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    <title>哈台族@元祖の台湾中国語&amp;漢字よもや話し</title>  
    <link>http://ameblo.jp/hataizu/</link>  
    <description>台湾好きから中国語を勉強し台湾に通い続けることはや何年，仕事も台湾関係，更に個人的に台湾での機械工業アドバイザーなどを行う哈台族@元祖が中国語ネタを中心に大学～大学院で学んだ中国史の知識を加え台湾に関するコラムをお届けします。</description>  
    <language>ja</language>  
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    <item> 
      <title>呼称問題</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>中国は深圳に赴任して3ヶ月が経とうとしています 。言葉ができれば生活に大きな問題はありませんが、いかんせん台湾の中国語にどっぷり浸かっている身としては時折違和感を覚えます。</p>
<br />
<p>たとえば「タクシーに乗る」という表現 台湾では「<font color="#0000ff">座計程車</font>」と言いますが 、こちらでは「<font color="#0000ff">打的</font>」というのが一般的。今度はタクシーに乗って右に曲がれという時ですが「<font color="#0000ff">右拐</font>」ではなく「<font color="#0000ff">右轉</font>」と言ってしまい、運転手にお前は何人だと聞かれる始末… なかなか難しいものがあります。</p>
<br />
<br />
<p>そんな台湾と大陸の中国語の差に一番悩まされているのがレストランでの呼びかけです。お姉ちゃんに呼びかけようとする時、台湾では一般的に「<font color="#0000ff">小姐</font>」と言いますが 、大陸の特に北の方では小姐という言葉には夜のお仕事のお姉さんのイメージがあり使用不可。一般的に「<font color="#0000ff">服務員</font>」という言い方を使います。 </p>
<br />
<p>文革時代の「<font color="#0000ff">同志</font>」よりまマシといえども、どうもスマートに感じられずに違和感を覚えるこの表現、実際に使うとなると抵抗感があります。もうちょっとスマートな表現はないかとも思って考えてみましたがなかなか適当な表現が見つかりません。広東省を中心に「<font color="#0000ff">靚女</font>」という表現が使われていますが高級店で使うにはイマイチの言葉ですし、「<font color="#0000ff">小妹</font>」という表現は四川料理以外で聞いたことがないし、結局「<font color="#0000ff">服務員</font>」という言葉が一番無難なようです。</p>
<br />
<p>問題は服務員という表現が台湾では非常に田舎臭い表現として捉えられている事。もしこの表現に慣れて台湾で口走ったら大陸人～と馬鹿にされること必至でしょう。広東省では「<font color="#0000ff">小姐</font>」という表現も許容範囲らしいので、ここは台湾風に押し通すべきかと考えています。</p>
<br />
<p>日本語の「すいません」という言葉の便利さを改めて実感しています</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/hataizu/entry-10069248943.html</link>  
      <pubDate>Thu, 31 Jan 2008 12:24:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>結婚、出産、育児</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>女性にとっての三大イベントとも言えるのが結婚、出産、育児。結婚に関してはおいらも理解できますが、出産＆育児に関しては男性であるおいらにはなかなか理解しずらい世界。男性も積極的に育児に参加すべきとの意見もありますが、所詮母親に比べれば父親の役割などたかが知れています。</p>
<br />
<p>台湾の友人とそんな話をしていると、先ずは結婚を考えただけで気が重いのに出産や育児なんぞ考えられないと言っていました。正論でしょう。その結婚ですが、台湾の場合も伝統や習慣に囚われる傾向が強く、結婚式の日取りを風水で決め、結婚式のスタイルを決め、衣装を決め、会場を確保して、招待客名簿を作成して、変身写真を撮って…とやることはかなりあります。その幸せの打ち合わせの段階で不幸せなケンカが始まるのは日本も台湾も変わりないようです。</p>
<br />
<p>このように結婚準備に追われて気分が滅入ることを日本語ではマリッジーブルーと言いますが、台湾では非常にストレートに<font color="#0000ff">結婚憂鬱症</font>と表現します。ブルーとはうつ病の手前の状態ですが、中国語ではこの辺の区分がどうも曖昧なようですね。</p>
<br />
<p>この単語が分かれればマタニティーブルーも想像が付くと思います。正解は<font color="#0000ff">産前憂鬱症</font>、漢字を見れば一発で意味が分かる単語です。</p>
<br />
<p>さて台湾の友人にマリッジブルーとマタニティーブルーという単語を説明した際に、<font color="#0000ff">産後憂鬱症</font>は日本語でなんていうのかと聞かれました。ベビーブルーやらエンファントブルーなのではと想像していたようですが、こちらは育児ノイローゼという訳語があります。何ゆえに結婚と出産はうつ病手前のブルーという単語で表現して、育児に関してはうつ病と意味が近いノイローゼを使うのかと言われましが、そんなこと言われても私だって分かりません。育児の方が手間がかかる上に24時間相手しなければならないから症状が重くなるのではと勝手な説明をしておきましたが、こういった単語の統一性の無さが日本語の難しいところだと指摘されました。確かに外国人には難しい外来語の使い分けがあるのが日本語、その点中国語のほうが漢字という手段しか存在しないだけ学習は楽かもしれません</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/hataizu/entry-10047934135.html</link>  
      <pubDate>Thu, 20 Sep 2007 21:11:54 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>死体救助？</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>転職しても中国語と深いつながりのある仕事をしていまして、中国と台湾のニュースをネットでチェックするのが日課です。中国は流石は共産主義国家、報道管制や検閲があるために一般情報しか知ることができませんが、台湾の場合は多くのマスコミが存在する群雄割拠の世界、報道合戦も熾烈で「<font color="#0000ff">独家報導</font>」（独占報道）による堂でもいいニュース（<font color="#0000ff">八掛</font>）が配信されています。</p>
<br />
<p>本日気になったのは「<font color="#000ff0">搶救遺體</font>」という一文、「死体を救助する」という意味のこの一文、記事の内容を見なければ絶対に意味が分からない中国語です。</p>
<br />
<p>事件が起きたのは9月3日の桃園市、61歳の女性が交通事故で不幸にしてもなくなってしまいましたが、救急通報を受け現場に到着した救急隊は、15分後に呼吸や脈拍が認められず、死後硬直が開始していることから病院でなく、なんと「<font color="#000ff0">殯儀館</font>」（葬儀場）に 移送されてそこで冷凍保存されてしまったとのこと。日本でしたら搬送患者がどのような状態であろうとも人間の形状を保っていれば病院に搬送されるはずですが、台湾の救急隊はやることが違います。</p>
<br />
<p>この措置に家族は当然激怒、殯儀館に向かい死体を救出した後に<span>長庚医院に搬送、そこで死亡が宣告されたという顛末となっています。警察と消防は問題が無いとの見解を示していますが、なんともコメントしがたいニュースでした。</span></p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/hataizu/entry-10046100674.html</link>  
      <pubDate>Thu, 06 Sep 2007 13:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>神女と女神</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>漢字の恐ろしいところは前後を入れ替えただけで意味が全く変わることがあるということ。例えば「会社」と「社会」なぞは、欧米人からしたら何故にそこまで意味が変わるのといいたくなるような世界だと思います。</p>
<br />
<p>中国語に同じような例で「<font color="#0000ff">神女</font>」と「<font color="#0000ff">女神</font>」といものがあります。日本語だとどちらも「神の女」という意味になってそれほど大きな違いはありませんが（神女にはカササギの意味もあることがあります）、これが中国語だと全く違う意味になります。女性に対し「妳是我的女神」と言えば相手もまんざら悪い気はしないでしょうが、「妳是我的神女」というと場合によっては張り倒される可能性もあります。実は「<font color="#0000ff">神女</font>」には売春婦というマイナスとしての意味があったりします。</p>
<br />
<p>神女が何故そのような意味を持つに至ったのか、調べてみると戦国時代にその由来がありました。赤帝の三女の瑤姫という女性がおり、才色を兼ね備えていましたが、嫁ぐことなく早世してしまいます。それでもそんな女性だからでしょうか、死後は巫山の神に封じられ、早朝は雲霞に、夕方は時雨として巫山をさまよっていました。</p>
<br />
<p>その巫山に楚の懐王が訪問した際のことです。夢の中に神女が出てきて「聞君遊高唐、願薦枕席」と言いました。ここで言う「薦」とは進むという意味で、願わくば同衾したいという意味になります。さてこのようにして結ばれた二人ですが、瑤姫は山に帰ることを懐王に告げ、朝は雲霞、夕方は時雨の姿で現れると言って去っていきました。懐王はそこで夢から醒めて巫山を見てみると瑤姫が言ったとおりの風景が広がっており、懐王は「朝雲廟」を建てて瑤姫を偲んだという故事があります。</p>
<br />
<p>自ら同衾を願ったことから、その意味が派生して「神女」に売春婦のような意味が付されるようになりました。ちなみに瑤姫の姿である「<font color="#0000ff">雲雨</font>」という言葉も「<font color="#0000ff">雲雨之事</font>」や「<font color="#0000ff">翻雲覆雨</font>」と表現すれば、男女の関係という意味で使用されます。</p>
<br />
<p>勿論「<font color="#0000ff">神女</font>」にも仙女としての意味もありますし、文脈によってはそちらの意味で使用されることもあります。ただしあらぬ誤解を招かぬためにも、仙女と表現したくなるような美人を表現するときは「<font color="#0000ff">女神</font>」を使用したほうが無難です。</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/hataizu/entry-10043609797.html</link>  
      <pubDate>Thu, 30 Aug 2007 09:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>東の窓ってどんな窓？</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>世の中食の安全が騒がれる昨今、昨日は「白い恋人」での賞味期限不正が発覚。</p>
<p>10年も前に中国は哈尓浜なんぞで生活していたおいらにとっちゃ日本での賞味期限1ヶ月そこら勝手に書き換えようと十分に安全と思えてしまうあたりが日本人離れしたって周囲に言われる原因かもしれません。しかしこんな不正をしたところで結局は露見するし、また露見したときのダメージが大きいのに、なんで企業とはそんなことをするんでしょうねぇ...</p>
<br />
<p>さて、このような悪事が露見するということを表す中国語に「<font color="#0000ff">東窗</font>事發了」という表現があります。「窗」は日本の漢字で書けば「窓」となり、東の窓で悪事を意味します。何故に北窗や西窗でないのか？東には特別な意味があると<a href="http://ameblo.jp/hataizu/entry-10005647571.html" target="_blank">以前のブログ</a>
 で紹介しましたが、果たして関連があるのか、今回はこの語源について調べて見たいと思います。</p>
<br />
<p>この言葉の由来は明代の汝成輯が著した『西湖遊覧』という書物にあります。時を遡ること900年前、当時の中国は宋という王朝でしたが、折りしも北方から進入した女真人の金朝の圧迫を受け、徽宗と欽宗のニ帝が金朝の捕虜になるという「靖康の変」という事件が発生します。これにより宋は南に遷都し高宗が即位、南宋と称される時代に突入しますが、その南宋では金朝に対する講和派と主戦派が激しく対立していました。講和派の代表的な人物が秦檜でして、密かに金と通じ和睦を強く主張していました。これに対して主戦派を代表するのが将軍岳飛です。岳飛は金軍にしばしば被害を与えており、金は秦檜に対し岳飛の殺害を依頼してきます。</p>
<br />
<p>事の経緯は本来複雑ですが、ともあれ秦檜は岳飛を逮捕、そして妻の王氏と寝室の東側の窓で謀議を繰り返し岳飛を自殺に追い込むことに成功します。秦檜とその子秦熹が死去すると、王氏は道士を雇い法事を行いました。道士というのはイタコさんみたいなもんで、死後の世界を覗くことが出来ます。さて死後の秦檜と秦熹の様子ですが脚に鉄枷をはめられた状態で、「可煩傳語夫人 <font color="#0000ff">東窗</font>事發了（悪いが妻に<font color="#0000ff">東窗</font>の件が露見した）」と道士に言ったそうです。そう、<font color="#0000ff">東窗</font>とは岳飛謀殺の謀議という意味から、次第に意味が広くなり悪事一般を意味するようになった言葉なのです。</p>
<br />
<p>現在では北側の窓だろうが南側の窓だろうが、悪事を相談しそれが露見することを「<font color="#0000ff">東窗</font>事發了」と表現するようになりました。一般に単独で使われることが少なく、「<font color="#0000ff">東窗</font><font color="#0000ff">事發了</font>」でまとめて覚えてしまって問題ありません。</p>
<br />
<p>ここで注意しなければならないのは奥ゆかしい性格の人物が匿名で善行をしているのが露見した場合、つまり足長おじさんなんかに対しては「<font color="#0000ff">東窗</font>事發了」は使用できないのでご注意を。台湾のネットで善行に対して使っている例を見つけてびっくりしました。「<font color="#0000ff">東窗</font>事發了。我已得知原來是○○先生幫我的, 謝謝…」かなり違和感のある中国語です。</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/hataizu/entry-10043497521.html</link>  
      <pubDate>Fri, 17 Aug 2007 09:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ブログ復活です！</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>前回のアップから10ヶ月が経過しようとしています。</p>
<p>私事ながらマンションを買って、引っ越して、転職と人生10年分くらいのイベントが集中してしまいブログの更新をしばらくお休みしていました。</p>
<br />
<p>ようやく仕事も落ち着いてきたのでブログに復活します。ただし秋には中国赴任を控えているので、それまではじっくりとネタを調べる余裕がなくなるので更新頻度は極めて低くなると思われます。</p>
<br />
<p>そういえば<a href="http://blog.yam.com/2006tw" target="_blank">こちら</a>
 のブログにこのブログがリンクされていました。その名も「世界都在哈台族」というブログ、「世界哈台族のページ」に何気なく掲載されていました。哈台族の元祖を辞任していましたが、ついに世界に認められる哈台族になっていたのですね～</p>
<br />
<p>そしてWikipediaの「哈台族」の項目にもリンクがありました。台湾は確かに大好きですが、漢字よりも台湾好きとしてこのブログが紹介されていることにちょっと複雑な気持ちです。それでも多くの方が見てくださっているという自覚を持って、これからも記事のアップをマイペースに続けて行きたいと思っています。</p>
 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/hataizu/entry-10043457911.html</link>  
      <pubDate>Wed, 15 Aug 2007 17:12:06 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>中秋の名月と焼肉</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p><font color="#000000" size="2">本日は旧暦の８月１５日，台湾では「<font color="#0000ff">中秋節</font>」と呼ばれています。家族を大切にする台湾，この日は家族が集まり共に「<font color="#0000ff">中秋節</font>」を過ごすのが一般的です。</font></p>
<p><font size="2">「<font color="#0000ff">中秋節</font>」で真っ先に思い浮かべるものと言えばやっぱり「<font color="#0000ff">月餅</font>」でしょうか。台湾ではお菓子屋からレストラン,コンビニに至るまで「<font color="#0000ff">月餅</font>」の広告で埋め尽くされ，また取引先に「<font color="#0000ff">月餅</font>」を配る習慣があるのでこの時期台湾に出張でいくと山のような「<font color="#0000ff">月餅</font>」を抱えての帰国となってしまいます。</font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2">さて台湾では何故かこの日はバーベキューをしたり焼肉を食べたりする習慣があります。哈尓浜留学時代には目にしたことも聞いたことも無いので恐らく台湾独自の習慣だと思いその由来を調べてみました。</font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2">「中秋節」と焼肉の関係ですが，調べた結果民俗風習とも無関係，特別な由来も無くまた政府による政策の結果でもなく，商売との関係で生まれた習慣でした。言ってみればバレンタインデーにチョコレートを贈るようなものと似たり寄ったりです。</font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2">１９８０年代，萬家香醤がテレビで「一家烤肉，萬家香」とＣＭを打ち出したのが事の始まりです。そして数年後ライバルメーカーの金蘭醤油が萬家に対抗してＣＭを製作し，また萬家も同じ時間帯にＣＭ放映を集中させてＣＭ戦争が勃発しました。</font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2">ゴールデンタイムに二大醤油メーカーがＣＭ構成を掛けると，これに便乗して頂上，家樂福，萬家隆等の大型量販店が醤油を使う焼肉と関連用品のセールを始めます。これがたまたま「<font color="#0000ff">中秋節</font>」の時期に当たっていました。</font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2">メーカーと販売店の一致団結した販売攻勢を見た台湾の消費者はいつしか焼肉を「中秋節」の尤も重要な伝統風習と考えるようになり，現在に至っては「中秋節」の主役とも言える食べ物になっています。最近の焼肉熱を見ていますと将来は「<font color="#0000ff">月餅</font>」なんぞは忘れられてしまうような気がしないでもありません。</font></p>
<br />
<p>しかしよく考えれば「<font color="#0000ff">月餅</font>」も元々は「<font color="#0000ff">中秋節</font>」とは無関係のものであった事を考えれば，これも時代の流れなのかもしれません。余談までに「<font color="#0000ff">月餅</font>」の起源をご紹介しますと，その食べ物としての起源は元代まで遡ることができます。ただしそれが「<font color="#0000ff">中秋節</font>」と関連付けられたのは元朝末期の民衆蜂起で王朝打倒が画策された時代になります。王朝打倒には全国一斉の蜂起が必要ですが，全国津々浦々に官憲の眼を盗んで蜂起計画を伝えることは不可能に近いことでした。そこで一計を案じたのが<font size="2">劉伯温という人物，彼は「近々疫病が流行るが「<font color="#0000ff">中秋節</font><font color="#000000">」のその</font>日に「<font color="#0000ff">月餅</font><font color="#000000">」を</font>食べれば何を逃れることが出来る」という噂を故意に流しました。人々は争<font color="#000000">って「</font><font color="#0000ff">月餅</font><font color="#000000">」を</font>買い「<font color="#0000ff">中秋節</font><font color="#000000">」に</font>食べようとすると中から「8月15日蜂起」と書かれた紙が出てきました。勿論劉伯温の策略であり，これにより全国一斉の蜂起に成功，元朝を打倒することができたと言う伝説があります。この故事に由来して「<font color="#0000ff">中秋節</font>」に「<font color="#0000ff">月餅</font>」を食べる習慣ができたといわれています。</font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2">長々となりましたが，「<font color="#0000ff">中秋節</font>」と焼肉の関係はお分かりできたと思います。家族や友人と焼肉を楽しむ台湾人ですら知らないこの由来，結構自慢できると思います。</font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2"></font></p>
<p><font size="2"></font></p>

 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/hataizu/entry-10005571082.html</link>  
      <pubDate>Fri, 06 Oct 2006 10:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>台湾のティッシュ事情</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>日本でしょっちゅう買うモノで，台湾で生活すると殆ど買うことがないものにボックスティッシュが挙げられます。</p>
<p> </p>
<p>もちろん台湾でもボックスティッシュはありますが，台湾ではガソリンスタンドで給油すると給油量によってプレゼントがあるのですが，その代表格がボックスティッシュとミネラルウォーターです。台湾のタクシーに乗ってトランクを開けてもらうとボックスティッシュで満杯というケースがままありますが，それはガソリンスタンドのプレゼントを貯めこんだ結果です。</p>
<p> </p>
<p>かと行って一般の人はそれ程ガソリンを使うわけではないし，やっぱり自分で買うという需要もちゃんとあります。<font color="#0000ff">康是美</font>（マツキヨみたいなお店）の店頭に積み重ねたティッシュが売られている光景は日本と同じです。</p>
<p> </p>
<p>ただ台湾ですと紙箱に入っておらずビニールで簡易包装した製品の方が幅を利かせているように感じました。ティッシュなんて消耗品の代表格，ゴミは少なくなるし，何よりも持ち帰りに便利。日本にもこう言った製品が生まれれば私は買いたくなります（実際に部屋を台湾テイストにしようと台湾から買って帰ったこともあります…苦笑）</p>
<p> </p>
<p>台湾で売っているビニール梱包ティッシュでのお気に入りは“<font color="#0000ff">舒潔</font>”ですね。日本名は“クリネックス”，十度の花粉症のためティッシュの品質にうるさいおいらには，一番柔らかく感じました。取引先の事務所にはおいら専用の“<font color="#0000ff">舒潔</font>”を置かせている事務所もあったりします。</p>

 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/hataizu/entry-10009638555.html</link>  
      <pubDate>Fri, 03 Mar 2006 03:10:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>この漢字が読めますか？【其の玖】</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>この頃都に流行るもの　永田が持ち出す偽メール　粉飾決算，設計偽装…</p>
<br />
<p>二条河原の落書風に書いてみましたが，最近日本の社会でキーワードになっているものに「ニセ」というものがあります。この「ニセ」を表す中国語としては「<font color="#0000ff">假</font>」というのが一般的だと思いますが，それ以外に主に書き言葉で使用される「<font color="#0000ff">贋</font>」という漢字がありますが，この漢字が読めますか？</p>
<br />
<p>「<font color="#0000ff">贋</font>」の発音はyan4です。台湾人の中でも「<font color="#0000ff">膺</font>」と混同している人もいますが，こちらの漢字は後でご紹介するとしましょう。</p>
<br />
<p>この漢字の字義を調べると元々は「<font color="#0000ff">雁</font>」と「<font color="#0000ff">火</font>」を組み合わせた漢字でした。本義は火の色を示す漢字でした。古代の商人が焼き物の良し悪しを判断する際に陶器の表面に現れるこの「火の色」の変化で判断していました。これが派生して「ニセモノ」を真実に変化させるためにも「<font color="#0000ff">贋</font>」が使用されたことから，「<font color="#0000ff">贋</font>」が「ニセ」を表すようになったと言われています。</p>
<br />
<p>これ以外にも説がありまして，古代の婚礼に際して男性が「<font color="#0000ff">雁</font>」を結納品として準備した事に由来するというのもあります。古代中国では陰陽を知る鳥とされていましたが，「<font color="#0000ff">雁</font>」を捉える事は相当難しいことでした。そこで人々は「<font color="#0000ff">雁</font>」のに似た「<font color="#0000ff">鵝</font>」で代用したことかが，それが派生して本物の代替品として「<font color="#0000ff">贋</font>」が「ニセ」という意味を表したというものです。</p>
<br />
<p>どちらの説が正しいかは今となっては判断のしようがありませんが，では「<font color="#0000ff">贋</font>」が何時の時代に「ニセ」という意味で使われるようになったのでしょうか？</p>
<br />
<p>最も古い例では春秋時代に例があります。齊が魯を攻撃した際に，齊は魯に対して当時有名であった鼎である「<font color="#0000ff">讒鼎</font>」を提出するように求めました。魯の人々はそれを惜しんで偽物を作って齊に送ったのですが，後にそれが露見し，「<font color="#0000ff">贋品</font>」であると非難したという記録があｔります。この時代には「<font color="#0000ff">贋品</font>」でニセモノや模造品を表す意味で使われていたことが分かります。</p>
<br />
<p>現代社会では科学技術の発展もあり「<font color="#0000ff">贋品</font>」が至る所で目にすることが出来ます。昔から骨董市場では「<font color="#0000ff">贋鼎</font>（ニセモノ）」や「<font color="#0000ff">贋本</font>（偽古書）」は多く出回っていましたが，パソコンの発達等の影響で「<font color="#0000ff">贋幣</font>（ニセ金）」が世の中に出回ってきたのは困りものです。</p>
<br />
<p>さて冒頭に紹介しました「<font color="#0000ff">膺</font>」ですが，こちらの発音はyang1，肉部に属する漢字です。『説文』によれば<font color="#000000">「膺匈也」とありまして，元々は「胸」を表した漢字とされています。そこから「受ける」や「当たる」，「抱く」の意味が派生しています。部首も異なれば意味も完全に異なるこの漢字，書くときには是非ご注意を</font><br />
</p>

 
</p>]]></description>  
      <link>http://ameblo.jp/hataizu/entry-10009492128.html</link>  
      <pubDate>Wed, 01 Mar 2006 10:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>恩義の食事～一飯千金</title>  
      <description><![CDATA[<p>
 <p>中国語で小さな恩を受けたら決してそれを忘れない人物を形容する言葉に「<font color="#0000ff">一飯千金</font>」という言葉があります。単に恩を忘れないだけでなく，後にその恩を返すというニュアンスも持っていまして，日本の「笠地蔵」や「鶴の恩返し」という昔話をイメージしていただければ結構です。</p>
<br />
<p>さてその成語ですが，何ゆえに「<font color="#0000ff">飯</font>」と「<font color="#0000ff">金</font>」という漢字を使用するのでしょうか？確かに一回の食事の恩を千金を以って報いるという意味ですので理解しやすい漢字であると思いますが，折角なのでこの成語の由来を調べてみました。</p>
<br />
<p>これは『三国志』に出てくる故事に基づいています。劉邦の部下の韓信ですが，若い頃は家庭が貧しく，当時流行してた売官制度の下では官位を買うどころか，ちょっとしたものも買えない状態でした。また若い韓信には仕事も無く失業状態，それでも生きていれば腹が空くので食事の時間になると親戚の家を訪ね歩く生活を送っていました。</p>
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<p>当然近所の親戚はそのような韓信を煙たがりました。そのため近所の親戚のみならず，時には遠くに住む親戚の家まで出向くこともありました。ある日遠路はるばる親戚の家まで行きましたが，食卓の上には何も置かれていません。じぶんがいかに嫌われているかを知った韓信は今後は親戚に寄食することもままならないであろうと考え，今度は釣竿を持って釣りで生計を立てようと考えました。</p>
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<p>川辺には多くの女性達が洗濯をしていました。その中の一人が韓信が空腹であることを見かねて家から余った食事を持ってきて韓信に与えるようになりました。スープは冷え切っていましたが，韓信にとっては初めて人之優しさに接した瞬間で，このことにひどく感動し，婦人に将来成功したら必ず恩に報いますと言葉をかけました。その言葉を耳にした女性は突然怒り出しました。「あなたの人間としての器はかなり大きい，必ずや大事業を成功させることであろう。今は運が悪いだけであり落ちぶれているだけです。私は力量を持っているあなたを助けているだけであり，これまであなたが私にどうこうして欲しいと思ったことはありません」と韓信に言いました。</p>
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<p>この言葉を聞いた韓信は一念発起し，その後劉邦を助け天下を取ることになります。淮陰侯に封じられ故郷に錦を飾った韓信は直ちにこの洗濯をしていた婦人を召し出し千両の金を送って，かつての食事の恩義に報いたそうです。</p>
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<p>この故事は『史記』の「淮陰侯列傳」の中に出てくる話です。原文ですと「韓信始爲布衣時，貧無行…信釣於城下，諸母漂有一母見信飢，飯信…及爲楚王，召所從食漂母，賜千金」と表現されています。</p>
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<p>男性にとっては食事は重要な要素，食事を作ってもらい，さらに将来に対して勇気付けられば，平成のこの時代でも恩義を感じます。こういうのは何時の時代も変わらない要素なのでしょう。私もそんな「<font color="#0000ff">漂母</font>」には大いに感謝しながら日々を送っております。</p>
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<p>それよりも「<font color="#0000ff">千金</font>」を返せる人物になれるかどうか…故事成語を知っていても中々実現できないものですな。</p>
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      <link>http://ameblo.jp/hataizu/entry-10009491077.html</link>  
      <pubDate>Tue, 28 Feb 2006 10:00:00 +0900</pubDate> 
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