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    <title>1日1分で非常識に健康的に</title>  
    <link>http://ameblo.jp/haruyu310/</link>  
    <description>真の健康の知識は、安易なダイエット情報100個分にも勝ります。酵素、毒素、サーカディアンリズム、リバウンドの原理。非常識な健康情報を、1日1分程度で読める記事として好評配信中。</description>  
    <language>ja</language>  
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    <item> 
      <title>【1分間健康法】暇な時間の弊害</title>  
      <description> <![CDATA[ おはようござます。<br />

裕です。<br />

<br />

今日は暇な時間が健康に及ぼす影響についてのお話です。<br />

意外な関係性に驚くかもしれません。<br />

<h2>暇な時間…人間は本能優位になりやすい</h2>

動物は暇な時間が出来れば本能を優先するようにできています。まずはそういうものなんだと認識して下さい。<br />

<br />

いきなり下世話で申し訳ないですが、仕事が少ない村などでは昔から夜這いの習慣などが今もなお残っているところがあるそうです。何もやることがないので子孫を作るために時間を費やすようになるわけですね。<br />

<br />

この話はマズローの欲求段階説でも説明することが出来ます。マズローのピラミッドでは、一番下に生理的欲求があります。そこから自己実現の欲求まで、徐々に高度な欲求になっていくわけですが、暇な時間と言うのはつまり<span style="font-weight: bold;">志向性のない時間</span>のことです。志向性のない時間では、欲求ピラミッドはより低位の階層の欲求を満たすことに意識が向けられやすい、ということですね。<br />

<br />

身近な例でお話すれば、平日よりも休日の方が食事量が増えませんか？あれは自由な時間が増えるから、事前に時間の使い方を計画していないと本能優位の時間の使い方になってしまうためです。<br />

<br />

それに、テレビを見ている時も食が進みませんか？テレビは受動的なメディアなので、見ているときでも能動的に行動する余地が残されています。そのため、身体としては暇なのですね。テレビを見ているとスナック菓子が進む理由はそこにあります。<br />

<br />

ちなみにテレビですが、座位による姿勢の悪化もありますので、健康という切り口で語るならばかなり健康に悪いメディアだと言えます。インターネットならばまだ能動的に情報を収集する側面が強いため、暇を感じることは少ないでしょう。<br />

<br />

暇を感じる、というのは意外とリスクの高いことなのです。<br />

<br />

余談ですが、暇な時間は本能優位とともに考える時間も作り出します。これが以前<a href="http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10445352376.html">ストレスを根源から断つ方法</a>

でお話したことなのですが、すべてのことを掘り下げて考えるのにはとても適しています。しかし、そのように暇な時間を使う人は、稀みたいですね。<br />

<h2>暇な時間を減らす方法</h2>

さて、暇な時間が増えると健康に悪影響を及ぼすことは分かって頂けたことと思います。それでは、暇な時間は具体的にどうやって減らせばいいのでしょうか。<br />

<br />

・計画的に一日を過ごす。計画を立てる前に一日を始めない。<br />

・人と会う予定や打ち合わせの予定を沢山入れる<br />

・授業、講義を受ける、もしくはする<br />

・何かを継続的に行う。例えばブログを書くなど<br />

・新しいことを定期的にやる<br />

・考える時間を増やす<br />

・本を読む<br />

・<span style="font-weight: bold;">「食べるくらいしかやることがないな」と感じたら寝る</span><br />

・運動の時間を増やす<br />

・趣味をたくさんつくる<br />

<br />

こんな感じですね。<br />

<br />

特に、太字にしてみましたが「食べるくらいしかやることがないな」と感じたら寝る、というのはとても重要です。確かに食事は食べているときはストレスの解消になるかもしれませんが、食べ終わった後からはストレスの発生源でしかなくなります。<br />

<br />

なぜなら、消化には莫大なエネルギーが必要だからです。体内酵素も消費します。<br />

<br />

それならば、食べるくらいしかやることがない、と思った時点で寝てしまった方がまだマシです。寝れば疲労も回復しますし、暇な時間もなくなります。まさに一石二鳥なんですね。<br />

<br />

さて、色々と方法はあるかと思いますが、みなさんも自分に合った方法で精神的にも健康的な生活を送ってみてください<img alt="ニコニコ" src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" /><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10455142709.html</link>  
      <pubDate>Wed, 10 Feb 2010 08:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>【1分間健康法】八方美人をやめる</title>  
      <description> <![CDATA[ おはようございます。<br />
裕です。<br />
<br />
皆さんは、誰も彼もに良く見られようとしてはいませんか？<br />
今日はそんな時に読んでもらいたいお話です。<br />
<h2>全ての人に好かれるのはムリ！</h2>
まず頭に置いておいて頂きたいのが、<span style="font-weight: bold;">全ての人に喜んでもらう、全ての人に好かれるなんて言うのは絶対に不可能</span>だと言うことです。<br />
<br />
どんなに性格のいい芸能人でも、ファンがいればアンチはつきもの。あのマイケルジャクソンでさえ、メディアと言う強大なアンチが存在していました。<br />
<br />
だから、まずはそこを割り切ってください。全ての人に好かれるのは無理なので、自分自身が大切にしたい人、そして大切にされたい人を大切にするようにしてください。<br />
<br />
そうしていると、次第にその人たちから良い評判が広まって、自分自身に利益として帰ってくるようになります。自分自身に利益として帰ってくると言うのは、なにもお金だけではありません。見返りなしに褒めてくれたり、尊敬してくれたり、仲間意識を持ってくれたり、仕事を紹介してもらえたり、大切な友人を紹介してもらえたり。色々な見返りを得ることが出来るのです。<br />
<br />
しかし反対に全ての人に好かれようとしているとどうなるでしょうか。恐らく、本当に大切にしたい人にその好意が伝わらず、逆にどうでもいい人にも嫌われてしまったり、上手くいかない事に次第に苛立ちを募らせることになると思います。<br />
<br style="font-weight: bold;" />
<span style="font-weight: bold;">二兎追うものは一兎をも得ず</span>、と言う言葉がありますが、人間関係もこれに当てはまるのです。友人や恋人に限らず、普段から付き合う人を厳選してその労力を費やす相手を慎重に選んでいかなければ、結局全ての人が自分の元を離れて行ってしまい、時間を無駄にするだけの結果になってしまうのです。<br />
<br />
それでは何のために生きているのか分かりませんよね。というか、事実そういう悩みを持っている方も結構いるのではないかと思います。<br />
<h2>好かれたい人に好かれる為に</h2>
ならば、八方美人はやめて好かれたい人に好かれるようにします。とは言っても、そう言う方はまず自分がどんな人に好かれたいのかすら分からないのではないでしょうか。<br />
<br />
それは、自分の頭の中にベクトルが定まっていないからです。<span style="font-weight: bold;">何がしたいのか、どういう人たちと付き合いたいのか</span>。それをしっかりと定義しないことには、良い友人関係を構築することは出来ません。<br />
<br />
まずは自分のやりたいことを明確化しましょう。そうすれば自然と大切にすべき人たちの姿が浮かんでくるはずです。もちろん、そういう目的抜きに大切にしたい人が居るでしょうが、そういう人たちは目的抜きにプライベートを共有すればいいと思います。<br />
<br />
ただ、好かれると言っても明らさまに根回しをしたりするのではなく、飽くまでも相手に対して誠意と敬意を持って真摯に振舞うことが大切だと思います。人間大切にされれば誰しも嬉しくなるものです。年に一回誕生日の時だけ「おめでとうメール」を送ってくるような薄っぺらい仲が素晴らしいなんて、私は思いません。<br />
<br />
だって、そんなの見せかけの優しさでしかないですからね（笑）まあ覚えておいてくれたこと自体はありがたいことだと思いますが、それ以上でもそれ以下でも無いでしょう。<br />
<br />
ということで、今日は八方美人をやめて付き合う人を厳選するというお話でした～。付き合う人を厳選していくと、不思議と無駄に抱えていたストレスも無くなっていくものなのですよ。<span style="font-weight: bold;">多くのストレスは不要な人間関係から生まれます</span>。距離を置きたい人とはハッキリと距離を置くようにしましょうね<img src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ" /><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10453081881.html</link>  
      <pubDate>Tue, 09 Feb 2010 08:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>【1分間健康法】健康的に他人と折り合いをつける</title>  
      <description> <![CDATA[ おはようございます。<br />
裕です。<br />
<br />
今までノウハウ的なことをつらつらと書いて来ましたが、大事なことを飛ばしちゃっていましたね。<br />
日常生活あっての健康で、日常生活とは他人や家族との関わり合いの中にあるものです。それを何とかしないことには健康への一歩を踏み出すことが出来ません。<br />
ということで、今日はそんなお話です。<br />
<h2>どうすれば折衷点を見つけられる？</h2>
コミュニケーションとは、相手あってのものです。そして食事もコミュニケーションの一部ですよね。当然誰かと一緒に食事をすることもあると思います。<br />
<br />
うーん、これは中々難しい問題です。私は「そんな人なんだ」ということで他人にハッキリと「肉は食べません、というか食べられません」と言っていますが、普通そこまでハッキリと意志を表明することはできません。（そうは言いながらも肉食べたい人だっているでしょうし（笑））<br />
<br />
まだ家族に対しては言えるでしょうが、とはいえ、そこには昨日までの食卓があったはずです。それを急に「変えろ」もしくは「変える」なんていうことは、マジョリティ（ここでは家族や友人たち）の総意に押し切られるのは目に見えています<img src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/028.gif" alt="汗" /><br />
<br />
友人はまだ良いでしょう。ランチなどは弁当を持ち寄って食べるだけかもしれませんし、外食にしても一緒に行かなければ良いだけの話ですから。<br />
<br />
ただし、先程も言ったように家族は非常に厄介な存在です。食事を共にするので切っても切り離せません。仮に自分だけ別の食事を出来るようになったとしても、寂しさもありますし、それに人が食べていたら自分も食べたくなるのが人間と言うものです。<br />
<br />
難しいですが、主婦の方はマクロビ料理などで乗り切り、食事を提供して貰う側の方は「肉は要らない」ことをやんわりと伝えましょう。もしくは、決定権を強めるために母親と一緒に料理をするのも良いかもしれませんね。そうすれば母親の心証も良くなりますし、料理がコミュニケーションの場にもなります。自分がなぜそういう風に思っているのかと言うことも伝えられますね。<br />
<br />
一緒に料理をしなくても、一緒に買い物をしに行くだけでも十分でしょう。なぜこの食材を選ぶのか、なぜこっちが良いのか。そんなことを楽しみながら決めていきます。このとき大切なのが、絶対に理屈っぽくならないことです。そして押しつけがましくならないことです。飽くまでも決定権は自分にはありません。第三者的な立場で、理由を説明した方が良いでしょう。<br />
<h2>食卓はみんなで楽しむもの</h2>
さて、友人は冒頭の説明でOKだと思いますので、家族についてもう少し具体的な戦略を考えていきましょう。<br />
<br />
忘れてはならないのは、<span style="font-weight: bold;">食卓はみんなで楽しむもの</span>だと言うことです。誰かの自己満足で終わってしまってはいけません。例えば作り手の自己満足では、食べる側は何も面白くないですし、食べる側の自己満足では作り手は面白くありません。<br />
<br />
どちらにしても、ある程度の譲歩が必要なのです。自分が作り手の場合ですが、自分が肉を全く食べないにしても、家族は食べたいかもしれませんよね。であれば、「徐々に減らしていこうね。風味をつけて気にならないようにするけど、もし口に合わなかったら教えてね」などと細かいことまで決めておいて、後で些細な争いが起きないようにしておきます。<br />
<br />
逆に作ってもらう側であれば、正直に自分が肉や砂糖を取りたくない理由を説明し、そのためにはどうすればいいのかと言う方法まできちんと調べて提示します。その上で自分も調理に参加することを言葉で伝え、一緒になって食事を改善するようにします。<br />
<br />
あとは、買い置きのお菓子などについても同じようにアプローチしていきます。「人間、目に入ると食べたくなるから、もし○○が食べたいなら○○の部屋に置いておいてね。それが無理そうなら棚の中に入れておいて貰えると嬉しい」などと具体的な根拠とどうして欲しいのか、そして代替案も伝えます。<br />
<br />
そうやって一つ一つ解決していけば、きっと<span style="font-weight: bold;">みんなにとって楽しい食卓が出来上がるはずです</span>。これらのことをせずに諦めたりしていませんか？無理だと最初から決めつけたりしていませんか？<br />
<br />
もしそれ以前にコミュニケーションが取れないと言うのであれば、逆に料理などを手伝うこと、もしくは手伝ってもらうことから始めてみませんか？<br />
<br />
そうやって一つ一つ解決することで、よりより家族関係・友人関係が築かれ、精神的にも健康的な日々が送れるようになります。<br />
<br />
さて、物凄く遅くなりましたが説得の方法はこのような感じでいかがでしょうか。私の経験も織り込みつつ書いてみましたが、まだ現実と乖離しているかもしれませんので、そこを埋めつつ実践して頂ければ幸いです<img src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ" /><br />
<br />
「1日1分で非常識に健康的に」は、皆さんの快適食生活を応援しています（笑）<br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10453049734.html</link>  
      <pubDate>Mon, 08 Feb 2010 08:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>【1分間健康法】幸せの見つめ方</title>  
      <description> <![CDATA[ おはようございます。<br />裕です。<br /><br />皆さんは幸せですか？<br />今日は、幸せは見つめ方を間違えると途端に失くなってしまうというお話。<br /><h2>不幸じゃなければ幸せ</h2>幸せについて多くの人が陥っているのが、「幸せでも不幸でもない」という状態。<br /><br />私に言わせてみればそんな状態はありません。幸せでも不幸でも無ければ、幸せな状態です。なぜなら不幸ではないのですから。<br /><br /><span style="font-weight: bold;">不幸ではない状態＝幸せな状態</span>なのです。<br /><br />更に言うと、今の自分だけを見ていると不幸に見えるような事柄も、俯瞰して全体をみると不幸になることはありません。<br /><br />例えば振られたとしますよね。その時は悲しいかもしれませんが、それは<span style="font-weight: bold;">よりよい出会いを掴むためのチャンス</span>でもあるわけです。<br /><br />例えば怪我をしたとします。すると病院に運ばれて治療を受けるわけですが、<span style="font-weight: bold;">医者はあなたのような人たちのお陰で生活している</span>のです。<br /><br />例えば暴飲暴食をしたとします。そうすると、一時的に<span style="font-weight: bold;">とても強い快楽を得ることが出来ます</span>。これはつまり、幸せってことですよね。<br /><br />例えば受験の為に勉強をします。でもすぐに結果は出ません。10年後、その時の勉強が役に立って<span style="font-weight: bold;">国家資格の取得に成功し、とても大きな報酬を得ることが出来ました</span>。<br /><br />例えば人は死にます。これは不幸なことですか？人が死ななければ、有り余る生の大切さに気づかないでしょう。それに資源だってなくなります。<span style="font-weight: bold;">死があるおかげで、生きることが出来る</span>のです。<br /><br />さて、どうでしょう。こうやってみてみると全てのことは繋がっていて、一見しただけで幸せとか不幸とかを決定するのが如何に浅はかか、お分かり頂けるかと思います。<br /><h2>幸せは減らない</h2>「他人の不幸は蜜の味」という言葉がありますが、それもどうやら間違いのようです。人が不幸になると相対的に自分が幸せに見えるかもしれませんが、全てのことが繋がっていることは先程分かりました。結局、他人の不幸は回り回って自分をも不幸にするのです。<br /><br />つまり、<span style="font-weight: bold;">他人の不幸を喜ぶのは、未来の自分を不幸にするのと同じこ</span>となのです。更に言うと、<span style="font-weight: bold;">現在の自分を不幸だと思うことは、他人を不幸にするのと同じこと</span>です。例え自分が「幸せは減らない」ということを知っていても、他人が同じように考えるかどうかはまた別の話ですよね。<br /><br />結局、幸せは考え方次第なのです。自分の不利益を見つけて「不幸だ」というのは簡単です。本能は生存の可能性を高めるために足りないものを探す力に長けていますから。<br /><br />でもそれだと犬や猫と大差ないですよね。いや、犬や猫の方がむしろ賢いかもしれません。彼らはストレス解消の名人ですからね。<br /><br />自分のことを不幸だと思わない限り幸せは減りません。全てのことが繋がっている以上、不幸の連鎖は自分のところで止めてあげる必要性があります。それには「幸せ」だと思うだけで良いのです。簡単ですよね。<br /><br />先程も言いましたが、人生は本能のせいで不足を感じることの方が多いです。元々充足を感じる機会の方が少ないのです。だったら、全体的には不足していたとしても、一つでも足りているものがあれば、それで幸せを感じれば良いのではないでしょうか。<br /><br />どれだけ足りないものが増えたとしても、絶対に自分の心は無くなりません。心がある限り、あなたはあなたです。<br /><br />「足るを知る」ことで、幸せを噛み締めてくださいね<img alt="ニコニコ" src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10452635705.html</link>  
      <pubDate>Sun, 07 Feb 2010 08:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>【1分間健康法】意味は一貫性を持ちたがる</title>  
      <description> <![CDATA[ おはようございます。<br />

裕です。<br />

<br />

今日は、意味についてのお話です。<br />

人間が、いかに後付けで物事を理解しているかと言うことですね。<br />

<h2>意味は理解力の深さによって変わる<br />

</h2>

人は、全てのことに意味を見出そうとします。ですが、当たり前のように全ての事に意味があるわけではありません。人工物に関しては意味があるでしょうが、自然には自然の摂理があるだけで、そこに意味があるわけではないですよね。<br />

<br />

しかし、人間は基本的に、各人が思うよう「合理性」を持とうとします。その合理性の根幹にあるのが、意味です。それぞれが、自分の行動に適切な意味を与えて、自分の一貫性を保つために利用しています。<br />

<br />

それが破綻した時に良く見られる行動が、自分が意識していない無意識の「嘘」や、言い訳、責任転嫁などです。それが行きすぎると妄想や精神病に発展していきます。<br />

<br />

さて、それではこのように一貫性を定義している源は何なのでしょうか。それが、<span style="font-weight: bold;">意味</span>です。意味自体に一貫性を持とうとする性質があるのです。<br />

<br />

意味と一口にいっても色々なものがありますが、その本質は<span style="font-weight: bold;">他の概念との関連性を定義する</span>ことです。<br />

<br />

例えばハサミの意味は、「ものを切る道具」ですし、パソコンは「遊びや仕事、そして他人とのコミュニケーションの道具」となるでしょう。物理的なものだけでなく、言葉は「コミュニケーションの道具」ですし、家族は「血の繋がった人間の集まり」となります。<br />

<br />

ちなみにこうして書いてみると分かると思いますが、全てそれ以上の概念を持っている（チャンクアップされている）言葉で説明されています。<br />

<br />

どういうことか、先程の「道具」という言葉を例にとって説明しましょう。「道具」は、「人間の力を強化するもの」と定義できます。更に還元すると、「強化」とは、「本来の能力よりもより大きな能力を発揮できるようにすること」ですね。<br />

<br />

こういった具合に、意味は説明できなくなるまでいくらでも還元（チャンクダウン）することができます。そして、最小単位までチャンクダウンしてしまったら、後は横並びの言葉を言い換えて説明するしかなくなります。<br />

<br />

この深さが、<span style="font-weight: bold;">個人の理解力とほぼ同等</span>です。つまり、意味は<span style="font-weight: bold;">個人の理解力の深さ以上には与えられない</span>ということです。説明不可能なことは、理解も出来ませんよね。<br />

<br />

<span style="color: rgb(102, 102, 102);">ここで少しややこしいのが、「説明可能な意味」と「説明不可能な意味」があるということ。これは人間の脳に「陳述記憶」と「非陳述記憶」という2種類の記憶が存在するためにおこる現象なのですが、ここでは陳述記憶のみを対象にすることで、より説明を分かりやすくさせていただきます。</span><br />

<br />

さて、ここまで理解出来ましたら次のステップに進んでいきましょう。<br />

<h2>意味は一貫性を持ちたがる</h2>

どんな意味も、他の意味によって還元的に説明できることを理解して頂けたと思います。しかし、他の意味によって還元的に説明できる、と一口にいっても、人によってその内容が全く異なるということが重要なポイントなのです。<br />

<br />

私が思う「ハサミ」の機能と、あなたが思う「ハサミ」の機能は、恐らく全く一緒ではないでしょう。<br />

<br />

何かしらハサミに対してトラウマを持っているかもしれませんし、愛着を持っているかもしれません。私は小さいころハサミで鼻を切っているので、そういった特別な記憶を伴っている可能性だってあります。<br />

<br />

これを簡単に言うと、意味は個人の経験や知識をベクトルとして、ある程度恣意的（意のまま）に決定しているということです。<br />

<br />

例えばあなたが、昔灯油ストーブで火傷した経験を持っていたとすると、大人になっても灯油ストーブは慎重に扱うでしょう。その経験から火に関するもの全てに慎重になり、それが職業の決定や友人の決定にも無意識的に関わってくるかもしれません。<br />

<br />

しかし人間はいつも明確に意味を意識して行動しているわけではないので、その理由を求められらたとき、あなたは火が嫌いな理由を「暑いから」とか「ガスの匂いが好きじゃないから」とか、答えを求められたときの<span style="font-weight: bold;">状況に応じて</span>適切な回答を導き出そうとします。<br />

<br />

しかし、これではその場凌ぎの回答しか出来なくなり、自分の思考に一貫性が無くなってしまいますよね。そうすると、ある時は○だったものがある時は×になったりします。<br />

<br />

脳は、こういう状況を極端に嫌がります。<br />

<br />

そのため冒頭でお話ししたように、意味のベクトルに沿って、ある程度自然な回答が導き出せるように情報を整理するのです。そして同じ回答を<span style="font-weight: bold;">繰り返すことによって</span>、その意味の根底にある還元的な意味が何度も使用されることになり、それによって<span style="font-weight: bold;">確固とした回答が用意されるようになります</span>。<br />

<br />

これが即ち、私が「意味の一貫性」と呼ぶものであり、大人になるにつれて頭が固くなる理由でもあります。段々と、情報の関連性が固定化されていく為ですね。<br />

<h2>柔軟な発想は常識の否定から</h2>

より厳格な人間になりたければそれでも良いです。しかし、もっと面白い人間や、柔軟な人間・理解ある人間になりたいのであれば、常に常識を否定するような生き方を選択する必要があります。常識とはつまり、大衆的な意味の集合体です。<br />

<br />

厳格な人間、頭の固い人間は「当たり前」「当然」「絶対」「普通」などの言葉が好きです。そういう人は、確かに今持っている自分の知識を最大限生かす分野では絶大な力を発揮できるでしょうが、その立場が無くなった時、途方に暮れることになります。<br />

<br />

なぜなら、柔軟性がないから新しい考え方を受け入れることが出来なくなるのです。<br />

<br />

現代のような変化の速い時代において、それは致命的ですよね。そのことでストレスを溜めている方も、私は数多く知っています。<br />

<br />

皆さんは、常識を否定できるほどの自論をお持ちですか？些細なことでも突き詰めて考えることで、ストレスの緩衝材になったりするものですよ。<br />

<br />

時には、自分の内面の小旅行に出掛けてみてください<img alt="ニコニコ" src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" /><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10451983485.html</link>  
      <pubDate>Sat, 06 Feb 2010 12:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>【1分間健康法】考えること＝言語化すること</title>  
      <description> <![CDATA[ おはようございます。<br />
裕です。<br />
<br />
最近は「どうすれば健康になれるのか？」をテーマに、具体的な方法に焦点を当ててお話しています。<br />
その中で考えることを重視していますが、そもそも「考えること」って何だろう？今日はそう思われている方の為のお話です。<br />
<h2>考えること＝言語化すること</h2>
考えているのに答えが出ない。そう思っている方に一番多い傾向は、ただ<span style="font-weight: bold;">想像しているだけで言語化していない</span>ということです。<br />
<br />
想像しているだけでは、考える時間も掛かりますし、中々結論に達することが出来ません。なぜなら、問題の本質が不明確だからです。<br />
<br />
しかし、ハッキリと言葉にすることによって、自分自身で問題を解決することが出来るようになるのです。<br />
<br />
「何が問題なんだろう」<br />
「自分は本当はどうしたいんだろう」<br />
「どうすれば出来るんだろう」<br />
「なぜそう思うんだろう」<br />
<br />
というのを、その時の感情をベースにして考える必要があります。<br />
端的に言ってしまえば、5W2Hです。<br />
<br />
5W2Hなんて言うと堅苦しく感じるかもしれませんが、問題に直面した時に解決できない一番の理由は、5W2H、つまり「誰が」「何を」「どのように」「どこで」などが明確になっていないからです。<br />
<br />
それを意識的に言語化して考えるようにするだけでも、ストレスの大半は無くすことが出来るようになります。<br />
<h2>考え方にこの一冊</h2>
ところで、考え方という意味で最近とても良い本を見つけたのでご紹介します。<br />
<br />
「会社人生の中で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ」という本。<br />
<br />
<table cellpadding="5" border="0"><tbody><tr><td colspan="2"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839930201/goodpic-22/" target="_top">会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ (マイコミ新書)</a>
</td>
</tr>
<tr><td valign="top"><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4839930201/goodpic-22/" target="_top"><img border="0" src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/41riEiqG5KL._SL160_.jpg" alt="会社人生で必要な知恵はすべてマグロ船で学んだ (マイコミ新書)" /></a>
</td>
<td valign="top"><font size="-1"><br />
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<strong>おすすめ平均  </strong><img src="http://g-images.amazon.com/images/G/01/detail/stars-4-5.gif" alt="star" /><br />
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<br />
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</font><font size="-2"> by <a href="http://www.goodpic.com/mt/aws/index.html">G-Tools</a>
</font></td>
</tr>
</tbody>
</table>
<br />
上司から突然「お前は鮮度保持剤の開発の為にマグロ船に乗ってこい」と言われて、断り切れずにマグロ船に乗ったのが話の始まり。<br />
<br />
著者が、マグロ船の漁師たちとの交流を通して、人生に対する考え方を少しずつ改めていきます。<br />
<br />
「漁」という、死と隣り合わせの原始的な仕事であるからこそ、そこで得られる教訓と言うのはシンプルでかつ分かりやすいものなのです。<br />
<br />
現代社会はとても複雑で、一見何がストレスなのか分からないのですが、マグロ船での「死」という切り口や最小単位のコミュニティで生まれる問題解決方法というのは、現代社会の複雑化したストレスを解きほぐしてくれる鍵となります。<br />
<br />
物事の本質は常にシンプルと言うことを教えてくれるとても良質な一冊です。もし「考えることって、どういうことなんだろう」と思われている方がいたら、是非とも読まれて見てください<img src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ" /><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10451091972.html</link>  
      <pubDate>Fri, 05 Feb 2010 08:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>【1分間健康法】ゼロをなくす</title>  
      <description> <![CDATA[ おはようございます。<br />
裕です。<br />
<br />
<a href="http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10449236071.html">昨日の記事</a>
には沢山のコメントをありがとうございます。何やら賛否両論を巻き起こしたようで、これからもああいった、<span style="font-weight: bold;">皆さんの心の琴線に触れるような記事</span>を心がけていきたいと思っております。<br />
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さてさて、今日のお話はゼロという概念について。<br />
<h2>そもそもゼロって何だろう</h2>
大抵、私たちは物事について考えるとき、0以外の自然数で考えます。何故なら無いものについて考えるシチュエーション自体がそもそも余りなく、ないものは「ない」としか表現しないからです。<br />
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この「ゼロ」と健康が一体どう関わっているのか。要はこのゼロの使い方なのですね。<br />
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ゼロの歴史は意外と浅く、発明されたのは9世紀頃になります。インドで発明されたみたいですね。ゼロの発明が遅くなった大きな理由は、やはり日常生活の中でそれほど「無いもの」を数えることが無かったことと、大きな数字を表す時に0（10、100など）を使って表す数字を扱わなかったということが大きく影響しているようです。<br />
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今では、<span style="font-weight: bold;">災害ゼロ</span>や<span style="font-weight: bold;">犯罪ゼロ</span>など、ネガティブなものを減らす為のキャンペーンなどで良く使用されていますね。<br />
<h2>ゼロとは「本来あるはずのもの」</h2>
私が今回、このゼロを取り上げた理由、それはゼロが<span style="font-weight: bold;">本来有るはずのものを端的に表すことが出来るとてもシンプルな概念</span>だからです。<br />
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例えば、「売上が0」というと、例え事業を行っていなかったとしても、本来あるはずのものが無かったというイメージを持たれませんでしょうか。「やるべきことを0個やった」などと言っても、やらなかったというイメージを持ちますよね。<br />
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つまりゼロとは、自分のベクトル（目指すべき方向）に設定することによって、<span style="font-weight: bold;">シンプルに効果を測定することが出来るツール</span>になるのです。<br />
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なので、まずはゼロを<span style="font-weight: bold;">本来あるべきもの</span>だと考え、ゼロをなくすことに主眼を置いてみましょう。<br />
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次に、例えば最近売り上げが一番身近な概念なのでまたまた売り上げで説明させていただきますが、「<span style="font-weight: bold;">100万円の売り上げを目指す</span>」と言うのと、「<span style="font-weight: bold;">100万円をゼロラインに設定する</span>」と言うのでは、どちらの方が難しそうに感じますか？<br />
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私は「100万円の売り上げを目指す」という言葉の方に遥かにネガティブな印象を抱きます。「100万円をゼロラインに設定する」と言われた方が、気持ちは楽です。何となく、余裕で達成できそうな気がするんですよね。何せ、それがゼロラインなのですから。<br />
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100万円がゼロラインであれば、100万円を1円でも超えればそれでクリアとなります。とても分かりやすくて、簡単そうに感じませんか？<br />
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「そんなの子どもだましだ」と感じられるかも知れませんが、子どもだましと言うのはとても大事です。自分は騙して動かさなければ、永久に動きません。「いや、俺は騙してない」と思われている方も、結局最初の動機は「騙し」なのです。<br />
それに、0にいくら掛けても0ですよね。1なら100を掛ければ100になります。つまり、<span style="font-weight: bold;">最初の一歩がとても大事</span>だということです。<br />
<h2>よりストレスのない目標設定</h2>
人は、何か目標を達成しようと努力するよりも、むしろ<span style="font-weight: bold;">不快感を解消するために労力を使います</span>。ゼロラインを設定するという方法は、言葉の持つネガティブさを払拭するとともに、人間の基本的な心理に根ざした方法で目標設定をよりシンプルに行うことが出来るのです。<br />
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20とか30とか、数を数えるのって面倒ですよね。それに、1より上に行っても、私としては余り違いは無いと思っています。<br />
一番大きな違いは、<span style="font-weight: bold;">0と1の間にある</span>のです。<br />
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要するに、やったかやっていないか。単純にそれだけで良いのです。<br />
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ゼロラインを設定するというのも面白いアイディアだと思いますが、まずはやりたいことをリストアップし、その隣に「0」と書きます。そして、毎日そのリストのゼロを消していくだけでも十分です。<br />
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20回も30回もやるのは辛いかもしれませんけど、0を無くすくらいなら簡単ですよね？<br />
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しかもゼロの面白いところは、単位を変えることで全く意味合いが違ってくるところです。<br />
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0日、0週間、0か月、0人、0個、0ダース、0カートン、0万個。<br />
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単位によって、いくらでもハードルの高さを調整できますし、その上難しさが変わった印象をあまり受けません。<br />
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人間、意外と単純なものです。色々と習慣を身につけたいと思っている方も、まずはゼロを無くすことから始められてみてください<img src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ" /><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10450185585.html</link>  
      <pubDate>Thu, 04 Feb 2010 08:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>【1分間健康法】他人の評価の意味</title>  
      <description> <![CDATA[ おはようございます。<br />

裕です。<br />

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皆さんは、褒められるのは好きですか？<br />

例えば、褒められることに「自分が嬉しい」以外の意味があると言えば、どう思うでしょう。<br />

<h2>褒めることで自尊心を保つ</h2>

褒めることには2つの機能的側面があります。<br />

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ひとつは、<span style="font-weight: bold;">相手を喜ばせる</span>ということ。<br />

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もうひとつが、<span style="font-weight: bold;">自分の自尊心を保つ</span>ということ。<br />

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人は、誰かを喜ばせるためだけに褒めているわけではないということです。相手が自慢する前に褒めてしまった方が、<span style="font-weight: bold;">自分が認めてやった</span>という価値観を生み出すことができ、結果として自分自身の自尊心を保つことが出来るのです。<br />

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よって褒めることの機能を端的に表現すると、<span style="font-weight: bold;">他人の優位性の認可</span>となります。<br />

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認可、つまり「認めてやる」ことにより、「認めさせられた」という屈辱感を排除しようとするわけです。<br />

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しかし、なぜこのようなメカニズムが働くのでしょうか。その前に念頭に置いておくべきこと、それは人がそれぞれ価値観を持っているということです。<br />

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価値観があるからこそ衝突もするし、意気投合もします。<br />

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自尊心とは、言うなればこの<span style="font-weight: bold;">各人の価値観</span>から構成されているのです。<br />

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価値観が同じだからこそ、認める。認めざるを得ない。<br />

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そもそも価値観が違えば、認める必要はありません。自分の価値観を絶対だと言い張ることで自尊心を維持することが出来ます。<br />

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それが宗教戦争であったり、科学的な対立、性格の不一致などによる夫婦喧嘩など、国家間のことから瑣末な対人関係まで、様々な対立の原因の本質は<span style="font-weight: bold;">価値観の相違</span>から生まれます。<br />

<h2>自尊心は創造できる</h2>

自尊心は、他の動物にもありますが、人間のそれとは意味合いが少し異なっています。動物の自尊心は、物理的な力関係で決まりますが、人間の自尊心はそんなに単純なものではありません。というより、<span style="font-weight: bold;">単純なものではないように振舞う他ありません</span>。何故なら、自尊心を蹂躙される要素が余りにも多すぎるから。<br />

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その典型例が、モテ・非モテ、綺麗・不細工、ハゲ・非ハゲなどなど、外見的な要因にまつわる罵倒用語に集約されています。<br />

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そんな表面的な概念にこだわっているということは、ともすれば<span style="font-weight: bold;">人間以外の動物と大差ない</span>と自らカミングアウトしているのと等しいです。思考能力を放棄していることと等しいです。<br />

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表面的なものは、いくら努力しても限界がありますし、年齢とともに衰えていきます。生命というのは、その性質上若いものにほど魅力を感じやすいものなので、歳をとればとるほど外見的な魅力が失われていくのは当然のことなのです。それに執着するのは、<span style="font-weight: bold;">本能にしがみつく醜い動物</span>（動物全般のことではありませんよ）と、なんら変わりありません。飽くまでもゲームとして余裕を持って楽しむ分には一向に構いませんが。<br />

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外見的な魅力なんて、どーでもいーんです。別に子孫が残せようが残せなかろうが、そんなこともどーでもいーんです。生きて死ねば、生命としての取り敢えずの目的は達成されていますから。<br />

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ちなみに私は彼女いない歴＝年齢なので、これを言う権利があるのです（笑）<br />

本能なんて捨ててしまった方が気持ちよく生きられます。人類全体がそうなると、滅びますけどね<img alt="ひらめき電球" src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" /><br />

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さて、話が少し脇道にそれましたね。<br />

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自尊心は、自分の中を探せばいくらでも見つかります。他人の評価が飽くまでも他人の価値観に基づいたものであることが分かれば、それが恣意的（決めつけ）なものだということも分かります。<br />

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基本的に、自分の魅力は、自分の価値判断基準で、自分によって見つけるしかありません。たまに家族や友人が見つけてくれることもありますが、そんな偶然に期待していては人生が終わってしまいます。そんなドラマティックな展開を夢見るより、<span style="font-weight: bold;">自分のことは自分で面倒見ましょう</span>。<br />

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物事には二面性があります。他人の言うことには表もあれば裏もありますし、テレビで活躍している芸能人にだってファンも居ればアンチも居るのです。<br />

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そのことを忘れずに、自分自身に正当な評価を与えてあげてくださいね。<br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10449236071.html</link>  
      <pubDate>Wed, 03 Feb 2010 08:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>【1分間健康法】ペットの酵素食品</title>  
      <description> <![CDATA[ おはようございます。<br />

裕です。<br />

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ついに合理的な解決策を見つけました。<br />

まさかこんなものがあるとは…驚きです。<br />

<h2>草食動物の内臓で消化された野菜</h2>

肉食動物が獲物をキャプチャー（捕獲）したときにまずどこを食べるかと言えば、それは<span style="font-weight: bold;">内臓</span>です。特に胃や肝臓、腸などの消化器官ですね。これらの器官には消化酵素と、消化中の野菜など、肉食獣にとってはとても健康的な食事なのです。<br />

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私もその事実は知っていましたが、ペットの酵素食品となると、どうすればいいのか考えあぐねていました。草食動物を殺して取ってくるわけにもいきませんし…（笑）<br />

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で、色々探してはいたんですが、「これは！」と思うものには今まで出会いませんでした。<br />

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しかしなんと！<span style="font-weight: bold;">遂に見つけちゃったんですよね～</span>。ペットの酵素食品専門店を。<br />

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<a href="http://spiralshop.jp/SHOP/SPPST600.html">【ペットの為の酵素専門店】SPIRAL SHOP</a>

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ペットの為の酵素専門店、スパイラルショップというところです。ここ、何か凄いですよ！ペットへの思い入れなども伝わってきて、とても好感が持てます。<br />

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ペットの便秘や病気でお悩みの方、是非ともこちらのショップをご利用ください♪私も、今月早速試してみるかもしれません＾＾<br />
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ただ、ショップのほかの商品を見る限り、もしかすると、いやもしかしなくても、<a href="http://www.okgenki.com/shop/kenkou/k_2.htm">スーパーオータカ</a>
とかでも大丈夫そうです。カリカリとスーパーオータカが一番経済的ですね<img src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" alt="ひらめき電球" /><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10447601643.html</link>  
      <pubDate>Tue, 02 Feb 2010 08:00:00 +0900</pubDate> 
    </item>  
    <item> 
      <title>【1分間健康法】真実は常に存在しない</title>  
      <description> <![CDATA[ おはようございます。<br />
裕です。<br />
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名探偵コナンの名台詞で「真実は常に一つ！」というのがありますよね。<br />
でもこれ、実は<span style="font-weight: bold;">机上の空論</span>に過ぎないのです。<br />
<h2>絶対的な真実なんて存在しない</h2>
大抵の人は、真実が存在すると思っていますが、真実なんてものはこの世に<span style="font-weight: bold;">存在しません</span>。我々は結局、経験から物事の規則や法則を抽出するしかなく、それは結局観察によって一番合理的に見える答えを、とりあえずの真実と<span style="font-weight: bold;">仮定</span>しているだけなのです。<br />
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科学的なアプローチでも同じです。まず作業仮説を立て、それを検証するために色々な実験を行いますが、それによって証明されるのは<span style="font-weight: bold;">確率的に間違いなさそう</span>だ、ということだけ。完全に真実である、という絶対的なものではありません。何度も実験を繰り返して、統計的に優位な数値として認められるレベルになった、というだけのことなのです。<br />
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科学的な事実ですらそういうレベルなのに、日常生活における真実って一体どの程度確かなものだと思いますか？<br />
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極論してしまえば、この世には仮説しか存在しないのです。だから、様々な理論は日進月歩で淘汰されては提唱されますし、過去の理論が論破されて新しい理論に取って代わられるのです。<br />
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人間は、絶対性の定義を多くのものを当てはめすぎることによって、自分自身の成長を止めてしまいます。脳細胞は常に破壊と生成を繰り返していますので、成長が止まるということは破壊だけが行われる、つまり<span style="font-weight: bold;">退化</span>するということに等しいわけです。<br />
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そして、更に真実を定義してしまうと、自分の頭で考えることをやめてしまいます。自分の頭で考えることをやめるということは、<span style="font-weight: bold;">他人に自分の人生を委ねてしまうことに等しい</span>のです。選択の自由が奪われると、ストレスに対する耐性も弱くなります。<br />
<h2>真実は自分で作るもの</h2>
真実は、考えた数だけ出てくるものなのです。ちょっと考えただけでは出てこないかも知れませんが、誰にでも導き出せるものです。<br />
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最近思うのが、人は考えることをやめた時から老いていくんだなぁ、ということ。<br />
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子どもの頃は、目に入る全てが新鮮で、何か新しい事に出会うたびに「ねえ、あれはなんなの？」「あっちは？」「ねぇねぇ」と聞いていたのに、人はある一定の水準に到達すると満足して質問攻撃をやめてしまいます。<br />
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でも、色んな事に興味を持つのって、いくつになってもとても大切なことなんですよ。<br />
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誰かに聞かなくても、自分で調べても知的好奇心を満たすことは出来ますし、分からないことは素直に「分からない」ということが何より大切だと思います。「分からない」「知りたい」と言った数だけ、人は成長することが出来るのです。<br />
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それに壁を作るのが「固定観念」つまり誰かが作った<span style="font-weight: bold;">真実</span>なのです。<br />
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それが本当に真実なのかどうか。それを検証せずに鵜呑みにするのは、せっかくの成長のチャンスを捨ててしまっていることと同じです。<br />
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例え99%自分と同じ意見だったとしても、最後の1%の可能性を1秒でも考えてみる。そういうほんのちょっとの積み重ねが、より多くの状況に対応するための礎となります。より多くの状況に対応できるようになれば、ストレスの緩和にも繋がりますし、日常生活においても知識のネットワーク化が進むことで、何でもないことも刺激的に感じられることが出来るようになります。<br />
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真実は常に沢山！自分なりの真実をたくさん見つけましょう<img src="http://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/139.gif" alt="ニコニコ" /><br />
]]> </description>  
      <link>http://ameblo.jp/haruyu310/entry-10447569823.html</link>  
      <pubDate>Mon, 01 Feb 2010 08:00:00 +0900</pubDate> 
    </item> 
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