/user_images/20090906/10/janic/2f/d2/j/t02200165_0500037510247915210.jpg" width="220" border="0" /></a>
 </div>
<div align="center">Mai's New Toy（写真提供：Ayako &amp; Ferdi）</div>
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/janic/entry-10391204285.html</link>  
      <pubDate>Wed, 18 Nov 2009 15:29:42 +0900</pubDate> 
    </item> 
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